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21 メイドと吸血鬼と③




わたしは深く呼吸し、集中する。これから作るのは、光属性の刃。ヴァンパイアのような不死者が苦手とする力だ。けれどわたしが得意とする闇属性とは反対の力。わたしに光魔法の適性自体はあるらしいけれど、扱いがとても難しい。わたしに、できるだろうか・・・。


他の属性のものの何倍もの時間をかけて、光属性エテルナを集め、魔法の刃を錬成する。しかも高い威力をもたせるから難易度は跳ね上がる。集中が必要だ。


だからそのぶん、反応が遅れた。ブラドが放った魔法弾が、気がついたときには間近に迫っていた。


「!!!」


とっさに不完全ながら風の盾を出して、初弾は弾いた。続く連弾は、メアリさんを操作して、わたしを抱えて逃げてもらうことで躱した。


メアリさんにお姫様抱っこされた姿勢で、ヴラドの攻撃から逃げ回るわたし。


「紫雷!」


わたしの指先から放った初級魔法がヴラドを撃つ。ダメージは期待できないけれど、雷はスタン効果を持つ。あいつの攻撃がほんの少し止まったのは、その効果だったかも。


ヴラドの下半身はまだ凍りついていてまだその場から動けない・・・ようだ。だがその一方で、さっきまで黒焦げだったやつの皮膚が、青白く滑らかなものにほぼ置き換わっている。


「黒槍」


わたしはメアリさんに抱えられながら、得意の魔法を使う。最初に咬まれたときの毒も出ていっているのか、かなり体調も戻ってきている。


「三連・・・征けっ(チャージ)!」


闇属性のその魔法の槍を、ヴラドはかわすことなく受け入れた。当たる直前に腕を広げてこちらを挑発する余裕すらあった。黒槍は三本すべてヴラドを貫いたが、次の瞬間には消えていた。不死者の王クラスのヴァンパイア=ロードは、闇属性の魔法を吸収したのだ。こころなしか、血色も良くなったように見える。


だいたいわかった。これまで戦ってきて、上級の不死者には多くの属性の魔法が通用しない。闇はぜんぜんダメだし、そのほかの火、水、風、土、雷、氷などは効果はあるけど、魔法耐性が高く、それで致命傷に追い込むのが難しい。


けれどひとつ、試していない魔法がある。光魔法だ。一般的に、光魔法は悪魔やアンデット、不死者への浄化作用がある。つまりはよく効く。これもちゃんと先生をやっていた頃のヴラドに教えてもらったことだ。


しかしヴァンパイアの苦手属性とは言いつつも、わたしも光属性は扱うのが苦手なのだ。初級魔法レベルでは倒し切れないだろう。だからひとつ工夫が必要になるわけだけど・・・。


組成が速く手数の多い初級魔法をヴラドと応酬する。メアリさんに抱えられたままのわたしは、機動力を確保できたので小競り合いを優勢に進めることができたけど、結局決め手がない。


と、ヴラドの足を縫い止めている、下半身を覆う氷にひびが入ったのを感知。この膠着ももう終わる。いったん仕切り直さないと・・・。


小競り合いのとちゅうで、床に銀の壺が落ちているのを発見。この銀の壺は、たしかメアリさんが持ってきたものだ。とっさに武器になるものを探したのだろう。これは役に立ちそうだ。


ちょっと行儀が悪いけれど壺をメアリさんに蹴り上げてもらい、お姫様抱っこの姿勢のわたしがお腹にキャッチ。右手で壺を支えながら、左腕でメアリさんの首にしがみつく。


わたしを抱えるメアリさんは、床を駆け、その勢いのまま手すりに足をかけ、跳躍。


灰色の空に向けてダイブ!


浮遊感にお腹の中が浮き上がり、風に髪がたなびく。


わたしたちは今まで登ってきた階段をショートカット。そしてわたしと銀の壺をかかえたまま、メアリさんは、5メートルほど下の雪の積もった敷石に、たんっと着地した。


正面を見ると、ヴラドが魂結晶を使って築いた真紅の壁はまだ健在だった。騎士団のみなさんとわたしたちとを隔てるあの城壁のような壁がある限り、騎士団のみなさんに助けを求めることはできない。


着地点から数メートル離れたところで、ヴラドが後を追ってきた。わたしたちも逃げる足を止め、ヴラドへと向き直る。


ヴラドの服は巨大化とこちらの攻撃ですっかりぼろぼろだったけど、その下に見える体は、もうさっきの火傷や傷が完治している。むしろすべすべお肌。再生能力が高すぎるでしょ。これがヴァンパイア=ロード・・・。


わたしがヴラドの奇襲を受けて始まった戦いだったけれど、もしわたしが万全でも、苦戦していたに違いない。ヴラドは手強い。さて・・・そんな相手を、どうやって倒そう。困ったな。



「正直、おまえがここまで粘るとは思っていなかったぞリュミフォンセ。私を相手取りここまで戦えるとは、称賛にあたいする。そこで、どうだ? 取引をしないか?」


「とりひき?」


「私の部下になれ、リュミフォンセ! 私は今世の魔王になる存在だ。そうすれば世界の半分をお前に・・・ってまて、聞けい!」


「じぶんで負けフラグをたてておいて、はなしを聞けはないでしょ」


フラグってなんだ? とつぶやくヴラドの話を無視して魔法を発動。とにかく時間を稼ぐ!


「混色魔法・・・紺黄森茨!」


ひゅるると雪から魔法の茨が何本も伸び、ヴラドの腕や足を絡め取って締め上げる。さすがに倒れてはくれないが、動きは充分に止められた。そしてわたしは、これまで失敗していた光魔法の準備に入る。今度こそ成功してみせる!


メアリさんから地面におろしてもらうと、わたしは拾ってきた銀の壺を正面に置き、光のエテルナを集中。ほんの少しのあいだ、音すらも聞こえなくなる。思い浮かべた灰色の空間に、具現化すべき武器のかたちをイメージする。集めても集めても、取りこぼしそうな光のエテルナ。それを慎重にまとめて、壺の銀を核にして、武器を具現化する。


「白色魔法・・・具現化『白光双剣』」


「させるか! 去ねぇっ!」


ヴラドが魔法の茨を振りちぎる。わたしは光のエテルナに集中する。


ヴラドは魔法を扱い、詠唱紋が一回転する。わたしは光の武器を具現するために、エテルナを慎重に溜めていく。


ヴラド放ったのは炎球。わたしはそれを無視して集中を続ける。


光のエテルナで象った形状に、銀の壺が核として取り込まれていく。


エテルナと金属はゆっくりと混じり合い、やがて白く輝く二振り一対の剣になる。


・・・できた!


そのとき、ヴラドの炎球が着弾する!


どがぁぁん。爆音が響く。


「うぐぅっ! 熱っつーいっ!」


氷球を作って相殺しようとしたけれど、あまりにタイミングが直前すぎて、魔法相殺が不完全だった。毛皮の手袋が焼けて、火傷した! 手袋を脱いで雪に叩き投げる。


けれどやられてばかりじゃない。わたしが火の玉を防いだ一瞬で、メアリさんを操作。出来上がったばかりの白い双剣を拾いあげ、ヴラドに向かって姿勢を低くし雪を蹴って突撃する!


ヴラドは拘束した魔法の茨のうち、上半身部分は引きちぎっていたが、足にまとわりつく茨はまだ切れていない。つまりまだその場から動けない。隙ーー。


「舐めるなといっている!」


ヴラドはエテルナを指に集めると、一息で左右の手の爪を伸ばした。それは長剣ほども長く、広い間合い。動けない不利を埋めようというのだ。


十指の先から伸びる鋭い爪を、メアリさんは柔らかく体をそらせ、そして片膝を突く姿勢で雪の上を慣性で滑ってくぐり抜けた。そしてヴラドの脇を流れるような動きで駆け抜ける。


「ぐっ!」


ぶっ、とヴラドの腿のあたりから血が吹き出る。あのすれ違いの一瞬、メアリさんの刃が届いていたのだ。そして光属性の攻撃を、不死者は癒やすことができない・・・。


通じる・・・行ける!


わたしも魔法を準備する。


「氷弾・・・連弾・・・行け(シュート)!」


ぱらららららっ!


射線が重ならないように、ヴラドを起点にメアリさんとの位置を直角に保ちながら、わたしは氷弾魔法を連射する。牽制の弾幕だけど、当たれば氷結効果で相手の動きを止めることができる魔法だ。


したがって、ヴラドはわたしの牽制にも意識を割かざるをえない。予定通り、ヴラドは爪と魔法を使い、氷弾を撃ち落としにかかってきた。そこに隙ができる。光の剣を持ったメアリさんがその隙を突く。


「させるかあぁァァ!」


しかし、動きを読んでいたのだろう、わたしの魔法をかわし、弾き終えたヴラドが、メアリさんに向かう動きはなめらかだ。わたしが隙だと思ったのも、ひょっとしたらヴラドの仕掛けたフェイクだったのかも知れない。


だが、おそらくこうなるだろうとーー『ヴラドがこの攻撃を読んでいることを、わたしがさらに読んでいた』とはヴラドは考えなかったのだろうか。



わたしは、メアリさんの突撃を止める。一歩分、バックステップ。


ヴラドの攻撃は、バックステップの一歩分、届かない。


「・・・曲弾」


氷弾がはじける。肩透かしを食らわせたヴラドの首、左肩、腰に。はじけた氷はヴラドを凍らせ、動きを止める。


わたしは、さっき撃った氷弾のうち、ほんの数発だけ、大きな弧を描いて戻ってくるようにしていたのだ。時間差の弾は狙いどおり命中した。


これで、勝負あり、だ。


メアリさんが、ヴラドの左側から接近。そちら側のヴラドの肩には氷ついていて、やつは自由に動けない。


メアリさんは素早く光の刃を振るう。双剣が一閃二閃と走る。


やはり、ヴラドはそれを防げない。反撃がないことを確認したメアリさんの動きは更に容赦なく速まり、糸の如き剣閃が網でも作るように重なっていく。


「ぐぅっ・・・こっ、このぉ!」


やぶれかぶれに放たれた右腕の攻撃。これをくぐり抜けながら放った光の斬撃が、カウンター気味にヴラドの喉笛に入る。すぱっと走った右手の刃。そしてもう片方の左手の刃を、メアリさんはダンスでもするように華麗にターンしながら、ヴラドの首の後ろに当て。引く。


その瞬間は、時間の流れが遅くなったように感じた。


ごとっと音を立てて、ヴラドの首が落ちた。


雪の上で一度跳ね、ごろごろと転がる。


残された体からは噴水のように血が吹き出ている。


メアリさんはヴラドから一足で離れると、王侯にでもかしづいているかのような静けさで佇む。



「ま・・・まいった・・・! 私の、負けだ・・・だから、殺さないでくれ・・・!」


「あわわっ、きもちわるい! 生首がしゃべった!」


雪の上に転がったヴラドの首が、わたしに語りかけてきた。さすがにヴァンパイア=ロード。首を刎ねられたくらいじゃ死なないんだね。そして衝撃的な絵面に本音がでちゃった。いったいどこから声を出しているのだろう。


「ガハッ・・・頼む、見逃してくれ・・・おまえ・・・君、に手を出したのは、間違いだった・・・反省している・・・」


「あ、ごめんなさい、きもちわるいなんて言っちゃって・・・でも、生首がしゃべっているところなんて初めてみたから」


不死者が首を刎ねても生きている日本時代に漫画で見た気がする。どうしたら倒せたんだけ、あのとき? それより生首がしゃべっているけど、すごく絵面にパンチある・・・。


これ、生首と体、どっちが本体なんだろう・・・意識は頭が司っているように見えるけれど、生命力というか魂力(エテルナ)は体から供給されている・・・のかな?


「・・・ほんの出来心だったんだ。君という優秀な部下を持てば・・・ハァ、魔王への道が、ハァ、開けると思った」


頭と体が切り離されても生きることはできるけれど、ヴァンパイア=ロードと言ってもやはりこの状態は消耗するみたいだ。かなり苦しそうだ。ヴラドの生首があえぐように呼吸・・・呼吸なの?・・・うん、吸い込んだ空気はそのまま喉から出てる・・・。


「リュミフォンセ、賢く優しい君だ・・・もし、私が、半年間、教師として教えたことをいくばくかでも、ハァ、記憶に残してくれるなら、私の首を、体に戻してくれないか・・・?」


「・・・・・・・・」


「首、を、からだの近くに、ハァ、転がしてくれるだけでもいい・・・」


「・・・・・・・・」


「お、ねがいだ、どうか・・・」


わたしはいま一度、ヴラドを巡るエテルナの動きを探る。全体的に薄くなっていたので、濃密に集まっている場所と、そうでない場所がくっきりとわかった。わたしはゆっくりと一歩、一歩、ヴラドの首へと向かっていく。


するとーー。


ヴラドの首が、突然跳ねた。ぐわりと口を大きく開けて牙を向き、わたしに飛びかかってくる!


わたしは足を止める。ヴラドの瞳孔が縦に開き、巨大な牙が向かってくる。


ヴァンパイアの牙は、咬んだ相手を隷属させる効果がある。咬まれたら下僕になってしまうのだ。さらにヴラドの首の根本から、触手が生え、別の生き物であるかのように蠢いて襲ってくる。ヴラドの首はこの触手で跳ねた!


ヴラドはこの触手を生やすために、時間を稼ぎエテルナを集めていたのだ。すべてはこの策のために。


命乞いも会話も、このときのための布石。


触手と牙がわたしに届こうかという瞬間、しかし、ヴラドの生首はわたしの眼前から吹き飛んだ。


ヴラドの生首の側頭部に光の刃が突き刺さり、宙を舞って雪の上を転がった。メアリさんが投げた、光の双剣のうちの一本。


投げ放った残心の姿勢を取るメアリさんのほうを見て、そして雪の上を転がって遠くなるヴラドの生首を見遣る。


「さよなら、せんせい」


そしてメアリさんを操作して、残ったもう一本の刃を投げ放つ。光の刃は、ヴラドの残された体の、エテルナがもっとも濃密に凝った場所に突き刺さる。それがおそらく、ヴァンパイアの核。


「ーーーーーーーーー!!!!!!!」


声無き断末魔が、聞こえた気がした。


そしてヴラドの体と生首が、同時に虹色の泡となり、雪に消えた。






ブックマーク、評価いただいたかたほんとうにありがとうございます!

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