表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
201/305

200 マーリナの提案






本物のセシルだという、丸眼鏡の女性。


わたしの住居兼執務拠点としての館をひと通り見て回って、彼女は自身のなかに、なんらかの解答を得たらしかった。


彼女の後ろには、同行していたアセレアとシノンが控えている。


そしてわたしの傍らには、チェセと、護衛役のクローディア。


騎士団の制服に身を包むクローディアは、すっと伸びた長身の背筋に綺麗に編んだ緑色のおさげを垂らし、整った顔をきりっとした表情に作っていて、見た目はとても美しく頼もしい。


彼女は人間ではなく、精霊だ。しかも『命の精霊』というとても珍しい精霊でもある。


できることも多いのだけれど、やる気があまりなく、いまのところ功績はあまり多くない。わたしの護衛として立っているのだけれど、さっきから翡翠色の瞳、視線がまったく動かず、いったい今どこを見ているのやら・・・。



「さて・・・どこからご説明申し上げましょうです・・・」


報告のために、わたしの正面に立つ丸眼鏡の彼女、『本物の』セシルがつぶやく。


わたしもクローディアに向けていた意識を引き戻し、丸眼鏡の彼女へと向ける。


彼女は、しばらく視線を天井にさまよわせて。


「そうですね・・・。まず、今回の襲撃犯と、情報官の偽セシルは、仲間だったと思われますです」


「・・・・・・」


わたしは静かに瞳を閉じる。そうではないかと思っていたけれど、はっきりと他人から言葉にされるとショックだ。なんとなれば、つい先日まで、セシルはここで情報官として普通に働いていたのだ。


裏切られた・・・いえ、はじめから裏切るつもりでここにきた? どちらにしろ、裏切られていたとは、認めたくないものだ。


わたしが答えぬ間に、丸眼鏡さんは話を進める。


「そのように考えると、いろいろ筋が通るです。まず、襲撃犯シーウェン氏の脱獄ですが、これは手引した者がいたと思われます」


「なぜそう考えたの?」


「あの地下牢、見張りの人が使う御不浄(ごふじょう)がありませんですね」


「?」


なんのことだろう。突然、話が飛んだように思える。御不浄・・・トイレのことよね。


「収監者がいないため、この館の地下牢はまったく使われていなかったと聞きましたです。今回のことで突然収監者が出たので、衛兵たちは対応に苦慮しているとも」


それは・・・その通りだ。報告も受けている。


「それで、いま見てきたところ、地下牢は3牢。見張りは一人でした。そして脱獄があった当日は、牢ひとつにつき一人が入り、そして見張りは地上に続く階段すぐ脇の詰め所に一人だということでしたです。


・・・ここで疑問ですが、見張りの方は、用足しはどうしているのでしょうです?」


それは・・・。わたしは言葉につまる。さすがにそこまで細かいことは把握していない。


「当時の見張りの担当の方に聞いたところ、用足しのときは近くの衛兵の方と少しのあいだ交代してもらっているらしいです。


そして、脱獄のあった日です。深夜、もよおしたのに交代する人がいなくて見張りの方は困ったそうなのですけれど、ちょうどよく、交代を申し出てくれた衛兵がいたそうです。


見慣れない顔だったので名前を聞くと、新入りの衛兵なのだと説明してきたそうです。見張りの担当は、その場で納得したようですけれどです・・・。


しかし、調べてみると、この館では、新たに衛兵を雇い入れてはいませんです」


「ーー!」


「その見張りが持ち場を交代に託して離れたのは、六分の一砂時計にも満たない時間だったそうです・・・。牢の鍵を保管する鍵も、見張りが持ったまま。そして、戻ったとき、交代員から異常なしの申し送りを受けて、保管してある牢の鍵を確認したけれど、動かした形跡はなかったそうです。


ですが、拝見する限り、地下牢の鍵は魔法もかかっていない単純なものです。専用の魔法具があれば、合鍵は簡単に作れるです」


つまり、シーウェンの脱獄は、どこかから抜け出たのではなく、普通に手引者が鍵を開け、牢の扉から出ていったと。


「夜の牢内は暗く、静かに出ていけば隣にも気づかれないです。さらに邸内にいる衛兵も、外部からの侵入を警戒していても、中から出る人への警戒は薄いです。襲撃者はさほど苦労せずに邸外に出たと思われるです。


そして重要な、交代を申し出た衛兵ですが・・・顔を隠すように兜を深くかぶっていたそうですが、背の高い美形だったそうですです」


背の高い美形・・・。その特徴に思い当たる人物がわたしの脳裏に浮かぶ。


目の前の丸眼鏡さんは、流れるような説明の勢いに乗り、右肘を左手で支える姿勢で、ぴっと指を立てる。


「私の偽物、セシルを名乗ってここで情報官として働いていた男の特徴に、合致していると思われますです」


ふーっ・・・。静かにわたしは息を吐き、そして頷く。認めたくないことほど事実だ。


「・・・なぜ、彼は襲撃犯の脱獄を手引したのかしら?」


わたしが聞くと、その質問を予期していた、というように、丸眼鏡さんが茶髪を揺らして頷いた。


「ご説明しますです。けれど、その前に、リュミフォンセ様は組織(エクィープ)というものをご存知ですかです?」


知らない。ふるふると首を横に振ると、丸眼鏡さんは説明を続ける。


組織(エクィープ)は、依頼によって非合法なことを請け負う、非合法な集団のことです。騙り、盗み、殺し・・・。組織は大小合わせていくつもあり、一説には100を超えるという話もありますけれど、その正確な数は誰にもわかっていないです」


マフィア・・・みたいなものかしら。説明を聞きつつ、わたしは頷く。


「『組織』は、『(おきて)』というものを大事にしますです。組織同士は日頃から反目したりいがみあったり縄張り争いをしていますが、同じ仕事を受けたときは、必ずお互いに邪魔せず、助け合わなければいけないです。


『組織』の情報が漏れることは、あの業界では何よりのご法度とされるのです。それに、組織ごとに得意不得意の分野があるので、ひとつの仕事を複数の組織が請け負っているということは珍しくないです」


ふうん・・・。闇市場みたいなものがあるのだから、それを運営する闇の人間がいてもおかしくないわね。


「『組織』ね・・・。貴女は、そういうものに詳しいの?」


わたしが聞くと、丸眼鏡さんは茶色の目をぱちくりさせ、そして頷いた。


「私はエルージアで情報官として働いていましたです。様々な情報を仕入れますです。市井のことを調べていれば、『組織』のことには嫌でも触れますです。


それに、貴族にコネのある『組織』も多いです。なかには力関係が逆転して、『組織』を飼っている貴族もいますです。


・・・リュミフォンセ様がこれから中央に行かれるのでしたら、多少なりとも知識は持っておいたほうがよろしいと存じますです」


ちなみに、西部にはそういう『組織』は少ないらしい。何故ならば現公爵ーーお祖父様が、そういう陰に働く『組織』を好まず、取り締まる方針を堅持しているからだと丸眼鏡さんが説明してくれた。その娘のわたしが知らなくても、仕方がないわよね。


「今回の事例は、ふたつの組織が、ひとつの依頼を受けたのだと思っていますです」丸眼鏡さんが説明を続ける。「そして、片方が失敗して囚われた。組織の掟としては、これはなんとしても助けなければならない。そして、首尾よく助け出した」


頭布のセシルが、脱獄したシーウェンを連れて街外れまで逃げる姿を、わたしは夢想する。


「でも、シーウェンは結局、殺されたわ。逃したセシ・・・『一緒にいたはずの者』は、護ろうと戦ったりしたのかしら? それとも、何もせずに見捨てたのかしら?」


目の前にいる丸眼鏡さんも名前はセシルだ。同じ名前のセシルが二人居ると、どうも呼びにくい。名前をわざわざ言い直して、質問する。


「何もしなかったというのはちょっと違うです。正確には、『一緒にいたはずの者』・・・偽者のセシルですね。これが、襲撃犯を自ら手を下して殺した可能性が高いです。なぜなら、状況からして一番動機がありますですから」


セシルが、シーウェンを殺した?


「ちょっとまって。あなたはさっき、セシルを名乗る偽物の男性が、シーウェンを助けたと推測したわよね?」


「そうです? けれど、矛盾はないです。組織の者が恐れるのは、囚われた者からの、情報の漏洩です。


ひとまず牢屋から助け出して、他に情報漏洩の可能性が無いかを聞き出せば、もう用はないはずです。殺害して、さらに念の為に情報漏洩につながりそうな所持品を奪えば、もう情報は残りません」


人の命よりも、『組織』の情報のほうが大事ということ? ちょっとわたしには理解できない価値観だわ・・・。


「付け加えるなら、仕事を請け負っているとき以外は、別の『組織』同士の者が殺し合うのも別に珍しくはないです。


まして、今回の犯人は、任務に失敗して、さらに大怪我を負って仕事ができなくなったわけですから、『組織』に戻っても処罰粛清される可能性が高いのです。


そんな足手まといを連れて、一緒に逃げるというのは、彼らの理屈で言えば合理的じゃないです」


彼女の言説に、わたしは頷いた。


「なるほどね。セ・・・貴女のの話は、筋が通った推論だと思うわ。でも、物証が欲しいわ」


わたしがそう言うと。丸眼鏡さんは、当然その質問は予期していました、というように頷いた。


「承知致しました。・・・とその前にです」


そこで言葉を切って、丸眼鏡さんは、わたし、周囲の皆を順に見回したのち、お芝居のように両腕を広げる。


「リュミフォンセ様、そしてこの場の皆々さま。どうか、私のことは、『マーリナ』とお呼びくださいませ」


「マーリナ・・・?」


丸眼鏡さんの突然の提案に、わたしはただ首を傾げる。横からチェセが「いにしえの賢人と同じ名前ですね」とそっと伝えてくれる。


「皆様が『セシル』という名前を呼びにくいようでしたので提案させていただきます。本来、名を変えるべきは偽物のほうですが、この場におりませんので、便宜のために、私が譲りましょう」


わたしは素直におどろく。偽物のために、本物が名前を譲ろうというのは、なかなか大胆な発想だ。


けれど、頭布のセシルの裏切りには、複雑な思いがある。ほんの数ヶ月だったけれど、彼もこの場に馴染んできたところだったのだ。それが、こんなことになるなんて・・・。


感情が整理できるまでは、セシルという名前を使いたくないというのも正直なところ、ある。


ーーマーリナと名乗りたいと申し出た丸眼鏡の彼女の提案は、絶妙のものだ。


けれど、名前は尊厳に関わるものでもある。わたしは念を押す。


「貴女は、本当に、それでいいの?」


「良いです。私にとって、名など記号です。それより、古代の賢人の名前で呼ばれることのほうに興趣を感じる、私はそういう人間ですです」


あっけらかんと言う、マーリナと名乗りをあげた彼女。合理性を追求してそれ以外にはこだわらない、そういう種類の人間なのだとわたしは解釈した。


「わかったわ。それでは便宜的に、貴女のことはしばらくマーリナと呼ばせてもらいましょう。いやになったらいつでも言ってくれれば良いわ」


「嫌だなんてとんでもないです。しばらくとは言わず、いつまでもマーリナと呼んでいただいて結構ですです」


マーリナは笑顔で言い切り、そして、


「それでです。話を戻して、物証ですけれどーー」


言って、丸眼鏡のマーリナは、少し間を置いた。そしてなぜかアセレアに視線を走らせる。アセレアは少し厳しい表情で頷いたーーそのとき。



「ふふっ。ふふふ。はーっはっ・・・うっ! ふっふぅ・・・」


不気味な笑いを演出しようとして、失敗したかのような笑いが聞こえた。


何事かと見回し、みんなの視線の先をたどってみれば。


わたしの後ろ斜めに立つ、護衛で命の精霊の残念美人、クローディアだ。


どうしたの、と声をかけてみれば、クローディアは「くくくっ・・・」と悪役のような笑いとともに口端をあげる。


「愚かなだな人間というものは。限りなく推測を重ねるよりも、当事者に事情を聞けばいいだろうに」


言って、芝居がかったように緑色の髪をかきあげるクローディア。外貌が整っているためになかなか様になってはいる。


クローディアの不敬な態度に怒りを見せる保護者のシノンを制して、わたしは聞く。


「もちろん当事者に聞ければいいでしょうね。とはいえ、セシルの行方は不明だけど・・・貴女は居所がわかるの?」


そう聞くと、再びクローディアは、くくくっ・・・、と笑う。


どうやら今日はそういうキャラで行きたいらしい。この子が突飛なことをしだすのはある意味いつものことなので、とくにわたしも突っ込まない。


「当事者は、一人じゃないだろう? ーーそうだな、もったいぶるのも可哀想か。ほら、シーウェンとかいうヤツがいたじゃないか」


シーウェンは襲撃犯で、もうお亡くなりになっているのだけれど・・・。


まるでそういう反応が来るのがわかっていたように、クローディアの突然の一人芝居が続く。


「でも死体があるだろう? 僕を誰だと思っているんだい?」


命の精霊ーー。そう名乗っているのはわかっているけれど。


そのとき、わたしの脳裏にひとつの仮説がひらめく。


まさか、クローディア。あなたーー、死者を蘇らせることができるってこと?










評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ