18 屋外授業②
ヴラド先生の魔法のデモンストレーションは、騎士の人たちに向けてばつぐんの効果だった。皆の先生を見る目が明らかに変わった。放った魔法は訓練場に施してある強力な耐魔法処理を貫いたのだ。尋常じゃない魔法を使って見せた、ということなのだろう。
つまり、みんなから見てすごいということは、今のわたしが先生と同じレベルでやったら不審がられるということだね!
「リュミフォンセ様。同じようにやってみていただいてもよろしいですか?」
「はい。先生」
返事をして、一歩前に出る。吐く息が白い。白い毛織ケープ、白い毛皮の帽子、白いブーツ。背中までの髪はすべて下ろしている・・・というのが今日のわたしの格好だ。雪の積もった訓練場で訓練があるといったらメイドさんたちが気合を入れて選んでくれた、可愛らしい装いである。わたしの灰色の瞳に良く映えるとメイドさんたちも太鼓判だった。
騎士の皆さんの前で、わたしが魔法を披露するのは初めてだ。少し緊張する。まったく魔法ができない、というよりも、結構できる奴だ、と思われたほうが、今後も魔法を使ったときに怪しまれなくてすむだろう。
そしてわたしは学習している。先生のお手本よりも、2、3段落として実演するとすごく喜ばれるのだ・・・経験的にね! さあさあさてさて。魔法少女のちから、御覧あれ!
「いきます・・・。緑色魔法 緑球」
眼の前に浮かんだ詠唱紋が一回転する。ほひゅっ、と風のエテルナの籠もった球を右手の手のひらから出す。
「・・・強化」
しゅるる、と音を立てて緑に輝く球を拡大させる・・・2倍くらいに。
「圧縮」
今度は球を小さくする。膨らんだ風船を、空気を抜かずに押し込めて小さくするイメージだ。圧縮をすると、籠めたエテルナ以上に爆発力が出る。基本技だけど格上に通用する重要な技術だ。
わたしは先生の倍くらいの時間をかけて、緑球を小さくしていく。テニスボールくらいの大きさにまでにして、緑弾にした。圧縮したエテルナのせいで、高音がかすかに響く。
おおお、と騎士の人垣から声があがった。膨らませるのは簡単だけど、ちゃんと縮めるのは難しいと世間では認識されているということらしい。
「武器具現」
今度は、緑弾をナイフの形状にする。ディテールはわざと先生よりも粗くつくる。柄に付く指護は再現しない。ちなみに、装飾などは威力に関係なさそうだけれど、装飾をつけるとはっきりとしたイメージを付与しているということになり、それだけ強力な魔法になるのだそうだ。
また騎士団のひとたちから声があがる。
「浮け」
ひゅっと右手を上方に振り、魔法の緑の刃を上空へと放り投げる。冬の空って明るくて眩しい。わたしは目を細めつつ、そして角度を見定めて・・・。
「征け」
あげていた右手を軽く振り下ろす。
刃は風をきって雪の訓練場に落ちるように飛んだ。
しかし、結果は先生のものとは違う。ばちん。と青白い火花が地面ではじけた。緑の刃は刃先だけ突き刺さったが、そのあとに砕けて消えた。訓練場の地面に施された耐魔法障壁を貫けなかったのだ。だが、騎士団の人垣からはすごいという声があがる。わたしを見る目はバケモノを見る目じゃなくて、ちゃんと称賛の視線だ。うん、よしよし。ちゃんと手加減できた! わたしえらい!
飛び上がって喜びたいが、お嬢様を求められているわたしは、残心の姿勢からゆっくりと戻る。先生のほうへと、どうですか? という感じで視線を向ける。すると、ぱんぱんぱんとヴラド先生が拍手。その拍手は騎士団の皆さんへ伝わり、みんなから拍手をいただく。えへへ、なんだか気恥ずかしいね。
にまにましてくる顔。頬を押さえて、ありがとうございますとはにかみながらもお礼を言うと、皆さん喜んでくれた。
そのあとは、騎士のみなさんはヴラド先生のところに人だかりを作った。みんな言葉は違うけれど、どうしたら同じ事ができるのか教えてほしい、というお願いごとだった。先生はみなを鷹揚に受け止め、少しの時間、魔法のコツを語り、訓練方法を教えた。そして、
「なにごとも実地が一番です。頭で理解しても体に学ばせる必要があるのが魔法というもの。まだ記憶が新しいうちに、試してみるのが一番です・・・何度もね。”くろがねは紅いうちに打て”」
会話をしながら、先生は並行して作業をしている。彼は赤と黄と黒の魂結晶をいくつか取り出し、それを魔法で飛ばす。魂結晶は光の尾を引きながら一列になるように地面に転がり、等間隔にばらまかれた。
「とはいえ、練習で失敗して屋敷に被害が出てもつまりませんから。みなさんのために、屋敷との間に結界を張っておきましょう。この結界はしばらく経つと消えますが、皆さんはその間に魔法の練習をなさってください」
わたしは手招きされたので、ヴラド先生の隣にならぶ。半年が過ぎたので、授業にはわたしの護衛はもう付かなくなっているので、わたしたちふたりだけと、騎士団の皆さんとが、一列に並ぶようにまかれた魂結晶を挟んで、向かい合う。
先生は呪文を唱えた。
ばらまいた魂結晶のエテルナが反応し、基礎となり、ばきばきばきと音が鳴る。半透明のブロックが成長し、わたしの背を越し、騎士団の皆さんのよりも高くなる。厚みもましていくので、半透明のブロックの成長に合わせて、騎士団の皆さんは少しずつ後退していく。
このようにして、雪上に半透明の紅色の壁が出現した。わたしたちと騎士たち、お屋敷と訓練場を隔てる、大規模な防壁。鳥しか飛び越せないほどに高く、お屋敷を包むように横にも広いそれは、お城を取り囲む城壁に匹敵するものだった。
「ーーさあリュミフォンセ様。お屋敷の中に戻りましょう。ここは寒い」
促されて、わたしは我に返った。少し遅れて、先生の横に並び歩きはじめる。騎士のみなさんは最初戸惑っていたようだが、結局素直に魔法の練習を始めたようで、早速くぐもった魔法の爆音が壁の向こうから聞こえてくる。
わたしは、なんとなく魔法の壁を振り返った。
すると、壁はだんだんと赤色が濃くなり、向こう側が見えなくなっていた。最初は可愛らしく半透明のピンク色だった壁の赤色も、今はエテルナが充実して赤黒く染まり、まるで血の色のように不気味だ。
物理的な壁の役割だけでなく、防音とエテルナの遮断も兼ねているようだ。とても強力な、魔法の壁だ。たかが訓練に、これほどの壁が必要なのだろうか。
ここで違和感があったけれど、わたしは、なるべく赤黒い壁が視界に入らないように向き直ると、下をむいて早足で雪をさくさくと踏み進む。
「あれらの騎士の人たちが、耐魔法障壁を突き破るほどになるには、長い長い修練が必要でしょう。10年? 20年? たどり着けないまま終わるものも多いでしょう。まったく、短命種というのは、けなげで、おろかで、嘆かわしいものだ」
先生の横に並びながら歩くわたしは、先生の口調がいつもと違うと気付いた。雰囲気も、様子も異なる。いらついているーー? ちがう。 哀れんでいる? それもちがう。
「そうそう。先程の実演ですが、あれ、実は手加減しています」
ぱっと手を広げて、ヴラド先生が言った。表情は無い。
「本気でやったら、あまりにも差がつきすぎて、皆さんが絶望してしまいますからね・・・どうしました? リュミフォンセ様、先へ進みなさい」
意図せず、わたしの足は止まっていた。ものすごく違和感があるのに、それをうまく言葉にできない。けれど、促されてわたしは足を動かす。
お屋敷の入り口までは、左右どちらからでも登れる、弧型のつづら折りを向かい合わせたような階段になっている。
だが先生の様子が、どうもおかしい。実はわたしも手加減してましたなんて一緒に笑える雰囲気じゃない。
騎士の皆さんとは遮断されている。お屋敷の中にまで戻らないと、メイドさんとは合流できない。今日もバウは探索に出ていて、手元の影にはいない。つまり、いま、わたしは、ヴラド先生ーーこの長身の白皙の男とふたりきりだ。
わたしは胃の底に溜まっていく重い違和感を抱えながら、雪が掃き覗かれた左側の階段を先に登り始めた。
「しかしリュミフォンセ様、貴女は違う。人間でありながら、魔法の天才だ。その齢でここまでできれば、ほんの・・・ほんの少しのきっかけさえあれば、さらに、大きく、飛翔できる! あの有象無象たちとは違う次元、むしろ私に近いところまでね!」
突然両肩をつかまれ。引き寄せられた。
階段の上で足を踏み外し、回避できない。
左側の首の付け根、鎖骨の近くに鋭く強い熱。
咬まれたーーとすぐに認識することはできなかった。
「うぐっ・・・ぐっ・・・あっ・・・?!」
抵抗して振り払ったというよりも、向こうが掴んでいた肩を離したというほうが正確だった。わたしの白いケープに点々とにじむ、赤い染み。
「幼いながらも、その魔法の才! そして美貌! 双月を統べる王たる私の隣に侍るに充分な資格だ!」
なにこれ・・・意識がもうろうとする・・・!!
歯を食いしばり、吐き気にに歪んでしまう顔をあげて、ヴラドを睨む。さきほどまで親切な先生だったはずの男は、不気味な愉悦の表情で、わたしを見下ろしている。
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