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187 面接者は歌う


疾走する騎走鳥獣(ウリッシュ)の蹴爪が土埃を立てる。


閲兵のための台の上に立つわたしのすぐ前を、二列縦隊を組んだ魔法騎兵が駆け抜けていく。


リンゲンにある騎士団の訓練場。


森を切り拓いて作ったその場所は、費用の関係でロンファのそれのように反魔法文様が施されているわけじゃないけれど、その代わりにだだっぴろい。


300名の魔法騎士は、ぐるりと練兵場を周りながら二列縦隊から横列に広がり、そこからさらに小隊ごとに散開。そしてもとの二列縦隊に戻り、先頭から順に、訓練場の奥に設置された大きな的に向けて、攻撃魔法を撃ち込んでいく。


騎走しながらの隊列の変更、さらに的に対して直角に騎走しながら魔法を当てるのは難易度の高い行動なのだけれど、騎士たちは見事にやってのけた。


わたしは称賛の拍手を彼らに送り、最後に整列した騎士たちに向けて、ねぎらい言葉を送る。


「素晴らしい練兵ぶりでした。日頃の皆さんの訓練の賜物であると思います。その鍛えた技量で、リンゲンの民を、これからもモンスターから守ってあげてください」


これで、わたしの今日のお仕事のひとつーー練兵視察は終わりだ。


次の予定は、政庁での面会だ。訓練場は街外れにあって道も悪いため、鱗馬車でなく、騎走鳥獣で走って帰る予定になっている。


先日はルーナリィが突然押しかけてきて、魔王トーナメントが始まってわたしが魔王になる可能性が云々といろいろ脅されて、ついでに楽しみにしていた蕎麦焼菓子を食べられたりして落ち込んだりもしたけれど、元気です。


魔王候補者に戦いを挑まれたりするのかなと身構えているけれど、いまのところそういったこともない。最近、たびたび、寝ているときなどにやや大きい魂力(エテルナ)が遠方で膨らんで消えたのを感じたことがあったけど、直接わたしにはなにもない。


きっとわたしの知らないところで候補者同士が争っているのだと思う。


それはそれとして普通に領主としての仕事が毎日あるので、こうして執務に励んでいるわけである。


練兵場の出口を出たところで、練兵視察のあいだからこっち、ずっとわたしの後ろで控えていたアセレアが、すっと彼女の騎走鳥獣を寄せてくる。


「素晴らしい閲兵でしたね。皆の士気が高まりました」


言葉に感謝の色がある。アセレアは、わたしの護衛長でもあり、リンゲンの騎士団長でもある。想像するに、自分の部下が督戦されたので、きっと嬉しいのね。


騎走鳥獣を小走りの速度で走らせ、並走しながら、


「皆の動きが素晴らしかったので、わたしはそれを素直に褒めただけですよ。アセレアの働きも大きいと思っていますよ。いつもありがとう」


赤の前髪を揺らすアセレアは、不意をつかれたようにまたたくと、お褒めに預かり光栄ですと如才なく微笑む。


「リンゲンでは、対モンスターの実戦の機会が多いですからね。自然と騎士たちの練度もあがります」

「そうね。騎士の皆さんも、自警団の皆さんも、頑張ってくれているのよね。素晴らしいことだわ」

「ええ。他領からは、我々の高い練度を羨ましがられます。ただ、ときに、その騎士団の高い練度が、危険視されることもままありますが」

「ーーーー」


わたしは並走するアセレアを一瞬振り返る。


いま、年明けの王太子選定の儀に向けて、さまざまな見解が飛び交っている。そのなかに、王太子に選ばれなかったほうの王子が挙兵するのではないか、という推測もある。


そうなると、騎士団を持つわたしを婚約者とするオーギュ様は有利になる。


その推測どおりになれば、実際に戦うのは霞姫騎士団となり、アセレアを始めとした騎士団の皆さんは、まさに当事者になってしまう。


内戦になれば、人同士での戦いである。いまあるモンスターとの戦いとはまったく違うものになるだろう。


そしてそれは、わたしの望むところではない。


軍事衝突は回避したい。それは第一王子の妻であるディアヌ様とも意見が一致しているところだ。


王子たち本人は、護衛隊程度の私兵しか持っていない。


つまり、誰かが余計な手を貸さなければ、軍事衝突は避けられるわけなのであるけど・・・。


「アセレア。貴女も、わたしが兵を挙げると思っているの?」

「いいえ。ですが、我々は軍人です。何が起こっても良いように、備えるのが勤めだと考えています」

「・・・・・・」

「こちらから兵を挙げなくとも、向こうが軍を使えば、こちらも応じざるを得ませんから」


表情を伺えば、アセレアの顔は涼やかだ。当たり前のことしか言っていない、という感じだ。


けれど、もし、リンゲンの持つーーわたしの持つ騎士団のせいで、内戦になってしまったら。


どうしたらいいのだろう。


想像すると、言葉がうまく出てこない。


「ですが一方で、我々騎士団が居ることで、軍事衝突を避けられることもありますよ」


アセレアの言葉に、わたしは顔をあげる。


「『抑止力』です。相手を殴ったら、殴り返される・・・そう思わせることで、相手の行動を止めることができます。彼我の戦力差が大きいほど、抑止力が強くなるというのが、一般的です」


抑止力。その言葉は聞いたことがある。


「抑止力が無ければ、相手は遠慮なく力を行使してきます。あえて丸腰で立ち向かって、相手の善意を期待するなど、我々の業界では夢物語ですね」


なるほどね。そういう考え方もあるんだなあ。


わたしは頷く。内心の迷いがすべて無くなったわけじゃないけれど、少し心が軽くなった気がする。


「そうですね。騎士団が居てくれて良かったと思っていますよ」


アセレアは満足そうにひとつ頷き、


「我々は、貴女の矛であり、また盾でもありますから。・・・ときに、次の面会の相手は、新しい情報官の候補者でしたね?」


そう。


先日チェセとアセレアから、情報官を置くことを要望されたのだ。けれど、いまリンゲンにない役職で、どんな人材が情報官に適するのかもわからないので、ラディア伯母様に手紙で聞いてみたところ、ひとりの人材を紹介してもらったのだ。


「元冒険者で、情報分析に長けた人らしいわ。名前は、たしか・・・セシル=ランパートだったかしら」


「ふぅむ」手綱を握っていないほうの手であごに手をあて、アセレアがひとつ唸る。「セシル・・・男性ですか、女性ですか? どちらにもある名前ですから」


言われて、わたしもはてと記憶を探り、


「伯母様のからの手紙では、女性だというように読めたけれど・・・。情報官向きの人材はたいがいが個性的で、相性もあるから、本格登用前に会って人物を確かめなさい・・・ということだったわ」




■□■





結論から言えば、セシル=ランパートは、女装した男性だった。


政庁の執務室、やってきたのは、玲瓏な雰囲気を持つ長身の美女。騎馬民族風の長衣をまとい、手には竪琴(アープ)を持っていた。


けれど自己紹介のあとに、()()はつけていたウィッグをするりと外し、胸の詰め物を取り出し、詰め襟の釦を外す。



最後に取り出した布で顔の化粧を軽く拭い。するとそこに現れたのは、切れ長の目をした男性だった。


あっけに取られるわたしたちを差し置いて、これまた騎馬民族風の頭布(チュルボ)を手早く巻きつけながら、は改めて自己紹介する。声まで変わっている。


「改めまして。セシル=ランパート。もともと冒険者をやっていましたが、いまは吟遊詩人(トルバドール)・・・ということになってる」


吟遊詩人(トルバドール)? 情報官ではなくてか?」


この質問はわたしではなく、わたしの隣に立つアセレアからのものだ。ちなみに、執務机に座るわたしを挟んで、アセレアとチェセが両脇に立っている。


「吟遊詩人という建前は役に立つ。旅をしても怪しまれないし、どの城市に行っても市井に紛れ込むことができる。にも関わらず、貴族様の屋敷にも入れる。そこで得た情報を話をしているうちに評価されて、今回みたいな話が巡ってくる、ってわけだ」


ざっかけない言葉遣い。最後に、ぱちん、と彼はわたしに向けて、片目をつむって見せる。濃緑の瞳。睫毛が長い。


そして彼はまるで舞台役者のように言うーーいや、朗々と歌い上げる。


低いけれど綺麗に響く声だ。


「リュミフォンセ=ラ=ロンファーレンス=リンゲン!

深森の淑女(ドラフォレット)、精霊姫、少王妃(レネット)・・・!

高き公爵家に生まれながら、リンゲンを再び拓き一代公の名誉に預かった若き英雄!

しかも国一番の美姫、ぬばたまの黒髪、けぶるような灰色の瞳・・・。噂に違わぬ美しさ!

そのようなリュミフォンセ姫に面会する栄誉にあずかりーー」


手振りをつけて語り、最後はその長い指を自分の胸に当てて、腰を折る。


「ーー恐悦至極」


わたしは、予想外の動きの連続に、まったく何もいえずにその様子を見ている。


うーん。ここで働く気はありそうだけれど・・・?


どうコメントすべきか迷った短いあいだに、セシルはさらに畳み掛けてきた。


「情報官の余技としてですが、私めは、吟遊詩人としてもひとかどの者だと自負しております。リュミフォンセ様にお目見えしたこの栄誉な機会に、一曲、差し上げてもよろしいでしょうか? 政務にご多忙なリュミフォンセ様の、その心の癒やしとなればと」


えー・・・? これ情報官の採用面接だよね? 面接の場で歌うの?


左右のチェセとアセレアを見れば、ふたりともわたしの顔を見ている。まあそうだよね、決めるのわたしだもんね・・・。


んー、まぁいいかなぁ・・・?


「では、ものの試しに。聴かせていただけます?」


「恐れ入ります。ではーー」


ぽろろん。ぽろろん。ぽろろん。


竪琴をかき鳴らし。目の前の旅の吟遊詩人は歌い始める。


歌はーー悲恋の歌。


一人の男が、遠くの女性を想い恋う歌。


さっきも思ったが、セシルはなかなかの美声だ。聞きやすく、耳に響く音を持っている。


ときに強く、ときにかすかに。まるで波のように音が迫る。音だけでなく、強い視線や全身の表現力も強烈で、情熱的だ。


余興と思ったけれど、なかなか聞かせる。歌の熱気に、部屋の温度があがったかのような錯覚をおぼえる。


思えば、わたし、音楽とかそういう文化的なものに触れる機会があまりないものね。


左右のふたりも、聞き入っている様子だ。


こうやって歌で相手の心を開いて、情報を取って来るということかしら。情報分析能力は、仕事をしてもらわないとわからないけれど、伯母様に紹介されたのだから、問題ないと観るべきかしら。


ぽろろ・・・ろん。


そんなことを思っているうちに、セシルは演奏を終えた。よほど熱を入れたようで、汗が顎まで滴っている。上気した瞳で、彼はわたしを見る。


わたしは彼の演奏に拍手を送る。少し遅れて、チェセとアセレアも拍手をした。


「素晴らしい演奏でした」


わたしが言うと、セシルは一度頭を下げ。ーー髪をかきあげながら頭をあげる。


その彼に向けて、わたしは言う。


「自分が求められている仕事は、わかっているかしら?」


「他領の動きを探る情報官ーーと聞いております」


「わかっておられるなら、結構なことです。では今後、このアセレアの下、情報官として働いてください。情報官としての働きは実地でみましょう。功があれば褒美を、罪があれば罰であがなってもらいますーーよろしいですね?」


しかし、唖然とした表情のセシル。なぜか、どこか意外そうな。


あれ、わたし、なにか間違ったかしら?


けれど、わたしが念押しすると、そこで自分を取り戻したように、承知致しました、と頭をさげた。









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