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154 『親子ゲンカ』






「さ、さ。狼くんはこっちだ。黒くて艷のある、良い毛並みだね。人の言葉はわかるかな? 椅子もなくて申し訳ないけど、少し話をしよう」


満月の月夜も明けようかという時刻。空が群青から青紫に変わりつつあり、星も双月もその姿を薄くしている。


どことなくはしゃぐような、白外套の男。銀髪の少女とは反対側に、巨大黒狼をいざなう。のそのそと歩く黒狼は牛よりも大きく、普通の人間ならば畏怖を覚えてもおかしくない存在なのだが、白外套の男の黒狼への対応は、飼い犬に対するそれと変わらない。


そして、会話の口火を切ったのは、人ではなく、狼だった。


『さくじつの戦いでは世話になった。深く感謝する。勇者リシャル』


「おお、君、人の言葉を喋れるんだね・・・」驚いたというよりも、おどけた態度で、リシャル。「いや礼には及ばないさ。勇者の仕事は、世界を救うことだからね」


「ん? これ狼、何故にこの者が勇者だと知っているのだ?」


『我はあるじとともに行動していた。事情はだいたい把握している。それに、作戦会議でも、リシャルの名は出ていたぞ』


「んむ、そうだったかや? 周囲の警戒やら治療やら戦闘やらなんやらの同時並行じゃったからのう。ぜんぶは聞いとらんかったのじゃ」


『あるじも、あまりこまかく語る性格ではないからな』


「それ、おぬしがいうか?」


呆れたように、銀髪の少女ーーサフィリアが狼に言う。ふん、と言わんばかりに狼は尻尾を一振り。


『言葉を()しむのは美徳だ』


「そのようなこと、長く生きとるがはじめて聞いたわい」


「うんうん。君らはとても仲が良いんだね」サフィリアと狼のやり取りに、リシャルが割って入ってきた。「ところでーーおほん、我が娘のリュミフォンセは、僕のことについて、何か言ってなかったかな?」


「は? うーん。昨日はそれどころじゃなかったからのう」


なにせ魔王とそれ以上との存在との死戦だ。そこでの娘の評価を聞きたがる父親もどうかと思うが、もはやこういう存在だと諦めるしかない。長く生きているといろいろなことがある。自分の身に起こる真理を噛み締めて、サフィリアは話を他に振ることにする。


「狼、おぬしはどうじゃ?」


サフィリアがそう水を向けると、黒狼はしばらく考えるようにしたあと、


『言葉ではっきり語ることではないが・・・あるじは、リシャル殿をずいぶんと頼りにしている様子だった。実際、魔王との戦いは、貴殿が居なければ成立すらしなかったからな』


「いやそうか、そうか! 頼りにしてくれていたか、うん!」


リシャルは腕を組んで、満足そうに、二度、頷いた。それだけでは終わらず、もう二度。さらに二度の六度目のとき、黒狼ーーバウはずっと気になっていたことを聞いた。


『ところで・・・いまあるじが、激しく・・・いやかなり激しく戦っているが、大丈夫なのだろうか?』


そう聞いたところで、二人と一頭の眼の前にある、結界を貫く、ごうんという破壊音が響く。そして空まで届く火柱が上がり。少し遅れて、火柱の倍の規模の水柱が落ちて、巨獣が転がるような音とともに地面を揺らす。


「もちろん大丈夫さ! はっはっは!」


「いや、とてもそうは見えんのじゃが・・・」


ぼそりと突っ込むサフィリアだったが、地面にぺたりおろした小さな尻をあげる気配はない。もはや介入できる戦いではないと諦観しているのだ。


「いやそれがそうではないんだよ。なんといってもあれは・・・『親子ゲンカ』だからね」


じゃれ合いに近いものさ、とリシャルは言った。


「『親子ゲンカ』」


さすがのサフィリアも、ぽかんと口を開けた。


『もし(われ)が記録を残すとしたら、魔法大戦と表現したい光景だ』


おすわりの姿勢で呟くバウ。こちらも自力での事態の打開を諦めているようだ。


そんな精霊たちを置いてけぼりにして、先代勇者リシャルはいやいやと手を振って言った。


「あのふたりは、十年以上も離れて過ごしていたんだ。折り合いがうまくつけられない感情だってあるだろうし、どうしても衝突することがあるだろう。でも、それを乗り越えて、本当の親子になるんだ。こういうときに、同性の親というのは羨ましいよ」


かかっと枯れ木を打ち合わせるような音が響き、千を越えようかという雷が降り注ぐ。その合間を縫って現われた勇敢な魔法兵士の軍団。突撃していくそれらは、再び轟いた黒雷の網にからめ取られて、まるでかすみのように消える。爆発が煌めき、衝撃波が結界内を圧している。


眼の前の悪夢のような破壊的な光景に対して、精霊たちはあえて触れることはなかった。


「・・・。わらわは精霊じゃから親とかそういうのに詳しいわけじゃないがの・・・それでも、世の中で見る親と子のあり方とはだいぶ違っているように思うぞ。ときに狼、あるじさまの母親、あれは何者じゃ? あれは、ウドナ河で戦ったことがある女じゃろ?」


サフィリアの問いであろうと、聞かれれば律儀に答えるのがバウだ。


『公爵家のルーナリィという人間で、先代魔王だったらしい。昨日の戦いで魔王から引き剥がした異世界の者を討ったのは、あの者だ。神喰いとも呼ばれていたな』


まおう・・・と呟きをサフィリアは口の中で転がし。


「となれば、あるじさまは、先代の勇者と魔王の子ということかや?」


さすがに動揺を隠せず、サフィリアが隣のリシャルを見る。


「まあ、そうなるね」


「どうしてつがいになった? 敵同士じゃろうが!」


「それは、僕にもよくわからない」


「わからんのか!」


勢い余ってばんばんと地面を叩くサフィリア。


地面からもくもく土煙があがるなか、はははとリシャルは快活に笑う。


「けれど、なぜか彼女が僕をいたく好いてくれてね。お互い宿敵同士だから良くないって僕も最初は断ったのだけれど、まあいろいろあって、そういうことになったんだ」


昔のことでも恥ずかしいな、とリシャルは笑うが、サフィリアはまったくわからんと首を振る。


『あるじは、生まれてすぐに祖父に預けられたというが・・・そうしたのは何故だ?』


黒狼のバウが、リシャルに問いかける。狼なので表情から感情を伺うのは難しいが、これでも狼なりに緊張していた。


「当時は、ふたりとも調律者(バランサー)になりたてだった。異世界との戦いも激しくてね。生き残るのに必死だった。むかしは、調律者もたくさん構成員がいたんだよ。もうほとんど戦いで死んじゃったけれどね。それで、そんなときに生まれた僕らの子供だ。戦場などで育てるわけにもいかないけれど、僕たちも戦場から抜けられない。それで、泣く泣く彼女の実家に子供を預けたわけさ」


『では、今回、親だと名乗り出ることにした理由は? 親と名乗らぬこともできたはずだ』


狼にとって、これが本題だった。


「うん・・・。そうだね。僕らはあくまで一時的に預けていただけのつもりだったし、戦いのなかであっという間に過ぎ去った時間だけど・・・。あの娘にとっては、捨てられたと思っていたかも知れないね。もしリュミフォンセがそう感じているなら、今回名乗り出たことは、とても無責任なことだね。狼くんが言いたいのは、そういうことかな?」


答える代わりに、バウはぱたりと尻尾をひとつ振った。肯定の意志表示。


「ひとつ言っておけば、僕らはリュミフォンセを捨てたつもりはまったく無いということだ。でも確かに、彼女を迎えに行くことは出来なかったことは認めなければならない。これは僕らの咎だ。だから、彼女にはちゃんと謝りたい。彼女が罰を望むならそれを甘んじて受けたい。それが責任だと思うし、必要なことだと思っているからね」


黒狼はぱたりと尻尾を振って。そして何かを考えるように、もうひとつ振った。


『考えがあることはわかった。その是非は、あるじがみずから判断するだろう』


理解してくれてありがとう、とリシャルは言った。


「ところで、あのふたりの戦いーーぬしどのの言う『親子ゲンカ』じゃが、無事に終わる見込みはあるのかの?」


くい、とサフィリアは親指で眼の前の様子を指し示す。


結界のなかでは、濃い氷靄のなか、鋭く激しい火花がいくつも眩く光っている。まるで嵐のなかの雷雲の中のようだ。


「そのあたりは大丈夫だよ。ふたりとも、昨日の戦いで魂力を大きく消費しているからね。僕の見立てでは、もうすぐに終わるよ。仕掛けもしてあるし」


そういって、リシャルは正面を指差す。


その指の先には、紅玉の飾りのついた黄金の杯がひとつ、地面に置かれてありーーその杯が薄く虹色に輝いていていた。


そして、魔法の靄が晴れたときには、ふたりの母娘は、正面から対峙しておりーー。


「ま・・・まだ続くのかや?」


勝敗の行方を、ごくりと固唾を飲んで見守る精霊たち。


そして、母娘はよろよろと揺らめくと、どちらともなく、ばったりと。


「た、倒れおったーー! 相討ちじゃーー!」










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