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147 彼から見える彼女







わたしはバウの耳の後ろをかいてやると、巨大黒狼が空中を前進を始める。


眼下では、戦いの傷跡なまなましく破壊された箱庭に、水が吹き出している。ところどころに水柱があがり、水量もすごい。大きなものは高さ5メートルくらいの水柱が立っている。


あんなことができるのは、サフィリアしかいない。


さきほどの水の華の作戦会議のときに話していたこととはちょっと違うけれど、この予定外も含めて作戦を成立させる過程に違いない。


「高度を落として、水柱に隠れるように接近したほうが良いですか?」


わたしがオーギュ様に意見を求めると、バウの背中に乗るオーギュ様は、白い方の瞳をじっと見開いて下方を覗き込むように眺めたのち、


「このままの高度を保って上空を飛んでいったほうがいいでしょう。地上は余波が多く振り注ぎ、さらにモンスターの生き残りが潜んでいて、予想外のことが起こりそうです」


「わかりました」


オーギュ様の言葉どおり、余波は地面により多く飛ぶようになった気がする。轟音がするたびに水と土砂が砕け、蒸発した水が水蒸気となって吹き上がる。


「すごい威力ですね・・・これを受け止める先代勇者のリシャルは、人間・・・いえ、人間業ではないですね・・・」


オーギュ様のつぶやくような言葉に、わたしは深く頷いて同意する。


「まったくそうですね。・・・ところで、わたしも知らなかったのですが、その先代勇者リシャルは、わたしの父親らしいのですが、どう思われます?」


わたしは、いまの悩みごとのひとつを放り込んでみた。


「はっ???」


オーギュ様は青白の両瞳と口をぽかんと開けた。あれの・・・むすめ?と口のかたちが動いた。そして問い詰めるように、


「リュミフォンセ! なぜそれを先に言ってくれなかったんです?!」


「オーギュ様。だいぶ核心の戦場に近づいていますから、よそ見をされると、わたしたちが危ないです」


とりあえず、わたしが冷静にさとすと、


「ええ、そのとおりですね、まったく! 右に避けたあと、急下降してください!」


オーギュ様の言われた通りに動いて、余波をかわす。あとのものはちょっと大きめだったので、危ないところだった。


「それで、さっきの続きですけれど・・・わたしの父親の正体については、わたしも先程知ったのです。こんなこと、身内か、それに近い方にしか言えませんもの・・・」


上目づかいでそう言ってみるわたしである。だが効果はいまいちだった。


「そうですね。繰り返しになりますが、まったくそのとおりですね! ええ、心から思いますけれど、貴女は正しいですよ! もしなにか問題があるとすれば、きっと私にあるのでしょうね」


腕を組んで高速で思考を巡らすように視線を動かし、勇者を御すのは王の資質のうちだとつぶやいて。それが結論らしく、オーギュ様は顔をあげた。どうやらこの短時間で事態を飲み込んで、覚悟まで済ませたらしい。


そして彼はわたしに何かを語りかけようとしてーー、はたと気づいたような表情をして、言いかけた言葉を変えるようにして言った。


「リュミフォンセーー。貴女の父親が先代勇者らしい、ということはわかりました。それで、この他に、貴女に秘密があったりしませんかーーね?」


うむぅ。鋭い。


ここで、わたしの母親はどうやら魔王をやっていたようです、と言ったらどんな反応が返ってくるのかしら。


・・・。


「いやですわ。たとえ将来に夫になる人であろうと、乙女の秘密を暴こうとされるものではありませんわ。ほほほ」


「隠してますね?! 明らかになにか隠しごとがありますね?!」






■□■






泉に佇む乙女。


そんな言葉を、辺境伯子のヴィクトは連想していた。


水の大精霊が構築した、水の華の砦のなか。


外では魔王と先代勇者が激しく戦い、かつ超大型の虫型モンスターがうろうろしているが、水の防壁が砦の役割を果たす、この中はいまのところ安全だ。


その空間に、彼の両腕を目一杯に広げたほどの大きさの泉が出現している。


そしてその泉の中央に佇む、侍女服姿の銀髪の少女。


一見した限りでは華奢でたおやかな乙女でしかない彼女は、実は水の大精霊だということを、ヴィクトは知っている。なにせ、いまとなっては遠いむかしのようにも思えるが、昨晩に王都の郊外でさんざんに打ちのめされたばかりだからだ。


ーー『精霊の試練』をそなたらに与えよう。


その言葉で始まった試練という名の自由組手。彼女は大きな行李を持ち、片手が完全にふさがった状態で戦った。水魔法を自在に操り、近づいても嘘のような身軽さで格闘を挑んでくる。


対するヴィクトは、いけ好かない第二王子と連携し、かつヴィクト自身も精霊使いとして、二体の使役精霊を呼び出して、手加減なしの全力、完全な真剣勝負を挑んだのに、完敗。まったく歯が立たなかった。


ヴィクト自身は、挙げ句に水槍に腹を貫かれて、しかもそれを開けた当人である水の大精霊に綺麗に癒やしてもらった。北方の若き英雄ーーそんな自分の二つ名が恥ずかしくなるほどの敗北だった。


そんな敗北を与えてくれた水の大精霊の少女がいま、魔王を倒すためにーーいや隙を作るための隙をつくるためだけに、命を削るほどの大魔法を使おうとしている。


「ん・・・ぐぅ・・・そろそろ・・・じゃな」


つぶやいて、水精霊の彼女は懐から透き通った翡翠色をした一口大の球を取り出すと、それを口に入れて噛み砕いた。


神薬エリクシル。ひとつ口にすれば、体力と魂力(エテルナ)が全快する。そういう貴重な伝説級の薬なのだそうだ。仮に瀕死の状態だったとしても、これを口にすれば蘇るというものらしい。


勇者ルーク一行がとっておきの切り札として持っていた秘蔵の品だ。それを使って、大精霊がエテルナを全回復させたことになる。


水精霊の彼女ーーサフィリアが中央に立つ泉の下は、崖に囲まれた箱庭のような場所の地下につながっている。


いま、その地下に彼女が大量の水を魔法で生成して送り込んでいるのだ。


ぐらりと地面が揺れた。


遠くで水柱がまた立ったのが、ヴィクトからも水の華の花弁の防壁越しにうっすらと見える。


水精霊のサフィリアが魔法の準備を始めてから、微震が起こるようになっている。


つまり地を揺らすことすら、大魔法の予兆に過ぎないということになる。


完成すれば、いったいどれほどの大魔法になるのか、ヴィクトには見当もつかない。


『この計画は、大魔法というよりも、魔法を使った大仕掛けと言ったほうが正確ですね』


という言葉を残して水の華の砦から出立していったのは、ロンファーレンス公爵家の公女、リュミフォンセだった。


人形のように整った美貌と、美しく艷やかな黒髪、そして曇雨けぶる世界のような灰色の瞳。未来の国一番の美姫と名高い彼女は、辺境伯の子であるヴィクトの婚約者候補のひとり。


貴族の結婚は、家と家同士の同盟のようなものだ。なので家格と年回りの条件を考えれば、同盟相手としても結婚相手としても望ましい相手が居るということは、それだけで幸運だ。


だから、リュミフォンセのような評判高い娘が婚約者候補としてあがってきていることだけで、自身の運命は良い星の巡り合わせにあるとヴィクトは思っていたし、婚約者同士で交換した姿絵を見て、彼はその思いを一層強くした。


そして、本人に実際に会うことができたのは、つい先日のこと。世間の評判どおりに美しく成長していた憧れの彼女を見て、彼は結婚を申し込んだ。婚約者候補から、婚約者に昇格するためだ。恋敵は多く、返事は保留されているが、ヴィクトとしては言うべきことは言ったという想いでいる。


けれど、実際の彼女の実態を知ることができたのは、実は、婚約の申し込みのそのあとのことだ。


彼女が、若年にもかかわらずリンゲンを統治し、しかもモンスターとの戦いの場に出ていることは知っていた。深森の淑女(ドラフォレット)と呼ばれ、領民から称賛を受けているのも知っていた。


人の噂はあてにならない。特に貴族では、実体をより良く喧伝することが多い。


けれど、彼女の場合は逆だった。実体のほうがとんでもなかったのだ。


輝くような美貌は掛け値なしの噂どおりだとしても、小規模ながら家臣団を持って自ら領地経営にあたっており、王族や中央貴族の前でも、争ってでも自分の意見は通す。


常に大精霊級の精霊二体を従えて、そして平気な顔で戦場に向かう。しかも精霊使いのヴィクトの見立てでは、大精霊たちもお願いによって契約しているのではなく、きちんと主従関係を成立させて、完全に精霊たちを掌握しているように見える。


戦いの場でも、彼女自身は魔法師としても精霊使いとしても充分すぎる働きをし、勇者と対等の関係を自然に築いている。さらには危険が身に及ぶほど戦いが激しくなっても、落ち着き払って戦場を俯瞰し、的確な意見を述べてくる。


通常の胆力ではあり得ない。彼女は公爵令嬢というよりも、まるで老練の将軍か政治家のようだ。


けれど、そんな彼女を得ることができれば、栄達と自領の発展が約束されたようなものだ。それこそ、ただの僻地から成長領地へと名を高めたリンゲンのごとく。


おそらく、婚約者候補として競う第二王子のオーギュや、婚約者争いに飛び入りしてきた第一王子のセーブルはそうした統治者、貴族的な観点からリュミフォンセを欲しているのだろう。


それに対して、ヴィクト自身が持つのは、姿絵を見たときの憧れのみ。あまりにも幼い想いの在り方。


こっそりと彼はため息をついた。いままでは美しい婚約者とともに歩調をあわせて領地をもり立てていく明るい未来ばかり考えていたが、リュミフォンセとそれがうまくできるかどうか。どうも想像していたのとは違う未来が待っていそうで、正直不安のほうが大きかった。


と、そのとき、ヴィクトの感覚に警告が直接伝わる。


周囲の警戒に当たらせていた、梟姿の氷精霊のミネバからの精神感応だ。


急ぎミネバと視界をつなげてみれば、三ツ首の巨大蟷螂(かまきり)が、こちらーー水の華に向かって来ている。他の巨大モンスターよりもさらに何回りか大きい。


彼は、水の華のなかにいる者たちに警戒を促す。


「4時の方向、巨大モンスターがこちらに向かって来ている。距離は100歩ほど。三ツ首の蟷螂だ。他のやつより、ひとまわりかふたまわり大きい」


「難敵そうッスね」


ヴィクトの伝達に、勇者ルークが、自分の聖剣を引き寄せながら反応した。


「ーー来ます」


控えめな言葉を呟いて、戦闘用の侍女服に身を包んだ若い女性が、投擲刀を両手の指に挟み、臨戦体勢をとる。勇者の仲間のメアリだ。


そして硬質な音とともに、水の華の花弁に、ざくりざくりと何者かの攻撃が打ち込まれる。二度三度とそれが続き、ついに水の花弁が切り裂かれる。


切り裂かれた隙間から、蟷螂の六つの複眼が、覗いて見えた。












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