139 再会と説得①
この世界には、魔王の他にも脅威がある。
それは異なる世界からの侵攻。『黄昏の楽園』の者が、いつもこの世界を狙っている。
『大きなちからが発生したとき』に、『黄昏の楽園』から、その者たちは来る。
大きなちからとやらで時空が歪むのか、それともそれを供物にして跳躍してくるのか、わからないけれど、経験的にはそうなっている。
それが、かつてわたしが、この世界を守るために異なる世界からの侵攻者たちと戦っているという『調律者』に出会った時に、教えてもらったこと。
わたしが勇者に使った全力の魔法。そして勇者が防御のために使った聖剣技。このちからの合計に反応して、『黄昏の楽園の兵士』たちを、この場に呼び寄せることができたのだ。
『黄昏の楽園の兵士』は、前にアーゼル近辺で戦ったときは、天を衝くような大きさ、数十メートルの背の高さだったけれど。
今回現れたのは、10メートル級が3体と、数が多い分、やや小さめだ。
元が小さいのか、それともバウのようにある程度自由に体の大きさを変えられるのだろうか。
巨人兵士たちはこちらを向いて敵意むき出し。さっそく戦闘態勢に入っているようだ。
「リュミフォンセ様、オレの後ろへ。前衛やるんで、後ろから援護してください」
聖剣を構えながら、勇者が言う。判断が速い。
「わかったわ。バウ、サフィリア。あなたたちも、勇者の援護を」
了解の声をあげて、中衛の位置に陣取るバウとサフィリア。
わたしも魔法の準備を始める。
「混色魔法『煙爆球』二十一連」
相手の足止めするための魔法。鈍い紫色に光る球をわたしの周囲に浮かべ。勇者ルークの突撃に合わせ、一部ーー7つを動かす。
勇者が『楽園の兵士』の一体に切りかかり、バウとサフィリアが追撃を仕掛ける。その一体を助けようとして動いた残りの二体に、自由軌道を描かせたわたしの魔法の球を当てる。同時に爆発と煙が起こり、二体の兵士を退かせ、かつ視界を奪う。
そうしている間に、勇者たちは『黄昏の楽園の兵士』を追い込んでいる。
(む。ずいぶんと頑丈なのね)
勇者が斬撃の連撃を入れ、サフィリアが水の拳を打ち込み、バウが魔法で強化した黒爪で斬りつける。だがそれでも『楽園の兵士』は倒れない。技量は圧倒的に勇者たちが勝っているので、兵士の攻撃はかすりもしないけれど、兵士の素の力が高い。
わたしは追加で煙球を動かし、二体をさらに足止めするーー時間をかければ負けはしないけれど、兵士でこれだけ頑丈なら、天つ神を名乗る魔王はもっと頑丈だろうし、こうまで一方的に攻撃させてくれることを許さないだろう。
と、そこに。
ぴいんと、大きな結界が張られる感覚があった。周辺100メートルを囲うような、大きなもの。力を外に漏れ出させないようにするたぐいの結界だ。
そして、勇者たちが戦う場所から、少し離れた場所に、ひるがえる白外套が見えた。
会ったのは数年前に、ほんの二回。
なのになぜだか、とても懐かしいような気がした。
「月詠さま!」
わたしは呼んだけれど、彼は答えることがない。
ただ、ふらり。白外套がゆらめくと、姿が消える。そして、鳴り響く連続した轟音ともに、『楽園の兵士』たちの体が複雑に折れ曲がり、地面に叩きつけられ、そしてまた浮き上がりーー。
「ーーーー」
なにかを呟く。ここからでは聞こえない。そして楽園の兵士の3体が、白閃の奔流に上空へ吹き飛ばされ、そして膨大な虹色の泡に変わる。
それは極北で見る、空から降る極光のようにも見えた。
白外套の男性が、ゆっくりと地面へと降りてくる。
『大きなちからが発生したとき』に、『黄昏の楽園』から軍勢が来て。それを倒すために、調律者が現れる。
これがわたしのほんとうの狙いだった。わざわざ勇者に全力魔法をぶつけ合ったのは、これが理由だ。
ーーようやく会えた。
わたしがほっと息を吐くと同時。
背後から、大鎌の鋭い黒刃が、わたしの喉元につきつけられた。
「さっきのめちゃくちゃな破壊魔法。あれは、貴女がやったのよね?」
首元に刃があれば、うかつに振り向くわけにはいかない。視線だけでおそるおそる振り返ってみれば、豪奢な髪に、この場には似つかわしくない、どこぞの貴族令嬢のような真紅地に黒レースのドレス。そして蝶の仮面をかぶった見覚えのある女が、わたしの喉笛に、漆黒の大鎌を押し当てていた。
■□■
大鎌の鋭い刃先で突き刺すこともできるし、引いてわたしの喉を切り裂くこともできる。
どちらも苦もなくできるだろう。背後から大鎌を首に当てられたわたしは、反抗の意志が無いことを示して、ゆっくりと両手をあげ。そして声を出す。
「久しぶりね」
その第一声は、大鎌をかまえる女には、意外だったようだ。
「あらぁ? お嬢さん、どこかでお会いしたかしらぁ?」
前に会った時の印象は、興味が極端に偏った、人を喰ったような女だった。そして強大な魔法の使い手。
たった一度だけ会っただけのーー追い詰めてくれただけの、わたしを覚えていなくても不思議じゃない。
「2年前に、ウドナの上流で。貴女は『星影の麗人』を名乗り、ウドナ河の大瀬を砕いてくれたわ」
「ああ・・・。あの焦点連鎖破壊を使ったときかぁ・・・ん? そのときの娘って、こんなに大きかったかしら・・・?」
どうやら人には興味が無いけれど、使った魔法は忘れず、それを鍵にして記憶しているらしい。
「・・・あのときから、成長したの」
わたしはちょっと脱力しながらも、補足する。
「ああ、成長。成長。そうね、人間の子供は、大きくなるものよねぇ。つい計算に入れるのぉ、忘れるわぁ」
よほど合点がいったようだけど、ふつう、忘れるかしら? まあそういうことはおいておいて・・・。
こうして言葉を交わしても、わたしの喉に当てた大鎌をちっとも下げる様子がない『星影の女』に、わたしは頼み事をする。
「貴女たちに、お願いがあるの。魔王を倒すのを、手伝って欲しいのです」
そのときには、瞬間移動のようなーー実際に瞬間移動なのだろうーー速度で、白外套の男性、『月詠さま』も、わたしの近くにまで来ていた。
なお、勇者ルークとサフィリアとバウは、わたしの首元に漆黒の大鎌が当てられているのを見ているからか、会話が出来る距離に近づくことすら躊躇しているようだ。
「それはできないわねぇ」
『星影の女』は、わたしのお願いをすげなく断ってきた。
「『この世界のことは、この世界の者で』というのが規則でね。君も困っているのかも知れないけれど、僕らは手を貸すことができない。すまないけれど」
近づいてきた月詠さまが言う。彼はわたしのことを覚えているみたいだ。剣は腰の鞘に収め、親しみを見せてくれるけれど、『星影の女』に大鎌を下げるように言う気配はない。
わたしは、調律者たちから見て、なにかの容疑者以上のものではないーー。
なら、持てるカードは早めにきったほうが良い。でも、賭けになる。
これを話したら、『時間遡行の規則』に触れるかも知れない。触れたら挽回する時間がないけれど・・・。選択肢は少ない。
わたしは覚悟を決めて、息を吸い、そして声を出す。
「たとえば、魔王が、『黄昏の楽園』から『天つ神』を召喚すると言っても?」
わたしはそして『時間遡行の規則』を破ったことによる失神に備えたけれどーー何も起きなかった。時間遡行で知り得た情報を漏らすのは、セーフらしい。それとも仮定の言い方だから通った? どこまでセーフなのか、いちいち試す時間はない。でも・・・。
いたっ!
首筋に鋭い痛みが走る。
星影の女が、大鎌の刃を、わずかに、わたしの首に押し当てたのだ。
皮膚が切れて、血がにじむ程度に。
低い声の早口。さきほどまでののんびりとした口調とは違う、星影の女。声と喋り方が突然変わった。
「なぜそんなことを知っている? 『その名』をどこで聞いた? 黄昏の楽園に続く『門』をほいほいと開く貴様は何者だ? 貴女の力は、この世界の者には、そうそう持ちえない力。前のときは彼に免じて見逃したが、今回はきちんと聞かせろ」
に・・・二重人格?
そんなことを思わせるほどに、星影の女の言葉には、今までになかった凄みがある。
殺気・・・はない。けれど、なにかあればこの女はきっと躊躇なく大鎌を引く。
むしろそうした処理に慣れすぎていて、殺気すら出す必要がない境地にまで行っている気がする。
「待つんだルゥ。早まってはいけない」
月詠さまがとりなそうとしてくれているけれど、裏人格が出たかのような星影の女は、わたしの背後で圧を高めている。
ルゥというのが、それが星影の女の名前かしら。
「私は早まってない。ただこの娘が『楽園』の関係者である疑いが濃くなっただけ。ーーさあ、答えろ」
「・・・・・・!」
わたしは状況が極まったことを知る。
天つ神のことを知った事情を話せば、『規則』に触れ、わたしはブラックアウトして、天つ神の魔王は倒せない。黙っていれば、わたしの首と胴が泣き別れになる。
この場は理由を直接には話さずに、『調律者』たちの協力を取り付けなければいけない。
ーーできるかしら?




