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137 天つ神②







宙に浮く天つ神の魔王は、黒い硬質な体の全身に口を浮き上がらせ。不吉な笑いを浮かべる。


全身に浮かぶ大小の口たちーー100近い数の口が、むき出しの牙が、言葉はわからないが呪詛と思しきものを不気味に呟いている。


とはいえ、天つ神の魔王の下を勇者が陣取り、上をわたしが陣取っている。


挟み撃ちにできる位置関係だったけれど、動いたのは天つ神の魔王のほうが先だった。


全身に浮かんだ口から、今度は青色をしたーーとてつもなく長いウミヘビのような、触手としか呼べないものを出してきた。


その気味が悪い触手は、あっという間にどんどん伸びて分岐し質量を増やす。


すぐに巨大な蛇ほどになり、次に巨木ほどになり、そしてさらには触手による河のようなものが出来上がってしまった。


触手は、まるで激しい海流のように渦巻き、流れ、質量を増やし続ける。


魔王を中心にうごめくそれは、宙に浮いた触手の繭のようにも見えた。


そこへ、白い閃きが輝いた。


触手が千切られ、宙を舞う。下にいる勇者が先制したのだ。


たしかに、このまま放っておけば、こちらがどんどん不利になりそうだ。


ーーこれは、こちらも合わせて動いて、焼き払えばいいかしら?


「バウも合わせて!」


わたしは赤色魔法を使い、詠唱紋が一回転する。バウも同じく赤色魔法を使い、オーギュ様も加わった。


皆で天つ神の魔王の触手の渦に向けて、連続して魔法を放つ。魔法が命中するたびに、激しい爆発が起こり、火焔と雷が広がる。


しばらくそうして魔法を撃ち続けて、どれだけの時間が経ったろう。


爆煙と炎が晴れて、視界が晴れてみると。天つ神の魔王の触手の繭は、そのまま残っていた。いや、見ようによっては、むしろ増えているようにも見えた。


しかもおぞましくも、その触手の一本一本の全面に、口が、牙が、現れていた。気味が悪い!


(あるじ。あれは炎に高い耐性があるのか、それとも・・・)


バウが驚愕しつつ念話を送ってくる。あれほど魔法を撃ち込んで、無傷だというのはにわかに信じがたいけれど、目の前の事実はくつがえらない。


そして天つ神の魔王の触手は、攻撃に動いた。小川の一筋ほどの量の触手の一部を、滝のような勢いで下に向けて動かした。それは勇者とメアリさんがいた場所に向かう。


「ーーーー!!!」


声にもならない。なぜなら、どしゃりと地面を押しつぶすようにぶつかる音がしたその次の瞬間には、同じように触手の束が、こちらにも襲ってきたからだ。


巨大な質量が、風を巻いて押しつぶそうと迫ってくる。バウはわたしたちを乗せて、上方へ上方へと逃れようとするけれど、触手のほうが速度が早い。


そこへ、津波のような水鉄砲が、触手にぶつかる。距離はあるが、サフィリアの支援だ。わたしたちが危険と見て、対応してくれたらしい。


けれど、大質量の水を受けても、触手の束は止まらない。ひとつうねると、むしろ勢いをつけてわたしたちの方へと飛んでくる!


「『碧色硬盾』 ーー七連!」


わたしは強めの魔法を発動する。隙間なく魔法の盾を並べ、触手を受け止めようとする。


とーー。


触手の束は、それ自身についた牙を、魔法の盾にごりごりと擦り付けると。


ぱりんと碧色の魔法の盾が砕けた。実にあっさりと。


「えっ?」


我ながら間抜けなつぶやきがこぼれた。


そして、一筋の触手が狙撃のように。わたしの額めがけて飛んでくるーー。


ばっと血しぶきが飛んだ。


魔法の盾をたやすく壊す触手の前で、肉体など薄紙に等しい。


血霧に変わり、失われる右肩から先。細切れになる肉片。破砕する骨。


「・・・オーギュ様!」


触手からわたしをかばうために、オーギュ様が体ごと前に飛び出てくれたのだ。身を呈して。


続けて迫りくる触手。黒狼から落ちるオーギュ様。


わたしは、引き寄せの魔法でオーギュ様を無理やりに引き上げ、抱きとめ。それを確認して、バウは再び上方へと駆け上がる。


高所へ逃げながら、わたしは彼の傷を見る。肩どころか右胸もえぐれ、傷は内臓にまで届いている。こんな深い傷は、わたしでは治せない。サフィリアならば、あるいはーー。


そう思ってサフィリアが居るはずの水の華の砦に視線を向けると、ちょうどそこに触手の波が殺到しているところだった。


強力な防御魔法であるはずの水の華。たやすく壊れないはずの伸びやかな華に、おぞましい触手が巻き付くと、浄水の華はどんどんと質量を減らしていく。まるでヤスリがけでもされるように。


その光景を見て、わたしは天つ神の魔王の触手の特性を直感的に理解する。


あの触手は、魔法を喰うのだ。


より正確には、魂力(エテルナ)で構成した魔法を喰らう。


だから赤色魔法の攻撃にも耐えきったし、魔法の盾もたやすく壊した。一方で、勇者の斬撃には弱かった。


そう思ってみれば、サフィリアの魔法による水の華が減るごとに、触手が増え、動きが活発になっている。


「・・・・・・!!!」


サフィリアの魔法の水の華が消失するまでに、それほど時間はかからなかった。穴が空いた華のなかに触手の波が押し寄せ、中にいる存在を、サフィリアをヴィクト様をシノンをーー求め、押しつぶすようにうごめく。


わたしは意識を切り替えて、腕のなかのオーギュ様に治癒魔法をかける。サフィリアならば、創成治癒ができて、臓器や腕も再生できただろうけれど、わたしの治癒技術では、傷を塞ぐのが精一杯だ。


「ごめんなさい・・・!」


謝りながら治癒魔法を使うと、まだ意識があるオーギュ様の瞳が、薄く開く。秀麗な額に、珠のような汗がびっしりと浮かんでいる。


「癒やして・・・・くれているのに、あやまるなんて・・・やはり・・・おもしろい・・・ひと、だ・・・」


わたしは何を言うべきか迷い、息を吸い、結局たいしたことはいえなかった。


「いいえ。わたしができるのは、止血だけなのです。ちゃんと治すことができなくて、ごめんなさい・・・どうか、気をたしかに・・・」


「・・・・・・」オーギュ様の唇は、青紫で。瞳はすでに焦点を結んでいない。血を失い過ぎているのだ。「ほんとうに、おも・・・しろい・・・あなたとなら・・・たいくつ・・・しなくて・・・すみそう・・・だ」


傷はふさがった。


けれど、命の灯火がつきたのは、医者でなくともわかる。


(・・・あるじ)


気遣うようなバウの念話。


わたしが事切れたオーギュ様をバウの背に横たえると、バウは影の魔法を使い、とぷりとオーギュ様の亡骸を自らの影へと沈めた。


そしてさらに上空へと登る。


天つ神の魔王の触手は、勝利を確信したのか、動きをゆったりとさせ、速度を落としていた。


触手は繭のように天つ神の魔王を押し包み、その姿を隠している。



あの触手は、エテルナや魔法を喰らう。だから対魔法では鉄壁だし、だからわたしのような魔法師や、存在自体が魂力の()()()である精霊からすれば、天敵といえる。


けれど、あの天つ神ーー神を名乗るようになった魔王に、どうにかして一撃をくれてやりたい。


あの天つ神の魔王は、現魔王の体を依代としてーー魂を合わせて? この世界に顕現した。


ということは、そのふたつの魂を再び引き離せば、大きく力を減退させることができるのでは?


だから魂力を篭めて強い攻撃をなんどか撃ち込めば、合わさった魂がまたずれるのではないかしら。


けれど、強い攻撃を撃ち込むには、魔法に対して無敵な触手の繭をなんとかしなくちゃいけないわけでーー。


いったいどうすればーー。


上空は冷たい風が吹くけれど、じっとりと皮膚が汗ばむのを感じる。


焦っているのだ。打つ手のなさに。追い詰められている、この状況に。


わたしは自覚して唇を噛み、空を見上げると、そこには白く輝く初夏の太陽があった。平和なときも非常時も変わらない、雄大な自然。


わたしは目に入った輝きに目がくらみ、首を振ってまた眼下の触手を睨みつけ。ふと、気づく。


そうか。直接の魔法が駄目なら、これはどうだろう。


わたしは魔法を展開する。


「青色魔法 『青貝水晶』『青反鏡』ーー128連」


1枚で小柄な人の身長ほどもある大きさの、魔法の水を集めて作ったレンズと鏡を、空に一面に並べる。


そして、異世界の太陽の光を一点に集めーー触手へと注ぐように調整する。


触手の繭に、真っ白な光の集約点をあわせる。すると蠢く触手がじりじりと焼かれ、白い煙があがる。


思った通り、魔法には無敵同然だけれど、物理現象は防げないんだわ。


原理は虫眼鏡を使った光の集約だけれど、この規模でやると思ったよりも威力があるものらしい。触手が結構良いリズムで焼き切れていく。


あとーーひょっとして、光は食べにくいのかしら。光魔法で攻撃してみよう。


触手が分散して伸びてきて、青色魔法で形成したレンズや鏡を砕いていく。わたしはすでにその場所から移動し、次の魔法の準備を終えている。


「白色魔法 『導飛光椋鳥』ーー散」


詠唱紋が一回転すると、椋鳥を象った光が、群れになって現れる。


それらの光の鳥の群れは、天つ神の魔王の触手の繭をぐるりと巡るようにして取り囲むと、そこから体当たりを始めるための準備行動。


突撃(シェルシェ)!」


光の鳥の群れが、高速で繭に激突する。連続してぶつかってくるのを嫌がり、触手の繭は、攻撃が集中するところを分厚く守る。そうすると、自然、触手の守りが薄いところが発生する・・・。


魔法に対して強力な防御力を誇る触手だけど、わたしの見立てでは無敵ではない。


高速でぶつかるものは、食べる、消化するのプロセスが追いつかないのか、触手にダメージが通っているのだ。傷んだ触手はすぐに内側に入り、綺麗な新たな触手が現れている。ただ触手自体の質量がとんでもなく多いので、見えにくいだけだ。


「混色魔法・・・『白黒極光響鳴』」


エテルナを集めつつ、わたしは触手の護りが薄くなった、その一点を見つめる。


「具現化・・・『古英雄の突撃円槍』」


魔法を、古代の英雄に相応しい巨大な装飾槍に具現化し。


さらに、槍を投げる巨大な腕も具現化する。


イメージを魔法に上乗せすることで、威力が飛躍的に増すーー!


吶喊(アソー)!」


どぅん。


放つだけで轟音が響く、白と黒の極光の円槍。


その槍は、分散されて薄くなった触手の護りを、見事に貫きーー。


天つ神の魔王に、穂先が届くのを見た。


けれど、触手の束が太い柱のように立ち上り、何本もそれが並び。


いつの間にか、わたしの両脇に壁のように迫っていた。


「しまっーーー」


よく見れば触手は、天つ神の魔王の本体から切り離されている。だからわたしたちが居る高所まで、これほど早く迫ることができたのだ。


わたしは魔法で豪風を起こし、触手の接近を少しでも遅らせる。


けれど、触手の質量は、空間に飽和し、わたしの全周は触手に囲まれる。


その触手の囲みがわたしの豪風を押しのけて、迫り来るその刹那ーー。


わたしは、触手の隙間、こちらに近付こうとして空高く飛ぶ鷹の姿を見た。


「次こそはーーおぼえてなさいよぉっ!!!」


そしてーー視界が真っ白に塗りつぶされた。









「ーーええ。その、実は。この戦いが終わったら、彼と一緒になる予定なんです」


はにかむメアリさんの声が聞こえる。


やわらかな草の上に座るわたしは、口に含んだお茶を、ゆっくりと喉奥へと飲み込んだ。










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