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136 天つ神①







推定魔王の単眼が開く。


縦に走った真紅の瞳。そのなかに浮かぶ、妖しい一対の黒瞳。


目のなかにまた目がある。なんとも奇妙な感じだけど、合計すれば、みっつの瞳になるのだろうかーー?


それら3つの瞳が、わたしのほうを見ている。


わたしは遠視の魔法ごしの視界だけれど、向こうは魔法なしでこちらが見えているみたい。


()()()()()()()のときに味わった推定魔王の強さを思えば、そのくらいしてもおかしくないわね。


「この大穴はいったい? 勇者は? 魔王は? どういう状況かご存知でしたら教えてください、リュミフォンセ様」


わたしの後ろ、バウの背に乗るオーギュ様が、わたしに問いかける。そういえば、わたしたちを追いかけていた空を飛ぶ巨大虫型モンスターも、なんらかの余波を受けたのか、数を減らしている上に、戦意を失っているように見える。


だからこんなふうに言葉をかわす余裕がある。


「勇者たちは・・・生きているようですが、詳細はわかりません。魔王については、大穴の底に居る一体。姿は変わっていますが、あれが魔王です」


オーギュ様はしばらく目を凝らすようにしていたが、すぐに諦めた。


「見ても暗い穴の闇しか見えない。遠すぎて私からは見ることができないが・・・魔王はまだ、生きているのですね? 周囲のモンスターがおとなしくなっているところを見ると、弱体化したのかと見えるのですが」


確かに・・・巨大虫型モンスターたちの荒ぶりが鎮まっているように見える。でも魔王から推定魔王に変わって、本体のちからは異次元的に強くなっているはずだ。


となると、『大凶宴』の特技を解除したのかしら・・・? 不要になったから、ということかしら。それとも、別の理由がある?


とりあえず、遠視の魔法の視界をオーギュ様に渡そうとしたそのとき。


頭のなかに声が響いた。しわがれた、重々しい声。


『ここはどこだ。彼界か。答えよ』


わたしは改めて推定魔王に視界を移す。3つの瞳は相変わらずこちらを見ている。


いまの問いは、わたしへの問いか・・・。


少しのあいだ、どう反応すべきか戸惑う。


互いに距離があるので、わたしは、バウがそうするうように、念話と発話の混合発話(ミックス)で答える。


『ここが彼界かは知らないけれど・・・ここはアクウィ王国。あなたは・・・誰? 魔王なの?』


『魔王? 知らぬな。この依代の体のことを指しているなら、それは違う。すでに()()()()()()()()()()()、余となった。しかして、余は余である』


推定魔王は、魔王ではなかった。


わたしは驚きに息を止め、気を落ち着かせる。魔王は自らを依代にして、異世界から『なにか』を召喚したのだ。


わたしは、続けて聞く。


『あなたはなんのために、この世界へ? あなたは、どういう存在なのですか? 名前は?』


ふん、と嘲るような息遣いが頭のなかで聞こえる。


『名前・・・楽園(パラディ)に生きるものに、名は無い。名など不要のものよ。楽園ではすべて在るがままに在り、此と彼の区別などいらぬ。そして余は唯一無二の存在。誰もが知るものに、名などはない』


楽園・・・楽園ですって?


聞き覚えのある単語だわ。


わたしの脳裏に浮かぶのは、黄昏の楽園という単語。かつて戦った。アーゼルがまだ天幕村だったころに襲来した巨大兵士。白外套をひるがえして助けてくれた、月詠様。そしていけ好かなかった、星影の女。異世界の侵略からこの世界を護るために影で戦う、調律者(バランサー)・・・。


『あなたは、楽園から来たのですか?』


『然り。余は、楽園を統べるものである』


『統べるものとは、王ということですか』


わたしのその質問に、嫌悪感だろうか、遠視の視界のなかの推定魔王はわずかに単眼を歪めた。


『違う。余の立場に名はない。しかれども、余を『天つ神』と呼ぶ者はいる』


楽園を統べる、神・・・。楽園が『黄昏の楽園』のことだとしたら、いま目の前に居る存在は、かつて出会った調律者たちが戦っている敵の親玉なのでは?


『そうでしたか・・・。『天つ神』様とお呼びしてもよろしいでしょうか?』


『許す』


こちらが下手に出たことで、神様の機嫌が良くなったように思う。


『では、天つ神様。いまひとつお聞きしてもよろしいでしょうか?』


『許す』


『なにゆえ、楽園を離れて、魂だけでこの世界へ? そしてこの世界で、なにを望まれますか?』


『招かれたゆえ、来た。そして、余は生まれながらの統べる者。彼方の世界に来たとはいえ、統べる者がすることは決まっている』


『その心は?』


『余に従えばそれでよし。そのものらは安寧を手にするであろう。まつろわぬものは討ち滅ぼす。それが自然(じねん)のことわり』


『・・・・・・』


『そこな小さき者よ。そなた、余に従え。統べるものには手足が必要だ』


『・・・なぜわたしを?』


『理由が必要か? 統べる者たる我が命じた。否はない。あるのならば、まつろわぬ者として消えるだけ』


わたしはしばらくの沈黙を選ぶ。


ここまで話をしてきて、天つ神を名乗る異世界存在とは、妥協点が見いだせそうも無いことがわかった。


服従か、死か。突きつけられているけれど、答えははじめから決まっている。


『楽園の、天つ神様』


わたしは呼びかける。天つ神はこちらを見る。


とーー。


天つ神の足元の土が、爆発するように跳ね跳び。


そして鋭い白い閃きが、天つ神の首を襲う。


いまのいままで、天つ神はわたしを見ていた。


だから反応がほんの少し遅れる。


そしてその閃きがもう少しで天つ神の首に届くーー。


ばきぃんん!


だが、その剣閃は、天つ神の手によって阻まれた。黒い硬質な手。


いなしたのではない。首と閃きの隙間に、手の甲を差し込んで、正面から受け止めた。


むき出しの牙が揃った口が、天つ神の手の甲に浮かび、聖剣の刃を噛み止めている。


土を跳ね上げ、『天つ神』へ聖剣を振るったのは、さきほどまで行方も把握できなかった、勇者ルークだ!


しかし、勇者の奇襲は失敗。


舌打ちの表情で、勇者ルークは噛み止められていた聖剣を外し、後退し距離を取る。


その間に、わたしは魔法を完成させていた。


「白色魔法ーー『白光飛槍』!」


速度を重視し、威力を絞った槍。


妥協点が見いだせるともともと思っていなかったが、こうなれば会話は終了だ。


魔法で天つ神を足止めして、勇者への追撃を止める!


光速とまではいかないけれど、亜音速で魔法の槍が飛ぶ。


真っ白い魔法の槍は一条の光となり、天つ神に命中。


まばゆい高熱の光柱が、かの神を灼く。


「バウ! 勇者と合流よ! 天つ神を名乗る、魔王をーー倒すのを支援するわ!」


(承知した)


方針を与えられて、バウが空中を駆け出す。ぐんと急加速し、あと数秒ほどで戦場に合流できるだろう。


「すごい魔法ですね・・・! あの魔法なら、『天つ神の魔王』を仕留められるのでは?」


オーギュ様はわたしの魔法が立てた灼ける光の柱を見て話しかけてくる。


「いいえ。おそらくほとんど効いていないと思います。動かないのは、動けないのではなく、動く理由が無いからです。あの『天つ神の魔王』の弱点を見つけるのは、これからです」


ふと、勇者ルークのエテルナが膨らんだ。遠視で見れば、なにか口に含んでいる。体力と魂力を回復、あるいは一時的に向上させる秘薬でも使ったのか・・・。


「うぉぉぉおおおおっ!」


爆発というべきほどに膨らんだエテルナを上乗せして、勇者の剣閃がひらめく。20以上の連撃を同時に撃ち込むような大技だ。そして小技を挟んでまた数十の連撃。そしてさらに・・・。どこまで続く連撃なのか。勇者の剣撃の余波で、大穴のなかの地形がさらに変わり深くなる。


さらに、どこからかーー勇者と同じように地中に潜んでいたのだろう、メアリさんも戦線に復帰してきた。エテルナを探れば、かなり回復しているようだ。わたしはほっと胸を撫で下ろす。


彼女は、いくつもの魂力で作った投擲刀を集めて、ひとつの大きな刃にしてーー、天つ神の魔王に向けて叩き落とした。


破壊の衝撃が上乗せされ、大穴がまた深くなり、地面が衝撃に振動する。


どのくらいの時間が経っただろうか。ほんの数瞬のはずなのに、ものすごく長い時間が経ったような感覚だ。勇者ルークの連続攻撃も終わり、一度退いてメアリさんと合流し、息を整えている。


わたしたちも大穴の真上に陣取って、戦況を確認している。


大穴のなかにできた、深い穴。箱庭の大部分を占める大穴を親とすれば、子供にあたる穴だろうか。けれど、いまはその底に、天つ神の魔王が居るはずだ。


(あるじ。下降してもっと近づくか?)


念話でバウが聞いてくる。


(いいえ。むしろもう少し高度を取って。まだあいつは生きているーーッ?!)


どんっ。


ーーという音とともに、天つ神の魔王が、すぐ下に現れた。


位置としては、大穴の途中、勇者たちからは上、わたしたちからは下。


だからちょうど中間あたりだ。


なにげない動きなのに、とんでもなく素早い。


天つ神の魔王は、空中に浮かんで、こきりと首を鳴らす。


『ふむ。この世界の救世の勇者の、実力がこれか。『神喰い』が生まれた世界だからと大事を取ったが・・・恐れるに足らんな』


独語のあとーー、天つ神の魔王の黒い皮膚。


その体の全身に、無数の、大小のむき出しの牙の口が現れた。


全身に浮かんだ口どもは、それぞれ呪詛と思しき言葉を撒き散らしている。


にたり、と嗜虐の笑みを、天つ神の魔王は浮かべる。


『案ずるな。貴様らには、我が血肉になる栄誉をやろう。永遠の死の安寧とともに』











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