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130 撤退行②






ウリッシュ車はひどく揺れる。そもそもが荷車を改造したものだ。乗り心地など本来は期待してはいけないし、荒れた地面を速度をあげて走るのだ。シノンが操り、わたしが乗る二羽立てのウリッシュ車がいつ横転するか、ひやひやしてる。


けれど、横転や車酔いだけを心配している場合じゃない。


わたしたちは今、絶体絶命の危機にある。ウリッシュに乗った長身のヴィクト様よりも明らかに大きい、巨大な蝶やら百足(むかで)やらの、巨大虫型モンスターの群れ。魔王の特技によって招かれているというモンスターに包囲されたわたしたちは、包囲を破って命を拾うために、逆にモンスターの群れに自ら突っ込んでいっているのだ。


バウが先頭を切り、爆発系の魔法や特技で道をこじ開けてくれる。その無理やり開けた道を、わたしたちが急いで通るという格好だ。


そしてモンスターたちは、明らかに耐久性があがっている。バウの魔法の一撃で、仕留めきれないのだ。魔王の特技の影響だろう。だからバウは爆発系の魔法を使い、モンスターを倒すのではなくて吹き飛ばして、道を拓いている。


バウが拓いた道を、当然モンスターたちは閉じようと両脇から押し迫る。そこを、わたしの鞭の結界と、オーギュ様とヴィクト様の攻撃でなんとか食い止めつつ、先へ進む。もちろん後ろからもモンスターは追いすがってくるから、それはサフィリアが随時仕留めている。


包囲網は厚い。モンスターは統制が取れていないくせに、次から次へと、うじゃうじゃと集まってくる。巨大な虫型だけでなく、小型中型のものも居るのは、救いと考えていいのかどうか。


そして、遠くのほうで、大きな気配が降り立ったのを感じた。


ーーさきほどまでわたしたちが居た、崖に囲まれた箱庭のような場所だ。


魔王が来たのだ。そして、いまそこで、勇者ルークとメアリさんが立ち向かっているはずだ。


一定範囲内のモンスターを狂戦士化させ、呼び集めるという魔王の特技、『大凶宴(ディブオンダ)』。


勇者ルークの説明によれば、その中心点は、特技使用者である魔王自身だという。


であれば、魔王から離れれば離れるほど、わたしたちを囲む巨大虫型モンスターは、だんだんと少なく弱くなるはず・・・。


わたしたちが包囲を突破しさえすれば、勇者ルークは魔王を足止めする理由がなくなる。そこでようやく、勇者たちも脱出行に移れる。そういう段取りだ。


全速で駆けていたウリッシュ車が、急制動しつつ、方向転換をかけた。


車が大きく傾ぎ、あわや横転というところだ。そこをシノンがウリッシュを巧みに操り、なんとか横転までは食い止めた。


どすんと浮き上がっていた片輪が地面に下りて、わたしは地面から伝わる衝撃に歯を食いしばる。ばきり、と下から嫌な音がした。


「シノン、無事?」


「はっ、はい・・・リュミフォンセ様こそ?」


「わたしは大丈夫よ」


そう、自分たちはともかくとして正面を見れば、バウが、わたしたちの進路を塞ぐ巨大モンスターと対峙している。倒しきれなかったのだ。そこにいるのは巨大蟷螂(かまきり)が三体ーーいや、違う。


三ツ首六ツ鎌の、超巨大蟷螂だ。


これまでの巨大虫型モンスターに比べ、ふたまわり以上大きい。耐久力もそれなりだろう。


「もうその車は、車軸が駄目です! リュミフォンセ様、どうかこちらへ!」


二羽のウリッシュがわたしたちのそばに駆け戻ってくる。オーギュ様とヴィクト様。


先に声をかけてくれたのは、ヴィクト様だ。


「ですが、二人乗りでは、速度が・・・」


「なんの、リュミフォンセ様の重みなど、小鳥のそれと変わりません。お気になさらず」


わたしは逡巡するけれど、荒れ野を荷車で高速で移動するのは、もともと無理がある。


そのとき、ちょうど鎌の斬撃が流れ弾のように飛んで来たので、わたしはとっさに魔法の盾を出現させて、衝撃を受ける。


ばぎぃと鋭い音。凄まじい威力が察せられる。迷っている時間は無いみたいだ。


誘いに応じ、わたしはヴィクト様に手を引かれ、鞍の後ろに横座りで身を収める。


「オーギュ様! すみませんが、シノンをお願いします・・・」


「他ならぬ貴女のお願いです。心得ました」


わたしを見て苦い表情をしながらもオーギュ様はそう了承してくれて、シノンを自分のウリッシュに相乗りさせる。


そうして車を捨てる準備が整ったころ、前方ではバウにサフィリアが追いついて合流し、一頭と一人がかりで、三ツ首巨大蟷螂の頭をふたつ、潰したところだった。


「では、行きますよ」


ヴィクト様が拍車をくれようとしたところで、わたしは声をかける。


「待ってください。車を引いてくれていたウリッシュを・・・」


言いかけただけだったが、それでヴィクト様には通じたらしい。


「まったく、よく気の回るかただ」


剣を振り上げ、ヴィクト様は、車とウリッシュをつなぐ、手綱と長柄を素早く断ち切った。自由になったウリッシュたちは、途端にわたわたと逃げていく。この状況をうまくくぐり抜けてくれると良いけど・・・。


前方では、バウとサフィリアが、蟷螂の最後のひとつの頭を潰し、巨大蟷螂を虹色の泡に変えているところだった。


だけど、気づいたことがある。しんがりを務めていたサフィリアが、強敵を倒すために前線にあがったということは・・・!


ギギギギギギィィィ!


走るウリッシュ、目の前のヴィクト様の背中。そこから後ろを振り向いてみれば、流れる景色の後ろから、巨大虫型モンスターが追い迫ってくる。つまり、いまのしんがりは、わたし、ということになる。


揺れるウリッシュの上、左手を伸ばして、なんとなく狙いをつけながら魔法を行使する。


「黒色魔法 『黒鎖』・・・と、紺色魔法 氷塊岩 『礫砲』」


わたしは一番近くに迫ってきていた巨大蜂を魔法の鎖でばちんと緊縛し、地面に落とす。巨大蜂は追い迫る巨大虫型モンスターの波に、踏み潰されるようにして飲み込まれて消えた。さらに、わたしは詠唱紋から氷塊をーーわたしの背丈よりも大きいーーを一斉に撃ち出して、モンスターの波の鼻先ににぶつける。


倒すというよりは、敵の進行を遅らせることを目的にした魔法選びだ。


わたしが敵の進行速度を遅らせる一方で、ヴィクト様は、駆っているウリッシュの足を早めた。


先程まで道を塞いでいた三ツ首の蟷螂を倒したことで、バウが再び先陣を切り進み始めたのだ。


そして、ヴィクト様とオーギュ様が駆るウリッシュは、前方の敵を撃破して待機していたサフィリアを追い抜く。これで、彼女がまたしんがりに戻り、陣形は元通りだ。


「青色魔法  『清流波々』!!」


膨大なエテルナを操り、追ってくる敵たちに向けて、魔法を行使するサフィリア。大量の清流を生み出し、枯れ谷に水が満ちる。なにもないところから激流の河が出現した。


水によって押し流されていく巨大虫型モンスターたち。わたしも追撃で遠距離魔法で雷を雨と降らせて、感電させて動きを止めることで、さらに敵の足を遅らせる。


けれど、こうして敵を押さえていても、中小型の、特に羽根を持つモンスターは、警戒の網の隙間を抜けるようして、切れ目なく襲ってくる。


集団で飛んできたわたしの胴ほどの大きさの蜂モンスターを、ヴィクト様の氷精霊が、氷漬けにして落とした。


梟の見た目をしたその氷精霊は身軽に飛び、わたしたちに先行する。討ち漏らした数匹を、ヴィクト様が鐙を踏ん張りながら、斬り飛ばす。


その忙しいあいだも、ヴィクト様はウリッシュを止めずに駆けさせ続けている。


「リュミフォンセ様、振り落とされないようにお気をつけください!」


「ご心配ありがとうございます。けれど、もっと激しく動いていただいても、わたしは大丈夫ですよ」


エテルナを利用して鞍に吸い付くように工夫しているけれど、横座りだと、踏ん張る場所がないので、どこかに掴まらなければならない。そこでわたしはヴィクト様の腰と鞍の後ろを掴ませてもらっている。


目の前のヴィクト様の大きな背中から苦笑の気配を感じた、そのときだった。


後方に常にあった強い気配ーー魔王の気配が、突然感じられなくなった。


「・・・?」


わたしは改めてエテルナの感度をあげて、あたりを見回す。


だが、魔王の気配はない。


奇妙な感じだが、気配が消えたというのとは違う。


なぜだか()()()()()()()()()()()()()()()、という感覚だ。


(・・・・・・どういうことかしら? メアリさん、そして勇者ルーク・・・どうか、無事でいて・・・)


わたしが物思いに沈んだ一瞬は、ヴィクト様の魔法ですぐに破られた。


「青紺混色ーー『氷霧飛陣』!」


ヴィクト様が、自分が使役する水と氷の精霊それぞれの力でエテルナを底上げして、零下の氷霧を放つ。


斬撃と一体になった氷霧の鋭角の波が一斉に広がり、前方の空間を塗りつぶす。


前から飛来していた巨大蜂などのモンスターたちが、広い範囲で一瞬にして氷漬けになって、砕け散る。


砕けた氷が、ちらちらと光を反射し舞い降り風に流れる。


その輝く氷粒の雲を、ウリッシュのくちばしで切り裂きながら、ヴィクト様とわたしが乗るウリッシュが駆け抜けていく。


ダイヤモンドダストのような氷粒が舞い、後方へと流れていく。


こんな状況でなければ、それは幻想的といっても良い光景だった。


「リュミフォンセ様!」


ウリッシュに地面を蹴らせ、進む速度を上げながら、ヴィクト様が向かい風に負けぬ音量で声をあげた。


わたしは呼びかけられて、手綱を握るヴィクト様の背中越しに、その顔を見る。表情は笑いに近く、柔和だったけれど、青い瞳には、どこか鬼気せまる雰囲気があった。


「なんでしょう?」


わたしは聞く。


手綱を操る彼は、新手のモンスターの攻撃をくぐり抜ける。


加速して敵を振り切ることに成功すると、ヴィクト様は、あらためて言葉を続けた。


「いつかの求婚の申し込みの答えをーーいまここで、いただけませんか?」









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