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125 枯れ谷の奥へ②






虫型モンスターの群れは、皆の活躍により無事に撃退することができた。


討伐数が一番多かったのはやはり勇者ルークだ。聖剣技で効率的にモンスターを殲滅させていく様は、さすがに熟練。それを洗練された投擲術や支援魔法、ときに両手の双刃の攻撃で支援する、メアリさんの動きも素晴らしかった。彼女が次点だ。


その次に来るのが、サフィリア。水精霊なだけあってエテルナ量が多く、大技を連発していたけれど、その分狙いが大味になり、討伐効率は悪かった印象だ。


なおサフィリアの攻撃によって水地形ができるので、そこに後衛であるウリッシュ車の面々ーーヴィクト様、オーギュ様、バウ、そしてわたしーーが氷結魔法を撃ち込んで敵を足止めしたり、雷魔法で範囲攻撃をして手助けした。


そして今、わたしたちは隊列を組んで、ゆっくりと枯れ谷の底を進んでいる。先頭を行く前衛のルークたちが徒歩なので、後続のウリッシュ車が進む速度は落ちている。バウが手綱を取り、わたしとシノンが車に乗っている。しんがりにオーギュ様とヴィクト様がついてくれている。


そこに。


「あっ・・・ここです! この・・・大きな岩の向こうだと、いーちゃんが言っています!」


わたしの向かいに座っていたシノンが枯れ谷の奥ーーではなく、側面を指さして言った。


「皆さん、止まってくださいませ! 目的地についたようです!」


わたしが声をあげると、前衛のルークたちが立ち止まって振り返り、そしてバウは細く鳴いてウリッシュ車を止めた。






「用事があるのは、この奥なのか?」


自分の乗るウリッシュの手綱を引きつつ、オーギュ様がつぶやいた。


シノンが示した先は、枯れ谷の奥ではなく、脇。そこは枯れ谷の城壁のようにそびえる崖に、大きな亀裂が入っており、谷が分岐しているところだった。だが、その分岐部分に巨岩が挟まり、先に進めないようになっていた。


「なにか不自然ですね。まるで誰かが道を塞ぐために、意図的に置いたような巨岩です」


メアリさんが眉を軽くひそめて言う。


「だが、だいぶ古い時代のものであるようだ。ひょっとしたら、この枯れ谷にまだ水が流れていたときに、洪水か何かで流れてきた巨岩かも知れないな」


ヴィクト様が乗るウリッシュは何かを感じるのか、先程から急に落ち着きがない。良い鳥なので、騒ぐということはないのだけれど、視線が忙しく動く。


「どちらにしろ、この先に進めばいいんだろう? ・・・『聖剣技 散花細月!』」


勇者ルークはたいした前置きもなく手首を返して突きの構えを取ると、大ぶりの片手剣を細剣のように扱って、光速の突きを繰り出した。幾度となく繰り出される突きは、ほとんど白い閃きにしか見えない。


そしてそれは巨岩を削るようにして砕き。そして最後に残ったのは、礫と砂だけだった。


まったく、止める間もない。


オーギュ様もヴィクト様も、ぽかんとして勇者の凄技を見ている。モンスター相手の無双っぷりはさっきいやというほど見たけれど、こうして巨岩のようなわかりやすい対象に繰り出される技と結果を見せられると、また違った感想があるのだろう。わたしもそうだし。


「もう、ルーク。そういうことをやるならやると、事前にちゃんと言ってください。ほら、皆さん驚いていらっしゃるじゃないですか」


ぷりぷりとしてメアリさんが腰に手を当て、ルークの顔を覗き込む。


「ん? そうか? まあ、気にしない、気にしない。もし封印されたモンスターでも出てきたら、オレが責任もってちゃんと倒すし。そういうわけで、メアリ。オレ先にいっとくよ」


「ルーク! もう!」


巨岩が無くなった先の崖の亀裂ーーあるいは谷の分岐の先に、自由な感じですたすたと進んでいくルーク。その彼といまほどまで会話を交わしていたメアリさんは、ひとつため息をつくような間をおいたあとに、わたしたちの方を向いた。そして彼女は「我々が先行致します」と一言断って、ルークの後を追って、小走りに亀裂の影へと消えた。


わたしたちもその後を追うようにして進む。亀裂は大きく、幅も高さもあるので、天蓋付きのウリッシュ車もそのまま悠々と乗り入れることができた。


その洞窟のような崖の亀裂は、入り口だけでなく、奥も広かった。しかもその空間を、ルークが岩を細かく砕き、整地しながら進んでくれていようだ。ところどころに、砂場ができている。きっとそこには大きな岩が転がっていたに違いない。あとに進むわたしたちには快適で、問題なく進むことができた。


けれどその洞窟のような空間も、そう長くは続かなかった。三角形をした亀裂の出口をくぐり抜けた先は、天に抜けた空間が広がっていたからだ。


そこは崖に囲まれた広い箱庭のようになっていた。舞踏会の会場が8つは入るだろうか。植生が違うのか、地面に生えている草は高さが整っていて、一面に緑の絨毯を敷き詰めたよう。


そして・・・奇妙なのは、規則的に並んだ、大きな長方形の灰色の石だ。まるで柱のように立てられているものもある。


「奇妙な場所だな」


先に進んでいたルークは、草を蹴ってひょいと岩に飛び乗り。あたりを調べるように見回していた。


わたしから見れば、見えるのは点々と置かれている丸型の石。そしてそれをつなぐように並ぶ、横倒しの長方形の石。そして石の角柱。


なんとなく顔を上にあげて見上げてみれば、崖にぽっかりと切り取られた青空が広がっている。


空の青さ、雲の白さが、すっきりとしたまぶしさに輝いている。けれど雲の流れが早く、上空は強い西風が吹いているみたい。


そしてわたしは、シノンたちを見やる。ここがシノンのーーもしくは鷹のいーちゃんの目的地なのだろうか? なんらかの反応を期待したいけれど・・・。


シノンは、不安げに眉を八の字に下げる得意の表情であたりを見回している。この子にとっても初めての風景みたいだ。


そして、鷹のいーちゃんは、そのシノンの傍らに居ながら、鋭い視線をじっと空に投げていた。まるで何かを見定めるように。


突然、その鷹は、大きな翼を羽ばたかせて、ばっと空へと舞い上がった。


動きは機敏で、優雅で。ずっと騎走鳥獣車に眠るようにして乗っていた鷹とは、思えないものだった。


切り取られた空の中を、翼ぶりの良さを見せつけるように。鷹は旋回して円を描き、するすると風に乗って上空へと高く高く上がっていく。


きれい。


その姿は、絵画の題材にできそうなくらい、見事なものだった。






■□■





鷹は空を楽しむように旋回し続けたので、地上のわたしたちは、しばらくその不思議な場所ーー崖に囲まれた箱庭を皆で探索した。けれど、なにごともなかった。


わかったのは、巨石は何かの模様を描くために規則性を持って並んでいるらしい、ということ。なにかの魔法陣にも見えるけれど、なんの魔法を意図しているのかはわからない。けれどそれは最初に到着したときから、予測できたことでーーつまりは、何もわからなかったということだ。


地上の人間たちは早々にあきらめてしまったけれど、鷹のいーちゃんはいつまでも降りてこない。シノンが呼びかけても降りてこない。なので、わたしたちは自然と鷹待ちになった。


待っているあいだ、休憩をとる。探索でモンスターがまったく見つからなかったので、安心して休める。入り口がずっと塞がれていたから、モンスターも入ってきていないのかな。


地に生えた草は柔らかく、座るのにもちょうどよかった。


メアリさんが、お茶を入れ、お茶菓子を皆に振る舞ってくれた。皆が車座になり、そのお茶を手に談笑を始めた。


久しぶりに飲むメアリさんのお茶は、丁寧に淹れられて優しく香り高く、懐かしい気持ちになった。


そうしてわたしが久しぶりのメアリさんのお茶を満喫している横で、サフィリアが、魔法を使って、液体のお茶を、陶器の器から、球形にして出して、宙に浮かべた。それを一口大にちぎって、口に入れてご満悦の表情。まるでお菓子の食べ方だ。


「この飲み方のほうが、お茶の香りがよくわかるぞ」とサフィリアは得意げだ。


あまりにも斬新なお茶の飲み方ーー食べ方?なので、無作法かどうか判断がつかない。とりあえず、オーギュ様もヴィクト様も、眉をひそめることなく面白がってくれたので、良しとすることにしたわたしである。・・・気を使いすぎかしら?


話題は、自然に勇者の旅の話。そして、魔王の話だ。雑談だから、いろいろと話題を交わす。


「魔王とは、『一ツ目竜の巣』と魔王城で、あわせて二回。顔を合わせているッス。魔王は、一ツ目竜と同じく、つまり、周囲のモンスターを集めて従わせるのが得意。ただ、一ツ目竜は従わせるだけッスけど、魔王は、おそらく、周囲のモンスターを強化した上で、従わせることができるっス。


従わせるやりかたにも種類があって、そのなかで一番やっかいなのが、『狂戦士化』ッス。狂戦士化したモンスターは、攻撃力と体力が跳ね上がって、しかも痛みを感じないし怯みもしない。本当に厄介っス。


モンスターを狂戦士にして結集させれば、その場の敵の戦力が、2倍にも3倍にも引きあがる。『一ツ目竜の巣』での戦いで、オレの仲間も、半分が重傷を負ったっス。ーー『大凶宴ディブオンダ』・・・。魔王のその特技は、そう呼ばれているみたいるッス」


勇者ルークが現魔王について話すと、わたしも含め、皆がほほうと感嘆の声をあげる。貴族ネットワークで、勇者と魔王の情報は入ってくるのだけれど、意図的に伏せられている部分も多いし、なにより本人からの生情報は臨場感が違う。またあれやこれやと言葉を交わす。


「いまは、勇者一党で手分けをして、魔王の行き先の捜索をされているのでしたね?」


オーギュ様の質問に、メアリさんがそつなく答える。


「はい。魔王は、翼竜とともに魔王城から去りました。その際、翼竜をいくつかの群れに分けたので、行き先がわからなくなったのです。王国のどこかに、魔王が潜んでいる・・・。このことは、貴族でも一部の方しかご存じないと伺っております。混乱させないように、一般の人に対しては、箝口令(かんこうれい)が敷かれているとも・・・とはいえ、お二人はご存知でしたか?」


オーギュ様とヴィクト様はそれぞれ頷く。いざというときは軍を動かす立場ゆえに知らされている、ということだろうか。


わたしは知らなかったけどね! リンゲンは田舎だから知らせる必要がないとされたのかな。


ヴィクト様がお茶の入った器を大きな手で上から包むようにしながら、別の質問をする。


「今代魔王の外見は、どんなものなのだ?」


「私は他のモンスターとの混戦のさなか、遠望しただけでしたが・・・頭竜人・・・とでも申しましょうか。人型の巨体に、一ツ目竜の頭がついているのです。指も爪も長く、けれど、杖を持っていたので、魔法が得手なのではないかと我々は考えています」


わたしは話を耳で聞いてふむと頷きながら、なんとなく視線を、メアリさんの隣にどっかりと腰を下ろす勇者ルークに移す。


彼はと言えば、貴公子たちとの会話はメアリさんへと任せてよいと判断したのか、お茶受けの豆菓子を、ぽいぽいとと切れ目なく口へと投げ入れている。その隣でもシノンがお裾分けをもらって豆菓子をかじり、小動物のようにぽりぽりと小気味良い音を立てている。


勇者ルーク。数年前に会ったときは、もっと落ち着いていたというか、控えめだった印象だけれど、こうして久しぶりに会ってみると奔放な面が強くなっている気がする。自信の表れなのかしら。確かに、旅の途中で見る限り、剣技も練られ、力も充実しているように見えた。


わたしはお茶の入った陶器の器を傾けながら、器ごしにこっそりと、勇者ルークへと改めて視線を走らせる。枯れ谷の奥、巨大虫型モンスターとの戦いで、勇者の力をそれなりに量ることができたと思う。彼の純粋な力だけでも、水の大精霊であるサフィリアに迫る。ーー討伐数が表すとおり、戦い方によっては凌駕している。


けれど、まだ全力ではないはずだ。彼の力をもっと量ってみたいような気もするけれど、これ以上探りを入れると、わたしが隠している力に、逆に気づかれる恐れがあるーーそんなレベルに、勇者ルークは至っている。興味はあるけれど、深入りは避けたほうが賢明そうだ。


そんなふうに、わたしが思考に一段落をつけたときーー。


「ーーええ。その、実は。この戦いが終わったら、彼と一緒になる予定なんです」


ブフォッ! ーーと、もし令嬢力が不足していたら、口に含んでいたお茶を吹き出していただろう。幸い、令嬢力判定がうまく行ったのか、わたしは少しむせて咳をしただけで済んだ。


それよりも。


なにいまの爆弾発言は。


わたしは、衝撃発言をした女性ーーメアリさんへと目を向ける。


別のことを考えていて、会話の流れは聞けなかったけれど。


いま、メアリさんが誰かと一緒になる、つまり、結婚するって言った? 言ったの? 言ったのかしら?








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