11 初めてのダンジョン⑥
このダンジョンを攻略するなかで、わたしは検証していたことがあった。
それは、モンスターを倒した経験値はどのように配分されるかという疑問だ。モンスターが虹色の泡になって消えたあと、一部が流れて戦闘参加者にはいる。どうもあの虹色の泡自体が、経験値らしい。
同じパーティで戦っても、どうも戦闘の貢献度によって配分が変わる。具体的にはトマスが戦いに参加したときは経験値は彼にも入っていたけれど、バウがあっと言う間にモンスターを倒したときはそうではなかった。
そして、さらに例外がある。「精霊の契約書」で主従関係を結んだ場合、従者が倒したモンスターの経験値の7割は主人に入るようになっているらしい。これは契約書の条項で変えられるらしいけれど、わたしとバウの契約は、比率は特に変更せず7割のままにしてあるとバウに教えてもらった。
つまり、【狭間の神殿】で出くわしたモンスターの経験値の7割が、わたしに入っているということである。道中に出くわしたたくさんのモンスターの分もそうだし、ジル稼ぎのために倒した蝙蝠の群れ、最後に強化されたマーブルゴーレムの分も。
当然、その経験値ぶん、わたしはレベルアップし強くなっている。はずだ。
とはいえ、もともと魔王の落とし子で困っているわたしだ。あまりに強いと魔王の関係者だと疑われて、わたしの社会生活が奪われてしまうかもしれない。
そんなことを心配して、トマスの前で全力で戦うことができなかった。
それに、わたしのレベルに比べて実際の戦闘経験が足りなすぎるのも心配だ。位階があがって力だけついても、その力をうまくつかいこなせるようになるには技量の熟練がいる。わたしはいまきっと、ロケットエンジンを積んだ自転車みたいな珍妙な存在なのだ。
ーーけれど、現状のわたしの全力がどれほどのものなのか。とても興味がある。
いま、わたしと、裏ボスのクラゲロボットとの一対一。トマスはいない。
つまり、気兼ねなく、わたしの力を試せる。
なんとなく、ふつふつとやる気が湧いてくるのを感じる。
なんだろう、怖がるべき状況のはずなのに、ぜんぜん怖くない。
むしろ歓喜。
先手はこちらから。
「黒色魔法 黒球」
黒色の詠唱紋がわたしの正面に浮かび、ぶん、と闇のエテルナが凝縮した、バスケットボールほどの大きさの黒球がわたしの前に浮かぶ。そして、まだいろいろできるのが感覚的にわかる。見れば、自分の手から、体から、抑えきれないエテルナが湯気のように立ち上っている。
「五連」
黒球が5つに増え。そして待ちきれぬとばかり、踊るように勢いよくクラゲロボットに向かって発射される。標的は、2本の腕を交差させて、防御の姿勢をとった。
甲高い爆裂音が連続して炸裂した。しかし、わたしの魔法は、クラゲロボットの青白い魔法障壁によって阻まれている。
なるほど、今のでは貫通力が足りないらしい。貫通力が強いといえば・・・あれかな。
「黒色魔法。黒槍」
闇のエテルナで象った槍が、わたしの手に現れる。さきほどのマーブルゴーレムの真似っ子だ。足を踏ん張って、構える。
「伸びろ」
わたしは持った黒槍に、エテルナを籠める。柄がぐいんと勢いよく伸び、穂先が巨大化する。クラゲロボットは、今度は4本の腕を交差させた。そこに生まれたバリアに、わたしの穂先がぶつかる!
ガキンと金属同士がぶつかる派手な音がした。クラゲロボットはのけぞったが、魔法障壁は健在だ。わたしも衝撃に上半身が負けて、バランスを崩してたたらを踏んだ。
「ふんぬっ!」
わたしはご令嬢らしからぬ掛け声でなんとか倒れるのを防ぐと、もう一度エテルナを籠め直して槍を横に振った。すると今度は、硝子が砕けるような音がして、クラゲロボットの魔法障壁を破壊することができた。ロボットには感情は無いと思うけど、なぜだか相手が驚いているような気がした。
と、クラゲロボットに攻撃の予兆。わたしは黒槍から手を放して消し、障壁を準備する。
「黒色魔法 闇神円盾」
半球型の盾を魔法で作り出す。
そしてわたしは、くるり、3本指を立てた右手を、手首から回す仕草。そうしたほうがやりやすい気がしたから。
「回転」
クラゲロボットの4本の腕から、青白い光線が放たれた。4本の破壊光線。わたしの半球形の魔法盾接触する。
ばちぃっと激しい電光を立てて、しかし正面からは受け止めず回転によって、破壊光線を綺麗に弾く。弾いた破壊光線は青白い軌跡を描き、ダンジョンの壁に突き刺さる。どごぉぉんという耳をつんざくような光と爆音とともに、とんでもなく頑丈なはずの壁面が溶解し膨れ上がって爆発する。壁には大きな穴が開き、不吉なほど黒いな黒煙があがる。
爆発でダメージを与えるというよりも、光線の高熱で溶かすような攻撃だ。とんでもない威力。正面から受け止めなくて良かった。
ふぅ、とわたしはちいさく息をこぼす。
これまでのやり取りでわかったのは、わたしはやはり魔法が得意だということ。
肉体は・・・まあ8歳ということもあるけれど、本気を出したとしても、あまり強くなさそうだ。
位階はあがっているけれど、直撃を受けたら普通に死ぬ気がする。
だから、わたしは魔法使いタイプなのだろう。
それと、理屈もやり方も学んだわけじゃないのに、まるで何かの大きな流れに沿うような自然さで、思うように、いやイメージを超えて、魔法が使える。
体が先に知っているような感じ。あるいは、魔法自体が、わたしにそれを使わせているような、不思議な感覚だ。
攻撃のイメージも次々に浮かぶ。
「黒色魔法。黒槍」
ぶん、と闇のエテルナで武器具現した槍が手に浮かぶ。さっきはこれを、非力なくせに手で持って振り回したから、うまく行かなかった。だから・・・。
わたしは、出した槍から手を離す。槍は消えはせず、落ちもしない。ふわんとその場に浮かんだ。
ーー魔法で操ってやればいい。
「十二連。ーー横陣」
わたしは魔法を変化させ、宙に浮かべる槍を追加する。6本が2段の12本の黒槍がわたしの前に並ぶ。手で持たず魔法で操るとなれば、こういう芸当も可能だというわけだ。
すっと差し出すように、右手を的に向ける。
「征け!」
的ーークラゲロボットはまた4本の腕を交差させて、魔法障壁を呼び出した。それを12本の槍が襲う。バリアに弾かれ、またさらに振り回した腕に阻まれて、飛ばした黒槍が次々に落ちる。本体まで届いたのは、たったの3本だった。
だが槍を突き立てられたクラゲロボットは様子が変わる。一ツ目の色が赤色から黄色に変わり、びりびりと空気が震える。
「どうも、怒らせちゃったかな」
けれど、わたしの心は不思議と凪いでいた。淡々と、単純作業のように、浮かび上がる攻撃イメージをなぞっていく。魔法で黒槍をまた出現させる。
「黒槍 十二連ーー円陣包囲」
今度はクラゲロボットの周りをぐるりと巡るように、12本の槍が出現する。わたしは腕を広げるように振り、槍が円形に包囲したのを確認して、右手で標的を指し示す。
「突撃」
12本の槍が、全周から一斉に標的を襲う。
クラゲロボットは障壁と腕で槍をさばいたが、今度は6本が突き刺さった。そのうち1本は、弱点と思しき一ツ目に突き刺さった。
『グォォォオっ!!!』
クラゲロボットが、苦しげに呻く。やはりあの目が弱点だったのだ。
『・・・・侵犯シャ・・・滅する・・・シンパンシャ・・・』
耳に届く人工的な声も、いまはもう乱れている。わたしは、凪いだ心を感じながら、エテルナ操作を続行する。
「悪いけど、このままトドメをさすよ。ーー混色魔法」
黒と紫の詠唱紋がわたしの正面に浮かびあがり、それぞれ一周して一体化する。
「黒靂轟雷」
その魔法が発動する。
ごぉおおおおん!
わたしの正面を、空間を、黒い雷が埋め尽くし、クラゲロボットに注がれる。すでに刺さっていた槍が誘雷針となり、魔法のいかづちを効率的にクラゲに伝える。もちろん、弱点の目からも。
まばゆい光と轟音のあと、表面を真っ黒に焼け焦げさせたクラゲロボットは、まだそれでも虹色の泡と消えなかった。
けれど、雷によるスタンの効果が出たようで、クラゲロボットは飛行能力を失い、堕ちた。
まだ残っていた床の一部を砕いて、次元の狭間へと、白い巨体がゆっくりと堕ちていく・・・。
ふう、とわたしは息を吐き、そして強力な魔法を操った、まだ小さな手をまじまじと見た。戦闘モードが終わって、湯気のように湧き上がっていたエテルナが、か細くなっていつものように落ち着きつつある。
なんとなく魔法を使っていたら、裏ボスを倒せちゃった・・・。
ぶるりと身を震わせる。単純に巨大な力が手に入ったことを喜べばいいのか。むしろ不要なほど大きすぎる力を怖がるべきなのか。使い道に悩むほどの力を得た奇妙な運命を嘆くべきなのか・・・。
複雑な感情が湧き上がってきて、自分の感じていることが良くわからなくなった。
「・・・・・・。」
もっとも強く感じるのは、激しい喜悦。次に感じるのは恐ろしい力に飲み込まれてしまう恐怖。なのに静かな心。
平静なのに、怖くて、上機嫌で。
笑ってしまう。ふざけてしまう。
わたしはぴん、と人差し指を立てて。
なにも居ないこの広間に、わたしのおどけた声が響く。
「ここの天候は、やりの雨。ところにより、はげしいカミナリに、お気をつけください。・・・なんちゃって、てへ」