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115 残された者たちの①


【すごくざっくりな登場人物紹介】


リュミフォンセ・・・公爵令嬢で主人公。二つ名が多い。空を飛んで逃亡中。

バウ・・・黒狼。サイズいろいろ。

シノン・・・不幸な少女。捕まっていたが救い出された。鷹のいーちゃんと一緒。

チェセ・・・侍女頭 実家が大商会。栗色。

レーゼ・・・侍女① 糸目。

モルシェ・・・侍女② 巨乳。

アセレア・・・護衛 赤髪。


オーギュ・・・第二王子。婚約者候補。

ヴィクト・・・辺境伯子。求婚中。


サフィリア・・・お留守番中の水精霊。銀髪の美少女。


※この章から主人公不在の話があります。





















第二王子オーギュ=アクウィが主催した、若い貴族を集めた王城での夜会の日。


リンゲン一代公であるリュミフォンセ=ラ=ロンファーレンス=リンゲンは、夜会の余興に登場した精霊憑きの子供を巡って争い、第一王子セブールより差し伸べられた手を振り払って、王城を後にした。


ちまたでは魔王軍との戦いにおける美しき英雄とも言われる『深森の淑女(ドラフォレット)』が、しもべとおぼしき精霊の大黒狼の背に乗って空を駆ける姿は、王都の多くの民に目撃され、長く語り継がれることになるが、それは後の話だ。


事が起こったそのときの王城、夜会会場の『黒と始原の間』。


残された客たちは、夜会の続きを楽しむどころではなかった。第一王子と深森の淑女(ドラフォレット)の決裂といえるやり取りへの対応を巡って、皆が自説を述べ合い、議論しあっていた。


なにしろ求婚する王子と求められていた姫が、一転して法を侵しての政治的な決裂だ。野次馬的な興味としても、貴族たちのこれからを占ううえでも、一級品の大事件だった。


「リンゲン一代公の振る舞いは、貴族の財産権を侵すものだ!」

「いいや、あれは美しきリンゲン公のお優しさの発露。正義は一代公にある」

「西部流を支持というわけか? それは洗練された中央の在り方の否定だ」


参加の客は、みな若く血気盛んで、場を収めるような信用のある年長の重鎮はいなかった。酒が入っていることもあり、興奮して何故か激しく口論を始める者も出てきた。


「ひっ!?」


誰かがテーブルに体をぶつけ、食器やグラスがまとめて床に落ちて、派手な音を立てて散乱する。喧嘩はすぐに仲裁されたものの、大きな音に、小さな悲鳴をあげて身をかがめるようにしたのは、短い黒色の髪の女性。モルシェだ。今夜はドレープのついた黄色のドレスに身を包んでいた。


夜会のため主人に同行していたリュミフォンセ付きの侍女(レディーズメイド)たち。


彼女たちは、その混乱の現場に取り残されていた。もっとも混乱といっても、一部の貴族は熱くなっていても、それを怠惰に観察する者のほうが多い。方向感のない、弛緩した空気も、場に多分に漂っていた。


「どどどどうしましょう! リュミフォンセ様、会場を出てどこかへいっちゃいましたよ! やはり私達も後を追ったほうが良かったのでは?」


両手を豊かな胸の前で組み、わかりやすく狼狽えるモルシェの横で、水色のドレスを着た侍女のレーゼが、頭が痛いとでも言うように、糸目を閉じて自分の額を押さえてうめく。


「ああもう・・・夜会っていうのは楽しく会話して暗がりで手を取り合ってそれで・・・という場のはずなのに、なんでこんなことに・・・こんなことに?」


「リュミフォンセ様が私に下されたご指示は、『家臣は先に別邸に無事で帰ること』『護衛は侍女達を護ること』・・・のふたつだ。リュミフォンセご自身の行動は示されなかった。きっとご自分でなんとかされるのだろう・・・大狼も一緒だし、とりあえずの御身は安全は心配ない」


ため息混じりに赤の前髪を払って言ったのは、護衛役のアセレアだった。主君であるリュミフォンセを護ろうとしたさい、小声で指示を受けて、その場から下がるように言われたのだ。


アセレアが時折唇を噛む動きを見せるのは、主君に置いていかれた悔しさを紛らわせるためだが、余裕ぶった態度を取っているため、他の侍女たちは護衛の気持ちには気づいていない。


侍女のレーゼが言い募る。


「身の安全はそうでしょうけれど、今回、事の相手は王族です。できる限り事を小さく収めるべきです。僭越ではありますが、我々から何か弁解しに行ったほうが良いのではないでしょうか」


「ふむ・・・」アセレアが唸る。「レーゼ殿の意見はこうだが、どうする、侍女頭殿?」


水を向けられたのは、栗色の髪と瞳の女性。軽はずみな反応しない。思いを巡らせるように唇に指を当てる。


髪色と瞳の色に合わせて茶色のドレスをまとうのその彼女は、侍女頭のチェセだ。


ーーさすがに、私としてもこんな事態は想定外でした。


そんな感想から、チェセの思考は始まる。


けれど、この場をできる限りの最善に収めなければいけません。


主君であるリュミフォンセ様は、年若にもかかわらず、適切な判断ができる方。自分たち侍女の力が必要ならば頼るし、そうでなければ違う指示を出す。いまこの場では、主君はお供に黒狼のバウだけを選び、そして会場を後にした。おそらく、私たち家臣を必要以上に巻き込まないための処置。単身であれば、なんとかできると考えられたと推測できます。


ーーならば、信じて待つのみでしょう。


主君の言葉と王族の言葉、どちらが正しいのかなど考えることは、チェセにとっては愚問だった。理はどちらも劣らず、ならば正義の在り方の問題だ。そして、主君の正義に与するのが、臣下の、彼女にとっての侍女(メイド)の道だ。


「主君がご自身の正義を示されたのです。ならば、臣下である我々もその意に沿うべきです。リュミフォンセ様は既にお考えを示されていますから、我々からの口添えは余計になるでしょう。王族や中央貴族の不興を買う結果になろうとも、我々はそれを受け入れるだけです」


ひゅー、と音のない口笛を吹くアセレア。


「さすが、侍女頭殿は肝の太さが違う。では、次に我々はどうしたらいい?」


問われて、チェセはゆるゆると首を振った。その質問の答えも、チェセにとっては自明だ。


「なにも。特別なことは何も必要ないと思います。今、衛兵が出口の通路を塞いでいますが、これだけ貴族の招待客がいて、いつまでもこのままということは無いはずです。皆様が帰るのに合わせて、私達も帰りましょう、安全に。ーーそれがリュミフォンセ様が望まれたことですから」


「じゃあ・・・待機ということですね・・・」こくこくと、モルシェが頷いた。「あの、チェセさん。待っている間、料理を食べていてもいいですか?」


案外余裕のありそうなモルシェの言葉に、チェセは苦笑した。仕方がない子と思うけれど、こののんびりしたモルシェの調子は場を和ませてくれる。少なくとも狼狽えられるよりもよほどいい。


モルシェは見た目は頼りなそうだが、リンゲンでは自警団の団長を勤めている。非常時ほど頼りになる種類の女性なのだ。


一応、周りを見回してから、チェセは「構いませんよ。まだ時間がかかりそうですから」と言った。モルシェは「へへへ」と笑い、


「よかったぁ。食べたことのないごちそうばかりですごいです。ものすごく美味しくって、しかも綺麗で。兄妹にも食べさせてあげたいです。王城でごちそうを食べる機会があるなんて、思っていませんでしたから」


案外と余裕のありそうなモルシェの物言いに、チェセはふふと笑う。


「モルシェの言う通りですね。せっかくの機会ですから、味を覚えて帰りましょう。後で再現できるかも知れませんから」


侍女頭の許可を得たモルシェは実に幸せそうな様子で、ひらひらとテーブルの間を周りながら、ひょいひょい料理を自分の皿に取っていく。


チェセは微笑ましく思いながら、その様子を眺めていると、そんなモルシェに近づく人影があった。ーー若い男性だ。


けれどモルシェはそれに気づいていない。チェセはなんだか予感がして、何かあったときに手助けできるように、位置取りを変えるために歩き出した。


向かう先、モルシェはお皿を片手に、菜ばさみをかちかちと鳴らしている。


「うーん。どれもこれも美味しそうで、迷っちゃいますね〜。いろいろあったけど、リュミフォンセ様に王都につれてきてもらって良かったなあ。さて、お肉は、どれをとろうかな〜」


「肉料理でしたら、その鹿肉のソテーが絶品でしたよ。濃厚なソースも良く出来ていますが、肉も近々の狩りで取れたものを使っていて、新鮮で美味しい」


「あ、そうなんですか〜。ご親切にどうもありがとうございます〜って・・・オッ・・・ッ、オッ!」


眼の前に現れた若い男性を見て、モルシェは目を白黒させて、言葉を詰まらせる。


「はは。顔を覚えてもらっているようで、光栄ですね」


「オーギュ殿下?!」


モルシェはどうにかその名前を絞り出すことに成功した。


金髪に、碧眼。まさに王子然とした整った美貌は、夜会の美服でさらに輝いている。学院では会長職にあるという第二王子は、料理山盛りの皿を持つモルシェに、にっこりと洗練された微笑みを向けた。


「そ、それはもちろん・・・。今宵は、ご機嫌うるわしゅう、殿下」


モルシェは、どうにか淑女の礼をする。両手が皿と菜ばさみでふさがっているので、正式なものにはほど遠かったが。


そのころには、チェセはモルシェのすぐそばに到達していた。


「実は今宵は大変なことがあってね。残念ながらご機嫌うるわしくはないのだけれど・・・それより、失礼、少し話を聞かせてもらったが、貴女は、リンゲン一代公のーーリュミフォンセ様の侍女、ということで良かったかな?」




■□■




「リュミフォンセ様にお伝えしたいことがある、とーーいうお話でございますね?」


オーギュ第二王子を前に話をしているのは、侍女頭のチェセ。


チェセは平民であり本来王子と口が利けるような身分ではない。しかし立場がリュミフォンセの侍女頭なので、質問にきちんと答えるには、彼女が対応しなければいけないという事情が優先された。


それに、彼女の実家は大商会であるため、平民でありながら、王侯貴族と接する場が数多くあった。そのため第二王子を前にしても、無作法も気後れもない。


他の侍女のモルシェとレーゼ、そして護衛のアセレアは、少し離れて様子を伺っている。


「そうです。今夜の件は、主催者のこちらとしても完全に想定外だった。今後問題ないように手は回したし、リュミフォンセ様には直接お会いして私からお詫びを申し上げたい」


「これから・・・でございますか?」


「ああ。夜も更けてきたが、こういうものは早いほうがいい」


チェセはごくわずかに表情を曇らせる。


あまり常識的ではない提案だった。王家の者との面会ならば、それなりに格式を整える必要がある。だが王子の希望を聞くに、立ち話程度でも話す機会が欲しいということなのだろうとチェセは推察した。場を整えるには、主人のリュミフォンセの動きがわからなければならないがーーさて、どう回答すべきか。


ふむ、と考えこむ表情のチェセに、オーギュ王子が重ねて訴えかけようとした、そのときだった。


そこへかつかつと割り込む足音があった。


「だが、リュミフォンセ様の行き先はわかるのか?」


「ヴィクト。君か」


片頬を釣り上げ、割り込んできた長身の人物に向けて、オーギュ王子が片眉は潜め、だが笑いかける。相手は、北部の辺境伯子のヴィクト。チェセはこのふたりの会話を優先したほうが良いだろうと考え、半歩身を引く。


謹厳実直なヴィクトは笑いもせずに、オーギュ王子を見下ろすようにしながら言葉を続けた。ヴィクトとオーギュ王子とは身長差があるため、自然見下ろすようなかたちになる。オーギュ王子の頭が、ヴィクト辺境伯子の首ぐらいの高さだな、とチェセはぼんやりと思った。


「久しぶりーーというわけではないが、こうして話すのは久しぶりだな。オーギュ。いやここは学院ではないから、殿下とお呼びすべきだったな。緊急事態なもので、会話が聞こえてしまった無作法は許せ」


ふん、とオーギュ王子は小さく鼻を鳴らす。


「呼び名など、どちらでも、君の好きなように。君が魔王軍との戦場に出るために、学院を前倒しで卒業して北部に戻ってからだから・・・1年半ぶりだね、こうして話すのは。たしかに久しぶりだ。本来なら涙のひとつでも流すべきかも知れないが」


「その気取った話しかた。相変わらずだな」


「どうでもいいな。それより、なんだって? 『リュミフォンセ様の行き先』? なんのことだ?」


渋面で聞くオーギュ第二王子だが、それに答える辺境伯子ヴィクトもまた、愉快ではない話題に眉を顰めていた。


「ああ。リュミフォンセ様だが、たった今、西の『嘆きのバルコニー』から出立された・・・まっすぐ西に飛んでいくのまでは見えたが、どこに行かれたのかがわからない」


その言葉に、チェセは何があったのかをだいたい了解したが、高貴な二人が話し合いをしているなかなので、口出しは慎み、沈黙を続けた。オーギュ王子は驚きといらだちを交えて、ヴィクト辺境伯子に詰め寄った。


「はっ? ヴィクト、いま、君はなんと言った? リュミフォンセ様が? 『飛んで』? ちゃんと説明しろ」


「第一王子殿下が、護衛を引き連れてリュミフォンセ様を追って、この『黒と始原の間』を出ていっただろう? 彼女の身に危険があっても助けられるよう、私も一緒について行ったんだ。

そしてリュミフォンセ様は、『嘆きのバルコニー』までたどり着くと、その手すりの上で暇乞いをして、巨大狼に乗って王城から出て行ってしまったんだ・・・空を飛んでな」


「空を飛んで? つまり、深森の淑女(ドラフォレット)は、空を飛ぶ獣を駆るのか・・・我々の想像の埒外だな」


驚きすぎて呆けた表情のオーギュ王子に、ヴィクト辺境伯子はわざとらしく息を吐いた。


「『私の知る彼女』であれば、それくらいはやってのけるな。・・・ところで、殿下はリュミフォンセ様を追いかけようとしているようだったな。リュミフォンセ様の行き先に、心当たりがあるのか?」


「それは・・・」第二王子は言い淀む。地上を行くならいくらでも想定していたのだが、探そうとしていた相手が空を飛ぶと聞かされては、考えは改めざるを得ない。


しかし。


「ございます」


辺境伯子の問いかけに割り込んで、侍女頭のチェセは簡潔に答えた。









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