106 贈り物と返礼と
狩りの場に現れたモンスターの大つぼみを倒してから、数えきれない人から、お礼と感謝の言葉をもらった。わたしは実は精霊使いだったということになって、精霊を使役してあの場を助けたと説明することになった。まあ、事実とさほど遠くない・・・と思う。
でも、わたしと一言でも言葉を交わしてつながりをもとうと、あの場にいた貴族の皆さんがあまりにも熱心になったので、混乱状態になって収拾がつかなくなり。わたしは男性陣が狩りから戻るのも待たず、早々に引き上げさせてもらったのだった。
シノンと名乗った、不思議なことを話していた鷹を連れた狩人の子についても、あれっきり何もなかった。
狩りではいろいろなことが起こった。けれどほとんどのことは、その日限りですべて終わったと思ったものだけれど・・・。
過去のわたしの見通しの甘さをわりと本気で呪いたい。
「また届きました! 本日26便目です!」
どさり、と手紙の束と小包が、王都の別邸の部屋の隅に置かれた。
「まだ増えるの?」
「ひいい! どーなってるの!」
手伝いに来てくれた侍女のそんな声が、王都のロンファーレンス別邸に響き渡る。
もう小部屋はいっぱいになったので、贈り物を置くための部屋を、もうひとつ部屋を解放することを決める。薔薇の入った大瓶に満たされたエントランスホールに、また小包の山が追加された。
部屋から見えるその様子に、わたしは頭を抱えながらも、必死で羽ペンを動かして、手紙に署名を入れる作業を続けていた。
■□■
はじまりは、狩りから別邸に戻った、その日の晩だった。
「第二王子の、オーギュ様からの夜会招待のお手紙。たしかに届いているわね」
「ご存知だったのですか?」
手紙を銀盆から渡してくれるチェセが、わたしに問いかける。狩りから戻って別邸でくつろぐにも、急ぎの手紙には目を通さないといけない。
「今日、フェル様から伺ったのよ。近々オーギュ様主催の夜会があって、わたしにも招待状が来るはずだって」
招待状は、手紙というよりも、日時と場所が書かれた上質な紙のカードだった。場所は王城の一室らしい。くるりと裏を翻してみると、メッセージが書いてある。
『貴女に会いたい。ぜひお越しを。 オーギュ=ド=アクウィ』
「・・・・・・」
わたしはもう一度カードを裏返すと、日付を確認し、それを封筒にしまって、隣に控えるレーゼに渡す。
「レーゼ、こちらは参加でお返事をお願いします」「かしこまりました」
そうして、次の手紙を見ようと手を伸ばすとーー
「あの、それだけですか?」
たまりかねたように、レーゼに言われた。
「えっ? なにがです?」
わたしが驚いて聞くと、レーゼはとても心外そうな顔をした。
「その・・・婚約者候補からのお手紙なのですから。たとえば、『当日は何を着ていったら喜ばれるかしら』とか、『何をお話したら王子のお気に召すかしら・・・そう、いますぐにオーギュ様の好みを調べて』とか」
「私としては、『きゃあ! 王子からわざわざ、直々のお言葉が添えられているわ!』とかそういうのが良いと思います」
「それ。それね」
口を挟んだのは、レーゼの隣にいたモルシェ。わたしにはよくわからない世界だが、ふたりはわかりあっているらしい。そもそもこの場面で『良い』ってなに? それ要る?
「・・・。『きゃあ。王子は何がお好みか、すぐに調べて』」
「棒読みじゃないですか。ところで、今日は第三王子のフェル様と、辺境伯子のヴィクト様とお会いされて、いかがでしたか? 侍女である私達にも、これからの支援のために情報共有させてくださいませ」
流れに乗ったのに、ダメ出しされるわたしである。
コホンと咳払いをして、仕切り直す。
「そうですね。今日は、ヴィクト様、フェル様から、それぞれ結婚の申し込みを受けました」
「「「えっ!!!」」」
レーゼ、モルシェ、それにチェセも驚きの声をあげる。逆に、そんなに驚くの?
「リュミフォンセ様が何もお話されなかったので、きっと進展はなかったのだろうと思っておりました。たいへん失礼いたしました」
わたしの不審げな表情を読み取ったのか、意図を汲んでくれてそう説明してくれたのは、チェセだった。彼女の言葉に同意するように、レーゼとモルシェが深く頷いている。次に会う約束ぐらいは取り付けてくれればと上出来と思っていたとレーゼは付け加える。わたしも舐められたものだ、などと思う。
「きゅ、求婚って・・・どういった感じだったんですか?」
そう会話に入ってきたのは、モルシェだ。彼女は胸元で両手を握りしめ、瞳が輝き、うっすらと顔が上気している。
「えっと、それは普通に・・・」
「その『普通』を教えてください! こ、高貴な方の求婚に、すごく興味があるんです」
前のめりのモルシェの質問に、わたしはそのときの様子を思い出しながらお話しした。
モルシェは途中から口を両手で抑えて身悶えながら、熱心に耳を傾ける。
すべてを聞き終えて、モルシェは感極まって叫ぶように言った。
「それでは、リュミフォンセ様を求めて、三人の貴公子が争われているということではないですか! まるで物語のようで、ああ、素敵です・・・」
興奮したりうっとりとしたり、反応が大きいモルシェ。
「えっと、そんな言い方は大げさだと思うの」
「けれど、事実を見る限り、正しい表現ですよね」
反応が大きい人を見ると逆に落ち着くようで、一緒に話を聞いていたはずのチェセは、とても冷静だった。
「では、求婚いただいた方への回答を、準備しなければいけないのですね。申し出を受けるにしろお断りするにしろ、充分に気を配らなければいけませんね」
「ええ。お祖父様と伯母様には手紙で報告して、どのようにお答えするかは、すり合わせておかなければいけないわ」
チェセの言葉に、わたしは頷く。
けれど、と言葉を継いだのはレーゼだ。
「『第一王子が求婚までしたから、他の婚約者候補も求婚しなければ条件が合わない』ということになっているのですか。ならば、この流れでいくと、次の夜会では、第二王子からもご求婚があるのは?」
「なるほど」
心の準備はしておいたほうが良さそうね。と、わたしは頷いた。
「じゃあ、次の案件だけど・・・」
「「「・・・・・・」」」
この案件が終わったので、わたしが次の案件に移ろうとしたところ、侍女たちの視線が、なにか冷たい。わたしが戸惑っていると、レーゼが一礼して、わたしの耳元で囁く。
「リュミフォンセ様。僭越ながら、求婚された貴公子の皆様にもっと興味を持ってあげてくださいませ。これでは、想いを寄せられている殿方がお気のどくです」
「えっと、はい、気をつけます・・・」
興味がないつもりはないんだけど。むしろめちゃくちゃありますよ。やる気ですよ。
そして、次の日の朝。
「辺境伯子ヴィクト=アブズブール 様からのお届け物です。昨日の狩りの獲物を献上にあがりました」
「第三王子フェル=ド=アクウィ 様より、昨日のお詫びとお礼を言付かって参りました。またささやかですがご進物をお持ちしました。どうぞお納めください」
「第一王子セーブル=パドール 様からの贈り物です。必ずリュミフォンセ様に届くことを確認するよう、厳命を受けておりますので、どうか御本人にお目通りを・・・」
朝起きたら、届いた贈り物で別邸の前庭は大騒ぎになっていた。
辺境伯子ヴィクト様からは、狩りで仕留めた大きな鹿に、昨日わたしが乗せてもらった純白の騎走鳥獣が。第三王子のフェル様からは、わたしでは抱えきれないほどの薔薇の入った立派な名窯の大瓶が10口。そして何故か第一王子のセブール様から、立派な金剛石のついた首飾りが届いた。使者は言葉どおりわたしが贈り物を確認したのを見届けて帰っていった。
素晴らしい天気の朝だったけれど、突然の贈り物にわたしは呆然とするばかりだった。それぞれ贈り物に手紙もつけられていた。ざっと要約するとーー。
ヴィクト様の手紙。
昨日の狩りで一等を獲ることができた。『その名誉をリュミフォンセ様、貴女に捧げます』。送られてきた立派な鹿がその証。それから、騎走鳥獣でのかけっこはとても楽しかった。
『ついては、あのときの思い出のウリッシュをお贈りします。ともに遠駆けできる日を楽しみにしています』ーーというお誘いで結ばれていた。これはわたしが結婚を了承したら・・・ということだろうか。
フェル王子の手紙。
狩りの場にモンスターが現れたことでわたしに迷惑をかけた。それからモンスターをわたしが倒したことに心からの感謝を贈る旨が、丁寧な文面に綴られていた。幼いというべきその年齢に似合わないこなれた文章だけど、文字のたどたどしさを見るに、きっと本人が書いたのだろう。精神と肉体の不釣り合いが見て取れる。
送られた薔薇は、誠意の証だという。末尾の署名が『貴女のフェルより』と書いてあったのが気になった。
セブール王子の手紙では驚かされた。
まず、『私の決死の求婚が冗談だと思われていると聞いた。もしそれが本当なら、とても悲しく思っている』と書かれ、わたしの昨日の狩りでの発言が、すでに筒抜けになっていることを知らされた。昨日の狩りに参加した女性陣に、セブール様への情報提供者が居たらしい。
『もし。貴女が私の命懸けの求婚が、関係の潤滑油としての、宮廷で囁かれる小さな冗談ではないと、わかってくれたなら』送った首飾りをつけて、王家の夜会に出てほしいとも書かれていた。
立派な首飾りの贈り物は、わたしからの返事のために使って欲しい、ということらしい。
「いやそんなこと言われても」
お行儀が悪いけれど、エントランスホールでこの騒ぎを確認しながら、手紙を読んでいたわたしだったが、思わずツッコミを入れてしまった。セブール様は強引。困る。
第一、こんな高価そうな首飾りをつけて公の場に出たら、求婚を受け入れたように周囲から見えてしまうじゃない。いや、それが狙いなのかしら・・・。
「すごい贈り物ですね」隣に控えて立っていたチェセが感嘆して言った。「こうしてみると、リュミフォンセ様が、現実に三人の貴公子から求婚されているという実感がわきました」
「この贈り物・・・どのくらいすごいのかしら?」
「贈り物をお金で喩えるのは本来失礼なことですが、わかりやすいので・・・セブール様、フェル様の贈り物は、金貨数百枚といったころでしょう」
チェセは大商会の娘さんだけあって、物の価値に詳しい。きっと正しいであろうその評価によれば、贈り物の値段は前世日本だと数百万円なんだけど。なにそれ高価すぎて貰えないよ。
「ヴィクト様のウリッシュですが・・・相場取引なので価格がまちまちですが、名鳥であれば、市場だと金貨数千枚の価値がつくことがあります」
はっ? いま金貨数百枚で驚いていたところなんですけど。
「真白鳥の場合は、普通のウリッシュの倍の価格がつきます」
なんですって。ヴィクト様はウリッシュのこの子を『北部産の名鳥』と言っていた気がする。であれば前世日本で言ったらお値段は数千万円、下手したらいちおく・・・。怖くなってきた。値段で考えるのはやめよう。ヴィクト様はなんか自分のところで騎走鳥獣を育てているような口ぶりだったから、自分の畑で出来たお野菜をおすそ分けするようなノリなんだよ、きっと。うん。
「別邸には厩舎はありますが、世話をする馬丁がおりませんので、近所から借りられないか、いまモルシェが交渉に出向いています」
そうチェセが補足してくれた。わたしは有能な彼女の迅速な手配に感謝しつつ、頷く。
「お礼のお手紙もすぐに書かなければいけないわね。大変だわ・・・」
けれど、そうつぶやいたときのわたしの認識は、まだまだ足りていなかったと、すぐに後悔することになる。
3貴公子たちの贈り物のあとに、たくさんの貴族たちから、続々と手紙と贈り物が届きだしたのだ。
手紙を見てみると、ほとんどが昨日の狩りに参加していた貴族本人か、その縁者からだった。
昨日の狩りを催した王都の森に、突如現れたモンスター。それを退治し、その場に居た貴族の皆さんの命を救った恩人として、わたしは扱われていた。
その感謝の気持ちをかたちにして伝えたい人たち、そしてこれを機会にわたしと縁をつなぎたい人たちが、贈り物と手紙を送って来ているのだ。
それが一便、5から10包くらいの小包と手紙が届く。
贈り物が届けば、誰が送ってくれたのか、把握しなければいけない。お礼状も書かないといけないが、相手が高位の貴族であれば書き方も変わる。リストを作って、そして手元に残す手紙の写しも作らなければならない。
物自体も整理して、目録を作って保管して・・・という作業が必要だ。けれど、侍女と護衛、王都の別邸には限られた人数しか連れてきていない。圧倒的に手が足りない。でも公の場に出た時に、あの人にはお礼状も出していない、何をいただいたかも把握できていない・・・という事態は避けたい。
伝手を使って応援の人手を借りられるところから借りながら、その日から、わたしたちは次々に届く贈り物の返礼の対応に追われることになったのであった。




