妙に財布が軽くなる
思わぬ掘り出し物を手に入れたと気分よく大通りへの道を歩いているのだが、考えないといけないことが結構ある気がする。
まずは今日の宿だ。今まで泊まっていた宿では気分が悪くなるからどこか新しい店を探さないといけない。
振り返って後ろをついてきている奴隷を見た。こいつの空間収納がどれくらいのものなのかも知っておく必要があるな。
なんたって実質200万ルク、魔銀貨二枚分の奴隷だ、さぞかし有用なことだろう。
一応武器も手に入れたことだし迷宮に潜るか、魔物を倒して理力石を奴隷の空間収納に持たせる。きっと70万ルクくらいすぐに取り返せるに違いない。
「よし、お前、今から迷宮に行くぞ」
大通りに近づくにつれて増えてきた人の流れの中振り返ると、奴隷の姿はなかった。
「おい?」
立ち止まった俺を迷惑そうに避けていく人の隙間に目を凝らしても、茶色い頭は見当たらない。
見回しながら来た道を戻っていると、道の端に並ぶ露店から声がした。
「ご主人様」
かすれたような小さな声だ。続いて聞き覚えのある咳の音。見ると、奴隷が露店の間からこちらを見ていた。
「お前、こんなところで何をしてるんだ?早くついてこい」
そうして再び大通りへと進もうとしたのだが、
「あんた!何考えてるんだい!!」
怒鳴りつけるような声に体がびくりとした。
見ると、露店の女が目をつり上げている。
「なんだ?そいつが何かやったのか?」
「あのねぇ、こんな小さな子なんだからちゃんと手をつないでいないとだめでしょ!」
「そ、そうなのか?」
今まで小さい子供と接することなどなかったために、そんな必要があることなど知らなかった。
慌てて奴隷の手をつかむ。
とたんに、つかんだ手がびくりと動いた。
「そう、そう、小さな子は少しでも目を離すとすぐにどっか行っちゃうんだからね」
満足げにうなずいた女が店の品物であろう棒にささった揚げ菓子を奴隷へと渡そうとするが、奴隷は困ったように俺を見上げた。
「まぁ、なんていい子なんだろうね!お客さん、この子にあげてもいいかい?」
あげるって、商品のようだが、それをくれる?買ってくれじゃなくて?
とまどいながらもうなずくと、露店の女は菓子を奴隷へと渡し、受け取った奴隷は女へと礼を言った。
そして、なぜか俺にも頭を下げた。
食べ終える間、客が来なくて暇だったのか、女はやたら俺に話しかけてくる。
「あれくらいの年の子はね、まだ小さいから一回で食べられる分が少ないんだよ。その分食事と食事の間にちょっとした軽いものとか、果物とかをおやつにするといいよ」
「それは俺にも覚えがあるな、一日のうちで一番楽しみな時間だった」
勇者としての座学や訓練の合間、食事とお茶の時間は行儀にうるさいやつに見張られていたが、訓練の合間に出されるおやつは師範とともに外で食べたりしていた。
少し考えて菓子を二つ購入する。一本は俺用、もう一本は午後のおやつ用だ。
小さな揚げ菓子のため、二口で食べきってしまった。
迷宮の入り口は迷協の建物内にある。
受付にて迷宮許可を発券してもらおうとしたのだが、
「すみません、ハッシュ様には20階層の許可がありません」
「どういうことだ?今までは問題なかっただろ」
ここ、エガシュソードの迷宮は全部で30階層あり、20階層までならば階層ごとに転移できる構造となっている。今まで俺たち勇者パーティはずっと20階層から迷宮へと潜っていたのだが、その許可がないのだと言い出した。
「20階層の許可があったのは勇者パーティとしてのものなので、ハッシュ様個人には許可がありません。迷宮へと降りるのならば1階層からとなります」
「は」
口から言葉がこぼれた。笑ったのか問いかけだったのか、我ながらよくわからない声だったが、猛烈な怒りが湧きあがってきたことだけは分かった。
そうか、そういうことか。あいつらがパーティから脱退ではなくて俺を追い出すことを選んだ理由。
今までの名声、積み上げた権利、そういうものをすべて手放したくなかったんだな。
勇者パーティの名前にも、共に築いた何物も、惜しくはなかったが好きなように使われているとなると腹立たしい。あいつらの功績だと誇れないようにしてやりたい。
よし、手始めだ。奴らより先にこの迷宮を制覇してやろう。
「わかった」
「……ですので、規約としましては、は?」
「わかったと言った。1階からでいいから発券してくれ」
「はぁ、わかりました。そちらの子は?」
「奴隷だ」
迷宮に入ってどれくらいだろうか、左手で奴隷の手を引き右手でガラガラと音を立てながら工具棒を引きづる。
音につられて魔物が集まってきた。
四つ足の首の長い犬のような姿をした黒い魔物。
首をしならせて噛みつこうとしてきた顎を下から工具棒ですくいあげる。続いてくずれ落ちるそいつの陰に隠れるようにして飛びかかってきた魔物の頭を横から振りぬいて砕く。振り切った反対、左手側の下から首を伸ばしてきたので、奴隷を後ろに引っ張った勢いを利用して左足を軸に半身回転させて右足で頭を踏み潰し、同時に上から襲い掛かる魔物の首を下から工具棒で貫いた。
残った四つの石を拾い上げて奴隷へと渡す。
空間収納はやはり便利なものだな。今まで見つけた魔物はすべて始末してきたので本来ならば理力石を詰めた袋が荷物の中でうるさく鳴っていることだろう。
ところがだ、今まで背負ってきた荷物も何もかもが奴隷に収納されているために、手にあるのは武器にしている工具棒だけだ。筒灯は奴隷に持たせているので思った通りの所は照らされないもののかなり快適である。
「よし、今日はこのまま行けるところまで行くぞ」
そういって先の階層へと降りて行ったのだが、予想外のことが起こってしまった。
7階層で、六本足の素早い魔物を相手しているときだった。
シャカシャカと足を動かして俺の後ろに回り込もうとした魔物に勢いをつけて工具棒を振り回したのだが。
ゴクッ!
「ぎゃっ!」
鈍い音と感触、悲鳴が上がった。
石を拾い上げて奴隷を見ると、冷や汗を流しながら肩を押さえていた。
つないでいた左手を放してみるとだらりと下へと垂れ下がる。
腕を引っ張られた勢いで肩が外れたのか折れたのか、しょうがないので今日はここまでにして迷宮から出ることにした。
遅い。
俺が筒灯を持って奴隷の左手を引いているのだが、ひんぱんに体を強張らせるためになかなか出口へと進まない。
「おい、もっと早く歩け」
「は、はい、すみませ、こほ、ゴホ」
咳をするたびに肩が痛むらしく、さらに歩みが遅くなる。
少し考えた、手を引くことの目的ははぐれないことだ。なら、はぐれないでいられるのなら別に手を引く必要はないのかもしれない。
「ふむ、背負うか」
「はい、え?」
俺は小さい奴隷の腹に手を巻き付けて肩へと担いで走り出した。
教会の隣にある治療院にて、肩は脱臼しているだけだったらしく、はめなおすと治癒術がかけられてすぐに完治した。ついでに風邪も治してもらおうと司祭様に頼むと奴隷のことを少し調べてから難しい顔をした。
「これは、風邪ではなく肺病ですね」
司祭様の言葉を聞いて、なぜか奴隷が俺の顔を見上げた。
「どうした?」
「い、いえ、何でもありません」
「そうか。なら司祭様、その肺病ってのも治してください」
聞いたことのない病気だが、ついでだから治してもらおう。
「症状の進行は終わっているようですが、この病気の治療ですと上級ポーションが必要となります」
上級ポーションか、治癒術だけで治らないとは、よっぽどの病気だったんだな。手遅れになる前にわかってよかった。危うく70万ルク分損するところだった。
俺は奴隷に言って空間収納から荷物を取り出して、中にしまってある勇者証を司祭様へと渡した。
「じゃぁ、これの、今年の配給分からお願いします」
「はい、お預かりいたします」
司祭様は勇者証を持って部屋を出て行った。
「あの」
待っている間に奴隷が話しかけてくる。少し驚いた。
「なんだ?」
「私は、治るんですか?」
「当たり前だろ?治らなかったら困るじゃないか」
奴隷は目を真ん丸に見開いて俺を見つめてくる。今まで気づかなかったけど、薄い黄緑色なんだな。
司祭様が上級ポーションと俺の勇者証を持って戻ってくると、すぐに治療に取り掛かった。
司祭様は治療の後で奴隷のケガについて聞きたがり、迷宮で魔物と戦っている最中に起きたことを説明すると、はぐれる危険がないところでは手をつないでいなくていいことを教えてくれた。
さらに、魔物から身を守るすべのない奴隷のために装備を整えることを勧められた。
確かに、迷宮の中で奴隷に何かあって空間収納が使えなくなったら大変なので、治療院からの帰りに店へと寄ることにしたのだが、
「まいどありがとうございました~」
要所要所に動きを阻害しない程度の革が組み込まれた裾の長い服と靴に入れ込みやすいように足首の締まったズボン、底のしっかりとした靴。上の服には色糸が縫い込まれていて一見防具とは見えない出来である。
奴隷の守りは重くなったが、俺の財布は軽くなった。何とか宿に泊まる分だけは残してあるが、明日は朝一で理力石の換金をしよう。
勇者パーティ
勇者 ハッシュ=ダナン ステータス異常 人望低下・貧乏
所持金 3550ルク 称号 勇者・すなお
装備 町民の服 武器 バールのようなもの
奴隷の少女 ステータス異常 正常
装備 子供用探索服 武器 装備していません
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