裏 こうしてわたしはここにいる
少女が奴隷にされるまで
父と手をつないで通りを歩くのが好きだった。
私に合わせてゆっくり歩いてくれる父。人通りが多くなってくると、軽々と抱きあげて肩車をしてくれた。短い金色の髪を引っ張ると怒られた。
「こら、―――。痛いって言ってるだろ。どうしたんだ?」
怒った後は優しく聞いてくれた。
「おとうさん、あれ、なあに?」
私が聞いたことには何でも答えてくれた。
母とお買い物に行くのが好きだった。
「さ、―――ちゃんは今日、何が食べたい?」
母は、父のことが大好きで、父が何かを食べたい風なことを言うと必ずその日の食事に出していた。
けれどそれが私の苦手なものだったりするときは、何か一つは私の食べたいものを作れってくれた。
「あのね、まえおかあさんがつくってくれた、ちーずののったおやさいがたべたいの」
「わかった、じゃあチーズ買いに行かなくちゃね」
私を見ていた母が前に向き直ると、父の大好きな、もちろん私も大好きだった母の赤い髪の毛がさらりと揺れた。
こんな日がずっと続くと思っていた。
異変が起きたのは7歳の時、迷宮の探索者だった父はパーティの人たちの半分とともに帰らぬ人となった。残りの半分が何とか迷宮から逃げ帰り、迷宮協力組合からの連絡でそのことを聞いた母はその場で崩れ落ちた。
少しして、私たちは引っ越しをした。
前の家よりは狭かったけれど、母と二人で生活する分にはそれで十分で、母は働きに出るようになった。
夕方から夜更けまで、たまには明け方まで開いているお店。働いているのは母みたいにきれいな女の人たちと、とっても強いおじさんたち。
母は昔このお店で働いていて父とであったんだって言ってた。
私もお願いしてちょっとしたお使いとかお掃除とかのお手伝いをさせてもらっていた。お手伝いに便利な空間収納っていう理術も教えてもらって、みんなにすごいって褒めてもらえた。
一年位したころ、変な咳が出るようになった。胸の奥に何か詰まっているような、咳をして吐き出したいのだけど出てこない。
母に告げると顔色を変えて、教会の治療院に連れていかれた。
「お母さん、肺病ってなあに?風邪とは違うの?」
告げられた病名に首をかしげて母に尋ねるも、私を抱きしめるだけで、答えは返ってこなかった。
私は泣いて抱きしめてくる母から離されて見知らぬ男の人たちに連れていかれた。
「いや~いい買い物したよ~、この子の将来は絶対美人さんだね」
小さい男の人が私の頭をぽんぽんと叩く。
「売り時が問題ですね」
大きい男の人が顎に手を当てながらうなった。
「おっ、わかってきたじゃな~い。そうだよ、一番回収できる時に売らないとね。こういう商品こそ腕の見せ所だよ」
そして奴隷となった私はいろんな検査を受けて、そこで肺病だって言われた小さい男の人は頭を抱えて困っていた。
お店に来る人来る人に私を勧めるけれど、小さすぎて役に立たない私はだれも買おうとしなかった。
咳は少しづつひどくなっている。
深く息をすると胸の奥が少し痛み、ゴロゴロと妙な音が響いた。
肺病の設定 読み飛ばし可
肺病の原因は娼館で使用されているお香の材料です。
その植物は少しだけ理力を活性化する成分を含んでおり、理力の活性による興奮が目的で店中でたかれています。体内の理力量が多く、さらに土属性に強い適性がある場合肺のどこかに小さな結晶ができることがまれにあり、初期症状は風邪のような咳、次第に肺の結晶化が進み、肺からの出血、または呼吸困難で命を失います。
一度症状が出ると香の成分が完全に抜けるまで病状は進み続けるので、肺病と気づいた時点で手遅れであることが多い病気。