裏 やっと奴から解放された
裏というか、元仲間たちのお話です
奴が、勇者ハッシュが去ると、店内の空気が緩む。
ちらちらとこちらをうかがうような視線も感じるが、そのうち元のように飲み食いを始めた。
ふぅ、と息を吐いてから席に着くとディニがジーフォスのローブから手を放して元気よく椅子を引いて、ジーフォスはハッシュが蹴倒した椅子を立てるとローブの裾を手直ししてから座る。
「とりあえず、食事にしようか」
僕の言葉にディニの手がさっとあげられる。
「やったー!おねーさん、ロザ三つちょうだい」
「はいよ!」
元気よく答えた店員の女性にジーフォスが声を重ねた。
「それと、パンとスープを三人前。大皿で何か一品頼む」
「はいはい!今日はいいものが入ったからね、期待してな!」
『かんぱーい!』
三人で砕いた氷と蒸留酒の入ったグラスを打ち付けあう。
「あの顔、見た?あいつがあんな顔するなんて想像もつかなかったよ」
そう言って明るい笑い声をあげたのはディニ、パーティでの斥候や罠の探知を担当してくれるありがたい存在だ。
「どうしたの?シヨルク。なんか元気ないけど」
彼女は首をかしげて僕に尋ねてきた。
「いや、ちょっとね、パーティを作ったころのことを思い出してしまって」
勇者パーティの一員として教会から推薦された僕は信じて疑っていなかった。
これから偉大な勇者様とともに迷宮へと潜り、いつかその最深部へとたどり着くのだと。
そんな偉業への一番の障害となったのが当の勇者というのは皮肉なものだ。
「はいこちらどうぞ!ムカデ鳥のディンドソース煮込みよ」
そんな僕の気分を吹き飛ばすような大きな声とともにどんっ!と深みのある鍋が目の前に置かれ、赤茶色のソースから見え隠れする骨付きのもも肉にディニが歓声を上げた。
「うわぁ、いい匂い!」
鍋がすっかり空になり、皿にこびりついたソースをパンでぬぐっていると声がかけられた。
「お、勇者のパーティじゃないか。今日も三人で愚痴ってんのか?」
立派なわし鼻とあごひげが特徴の、金級パーティ剣と大盾のリーダー、ロブさんが仲間を引き連れて隣のテーブルへと着くところで僕たちを目に入れたらしい。
「あ、ロブさーん!えへへ~、今日は愚痴ってるんじゃないんだな、お祝いしてるの」
すっかり頬を上気させたディニはだらしない笑みを浮かべてグラスを掲げて見せた。
「お祝いだぁ?階数更新とかは聞かねぇし、誕生日か何かかよ、おめでとさん」
ロブさんたちはテーブルを囲んで持ち上げると僕たちのテーブルへと接するように置いて、口々に祝いの言葉を述べてきた。
何か誤解がありそうだと僕が説明をする前にディニが口を尖らせた。
「ちっがうよ、ついにあの勇者を追い出してやったんだ!」
「ん~?ハッシュをか?そいつは……」
ロブさんが何かを言いかけたが、剣と大盾の戦士であるトニーさんの言葉でさえぎられる。
「へぇ、よかったじゃねえか。お前たちのパーティ上手くいってなかったからな。勇者ってあれだろ、魔物と見ればパーティの仲間ほっぽり出してひとりで突っ走って行くって言ってた」
「そうなの!それに、ジーフォスが理術を使うからって言ってもどいてくれないし、シヨルクなんて怪我を治すのが遅いって殴られたんだから!」
「まーた始まったよ」
剣と大盾の団員からはやし立てられてディニの声が一段と大きくなる。
「もうっ!聞いてよ、この間なんかね……」
こうして、いつも通りの、それでも少しだけ心が軽くなった気のする夜は更けていった。