裏 飴と剣(鞭ではない)
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ある日、治癒院からの帰り道。ご主人様は私の手を引いていつもの帰り道ではなく宿の反対側へと進みだした。
今までが朝、宿を出て近所のお店で食事をして、昼食用の食べやすいものを頼むか露店で買い、迷協で理力石を換金してから迷宮へと降り、私が怪我をするまで魔物と戦って、治癒院で怪我を治してもらったら道すがら必要なものを買い足して宿へと戻る。
そんなことの繰り返しだったから見慣れない景色に足が止まりそうになった。
もちろんご主人様はそのまま進んでいくので繋がれた手は引っ張られて慌てて立て直す。
迷宮都市の中心にある貴族街から東へとのびる大通り、人の多い道を進むご主人様を見て顔をしかめる人がまれにいる。
それは、露店の人だったり、探索者らしき人だったり、身綺麗でお供を連れた人だったり。
一度、聖印を首から下げた女性が恐ろしい形相で睨んでいるのを見つけてゾッとした。
しかし、ご主人様はそんなことに気づいてないのか気にならないのか、今日だって気にするそぶりも見せずに歩いていた。
通りの両側に並ぶ建物は迷協に近いあたりだとほとんどがお店だったけど離れるにつれてその数がまばらになり、かわりに建物の前で店を構える露店が増えてきた。
家の前にお店を出されたら住んでる人の出入りが不便じゃないかって思うかもしれない。けれど、昔の私の家も大通りよりちょっと奥まった通りに建ってたけど、家の玄関はその通りの反対側にあるもっと細い道にあるから大丈夫なのだ。
人の隙間から露店を眺めて歩いていると同じようなものを売っているはずなのに少しずつ値が上がっていることに気づいた。そのかわりなのか露店の様子も張ってある天布に絵が描かれていたり、少しずつ変わる三色で塗られていたり、商品の受け渡しをする机が黒光するまで磨き上げられていたりと変化している。
さらに進むと人通りと共にまた露店が減り始めて、建物が大きくなっていく。外に品物を並べるようなお店がなくなって、大きな扉と看板がここはおいそれと入れる店ではないのだと主張している。
そして昔、母に絶対近づいてはダメだと言い聞かせられて遠くから見ていた貴族街の壁が大きく見えた。
ご主人様は道の端へとよると、大きな扉へと手をかけた。
扉は押し開かれ、ご主人様は中へと入り、閉じかけていた扉が止まった。
扉の端へと手をかけて私を見下ろしたご主人様は、ため息をついてつないでいた手をぐいと引き、私が店の中へと引っ張りこまれると背中で重そうな扉が軽い音を立てて閉じた。
そこはまるで絵本に出てきた宝石箱のようだった。
窓から離れて天井からの明かりだけを受ける棚には赤、黄色、緑、それぞれの色で分けられて瓶に入れられた宝石が並んでいて、奥の机の上には宝石で作られた頭くらいの大きさの青い鳥が飾られていた。透き通ってなければ本物の鳥が今にも羽ばたいて飛んでいこうとしているところだと思ったかもしれない。
その手前にある大きな机の上には手のひらにのせられるほどの透き通った鳥や動物が並んでいる。
私はふわふわした気持ちで店を出た。ほおの中には幸せになる宝石が入っていて、両手でしっかりと包み込んだ手の中には色とりどりの宝石の詰まったビンがある。
ご主人様は棚のビンを指さして、私の空間収納から金貨を出すように言ってお店の人に渡して、ビンを私に差し出した。
「ほら、飴はこれだ。いいか、確かにあの石ころは似ていたけど甘くなかっただろ?甘くないのは飴じゃない」
そうして促されるままに私はビンのふたを開けて中の宝石を口に入れた。幸せな味がした。
店の前でほら、と差し出された手に私は躊躇した。ビンをまだ持っていたくて、手を離したくなかった。
そんな私にご主人様が言った。
「早くしまわないと、日に当てていると溶けるぞ」
慌てて空間収納へとしまい込むとご主人様の手を取った。
二日後、おやつに一つの飴が増やされて、寝る前に飴の詰まったビンを眺めることが楽しみで、こんなに良くしてもらっているのにやっぱり今日も私は怪我をして治癒院のお世話になった。
いつも通りの道を帰ろうとした手を引っ張って、こちらを見下ろした水色の目に訴えた。
「ご主人様、私に武器をください」
そして連れてこられた武器屋には、にこやかな店の人がいた。ご主人様の顔を見たとたんさらに口の端を上げる。
「いらっしゃい、あ、剣ですか?あいにくまだ出来上がっておりませんで」
「あぁ、そっちはいい。ほら、何にするんだ?」
ご主人様はそれだけ言うと私のほうを向いたけど、店の人はそれを見てむっとした顔をしていた。
その後、渡された剣を抜くことすらできずに肩を落としていると小さな笑い声がして、見上げると今まで見たことのないくらい柔らかい顔があった。
「ご主人様?」
「お前、長剣が使いたいのか?」
問われ、迷宮で魔物相手に振るわれた剣を思い出して、あんな様になりたいとうなずいた。
「はい」
「なら、練習用のものが必要だな」
そう言ってご主人様はお店の奥へと振り返って、私も同じ方を見るとお店のさらに奥へと通じてるんだろう布を掛けられた場所から男の人が顔を出した。
「おう、ハッシュか。とっくに剣の手入れは終わってるってのに遅かったな」
背はご主人様と同じくらいだけど太い、腕なんて私と比べると二回りも三回りも違う。がっちりと重そうな体つきで、それとは不釣り合いに肌は白かった。
「終わってるのか?まだだと聞いたのだが」
不思議そうな声で返事をしてご主人様は店の人へと顔を向ける。
店の人は先ほどとは違った意味で口端を上げ、ひきつった顔で二人を交互に見やっていた。
「あ?っかしぃな、ウーフェ、お前に伝えたよな?ほら、七日前だ」
ウーフェと呼ばれた店の人は口の中だけで何かもごもごとつぶやいている。
「七日?五日前に来たときはひと月くらいかかるって言ってたぞ」
ご主人様と奥から出てきた太い人は明らかにウーフェって人の様子がおかしいことには気づかないみたいで、二人しておかしいなぁと首をひねっていた。
「すみません」
思い切って声を出してみる。
「どうした?ああ、練習用の剣だったな」
「いえ、そうではなくて。手入れの終わってた剣なのにそれを伝えなかったって話、それって、そこのウーフェ?さんがご主人様のことを嫌いだから意地悪したのではないですか?」
私の言葉に二人はウーフェの顔を見た。見つめられた顔を青ざめさせたウーフェはご主人様をにらみながら怒鳴りだした。
「ああそうだよ!自業自得だろ!?お前みたいなチビはこいつがどんだけ悪いやつか知らないからそういうことがっ!!?」
ゴッとこぶしを頭に落とされてすぐに黙る。
「お前はっ!客に対して何をやっとるんだっ!!」
「だって店長!店長だって聞いたことあるでしょ?こいつの噂!」
「うわさぁ?あの『パーティの仲間に暴力ふるった』とかいうやつか?」
私ははっとした。迷宮でいつも私が怪我してるから、それが変な噂になってる!?
「そうです!それにディニちゃんだって頑張ってるのに……」
あ、良かった。私とは違うみたいだ。
胸をなでおろしている間にも問答は続いていく。
「それがお前と何の関係があるんだ?」
「え、だって」
「ディニっていや、あのちっこい盗賊だな、お前の家族か?」
「は?いえ、違いますけど。あと今は盗賊じゃなくて斥候……」
「なら恋人か?」
「違いますっ!犯罪じゃないですか」
「それなら、お前はハッシュに何をされたんだ?」
店長さんがこぶしをウーフェの胸に軽く当てながらたずねると、口をぽかんと開けて止まってしまった。
「お前の理屈で言うとな、客に対して嘘をつき不利益を与えた。そんな悪いことをしたお前には誰も、何も売ってくれなくなる」
「は?」
「そういうことをお前はやってるんだ。実際に殴られただとか、嫌がらせをされただとか、そういう相手にちょっとした意趣返しをするのならそれこそ自業自得ってやつだろうよ」
あ、ご主人様は興味がなくなったみたいで棚に並んだ砥石とか眺めてる。
「人の悪い話なんて近所を聞きまわれば必ずひとつやふたつ出てくるもんだ。そいつら全員にものを売らないってなったら俺たちは食っていけねぇ……」
その後も店長さんのお説教は長々と続いて、お空が少し黄色みがかってきたころにようやく私は練習用の木剣と短剣を買ってもらって宿へと戻ったのだった。
なぜか本編より裏話の方が長くなる不思議