表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/12

裏 ごはんも宿もいっしょです

 今日、いつものように宿の外で道行く人に向けて呼び込みをしている少年へと二人組の探索者らしき人たちが声をかけた。

「一泊いくらだ?」

 一人は金属と皮を組み合わせてある探索者の人たちがよくしている格好の青年で、背は少年よりは高いけど宿の主人よりかは頭ひとつくらい小さい。短めの髪はおひさまのような金色、見下ろすその目は春の空のような水色だった。

 もう一人は小さな女の子、きれいでかわいらしい服を着ているけれど、よくよく見るとなめした革が何か所かに使われているからこの子も探索者なのだろう。

 うつむいていて目の色は分からない。髪は茶色。その手はしっかりと青年の手を握っている。あまり似ていないけれど兄妹だろうか?そんなことを考えながら少年は答えた。

「二人部屋ですと1500ルク、二部屋ですと2000ルクです」

「二人部屋で頼む」

「ありがとうございます、どうぞ中へ!」

 自らの呼び込みで客を招けたことに喜び、少年は大きな声を上げながら宿の扉を押し開けた。


 宿屋の近所にある食事処にて。

 カウンターが五席に四人かけの机が四卓、少し小さめの街中どこにでもありそうな店だ。

 朝は仕事前の朝食と昼食用の弁当、夜は仕事上がりの酒と飯を求める客で席が埋まるのだが、最近では宿屋の主人が提案した食事代の値引き札によって昼でも多少の客が入るようになって潤っている。

 今は夕方と夜の間、これから客が増えるころ合いに二人組の男女がやってきた。

 手伝いをしている食事処の長女はその二人を見ておかしくなった。妙に迫力のある金髪の青年とうつむいて表情のわからない少女、まったく不釣り合いな二人なのにその手だけはしっかりとつながれているのだ。

 髪色は違うけれど兄妹なのかもしれない。

 店の中で空いている二つの卓のひとつに案内してから隣の卓から声を掛けられて注文を受けている最中に、突然床へとしゃがみこもうとした少女の襟首を青年が持ち上げて席へと座らせる一幕があったのだが、それを目撃していた客も店員も存在しなかった。

 おい、と声を掛けられて長女は二人組の席へと向かった。

「はい、ご注文はお決まりですか?」

「俺はスープとパンを頼む。それと、手ごろな肉料理を一皿。お前はどうする?」

 青年に尋ねられた少女が身をすくませるのを見て、おや?と思う。

「おい、早く決めろ」

 兄妹かと思ったけれど、青年の声にそのような親密さは感じられない。それならこの二人の関係は一体何なのだろうか?

「あー、こいつにも俺と同じ注文で頼む、それと、水を」

 少し気まずげにそう言った青年に宿屋の娘はうなずいて注文を伝えに奥へと引っ込んだのだが、

 ん~、なんなんだろあの二人、すっごい気になる!

 関係のよくわからない二人組に気を取られ、店を出るまでちらちらと見続けたのであった。


 その日の夜、宿屋の寝台の中で少女は丸まっていた。

 目まぐるしく変化した自身の状況に意識が追い付いていなかった。

 奴隷として恐ろしそうな青年に買われ、そのあとすぐにはぐれてしまいどれだけ怒られるのかと震えていたら手をつながれ、ひょっとしたらいい人に買われたのかもしれないと思ったとたんに恐ろしい魔物のばっこする迷宮へと連れていかれて、おびえる間もなく振り回されながらも青年の強さに目を見開いて、かと思ったら強烈な痛みとともに肩が壊れ、泣く暇もなく担がれて連れ込まれた治療院で治してもらい、高額な薬が必要だということで母も奴隷商もあきらめて血を吐きながら死んでいくとばかり思っていた肺病が瞬く間に治されて、湯で体を清めることができて、多すぎる夕食が与えられて、今はまともな寝台の中にいる。

 訳がわからなかった。

 悲しむべきなのか、喜ぶべきなのか、泣くべきなのか、怒るべきなのか、様々な感情が入り混じって出口でつかえて何も出てこなかった。

「コホ」

 代わりという訳ではないが、咳が出た。

「コホ、ケホ」

 治療院では治ったといわれたが、以前から感じていた胸の違和感は未だに残り、ゴロゴロと音を立てていた。

「ゴホッゲホッ!」

 主人を起こしてはいけないと布団にくるまって手を口に当てながら咳を続けているうちに布団がはがされた。

「大丈夫か?」

 はがしたのは少女を混乱の渦へと叩きこんでいる主人だった。

「すみませ、コホ、コン」

 謝りかけた少女の背中に温かく大きな手が置かれた。

「咳が残ったのか、明日はまた治療院に行っておくか」

 そしてゆっくりと背中がさすられた。

 胸のゴロゴロがその手から逃れるかのようにせり上がってきた。

「ごほっ!がは、げほっ、ゲホッ!」

 ひときわ大きな咳とともに喉の奥から何かが転がり出てきた。

「何だ?」

 いぶかしむような主人の声。

「光よ」

 短い言葉の後に灯った理術でできた光の玉、それに照らし出されたのは小さな黄色い石だった。

 親指ほどの大きさで、若干丸く、表面は荒い。

「あのな」

 何かを言い聞かせるような声で主人は言った。

「はい」

「飯なら食わせてやるから、おやつも用意するし」

「はい?」

「だから、石とか食うなよ?」

最後に出てきた黄色い石は、肺病によって結晶化していた肺組織でした~

上級ポーションと治癒術によって不要な部位として取り除かれたものです

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ