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ジャーナリスト

作者: 星島咲也

 右手にボールペン、左手にカメラ。ポケットには手帳。

 このスタイルは22歳にこの業界に入ってから変えたことがない。

 僕は、片田舎の地元で地方新聞の記者をやっている。

 上京したいという思いも少しはあったが、小学校からの夢だったこの仕事をするために故郷に残ったのだ。

(就職に失敗したという訳では無い、決して)

 基本的に僕の仕事は取材がメインではあるのだが、スクープとなるものがこんな所にある訳もなく、地域の小さなお祭りや、市議会の話を毎日同じように撮らせて貰っているだけだ。

 なんだか新聞記者ってこんな味気のないものだったかと、ときたまに思うことはあるが、そこまで残業も多くないし、それなりに満足はしているんだ。

 僕は子供の頃の夢を叶えながら、夢のない毎日を送っていたのだ。

 まあ、そんなことで終わるなら僕の話は物語にはならないんだけど。


 その日はある神社の秋祭りだった。

 その年の豊作に感謝し穀物を神様に捧げるという、何ともありふれた行事だけど、この地域では年に一回の少し大きな祭りなので、それなりに話にはなるんだ。

 因みに、僕はこの祭りを取材するのはこれで5回目だ。

 流石にマンネリ化もしてきたので、取材対象を何か変えてみようか、そう思いながら僕は次々に進行していく祭りを撮っていた。

 神様にお米を奉納する順番になった。ここが1番要となる部分で、僕はカメラのレンズを絞りながら膝をついて、集中する。

 「君っていつもそうやって人の写真撮っているよね」

 不意に声をかけられ、僕はあたりを見渡す。

 厳かな雰囲気の中、そんな声を発した人物は見えなかった。

 僕は気を取り直して、レンズ越しに社を見る。

 するとそこには、平安時代のような姿をした子供が立っていた。

 慌てて、カメラを下ろし、目を向けるもそこにはただの古びた社殿があるだけだ。

 しかも、カメラを覗くとやっぱりいる。

 あたふたしているうちに、奉納は終わり、人々は宴会の準備に取り掛かっていった。

 「神社の裏の方においで」

 子供はそう言いながら、今度はカメラ越しでも見えなくなったのである。


 「貴方は一体なんなんですか?」

 僕は酒を飲んでいる神主達を他所に、静かな社殿の裏に行った。

 いつもなら僕も杯を交わしながら話を聞いているのだが、写真もろくに取れなかった僕は、どうにかしてこの子供を記事にできないか、試行錯誤していた。

 レンズ越しには映るのに、いざ写真を撮ると消えているのだ。

 「何って、決まってるでしょ。私はここの神社の神様だよ」

 やっぱりそうだったのか、僕はそう思いながらもまだ混乱している頭を何とかして、ほぐそうとした。

 「え、じゃあ神様はなんで僕の前に現れたんですか?それになんでカメラ越ししでしか姿が見えないんですか?あとその姿h「待ってまてまて」

 子供は長い髪をなびかせながら、首を横に振った。

 「質問は1回につき1つにしろ、取材中にそんなにまくし立てても答えてくれる奴はいたか?」

 確かにそうだ、僕は失念していた。

 ところで神様は僕のことは知っているらしい。

 まあ、この地域を治めているんだからそりゃそうか。

 「えーっと、神様はなんで僕の前に現れたんですか?」

 「それは、お前達に話しておきたいことがあったからさ。新聞記者をしているお前なら皆に伝えることが出来るだろ?」

 それを聞いて僕は安心した。地味な僕には、いきなり厨二病のようなキャラ付けされても何も出来はしないだろうから。

 ただの仲介役なら、僕は適役だ。

 「それで、話したいことって…」

 「ここには将来大きな地震が起きる、甚大な被害が出るんだ」

 え、嘘だろ、

 「別に私の力でどうにかすることは出来るが、相当めんどくさい事になるし、だるい」

 いやいや、それなら助けてくれよ。

 「だから、備えるんだよ。少しでも被害を無くすために。

 今の人間には、防災訓練だとか、施設建設だとか色んなことが出来るでしょ、それを今のうちにやっておくんだ」

 は、はあ。

 想定外すぎる話に僕は再び放心状態になった。

 「因みに、これは君にしか言わないから、どうするかは君次第だよ」

 それじゃあね、と言って神様はまたレンズからいなくなった。

 どうするかって、答えはひとつでしょ…


 僕は、会社に戻ってパソコンに向かった。

 早速記事にするために、といっても無論、秋祭りのことではない。

 地震について調べ出すと、様々な情報がそこにはあった。

 興味も特になかった僕は、端から端まで読み続けた。そして、

 「直下型地震、これか」

 調べると確かにこの地域の下に活断層がある。

 恐らくこれが災害に発展するのだろう。

 僕は、記事にまとめる。秋祭りの部分だけでは足りないので、上司に言ってスペースを貰った。

 こんなに一所懸命にしているのはいつぶりだろうか。

 久しぶりに、小学校の頃の記憶を思い出した。

 そうだ、僕は皆に必要な情報を伝えるために、新聞記者になろうと思ったんだ。

 小さい頃から、それを夢見ていたんだ。

 記事が出来上がった頃には、山から朝日が顔を出していた。


 その記事は少し目立つ所に特集として入れてもらった。

 編集長が面白いと言ってくれたらしい。

 そんな地方新聞の記事1つで大きく変わるわけが無い。

 僕はそう思った。

 でも、少しは何かが変わったんじゃないかと思う。

 これを読んでくれた人が1人でも真剣に考えてくれたら、僕はそれでいいんだ。

 なにか達成感を得た僕は、またいつもの日々に戻っていった。


 2年後だった。

 ある全国紙に、ひとつの特集が載った。

『新聞記者、地域を救う』

 そこには半年前に起きた大地震の中、奇跡的に被害が殆どなかった地域のことが書いてある。

 ある日の記事を読んだ人々がそれぞれ防災訓練をやっており、緊急時の備えを確実にしていたからだという。

 その記事を書いた記者は後にこう話したそうだ。

 「これは神様が教えてくれたんです」

 その一言は戯言のように扱われており、そこを気に留める者はいなかった。

 古びた社の子供1人を除いて。

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