アラサー勇者の婚活録
修正している作品の合間の息抜きです…。
―――ここ十年、それまでに大人しかったはずの魔王がいきなり猛威を振るい始めた。しかし統率力に問題でもあるのか、国が滅ぶほどのものではまだ、ない。
しかし、各国の王たちは未来のことを考え、勇者を求めた。男でも女でも、単独だろうがパーティーを組もうがなんでもいい。魔王という存在を斃せる、そんな存在を。
***
修行を初めて何年目…いや、何十年目か。既に世にいうアラサーというお年頃になってしまった。いやいや、落ち着け私。まだ二十八歳だし、まだ二十代だしと自分を慰めてみるものの、世間からは完全に嫁ぎ遅れた女としてのレッテルが張られてしまっている。
近所のおばちゃんたちの哀れみの目が流石にしんどくなってきている。同い年の友人は既に子を二人も生んでいるのだ。近々おばちゃんと呼ばれそうで怖い。
しかし、それも今日までだ。
「おおおおっしゃあああああ!!待ってなさい!魔王!!そして王子いいいいい!!」
勇者、二十八歳。
彼女は、長年に渡る修行の末、遂に魔王の住む城へとその足を踏み入れた。
◇◆◇
「…………は?」
勇者は、自分の目を疑った。そんな馬鹿な、と思わず唇から漏れてしまっている。でも、本当にそれしか言いようがないのだ。
「……なんだ、人間か。何の用だ?」
目の前には、霧というか、影と言うか、よくわからない何かがふよふよと浮いている。それには面白い事に、真っ赤な目と山羊のようなくるんとした角がある。そう…魔王の特徴である、それらが。
だが力はほとんど感じず、正直に言ってここに来るまでに倒した奴らのほうが数十倍強いと思う。いや、数十倍できくか?
いやいや、と勇者は考え直す。だって、魔王だよ?時前に集めた情報によると何百年も前から存在していて、その圧倒的な力から他の魔族の頂点になる事を許された唯一の存在。真偽は定かではないが赤い目を持ちその頭からは山羊のような角が生えている。そして絶世の美男子だと、そう聞いていたのに。
そう、美男子だと。
「…えっと、魔王、サン、で…お間違えない、デスカ?」
「ん?あぁ、その様に呼ばれているな。そなたは誰だ?人間の女がここまで来るとは、驚いたぞ」
勇者は持っていた盾を取り落とした。ガシャアン、と金属の鈍い音が室内に響く。勇者として、それはしてはならない事だと言うのは分かっている。それでも目の前の状況をどうしても処理しきれないのだ。
「…ちぇ、チェンジイイイイイ!?ちが、何で弱ってんのよおおお!?」
思いっきり指差して叫んでしまった勇者は、きっと悪くない。あー……と言わんばかりの空気を醸し出す魔王が悪いのだろう、多分。霞なようなそれからは、強い感じとか覇気とかが全く感じられない。目の色と角が無ければ確実に下っ端だと思うレベルの弱さだ。カスだ。ゴミだ。
酷いと言われようとも、今の勇者の心境へのダメージに比べれば安いものだろうと勇者は思っている。
「ちょちょちょ、待って!?と、とりあえず落ち着くのよ、私…。とにかく!あなたは魔王でしょう!?私は勇者よ!大人しく切られて頂戴!!」
勇者は先手必勝とばかりに剣を振った。汚いとかどうでもいいのだ、要はヤツさえ倒せれば。そうすれば、自分には明るい未来が待って―――。
スカ
「…は?」
「あー、悪い…折角頑張ってここまで来てくれたのだがな。今弱体化しているせいで実態もないのだ。故に私を斬る事も倒すことも出来ん」
スカ
スカ
「ちょ、そんな何回も斬らないでくれ。いくら魔王だとしてもメンタルが」
「魔王のくせにメンタルとか言ってんじゃないわよ!!!!ていうか何で!?いつから!?そもそもなんで弱体化してるの!?魔王なのに!?」
勇者はあらんかぎりに叫んだ。叫び過ぎて喉が痛いレベルで。水、今すぐ水を要求する。いや、むしろこの悪夢から覚める為に命の水を出せ。
そんな勇者に、魔王は神妙そうな顔(靄だからそこまでよく分からないけれど)で訥々と語り始めた。
今より五十年ほど前、魔王は英気を養おうとそこの玉座にて休んでいた。とてもいい天気で、ポカポカとして気持ちよかったし丁度いいと考えたのだ。魔王というのは膨大な魔力を操る。そのため、結構な時間を揺蕩う意識の中で自身の力を養っていた。
結果、久々に起きたら魔力が盗まれていた。
「―――という事があってな。私とて盗ったヤツを探しに行きたいのだが、いかんせん、この姿では返り討ちにあいそうでなぁ」
「待って待って、今凄く格好良く話進めていたけどさ、え、結果昼寝という名の眠りに落ちて?その間に元部下に魔力盗られたってこと?なんで魔王なのに気付かないわけ?色々可笑しくない?え、ほんとは弱いわけ?」
「いやぁ、とてもいい夢でな。ころっころのまんまるのもっふもふがな?たくさんいてな?きゅうきゅう泣くので離れがたいと言うか、起き難かったというか…。弱くはないぞ?一応魔王だからな!」
「魔王ううううう!!!!あんた、そんな見た目で可愛いもの好きー!?」
勇者は嘆いた。これでは魔王が倒せないではないか。つまり。
「っは!?待って!?ということは…!私の結婚は!?」
「ん?そなた、結婚するのか?」
「そう!いや、違うけど!魔王倒したら国の王子様と結婚する予定だったの!!」
魔王は意味がよく分からず、勇者と名乗る女性に説明を求めた。
「ほら、昔の子供用の絵本であるでしょう?勇者が魔王を倒してその国のお姫様と結婚するって話。それを小さい頃に読んでからずっと夢にしてたのよ!その為だけに修行して、修行して……。それで今日やっとここに来たと言うわけ!」
「……は?」
三回くらい話を聞いてようやく理解できた魔王は絶句した。いったいどこの誰がその話を本気にすると言うのだ。しかし、目の前の女はそれを本気にし、そしてついにここまでやってきたと言う。それは純粋に凄いと思うが…。
「そなた…魔王という偉大な存在を斃すにはあまりにも動機が不純ではないか…?」
「おバカ!まっとうな理由に決まっているでしょう!!あなたが知っているかどうかは知らないけど、この国の王子さまは超がつくほど美男子なのよ!?しかも二十三歳!!ま、まぁ私が少し年上だけど姉さん女房っていうのもあるでしょう!!やっぱり魔王斃すくらいしないと王子のお嫁さんにはなれないのよね!!」
「…」
魔王は言うべきか迷った。物凄く物凄く、迷った。
魔王は起きてから(魔力が盗難されてからともいう)既に十年は経過している。その間、何もしていないわけではない。自分を謀った元部下を探すため、色々な情報を集めに集めていたのだ。
もちろん、彼女の言う国の事も。そして、たぶん彼女の言う王子とやらは、既に婚約者がいて、その発表が近日中に行われる。
見たくはなかったが、王子はその相手の女性を溺愛している様で所構わずいちゃいちゃしていたのだ。
それを言うべきかどうか…。勇者といえど、彼女は夢を見てここまで頑張ってきたのだ。魔王である自分がそれを言うのは何だが、なんというか、可哀想に思えてしまったのだ。
「とりあえず!あなたを捕獲して城にもって行けばどうとでもなるわよね!!」
「王子には既に婚約者がいるぞ!!!!」
魔王は自分の身が可愛かった。
「……は?」
「そ、そのな、私もただ無駄に時間を過ごしていたわけではなくてな?ここいらの情報を部下を使って調べていたのだ。その、そなたのいう王子とやらのこともな、それで知って…」
「……嘘つくなあああああ!!」
「ぎゃああ!?」
斬られることはないと分かっていても、それでも剣を振り被られるのは嫌だった。びゅんびゅんと轟音を立てながら剣が振るわれる。正直に言って怖い。
言動はちょっとあれだが、勇者としての力は確かにあった。魔王が気に入っている調度品が一瞬の間にただの瓦礫へとその姿を変えていく。
「おおおおお、落ち着けぇぇぇええ!?」
「嘘だ嘘だ嘘だああああ!!だって、だって!!」
勇者の顔は悲惨な事になっていた。涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっており、女性らしさのかけらもない。ただ泣き叫ぶ子供でしかなかった。
いくら彼女が勇者だと言っても、相手は実体のない魔王。剣を振っても空を斬るだけだ。しかし、彼女は
それでも信じられなかったし、信じたくなかった。何のために、今まで自分は頑張ってきたのか。たった一つの夢を叶えるために、たくさんの物を我慢してきたというのに。
「っはぁっはぁ……、ひっく、っは、っは、えほっ」
「おい、とりあえず落ち着くのだ、そのままでは体中の水が流れて干からびてしまうぞ…!?男は王子だけではないのだ、な、もう泣くな、勇者よ」
「っひく、ひっく、な、んで、魔王が、ゆうしゃを、なぐさめるのよぉぉぉおお」
勇者はそのままうわああああんと泣き崩れた。
◆◇◆
「ひっく、うぅ…ずずっ」
「ほら、落ち着くのだ、勇者よ。私が言うのもなんだが、きっと王子とやらはそなたの運命の相手というものではなかったのだ。な?だから泣き止むといい」
「…うぅー」
勇者はゆうに一時間は泣き続けた。いったいどこからそんな水分が出てくるのだと問いたくなるほど、泣きに泣いて、そして暴れた。つい数時間前までは暗黒系の豪華絢爛だったはずのそこは、勇者の手によって見るも無残な瓦礫と化している。
最初は壊さないでくれと悲鳴を上げた魔王だったが、途中から完全に死んだ魚のような目をして遠くを見つめていた。
「…あなた、魔王なのに優しいのね」
「そんなことはない。ただ、そなたの頑張りなどを考えると不憫でな……あぁ、ほら、泣くな。それ以上なくと目が溶けてしまうぞ」
どうやっているのかはわからないが、魔王はどこからともなくハンカチを勇者の目元に充てる。物理的な攻撃は効かないのに、彼は物理的な干渉をもつのか。なんてずるい存在なのだろう。
「して、これからどうするのだ、勇者よ」
「どうって?」
「もう私を斃しても意味はないだろう?国に戻って良い人を見つけるのがいいのではないのか?」
魔王からすれば、この厄災のような勇者には早く国へと戻ってほしい。女子だといって甘く見れば、確実に自分を斃すだけの力を得るだろう存在だ。今はまだ自分を斃すことを第一としていないおかげでこんなに穏やかに話ができるが、もし自分を斃すことだけを考えていたらこうはならなかっただろう。
しかし勇者は、言いずらそうに視線を魔王から逸らした。
「…そう、したいんだけどね」
そんな彼女に魔王は不審げな視線を送る。彼女の性格からして言い澱むことは無いだろうと思ってたのに。
「どうしたのだ?」
「…………」
「勇者よ、言ってくれねば私はそなたの力にもなれんぞ」
勇者は観念したのか、ぼそりと小声で何かを言った。
「なに?」
「…腹筋が、六つに割れている女は無理だって、言われた…」
「?」
腹筋が六つに割れている。
人間の世界で腹筋が六つに割れる程の動きをする人など限られている。主に男性が活躍する職業の人々、冒険者か城の騎士団などが割れている。
そんな中、勇者と名乗る女性は夢の為だけに鍛え続けた結果、そんじょそこらの男には負けない力と筋力を手に入れ、そして女性かと問いたくなるほどの見事に割れた腹筋を手に入れたのだ。
「…割れていては、おかしいのか?」
しかしそれは人間の世界の話でしかない。魔王たち魔族では、割れる女もいれば牛のごとし巨体をもつ女性だっている。だから、魔王にはそれのどこがいけないのかわからなかった。
「おかしいって、幼馴染に言われたのーー!!幼馴染は男なんだけどね、お腹はうっすらくらいしか割れていないの。私みたくバッキバキじゃないの…!そりゃあね、私だって幼馴染兼恋人とか憧れたこともあったのよ!?もしダンがオッケーしてくれたら、修行なんてやめて家に入ろうと思ったのに、思ったのにイイイイイイ!!」
ダンダン、と勇者が思いだしたのか、床を掌で叩く。彼女の掌の形に沈み込む大理石の床を見て、魔王はひくりと口角をひくつかせる。これをしているのが魔族の女であれば納得するのに、どうしてか人間の女だと思うと恐怖しか生まれない。
「お、落ち着くのだ、勇者よ。だとすればどうするのだ?」
魔王は魔界闘牛を宥めているような気分で勇者に声をかけた。言葉が通じる分、魔界闘牛よりマシなはずなのだが、どうしてかもっと質が悪いように感じてしまう。
どうして魔王たる自分がこんなにも気を遣わなくてはならないのだろうか…。
「……どう、する…?」
「そうだ、そなたは国に戻っても、その、婚姻は難しいのであろう?」
「…で?」
「だ、だからだな、その、どうせなら私と旅に出てはみぬか!!」
「…はぁ?」
魔王の言い分としてはこうだった。
このまま勇者は国に戻っても、魔王を斃せなかったということで、彼女の夢見る王子との婚姻はまず不可能だ。そもそも今暴れているのは魔王の元部下だろう。そいつを斃せば何かしらの報酬も出てくるかもしれない。そもそも国内で相手を探そうにも、鍛え過ぎた彼女のその肉体についてこれる男を探すのは骨が折れる。
「……それで?」
「うむ、私と旅に出る事によってだな、少なくとも今より出会いはあろう」
魔王の言葉に勇者の肩がぴくりと動いた。
「色々な街に行くことによって、沢山の出会いをすれば、そなたの運命の人とやらも見つかるやもしれん。私は私を裏切った部下を探しにゆきたいが、この姿ではそれもままならん。
どうだ、勇者よ、利害の一致、というものだ」
ぴくり、ぴくり。
「少なくとも、現状のままではそなたには申し訳ないが…嫁にいくことは難しいだろうというのが私にもわかった。なら、一縷の望みではないが旅に出た方が可能性としてはよっぽど…」
「行くッッッ!!!!」
勇者は喰い気味で反応した。
本来、勇者と魔王、相反する存在なのだが、なぜか二人の意見は合致した。
「う、うむ…、本当によいのだな?」
あまりの即決さに、魔王は念には念を入れようと再度問う。
「くどい!勇者に二言は無いわ!!あんたと旅に出て、運命の人を探す…、なんてイイ響き…!そしていつか運命の人を見つけて、言ってもらうの……、僕を探しにこんなに危ない目にっ!すぐに結婚しよう!幸せにするよ!って……きゃああああああ!!」
「…」
完全に妄想世界で暴走状態の勇者に、声をかける勇気は魔王にはない。
そうして旅に出た二人が、行った先で数えきれないほどの問題を生むことになるとは、この時の魔王は思いつきもしなかったのである。
勇者:アラサー。猪突猛進、強い。鬼強い。短絡的思考の持ち主。ある意味ぴゅあ。結婚への想いは三日かかっても語り切れない。
「彼氏、旦那、彼氏、旦那、彼氏、旦那…、旦那、欲しい!!!!ダンナっダンナアアアア!!!!」
魔王:年齢忘れた。非暴力主義者。でも極度のめんどくさがり。結構抜けている。やるときはやる。でも基本やらない。おじいちゃん。勇者のことはなんだかんだで気に入っている。
「…お、おい落ち着け!?…はぁ…。あやつは直ぐ走り出すが…猪的な前世の持ち主なのか?…できれば猫とかがいいなぁ、ふわふわ…」
きっと二人で旅をしているうちに魔王が魔力を溜めて、たまーに人型になって勇者をフォローするようになる。しかし変化して。イケメェン。勇者惚れる…かな。