第二話 禁断の地を行く者達
私達はスケルスの上空を飛んでいた。 目的地は彼らの首都であるレクテン城だ。 私も2,3度しか行った事はないが、道はしっかり覚えている――はずだ。
「あとどれくらいだ?」
「えっと、30分も飛べば着きますよ。」
うん、多分そのくらいだと思う。 ――少し速度を上げて行こうか。
”おい、速度を上げ過ぎだ!”
翡翠の抗議の声が聞こえてくるが、今は無視無視っと。 あぁ、風が気持ちいい。
「しかし、見渡す限りの森だな。」
「彼らはこの土地から出れないので、この森で採れる食物を糧に生活してるんですよ。」
「ほう、では肉は食わんのか?」
「流石に食用の家畜は飼育してるんじゃないかなぁ……」
王女様は余程興味があるようで、あちこちを眺めながら飛んでいる。 そんなによそ見をして大丈夫なのかな。
「って言った傍から! 前々!」
「何を慌て――てぇ!」
目の前には”鉄の船”が飛んでいる。 恐らくは遊覧飛行でこの辺りに来ていたのだろう。 このままでは接触事故が起こってしまう。
「翡翠! 覚悟決めて!」
”待て、お前まさか!”
「緊急事態なんだから我慢しなさい!」
急旋回してから銀華の方向へと加速する。 そのままの勢いで体当たりを敢行する。 ――接触と同時にものすごい衝撃が全身に響き渡る。
あぁ、これは無理だ…… その衝撃に耐えられずに、私の意識は遠のいた。
―――
――
―
「んっ……」
朦朧とする意識の中、何かの匂いが鼻をつく。 これは薬草の匂い……?
「まだ動かない方がいい、骨は折れていないが腫れがひどい。」
男性の声が聞こえる。 右腕の鈍い痛みがその言葉の意味を教えてくれる。 しかし、翡翠ではないようだが一体誰だろうか?
ゆっくりと目を開いて辺りを見渡す。 左隣には翡翠が横になっている。 右側を見ると見慣れる男性と銀華が立っていた。
「貴方達、思ったより無茶するのね。」
「お陰様でこの様ですけどね。」
「それでも助かったわ、人間達と問題を起こせば外交問題になるからね。」
お忍びで来ている身だ、なるべく問題は起こしたくないだろう。 いや、もうトラブルは起きているか。 ――あの男性、間違いなく黒竜族だ。
「白竜の子孫達よ、何用でここに来た。」
「何と言いますか、そこの王女様が是非王に謁見したいそうで。」
「ほう……、白竜の者だと思ったが違うようだな。」
男性は部下らしき男に指示をする。 どうやらリーダー的な人のようだ。
「部下を先に走らせた、とりあえずは城まで案内しよう。 怪我をしている二人は荷車で我慢してくれ。」
「助かる騎士殿。」
「アフラムだ、近衛隊の隊長を任されている。」
「ふむ、覚えにくい名前だな。 私は銀華、そこの寝転がっているがエリカと翡翠だ。」
この人なんて失礼な…… 私達の紹介も雑だし!
「――なるほど、貴方達には覚えにくい名のようだ。」
アフラムは苦笑いを浮かべる。 部下の兵士達は、私と翡翠を丁寧に抱え上げると荷車に乗せてくれた。
「それでだ、アフラム殿。 叶うならば本日中に謁見をお願いしたいのだが。」
「それは難しいでしょう、まず貴女の身分を証明してもらう必要がありますし。」
「あぁそれなら問題ない、クラディス王とは面識があるのでな。 その時の近衛隊の隊長はアレンだったか――」
「成程……」
アフラムは何か納得したように頷いた。 どうやら、彼にとっては大事な名前のようだ。 それを知っているという事自体が彼に対しての解答になっているようだった。
黙って横になっているのも暇なので、もう一度眠ろう。 そう思い私は瞼を閉じて意識を手放した。
――
―
「いいか、お前はいつか俺の跡を継いで族長にならなければならない。」
「うん、分かってるよ。」
あぁ、これは昔の記憶だ。
「すまないな、お前に押し付けるようで。」
「いいのよ! お兄ちゃんは気にしないで!」
「せめて、この体が動けばな…… 本当にすまないエリカ。」
そう、兄はいつも謝っていた。 不自由な自分の身体を恨み、自分を責め……
そんな兄が、――私は嫌いだった。
――
―
「貴方にとって悪い話ではないかと?」
「ふむ……」
玉座に座る男と、対面する男が会話をしている。
「貴方は黒竜族の未来を考えてらっしゃる。
その未来は、座して待てば手に入るものでもありますまい?」
「言われずともわかっておるわ。」
「ならば、私と手を組むという話も悪いものでは無いはずでしょう。」
「――返答は数日で出す。 それまでは滞在なされよ。」
「良い答えをお待ちしておりますよ、クラディス王。」
そう言って男は王の間より退室した。 クラディス王は頬杖をついてうなだれた。
「宗月か、果たして信用出来る男なのか。」
クラディス王は立ち上がると、背後に聳え立つ大きなクリスタルを仰ぎ見た。
~黒竜の守り石~
レクテン城の王の間、その玉座の背後に聳え立つ巨大なクリスタル。
その高さは100mにも及ぶ。
遥か昔から存在する物のようで、亡くなった者の魂が還る場所とも言われている。
常に淡い青い光を発している。