プロローグ 風の谷
「婆様!」
今日もひ孫達が私の周りに集まってくる。 目をキラキラと輝かせて物語をねだるのだ。
「しょうがないねぇ、今日も聞きたいのかい?」
『うん!』
皆、声を揃えて答える。 私は手の甲に痣のある方で髪を掻き上げ、ベッドから起き上がった。
「むかしむかし、人間達は青い空の下、地上に暮らしていました。」
それは、遠い記憶の物語――
―――
――
―
村中に赤子の産声が響き渡る。 村人達はその声に誘われ、村長の家へと群がっていた。
「さあ、来なさい翡翠。」
赤子の母親が呼ぶと、一人の少年が前に歩み出た。 少年は、覚悟を決めたように頷き、赤子の左手を両手で握りしめた。
「我、翡翠は盟約の元、汝――」
「エリカよ。」
「汝、エリカ・ウェントゥスと永久の誓約を誓わん。」
少年と赤子の周りを柔らかな風が巻き起こる。 その風は一瞬で収まると、互いの左手の甲に紋様を刻み込んだ。
「誕生の儀は無事執り行われた。 皆で新たな命を讃えようぞ!」
周りから歓声が起こる。 少年は手を握ったまま赤子に微笑んだ。
「これからよろしく、エリカ。」
――16年後――
「これでよし――っと。」
「エリカ、準備出来たか?」
私は髪を整えて、衣服の確認をする。 村の民族衣装なのだが、正直ダサイ。 特にこのミミズ文字みたいな紋様が気にくわない。 私も都会の服を来ておしゃれしたいなぁ。
「今行くわよ。」
駆け足で家の外へ出ると、翡翠が待ち疲れたとばかりにため息をついた。
「まったく、お前が寝坊するからだぞ。」
「う、うるさいわね! これでも一度起きたのよ!」
「二度寝すれば、そりゃあ意味はないよな?」
何も言い返せない。 人間睡魔には勝てないのだ、三大欲求に抗う方が間違っている、っと思う。
「ともかく! 今日は町まで買い出ししなきゃでしょ!」
「だから誰のせいで――」
「ほら行くわよ!」
「まったく……」
翡翠は呆れながら私についてくる。 村の広場を駆け抜け、村の入口を目指す。
「おや、二人でお出かけかい?」
「気を付けて行くんだぞ!」
村の人達が次々と声をかけてくれる。 私は手を振ってそれに答える。
入口から梯子を登って谷の上へと出る。 そこには広大な草原が広がっている。
翡翠は魔源を収束させる。 その身体は光に包まれ、別な姿へと変化させる。
「さあ、行こうか。」
光が収まると、そこには翡翠色の龍が鎮座していた。 私はその背中跨り、しっかりと背中に掴まった。
「行こう、翡翠!」
そう、私達の青空へ!
~ロキア~
境界に存在する世界の一つ。
時空龍達が提供した知識により、高度な文明国家を築いている。
しかし、首都メルキデス以外は文明レベルが停滞している地域も数多くある。
風の谷もその一つである。