第十一話 それぞれの思いを胸に、先へ
「風が気持ちいいね~ こうして飛ぶのは久々じゃない?」
「そうだな。」
私は久々に空を飛んでいた。 陽動が動いている今ならば、ギリギリまでは空から首都まで近づく事ができる。 桜己と私を乗せ、こうして飛んでいるという状態だ。
「最近は色々あったしね、ほんとはもっとゆっくり飛びたいんだけど。」
「なぁエリカ。 お前何かあったのか?」
「ん、それどういう意味?」
「――いや、気にするな。」
「変な翡翠。」
そう思いながら私は少しだけ速度を上げる。 いつもと違い拒否反応は感じないから、翡翠も同じ思いなのだろう。
そもそも奏者と龍の関係はとても面白い。 永久の誓約を立てた二人は常に深層意識で繋がるようになる。 それは月日の経過でより強く、深く繋がるようになるのだ。 それが顕著に現れるのは、飛んでいる時だそうだ。
完全に意識がシンクロし、自らの手足のように飛ぶことが出来る、それが一人前の奏者だ。 もちろん私はその領域には程遠いため、私の指示が翡翠に拒否される事もよくある。 でも、今はその感覚もほぼなく、いつも以上に気持ちよく飛べている。
「そんな事よりも、お前は覚悟出来てるのか?」
「そ、そんなの当たり前でしょ!」
「――本当はお前を連れて来たくなかった。」
「それは死んでも嫌、もう離れないって決めたから。」
そりゃぁ私だって怖い。 失敗したら死ぬかもしれないって事だって分かってる。 でも、翡翠と離れるのはもう嫌だ!
「そうか、ならもう何もいう事は無い。」
「うん。 ――ありがとう。」
――翡翠が心配症なのは昔からだった。
私が転んで擦りむいただけで大騒ぎし、足を骨折した時はずっと傍にいてくれた。 少々過保護すぎるのではと思ったのはわりと最近だが。
最初は自らの奏者だからって理由だと思っていた。 奏者のいない龍は生粋の時空龍に劣る、不思議な話だがそうらしい。 まるで片翼の天使が手を取り合って飛ぶように、奏者と龍は互いを必要とするのだ。
だから私を大事にするのは、自らが飛ぶためだけだと思っていたのだ。 だってそうでしょ? お互い子供だったわけだし、それくらいにしか頭が回らなかった。 まだその感情を理解出来ていなかった。
「まぁ、何かあったら俺が守ってやるよ。」
「うわー、一番信用出来ない!」
「それはどういう意味だよ。」
「この前みたいに、大事な時にいないって事になるかも?」
「あれはだな、お前を逃がすために仕方なく!」
「あーあー、聞こえない。」
「こうして戻って来たからいいだろ!」
そう、その感情は恋心だ。 翡翠の優しさ、厳しさの裏に隠れていた感情だ。 誓約だけじゃない、純粋な思いなのである。 その気持ちに、私は全く気付いていなかったのだ。
「まぁ、今回は許してあげる。」
「そいつは助かる。」
逆に私はどうなのだろうか? 私は翡翠に対して恋愛感情を抱いているのだろうか? はっきり言ってしまうと、小さい事から一緒に育った翡翠をそういう目で見る事は出来ない。 あくまでも幼馴染というカテゴリに属されると思う。
しかし、それとはまた異なる感情があるのも確かだ。 離れたくない、一緒にいたい。 そんな思いを抱いている事に気づいた。 それは恋心と呼ぶにはあまりに幼稚で、儚いものであった。
「そろそろ桜己さんを起こそうか。」
「そうだな、この辺りから歩いた方がいいだろう。」
翡翠は減速し、ゆっくりと丘の上に降り立った。
―――
――
―
「この辺りは足場が悪い、気を付けろ。」
「何、この程度造作もない。」
そう言って銀華は岩場を飛び跳ねながら進む。 晧月は先行し、銀華の横にはアフラムが付いていた。 ある意味で彼が信用されている証であろう。
「そうやって調子に乗っていると――」
案の定、銀華が足を踏み外して転びそうになる。 事前に予測していたアフラムは、彼女を優しく抱き抱えた。
「だから言っただろう?」
「助かったぞ黒翼。」
「その名前、久々に聞いた。」
「私以外に呼ぶ者はいないからな!」
銀華がアフラムに与えた名前。 ”黒翼” 別に彼が漆黒の翼を持っているわけではない。 ましてや代を重ねた黒竜族は、竜の姿に変身する事すら出来ない。 本当に彼女の気まぐれであり、ただのイメージからの連想なのである。
「つまり、君専用という事かな?」
「面白いな! お前、私の所有物になるか?」
「またストレートな表現を…… 確かに私は今仕える相手がいないが。」
「ならば尚更丁度いいだろう。 私の下僕――いや、伴侶でもいいか。」
相変わらず突拍子もない事を言う王女だと、アフラムは頭を抱えた。 しかし、心の底では何か心惹かれるものがある事に気づいていた。
実は、彼女の存在は父の手記で知っていた。 ――ただ一度、妻への愛を曲げそうになった相手としてだが。 その龍の姫は美しく、私の心をかき乱した、そんな事も書かれていた気がする。
確かに目の前にいる王女は美しい、気品もあるし王族としての誇りも持っている。 ただそれ以上に、ドジで自由奔放で、頑固者な王女なのだ。 それがまた愛おしく思わせるのであって、彼女は天然の魔性の女なのかもしれない。
「流石にそれは身に余る。」
「そうか? 何も問題ないと思うのだが。」
つい先日に父を亡くしたというのにこの気丈さだ、本当ならばまだ悲しみに浸っていたいだろうに。 現状はそれすらも許してはくれない。
何故王が時空龍の王を殺したかも理解できない、あの行動にどんな意味があったのだろうか。
――あの人は昔から黒竜族の解放を願っていた、そのはずだった。 もしそれが全て偽りであったとしたらどうだろう?
ここに来て知ったのは王の正体だった。 その存在すら偽り、かつての黒竜族の王を欺き利用した天下の大罪人”麗明” その名前は誰もが知っているだろう。 遥か昔に起きた大戦、それは伝説として今も語られているのだから。
「どうした黒翼、ぼーっとして考え事か?」
「まぁ、色々と。 色々整理したい事もあって。」
「変に考えすぎても無駄だぞ! 立ち止まるよりも、今は進む事を考えろ。」
なるほど、立ち止まるよりも進め、か……
「――流石だな。」
「そう褒めるな!」
これが彼女の原動力なのかもしれない。 ――レクテン城はもうすぐだ。
―――
――
―
「全ては順調か、なんだかつまらないな。」
麗明は玉座から無邪気に飛び降りた。 状況は完全に彼の手の内だった。 白竜族達は予想通り3手に分かれたし、そのためにレクテン城にはクログと宗月を配置した。 あとはここに来る奴らを分身に相手させ、自分は陽動部隊を壊滅させればいい。
「張り合いがないというか、ゲームが簡単だとやる気にならないというか。」
かつての戦いはとても面白かった。 結果自分は敗北したが、まだゲームオーバーにはなっていない。 その証拠に僕は今ここに健在だし、翔子はガイアに戻ってもういない。 そして厄介な四聖獣は封印した。
「何か手を隠してる、なんて事もないだろうなぁ~ ほんとつまらない。」
麗明にとってはゲームと同じであった、前回も、今回も……
「まぁ、何かしらのハプニングに期待しておこうか。」
そう言って楽しそうに玉座を後にする。 これから麗明を待っているのは、彼の大好きな殺戮ショーなのだから。