息子が結婚したいと言い出したんだが…
ー結婚したい人がいるー
そんな息子からもたらされた晴天の霹靂の言葉にサイ・エディ-タは凍りついた。まさかいきなり食事の席で切り出されるとは思わなかった言葉に頭が回らない。
「あ……う…」
うめき声に近い吐息が口から漏れた。そんな中、固まる私をよそに別の息子と娘が息子に祝いの言葉を述べる。
「兄上、おめでとうございます!」
「兄様、どんな方ですの?」
その言葉にサイは驚愕の目を向ける。なぜ、皆。そんなに普通に受け入れられるのか………。敵は今まで絶対にどんなにいい縁談にも首を縦にふらなかった男だ。どんな心境の変化なのか。どう問いかけるべきかと悩む自分をよそに妻が嘆息する音が聞こえる。
「……一度、連れていらっしゃい」
「……はい」
妻の言葉に更に浮かない表情の息子に“どうした!”と思う。お前はその女に何か弱味でも握られているのか。もし、そうならば父が力になろうではないか。相談してくれと混乱する自分を他所になぜか妻の言葉に“ほっ”とした息子が優しく笑う。
「なら、詳しく聞かせてちょうだい」
「はい」
一体、何が起きてるのだと思う私を他所になぜか他の四人は和やかに談笑を再開した。
こうして………
いまだ……息子の妻となる女性が異世界人だと理解していない私を他所に会話は続いた。
そしてようやく私はその日の夜、妻と二人きりになった時に息子の妻となる女性が異世界の人間だと理解する。
「異世界人だと!」
“一体、何をふざけたことを…”
そう思うもあの生真面目が服を来て歩いているような息子が家族にそんな笑えない冗談を言う筈がない。驚愕のあまり、あんぐりと口を開けた私に妻が冷たい瞳を向けてくる。
「…貴方は一体、何を聞いてらっしゃったの?」
凍りつくような声音と冷たい視線に再び思考が停止する。
「いや…その…」
アワアワと体を寝台からおろせば自分の日記に今日の出来事を書いていた妻が日記帳を閉じてこちら向き直る。
「どうせロイが結婚すると言ったのに驚いて聞いていらっしゃなかったんでしょう」
その言葉に背筋を冷たい汗が流れる。こちらを向き、冷たい表情と声音を妻が崩さない時は静かに怒っている証拠だ。居ずまいをさりげなく正して、妻の言葉を静聴する体勢に移行する。そんな自分にようやく妻が嘆息して口を開く。
「ロイが結婚したい方はアカリ・ナガツさんと仰られるらしいわ。ロイが言うには彼女には世界を渡る不思議な力があるらしいの。ロイとは同じ年で、あの長く辛い旅路を支えてもらったそうよ」
その言葉に目を見開く。自分の反応とは裏腹に妻が複雑な表情で目を伏せる。
「あの子がいくら優秀とはいえ、あんな荒んだ目をするぐらいに旅は大変だったんだと思うわ」
まだ10代の息子が魔王と呼ばれる異国の地の王を倒す英雄として選ばれた時は胸が潰れる思いだった。今だかつてその王を倒した人間はいないからだ。その旅の合間に時たま、報告に帰ってくる息子の目はどんどん冷たく荒んでいった。だから、僅かな仲間と共に旅立った息子が無事に帰って来てくれた時は本当に嬉しかった。そんな息子が魔族と呼ばれる存在と友好関係を築くと言い出した時には一体、何をふざけたことを思ったが意思は硬くやり遂げた。
“父上、始める前から諦めてしまえば何も始まりません”
手始めにこれが相手側からの友好の証だと書簡と品を持ち帰った息子は自分の知る時より、かなり精神的に成長していた。何をふざけたことを言う面々を見据えた息子の言葉は今も忘れない。
“あちらの方々は魔獣を操っているのではありません。ただ、活性化する時期と適切な対処をされておられます。我々は争うのではなく、その術を学ぶべきです”
そう言い切った息子は本当にあれほど脅威とされていた魔獣をいとも容易く退けた。それは息子と共に旅立ち、苦楽を共にした面々も同じだった。その今まで考えもしなかった対処法を示し、徐々に皆が息子の話を聞いていくようになった。
結果ー
息子は今まで国交のなかった国との関係を築くことに成功した。そんな息子には色んな所から縁談が舞い込んだ。一国の王女から美女が息子に目の色を変えたが息子の意思は固かった。
“私には心に決めた女性がいます”
そう言ってどんなにいい話でも頷かなかった息子が結婚したいと言い出したのだ。それがどれほど驚愕の嵐を引き起こしたか分かって欲しい。妻の言葉にふむと頷くと妻が優しく笑う。
「いつからかあの子が荒んだ目をしなくなったのは分かっていました。でもそれはあの子が一人で乗り越えたのではなく……辛く、苦しい時を精神的に耐えられたのはその彼女が居たからなのだと今日、話を聞いて分かりました」
今日まではあまり、息子の結婚については望んでこなかった。
「あの子の思い人に会ってからにはなりますが私は応援しようと思います」
そう堅い意思を持って告げてくる妻に私は嘆息する。妻がこういうなら私に反対する意思はない。
「それは私も尽力しよう……だが…」
「分かっています。この公爵家の妻として恥ずかしくないように私が教育致します」
自分の杞憂に妻が任せてと微笑む姿に私は頷いた。
ーそして今は……ー
「アカリさん、来ていたんだね」
公爵家の居間をあけると結婚を数ヶ月後に控えた息子と新たに娘になる女性が談笑していた。彼女は私の姿に気がつくと立ち上がって一礼する。
「お義父様、ご無沙汰しております」
「気にしないでいい大変らしいね」
その言葉に首を振る。彼女は今、結婚後こちらに嫁いでくるための仕事の引き継ぎで忙しいらしく息子と会う時間もあまりとれないらしい。そんな二人の貴重な時間を潰す訳にはいかない。別に息子への話は急ぎではない。
「結婚の準備でバタバタしていると聞いている。ゆっくりしていきなさい」
「お気遣いありがとうございます」
そう言って太陽のような明るい笑顔を見せる娘にサイは嘆息する。息子が彼女のどこに惚れたのかなんとなく彼女に出会って分かった。
「初めてお目にかかります。永津灯と言います」
息子に連れられてやって来た彼女は見たこともない衣服に身を包んでいた。そんな彼女に自分は“ああ”と言葉少なく頷くことしか出来なかった。
「真剣に息子との結婚を考えているのかな?」
その問いかけに彼女は迷うことなく頷いた。
「はい。ご子息と添い遂げられればと思います」
そう言う彼女の瞳に迷いはなかった。たった一人。味方もいない、文化も違うだろうに彼女は息子のために今まで暮らした居場所を捨てるのだ。その決断が何よりも彼女の結婚への堅い意思。
そして、彼女はエディータ家を支える人間になるべく、数年の歳月をかけて妻と私が課した花嫁教育を見事にやり遂げた。文化も礼式も違うだろうに彼女は諦めなかった。……読み書きだけは依然として苦手だがそこは息子がフォローすべきだろう。
そんな彼女の行動力は称賛に尽きた。最終試験として課した公爵家主催の夜会の取り締まりを任せた時も彼女は真摯に頷いてみせた。
“分かりました。お義父様、お義母様。私、頑張ります。では早速、今回のご予算と参加人数と形式をお教え頂けますか?”
公爵家の妻になるには夜会の采配も出来なければとその主催役を任せた時はそう言って我が息子よりも乗り気で身を乗り出してきたのだ。
“ああ…”
ちなみにその姿に若干、のけぞったのは秘密だ。そんな私からいくつか話を聞いた後、彼女は“ありがとうございます”と微笑むと息子に向き直った。
“ロイ、早速で悪いんだけど。この公爵家で夜会に詳しい使用人の方々をご紹介して頂けないかしら”
“ん?”
いきなりの彼女の他力発言に目を瞬く私を他所にロイが苦笑しながら立ち上がる。それに従って“失礼します”と彼女も立ち上がる。
“なら、執事長のミハエルだな”
“ありがとう。では、お義父様、お義母様行って参ります。ご厚意でいくら私の好きにやっていいと言っては下さってもお義父様やお義母様、ロイに恥をかかせる訳には行きませんので勉強に行ってきます。やはり、格式とか使っていいものとかありますよね”
そう言いながら微笑む彼女は誰よりも公爵家に嫁ぐ覚悟と息子を支えていくという姿勢を持っていたの。
あれから数年の月日が経ち、彼女はようやく自分の娘になる。
「さ、ゆっくりして行きなさい」
『ありがとうございます』
そう言って、あまり逢瀬の時間もとれない二人を気遣って部屋を後にしながらも顔に笑みが浮かぶ。
「あいつは本当に良い妻をもらったな」
たとえ世界が違っても……
惹かれあうのならそれが運命だと人は言うだろう
いつもお読み頂きましてありがとうございます。
誤字、脱字がありましたら申し訳ありません。
少しでも楽しんで頂ければ幸いです