息子の妻は異世界から嫁いでくる
「結婚したい人がいる」
息子から食事の席で切り出された言葉にミレーニ・エディータは目を瞬いた。侯爵家からエディータ公爵家に嫁いで早28年。ついに息子から結婚したい人がいるという言葉を聞いた。どれだけ夫から結婚を勧められても首を縦にふらなかったのは“どうしてめた結婚したい人がいる”と言って譲らなかった息子がだ!
「どこのご令嬢ですの?」
親の贔屓目に見ても容姿、家柄、性格という三拍子を揃えた息子の胸を射止めた女性に胸が高鳴る。だが、私の質問に目を見張った息子は目を伏せる。
「彼女はどこかのご令嬢ではない。そもそも彼女はこの国の人間でもなければ………彼女はこの世界の人ではない」
『………………………………』
その息子の発言に夫婦は愚か、食事を共にしていた娘ともう一人の息子も手を止めてまじまじと横顔を見つめている。
「だが、たとえ生きる世界が違っても彼女は私の人生にとって必要不可欠な人です。一人で歩くには長く続く人生にその名のとおり灯りを灯してくれるただ唯一の人です。私には彼女以外の伴侶は考えられない。……もし、結婚を認めて頂けないのなら私は公爵家の身分を捨てて生きていきます」
その言葉に夫が息を呑む。私はただ息子の顔を見つめていた。そうそれは息子の見せた初めての強い意思だった。固まった夫婦を他所に息子や娘は兄の結婚を喜んだ。
「兄上、良かったですね」
「兄様、どんな方ですの」
結婚適齢期をとっくに過ぎて、その功績から王女との結婚も勧められても首に縦をふらなかった息子の発言に食いついている。まだ横で息子の発言に固まったままの夫より、よほど頼りになる。その言葉に“こほん”と咳払いをしたミレーニは息子に改めて向き直る。
「貴方の発言には色々と疑問があるのだけど……お名前はなんと仰るの?」
「永津灯……こちら風に言えばアカリ・ナガツですね」
「アカリ……ナガツ」
そう繰り返してみてこの国ではない名の響きに嘆息する。こんな冗談を言うような息子ではないことは長年、付き合ってきたから自分がよく分かる。国交のない国と国交を結び、その架け橋となった息子は彼が望めばこの国と向こうの有力貴族の令嬢と結婚出 来ただろう。
……なのに彼が選んだのは“この世界では何も持たない令嬢”
親の贔屓目にみても出来た息子が選んだ相手に興味が湧く。
「一度、連れていらっしゃい」
「……はい」
少し間をおいて、目を伏せた息子の様子からこの縁談の行く末の難しさがかいま見えた気がした。
ー息子が選んだ相手に会ったのはそれから数ヶ月後ー
「初めてお目にかかります。ご子息様とお付き合いさせて頂いています。永津灯です」
家に入って来た報告もなく、突然息子の部屋から一緒に現れた彼女は意思の強い瞳をした女性。息子と同年代の恥ずかしそうにはにかんだ笑顔が印象的だった。
「初めまして。私がロイ・エディータの母。ミレーニ・エディータです」
「初めまして、突然のご挨拶をお受け頂きましてありがとうございます」
淑女の礼は知らない……いや、こちらの貴族女性の嗜みは一切知らないと聞いていたが、彼女からははっきりと伝わるものがあった。
「見知らぬ国から参りました私を認めて下さいましてありがとうございます」
丁寧な礼節と言葉づかいと頭の下げ方。それは彼女がこちらの作法は知らないままにも“礼”を尽くそうとした姿勢だった。
「ロイ」
彼女には直接言わずに息子の名を呼ぶ。
「はい」
すぐに返る息子の言葉は緊張に満ちていた。それに“あらいやだわ”と微苦笑する。どうやら私の反応を息子は否定的にとっていたらしい。だから……
「よいお嬢さんね」
そう言って優しく微笑みかけると息子は今までに見せたことがない優しい表情で頷く。
「はい。彼女を私の一生を共に生きてくれる伴侶としたいと思っています」
その言葉に彼女の瞳が複雑な色を纏う。だが、それを払拭するように彼女の肩を抱き寄せた息子の表情に迷いはなかった。
ーそしてー
「灯ちゃん!」
「はい、お義母さん。何ですか?」
時々、息子とのデートの度にやってくる灯を捕まえてミレーニは微笑む。
「お買い物に付き合って!」
「はい、もちろんです!」
息子の妻は自分の予想以上に逞しく、彼女が公爵夫人となれるかと抱いた杞憂は最早ない。彼女は自分の意地悪な試練と公爵夫人に必要な教育をやり遂げたのだから。そんな彼女なら息子と一緒にエディータ領を無事に治めていくだろう。
「お義母さん!これは可愛いです❗」
一緒に買い物に出た先で彼女は常にハツラツと笑う。
「ほんとね!」
慣れない世界に馴染もうとする彼女の努力と……
世界を越えてもいいと思うほどの息子に対する気持ちが世界を越えて二人を引き寄せたとしたらどれだけ素晴らしいことだろう。
いつもお読み頂きましてありがとうございます。誤字・脱字がありましたら申し訳ありません。少しでも楽しんで頂ければ幸いです