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私の妻は異世界の住人

「貴様、誰だ!」


最初の出会いは路地裏。誰もいないはずの空間に突然、現れた不審な女。それが灯に対する自分な一番の感想。だが、その不審な女は自分を見つめて酷く驚いた顔で立ち尽くしている。そして見慣れない格好をしていた。まず、未婚とおぼしき同年代の女が膝を出す丈のスカートを履いてることが破廉恥極まりない。


「おい、女。ここは治安が悪い。悪い事は言わない。すぐに立ち去れ」


未婚の女性が肌を露出し、立っていたら襲われても文句は言えない。それでも驚愕の表情の女はただ立ち尽くしている。その姿に嘆息し、再度声を張り上げる。


「おい、女……」


そう呼び掛けたのに女はいきなり硬直から解放されるとはっと我に返って慌て出す。その様子はロイの知る同年代の女性と違って“生”を感じさせる姿だった。


「私ったらテスト勉強のしずきでついに幻覚が見えるようになったの!あ、期末テスト!受験に必要なテストなのに!」


こちらの忠告に耳を貸さずに慌てる女は自分の姿が視界に入っているにも関わらず、己の世界に入っている。


「お……おい!」


「ビバ、異世界!なんちゃって。うふふ、妄想は後々!そんな場合じゃないは…まずは期末テストよ!」


呼び掛けてもぶつぶつと呟く女はそう呟くと拳を握りしめて高らかに宣言する。


「打倒、期末テスト!これを乗り越えたら私は勉強から解放されるのよ!灯!さぁ、いざ決戦!」


「お……おい‼」


自分の問いかけにも耳を貸さない女はいきなりこちらを向いてくる。


「私の理想。ごめんね!私、期末テストなの!」


「おい!」


「理科と数学と社会が私を待ってるの❗でも、待ってて!私、期末テストに打ち勝った暁にはまた会いに来るから!待ってなさい、期末テスト!」


「おいっ!!」


そう言うとロイの疑問を他所に見知らぬ怪しい女は現れた時と同じように姿を忽然と消す。女性が姿を消した路地裏は先ほどと何ら代わり映えない光景が広がっている。


「……なんだったんだ……今のは……」


まるで魔法のように鮮やかに女性が姿を消した後に残る光景にロイは呆然と呟く。


「ここにいたぞ!」


路地裏に身を潜めて、暴漢達から身を守っていたロイの耳に自分を見つけた男の言葉が届く。


「ちっ!」


そう舌打ちしてロイは再び、逃げる度に走り出す。


まさか……

後にこの女性が自分の妻になると思いもしなかった15歳の夏。





ふっと意識が浮上する。どうやら暖かな春の陽射しがもたらす眠気に抗えず、寝てしまっていたらしい。それにしても懐かしい夢をみたものだ。


「懐かしい夢を見たな……」


そう呟くのはこの国においてはエディータ領という潤沢な資源を持つ領を納める公爵家の嫡男ロイ・エディータ。今は自分の妻となる女性いわく、彼女の住む世界ではそれこそ名のある名家かヨーロッパという地方にしかない家財道具に座り、家の仕事を片付けている最中だった。若い頃にたてた武功で王宮の近衛団長という立場を頂戴しているがいずれは父の後を継いで公爵領を納めていければと思っている。


「こう思えるようになったのも灯のお陰だな…」


優しく目元を緩め、ロイはふわりと笑う。彼女とはそれからも色んな所で出会った。自家の風呂場はしかり、寝室。そして挙げ句の果てには“魔王”と呼ばれた他大陸の王を倒すための長い旅路に。幾度となく、傷ついて裏切られて。色んな苦い記憶もあるが…。


“あのねぇ、ロイ。自分が嫌なら辞めたらいいのよ”


こんな旅はもう嫌だと訴える度に灯はそれが当然だと言わんばかりに繰り返した。人に裏切られて、絶望してその度に歩みを止めようとした時はなぜか彼女は自分の傍らに現れていつも話を聞いてくれた。


“辛い・苦しい・もうやめたい”


そう訴える度に彼女は“うーん”と悩んで真剣に言葉を紡いでくれた。あなたがそこまで辛い思いをしてるのなら逃げたってそれは卑怯でも何でないと。やめていいと言う傍らで彼女はこうも言うのだ。


“でも、ロイ。貴方が指名を果たさないのなら、それをしない代わりに生まれる責任と解決策を一緒に考えましょう”


やめてもいいけど、投げだすのは違うらしい。この道よりもその道の方が何倍も時間がかかって苦しいかもしれないけどと彼女は笑う。後で聞いたら彼女もまた自分の世界で“いじめ”という自分とは違う戦場で戦っていたらしい。


“辛かったら逃げたっていいと思うの。私。でもね、逃げたらいつかまた同じ問題にぶち当たったらまた逃げるしかなくなっちゃうじゃない。だから逃げはするけど次なに出会った時には逃げずに立ち向かえる自分でありたいと私は思ってる。だからロイが辛くて苦しいのなら逃げたっていいけど、いつかまた同じ問題に出会った時には逃げずに立ち向かえるような解決策は一緒に考えない?”


そう言い切る彼女はその名の通り、先の見えない自分の道に灯火を掲げた。自分と文化どころか住む世界が違う彼女の考え方は人に言われるがままに魔王を殺しに行こうとしていた自分の考え方を変えるにそう時間はかからなかった。


ー自分達と文化が違うから理解出来ないから殺してしまうー


という考え方では新たな考え方にも出会えない。そう思って、初めて色んな角度から自分が悪だと教えられてきた常識を疑った。違う視点から見てみると色んな部分で勉強になることがあった。時間はかかったが、結局は今。多くの人々が互いの国を行き来して文化の交流に勤しんでいる。他の文化への理解は出来ないと諦めていたから出来なかったのだと知った。なれない国との関係作りは思いの外、大変だったそれでも諦めずに立ち向かった結果。


“お疲れ様。大変だったのによく頑張ったね”


照れたように笑って自分の道を認めてくれた姿を見たときに彼女に抱いていた感情を理解した。


「好きだ。結婚して欲しい」


込み上げる思いをそのままにそう告げたのは出会いから10年後。いつから好きだったのかは分からない。だが、そんな事が些末に思えるほどに自分は彼女を愛していた。功績が認められて王女との婚姻も勧めらるたかが、自分はそれを断った。これからも長く続く人生に灯りを灯してくれる彼女以外に自分の伴侶には考えられなかったからだ。想いを告げたその時は互いに20代半ばも迎えていた頃。互いにそれとなく恋心は抱いていた。


だが……そこにある壁も同時に理解はしていた。


自分の告げた言葉に一瞬、キョトンとした彼女は自分の想いを理解すると切なげに笑った。


「ありがとう。ロイ。私もすき……でもね……」


吐息に近い声に胸が震える。認めたくなくて抗ってもそれは認めざるを得ない真実が二人の間には横たわっていた。


「私と貴方の間には世界という壁があるわ……無理よ」


それはいつも諦めずに立ち向かっていた彼女から返ったのは悲しい真実だった。

いつもお読み頂きましてありがとうございます。誤字・脱字がありましたら申し訳ありません。

少しでも楽しんで頂ければ幸いです

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