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娘が異世界に嫁ぐらしい

“ご息女と結婚を前提にお付き合いさせて頂いてます”


結婚の挨拶が電話とは嘗めたことをしてくれる。相手がこの世界の住人ならそう答えたことだろう。でも、実際に娘が嫁ぐ男は文字通りこの世にいない。


ー異世界の住人だー


日曜日の昼下がり、定年退職を後一年後に控えた俺がリビングでごろごろしていると珍しく日曜日に休みが重なった娘が視界の端に入る。何度かこちらを見てどう切り出すかを考えている。これでも娘だ。暫くは食事をともにしていなくても娘の癖ぐらい分かる。何度かいいあぐねた挙げ句。娘が覚悟を決めたのかこちらを向いてくる。


「お母さんとお父さんに聞いて欲しい事があるの」


娘が意を決して告げた言葉にソファーに横たえた身体を起こす。


「何よ」


「お母さんも座って。聞いて欲しいの」


昼食後の片付けで食器を洗っていた母親に娘がいつになく真剣に言葉をかける。こちらをチラッと見てくる妻に頷くと手を止めてこちらにやってくる。


「話とはなんだ?」


妻が座ったのを確認して口を開く。そこに出てきたのは娘の携帯電話。


「私、結婚したい人がいるの」


「まぁ……」


妻が娘の言葉に目を見張る。それを横目に確認し、重々しく頷く。


「どんな相手なんだ」


毛嫌いされた時期もあったがそれでも大事に育てた娘が結婚したいと訴えてくる相手がどんな奴かは見極める。娘に泣かれても娘が幸せになれないと思ったらその相手は認めない。私の無言の威圧に何を感じたのか娘は携帯を操作する。


「この人」


娘が見せた2ショット写真に驚愕する。そこに居るのはコスプレした男の写真。


「このふざけた写真はなんだ」


冗談にもほどがあると娘を睨むと娘は真剣にこちらを見つめている。


「私の彼よ。私、この人と結婚したいの」


「な……」


2次元やオタク趣味を咎めた事はなかったがこれは酷い。


「オタク趣味もいい加減に……」


「私の結婚したい人は異世界の人はなの!」


自分の声をかきけすように叫んだ娘の悲痛な声が日曜日の昼下がりに響いた。


「どういう事なの」


こんな時でも妻は強い。怪訝そうな顔をしながらも娘に問い詰める。瞳に涙を貯めた娘が辛そうに切り出す。


「結婚しようって言ってくれたの。でも、彼はこの世界の人じゃない。だから結婚の挨拶にも来れないし、一生会えないの」


娘の言葉が耳を素通りする。やはり娘は現実逃避するあまり現実とゲームの区別がつかなくなったのだ。


「3……」


「どういう事。詳しく説明しなさい」


30になる女がと説教しようとした私を遮って妻が切り込む。頼りになる妻だ。妻の言葉に娘は瞳に溜めていた涙を溢す。


「本当は生きる世界が違うから好きになっちゃいけないと思ったの!でも彼がいない人生なんて考えられなくて」


「灯……」


普段は干物な娘の涙に驚く。


「彼は異世界の公爵の嫡男で、私なんか釣り合わないと思うけど大好きなの」


「………………」


もはや娘の発言に私の生命力は瀕死に近い。


「親父、母さん。姉貴も本気なんだ」


一体何事だと思う私をよそに珍しく日曜日に家に居た息子が真剣に参戦してくる。


「俺も話した事あるけどいい人だったよ」


幸か不幸か息子の目が泳いでいた事を娘を仰視していた私には映らない。息子のフォローに妻が泣き続ける娘の背を撫でる。


「分かったわ……話してくれてありがとう。彼を紹介してくれる」


「……うん……」


泣いていた娘がその声に頷いて自分の携帯電話を持って立ち上がる。


「彼に渡してくる」


そう告げて部屋を後にした娘がリビングから去って二分。


「渡してきた」


そう言って帰ってきた直後に息子の携帯電話が音を鳴らす。画面を見れば確かに娘の番号。姉貴と表示されている。戸惑う私達を横目に


「はい」


息子がスピーカーモードにした携帯電話をリビングの机においたのち、少し離れたダイニングテーブルの方に移動する。


目の前におかれた携帯電話から音声が届く。文字通り世界の壁を越えて。


“はじめまして、私ロイ・エディータと申します”


娘が教えたであろう。たどたどしい定型文がリビングに響き渡った。



敵はリビングテーブルの上、スピーカーモードの携帯電話の向こう。結婚の挨拶の筈なのに一つの携帯電話を囲んで家族が集まっている。これを端からみたら何を深刻に携帯電話を囲んでいるのだと突っ込まれること請負だ。娘だけはそんな男の行動にキュンとしたのか始終デレデレしている。本当に解せない。だが、いくら相手が異世界の人間だろうが大事に育てた娘を不誠実な相手にはやれない。だからこそ……


「……うちの娘とはいつからの付き合いで」


娘といつからの付き合いで娘と結婚したいのかまた娘をどれぐらい愛しているのかも分からない相手との結婚を許す訳にはいかない。そう意気込むも敵も即座に返してくる。異世界から……


“最初は路地裏です。その後、何回かお会いし……私が魔王討伐の旅に出ている間……ずっと励ましてくれた彼女を特別に思うようになりました”


「……………………」


ん、ちょっと待て。男の言葉を反芻する。どうやら娘の相手は魔王討伐出来る勇者らさしい。……魔王討伐の旅……そうか魔王を討伐出来るぐらいに強い男と言うわけか。魔王討伐出来るぐらいには強いから娘を守れると相手は言いたいのだろうか……。もはや身に染み付いた常識が魔王という単語を受け入れるのを拒否する。


「ロイ……」


視界の端で娘が頬を染める。オタクで2次元のキャラクターに全てを捧げて来た娘が結婚を決意するぐらいに相手の男はカッコいいのだろう。だが、男は顔ではない。甲斐性だ。娘を一生養っていけるだけの金銭を持っているかも重要だ。


「その……君は娘を一生養っていけるのか?」


“はい”


躊躇いもなく返ってくる声に力が宿る。


“まだ若輩者ですが父に習い、立派に公爵領を引き継いでいきたいと思います。あなたの大事なご息女をもらい受けるからには一生生活に困らせるようなことはいたしません”


「……………………」


また判断に困る単語が耳を強襲する。社長の年収は分からないが係長や主任なら過去の経験から年収を割り出すことは出来る。だが、公爵の年収など人生59才を生きて来ても想像がつかない。娘は幸せになれるのか……。本当に分からない。だが、これだけは胸を張って言える。


「正直、君がどんな男で娘を守れるのか私は君を見て判断出来ない。だからこうして君がどんな覚悟を持って挨拶してるかは分からない。だが、私なり娘を愛し、守り育てて来た。君が娘を一生守り、愛するという言葉を違えた時。私は世界の壁を越えて魂だけになろうとも君を呪い殺す。そんな覚悟を持てるなら娘をとの結婚を許そう」


平々凡々な人生を歩んで来た私にとって家族とは命を投げ売ってでも守りたい存在だ。私の重たい言葉に恐れをなしたのか男のそれまでの打てば返るような返事が止まる。長い沈黙の後、発された言葉を私は一生忘れないだろう。


“月並みな言葉になりますが約束を破ったその時はこの身を呪い殺して頂きたい。それがあなたの大事なご息女を頂く私が負うべき父上から受け継ぐ思いだと肝に命じます”


その言葉に目を閉じて俺は嘆息する。


「君の覚悟は分かった。結婚を許そう」


こんなどこの馬の骨とも分からない相手に娘を嫁がせるために大事に育てた訳ではない。でも一番大切な思いは伝わったらしい。


「ロイ君、娘を幸せにしてやってくれ」


その言葉に俺は娘に対する万感の思いを詰めた。

いつもお読み頂きましてありがとうございます。誤字・脱字がありましたら申し訳ありません。少しでも楽しんで頂ければ幸いです。


さて、友達にフェアリーキス大賞に応募しようか相談したらジャンル(生息場所)が違うよと諭された高月怜でした(笑)

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