田中芳樹『銀河英雄伝説』
ここまでゲームと歴史の話しかしてこなかったが、ここで初めて小説を紹介する。私が読書を習慣化するようになったのは、高校生になってからのことである。本を読んだことがないわけではない。歴史関連の本は何冊か読んでいた。「つねに本を読んでいる状態」というのが生活習慣となるきっかけとなった作品が、級友に紹介してもらった『銀河英雄伝説』である。
田中芳樹は、よく「エタる」。アニメ化された『アルスラーン戦記』も二十年ぶりくらいに新巻が出たし、『タイタニア』も二十年ぶりに完結したそう。ずいぶんむかしに読んだものだから、買いなおして読みなおすしかなさそう。『七都市物語』なんてとてもおもしろそうだったんだけれども、一巻で「エタった」。そんな文壇屈指の無責任男・田中芳樹がきちんと完結させた作品のひとつが、『銀河英雄伝説』である。
『銀河英雄伝説』、なんともベタなタイトルであることか。もともとは『銀河のチェス・ゲーム』というタイトルを想定していたらしい。この作品は、『銀河英雄伝説』以上でも以下でもない。略して『銀英伝』。この作品以外の宇宙戦記物が『銀河英雄伝説』を標榜したとしたら、違和感ばかりがのこるにちがいない。田中芳樹のこの作品には、違和感など微塵もない。『銀河英雄伝説』のまえに『銀河英雄伝説』はなく、『銀河英雄伝説』のあとに『銀河英雄伝説』はない。
『銀英伝』は全十巻に、外伝が四巻。銀河帝国と自由惑星同盟の興亡を描いた物語である。帝国には常勝の天才・ラインハルト・フォン・ローエングラム、同盟には不敗の名将・ヤン・ウェンリー。このふたりを軸に、物語は進む。ふたりのまわりを飾る、綺羅星のごとき多彩なキャラクター。歴史物語であり、群像劇でもある。
そのキャラクターたちのなかに、顔の見えない「後世の歴史家」というのがある。彼はときに辛辣に、ラインハルトやヤンたち現在を生きるキャラたちを糾弾したりする。たとえばヤンは、軍事的天才でありながら戦争を嫌う。とっとと年金をもらって隠居生活をしたいと考えている不届き者であるのだが、最後まで軍人でありつづけた。隠居するチャンスはいくらでもあって、一回は隠居生活に入っていたのだ。「これは矛盾しているだろう」という読者が入れたいツッコミを、後世の歴史家が入れてくれるのだ。この入れ子構造のようなギミック・テクニックが、私の心に深く刻みつけられた。このギミックは、のちの私の作品に活かされている。
『ドラゴンボール』に「戦闘力のインフレ」があったように、『銀英伝』は「階級のインフレ」というのがあった。それはラインハルトが皇帝となった、銀河帝国ローエングラム朝の軍制において発生する。通常、中将が一個艦隊一〇〇〇〇隻を率いる。元帥や上級大将が一個艦隊を率い、その下につく大将や中将が半個艦隊や小集団を率いるというインフレ。この不恰好は、小説を書くうえでの反面教師となる。「こうはするまい」と。
『銀英伝』は私に、プラスとマイナスの両方を教えてくれた。『銀英伝』という偉大な先駆がなければ、「私」という個は確立されなかったはずである。