リボルト#13 傷ついた兎と砕けたダイヤモンド Part3 闇に染まりし天使
「ん~……みんなおはよ~」
「あっ、菜摘じゃない! 今日は随分寝坊したわね」
眠そうに目を擦っている菜摘に、美穂は声をかける。
「ふぁ~昨日はあれだけ戦ってたから、疲れちゃうよ……ケホケホ」
「どうした菜摘? 風邪でも引いたのか?」
咳をする菜摘を見て、俺は心配して彼女の様子を訊く。
「ううん、大丈夫だよ。多分のどが乾いただけかも」
菜摘は俺を心配させまいと、首を横に振った。
「それでは、お水を持ってきましょうか、菜摘さん?」
千恵子は優しい笑顔を浮かべながらそう言った。しかし菜摘の返事は……
「え~千恵子ちゃんじゃなくて、秀和くんが持ってきてくれたほうが嬉しいなぁ~」
予想外の返事に俺は千恵子と、そして哲也と顔を見合わせる。二人とも面食らった表情を見せている。
「どうしたの、秀和くぅ~ん? 早く水を持ってきてよ~」
俺が動かないのを見てイライラしてるのか、菜摘は子供みたいに駄々をこねはじめた。
「あ、ああ……分かったよ」
菜摘に催促されて、俺は恐る恐るポットの置かれている場所に移動する。
それにしても、一体どうしたんだ? 今日の菜摘は、何だか変だぞ……まるで別人に変わったみたいだぜ……
俺はグラスに水を注ぐと、それを菜摘に持って行く。
「はいよ、水だ」
「えへへ、ありがとう秀和くん」
菜摘は嬉しそうに笑顔を浮かべると、グラスを手に取り水をゴクリと飲み込む。
「どうだ、これで少し楽になったか?」
「ケホケホ……ううん、まだ足りないみたい」
「しょうがないな……もう一回取ってくるぜ」
「うん、頼んだよ、秀和くん」
俺は席を立ち、もう一度ポットに移動する。いちいち面倒くさいし、今度はポットも持ってくるか。
『秀和くん、ちょっといいかしら』
ん? この声は美穂だ……しかし、彼女は俺からかなり離れている場所にいるのだが……
『驚くことはないわ。アタシは今、念話でキミと話しているの。秀和くんも、心の中でアタシと会話ができるわよ』
そういえば、美穂は超能力が好きだったんだな。だからこうして口を使わずに俺と会話できるのも無理はないか。
『そうなんだ。で、話ってなんだ?』
『アタシがさっき菜摘の精神波を覗いてみたんだけど、何かドス黒いものが混ざってるみたいよ』
『何だって!? 何でこんなことに……』
あまりにも衝撃的な内容に、俺は危うくこの質問を口にするところだった。
『まだ分からないわ。とにかく、気をつけたほうがいいわよ』
『分かった。わざわざありがとう、美穂』
『いいのよ。キミだけじゃなく、菜摘はアタシの大切な友達でもあるからね。それじゃ、また後で』
こうして、俺は美穂との脳内会話を終え、ポットを持ってくると水をグラスに注ぐ。
「ほら、持ってきたぞ」
「うん! ありがとう秀和くん~」
菜摘は子供みたいに明るい表情を浮かべ、俺が手渡したグラスを取り水をもう一度ゴクリと飲み込んだ。
うーん……外見から見ると、特に変わった様子はないみたいだな……気のせいかな?
いや、油断するわけにはいかない。精神波が黒いってことは、何か心理的な問題を抱えているかもしれない。
とはいえ、いきなり単刀直入に「最近何か辛いことでもあったか?」って聞くのもちょっとな……ここはやはり様子を見ておくか。
「あっ、お粥がなくなりましたね……新しくお作りしますので、少々お待ちくださいね」
鍋の中を確認した千恵子は、それを手に取ると台所に戻り、再び調理を始める。
「そうだ、菜摘さんの分はまだだったね! はい、どうぞ」
荷物の中に残る最後のパッケージに気付いた妙は、それを取り出して菜摘に手渡す。
「なぁに、これ?」
「私が徹夜して作った、脱兎団の新しい制服だよ! 気に入ってくれたら嬉しいな~」
「ありがとう妙ちゃん! 開けてもいいかな?」
「もちろん! 早く試着して感想を聞かせて欲しいな」
「やった! どれどれ~」
菜摘はパッケージを開けようとするが、何故か両手が不自然なほどに震えている。
「あれ? どうしたのなつみん?」
そんな細かいところを見逃さなかった愛名は、菜摘を見て質問を投げる。
「い、いや~あまりにも興奮しすぎて、つい手が震えちゃって……」
「そっか! 確かなつみんは、衣装が好きだもんね」
菜摘の説明を聞いて、愛名はあっさりと納得したようだ。しかし……
『ウソをついてるわね、菜摘』
またしても美穂の声が聞こえて、俺は無意識に気を引き締める。
『それってどういう意味だ、美穂?』
『さっきあの子の精神波は一瞬、大きく揺れていたわ。どうやら葛藤してるようね』
『葛藤? 何のことだ?』
『そこまでは分からないわよ。でも、ただごとじゃないのは確かみたいね。とにかく気をつけて』
『そうか、分かった。ありがとな』
参ったな、こりゃ。どうすればいいんだ?
「おお~、かわいいジャケットだね!」
そんなことを考えていると、菜摘はすでにパッケージを開けて、中の服を広げた。
それは黒いファー付きで、少し短めの赤いジャケットだった。もちろん、トレードマークであるウサギのワッペンもちゃんと付いている。
「ありがとう妙ちゃん! 大事にするからね」
大喜びする菜摘は新しい服をあてがいながら、妙に感謝の気持ちを述べる。
「えへへっ、どういたしまして~。気に入ってもらえて、私も頑張った甲斐があるんだよ」
菜摘の無邪気な笑顔を見て、妙も影響を受けて表情が明るくなる。
「それじゃ、早速着てみるね! ねえねえ秀和くん! 似合う、似合う?」
菜摘はウキウキと新しい服に袖を通すと、まるで子供みたいに俺に話を振る。
「ああ、とても似合ってるぜ」
さすがに似合わないと言ったら落ち込ませてしまうから、ここは無難に答えよう。まあ、実際に似合うけどな。
「えへへ、秀和くんならきっとそう答えてくれると思ったよ~!」
あまりにも嬉しかったのか、菜摘はいきなり俺に寄りかかってきて、頭を俺の胸に埋めた。
「おい、菜摘!? いきなりどうしたんだ?」
「だって、すごく嬉しいんだもん~」
菜摘はいつになくとろけた声を上げる。やはり今日の菜摘はどこかおかしいぞ。
そしてこの場面を目撃したみんなは、野次を飛ばしてくる。
「ヒューヒュー、熱いぞ秀和! 二股をかけるとは、おまえもなかなか隅に置けねーじゃねーか!」
「ずるいぞ秀和! もう千恵子がいるっていうのにさ!」
聡と直己は、またしても空気を読まずに大人げないことを言いやがる。っていうか、いつの間に復活したんだ、直己?
俺は二人にツッコみを入れようとしたが、なんと菜摘が先に口を出す。
「勝手なことを言わないでくれる?」
この冷たい一言が、俺たちを威圧する。いつものあの明るい菜摘が、まさかこんなことを言うとは思わなかった。
「「お、おう……」」
菜摘にキツい目つきで睨まれ、聡と直己は一瞬にしてビビり、大人しく黙った。
「ちょっと失礼するね」
ご機嫌斜めの菜摘は、席を立ってこの場を後にした。
「一体どうしちまったんだろう、菜摘は? 普段はあんな感じじゃねーのにな……」
「そうだな……もしかして生理のせいか?」
「いい加減生理から離れろよ、このドスケベが!」
さすがに聡と直己も、菜摘の異状に気付いたみたいだ。……会話の内容は少しアレだけどな。
俺は視線を菜摘のほうに向けると、彼女はお料理を作っている千恵子の近くにいる。
「ねえ千恵子ちゃん、手伝っちゃってもいいかな?」
「あら、菜摘さん。大丈夫ですよ、一人で出来ますから」
「そうなんだ~気を遣わなくてもいいのに~あっ、スプーンを取ってくるね」
「ええ、わざわざありがとうございます、菜摘さん」
スプーンを取りに行く菜摘に、千恵子は微笑みを浮かべる。
「はい、どうぞ……あっ!」
銀色のスプーンをうっかり落とした菜摘は、驚きのあまりに声を上げた。
「大丈夫ですよ、わたくしが拾いますから」
そう言うと、千恵子は腰を曲げてスプーンを拾い上げようとする。
一見何の変哲もない光景だが、その裏にとんでもない陰謀が隠されていることが、あの時の俺たちには知る由もなかった……
その時、何故か菜摘は一瞬ニヤリと不気味な笑みを浮かべた。そして二歩下がって、何やら探し物をしているようだ。
何と、彼女が手にしたのは包丁だった!
突然不安がよぎる。菜摘はそんなことをするような子じゃないと信じているが、さっき美穂が言ってたことも聞き捨てならない。
そしてその不安も、次の瞬間に彼女が発する言葉によって確信へと変わっていく。
「殺してやるぅぅぅー!!!」
包丁を手にした菜摘は、血相を変えるとそれを掲げ、千恵子の背中に向けて刺そうとする。
全身の神経が刺激された俺は前に出て菜摘を阻止しようとするが、あいにく距離が遠くて、とても間に合いそうにない。
だが包丁が千恵子に刺さりかけたその時、突然包丁が赤い光に包まれてその動きを止めた。俺は意識的に後ろを振り向くと、美穂が片手のひらを開いているのが見える。
「何をしてるの、バカ菜摘! アンタ自分のやってることが分かってんの!?」
「邪魔しないでよ、美穂ちゃん……! この下劣な女を、私がこの手で消さないといけないんだからぁ……!!」
菜摘は歯を食い縛りながら、仇敵でも見てるような目つきで美穂を睨みつける。
「えっ、菜摘さん!? これは一体どういうことですか!?」
大声で菜摘の暴行に気付いた千恵子は、まだ状況を把握できずに目を見開く。
「俺たちもサッパリなんだ! とにかくそこから離れるんだ、千恵子!」
「何ぼさっとしてるのよ、千恵子! 早く逃げなさいよ!」
慌てる俺と美穂は、千恵子を逃げさせるよう促す。
「は、はいっ!」
緊張しているせいか、千恵子は少しぎこちない足取りで菜摘との距離を離す。
「おいおいおいおい! どうしちまったんだよ、菜摘は!?」
「やはり生理が来たんじゃないの? ほら、あんなにイライラしちゃってさ!」
「だから、いい加減生理から離れ……」
「うるさいぞお前ら! 今はそんな話をしてる場合じゃねえだろう!」
苛立つ俺が、相変わらず漫才を抜かす聡と直己を責め立てる。
「おまえがリーダーなんだろう? どうすればいいか言ってくれよ!」
ったく、こういう緊急事態には弱いけどな……それでも何とかしないと!
「聡と直己はロビーにいるみんなを呼んでこい! 残りは菜摘を大人しくさせるのを手伝ってくれ!」
「お、おう! りょーかいだぜ!」
「オッケー、任せとけって!」
俺の指示を受けた聡と直己は、すかさず身を翻してロビーへ向かう。
さて、あとはどうやって菜摘を止めさせるか、だな……
「あああああああー!!!」
怒り狂った菜摘は血眼になって、美穂の超能力を振り解いた。
「落ち着け菜摘! 何があったらみんなに相談しろよ! 話を聞くからさ!」
「やだやだやだぁ! どうせ秀和くんには私の気持ちが分からないもん!」
駄々をこねる菜摘は、まるで子供みたいに包丁を振り回している。
「だから、それを言わないと分からないって!」
「いいよ、そこの下劣な女を殺してからね」
「菜摘さん……どうしてそんなことを……」
千恵子は悲しそうな目で菜摘を見つめるが、菜摘は軽蔑の目つきで見返す。
「私の名前で呼ばないでよ、このアマが」
「っ……!!! そんな……」
あまりにもひどい仕打ちに、千恵子は大きく動揺して体勢を崩した。
「菜摘、さすがにそれは言い過ぎだろう! 早く謝るんだ!」
俺は菜摘の無礼を窘めるが、菜摘がこう返事した。
「あーあ、やっぱりあの女の肩を持つんだ。そうやって弱者のフリをして同情を引くつもり? 白々しいよね」
「菜摘! いい加減にしろ!」
他人を見下ろす態度を取る菜摘を見て、俺の怒りがこみ上げてくる。
一体どうしちまったんだ、これ……? こんなの、俺の知ってる菜摘じゃねえ!
いや、待てよ……もしかしてこいつは菜摘じゃないとしたら……? そうか、そういうことか! なるほど、分かってきたぞ!
「そうだ、さてお前は偽物だな! 俺たちを惑わすために、菜摘に化けた恋蛇団の連中に違いねえぜ!」
「偽物? 私は菜摘じゃないってこと?」
「ああ、その通りだ! さっさとその化けの皮を剥がしやがれ!」
「ち、違うもん……私、本物だもん……」
怯える菜摘の偽物は縮こまって、体が震えながら涙を浮かべている。ふんっ、真相を突き止められてビビってやがるぜ。
「まだしらばっくれる気か! いいぜ、じゃ俺が自らやってやるよ!」
正当な理由を見つけた俺は、何の後ろめたさも感じずに彼女に接近し、両手をその顔に伸ばす。
「さあ、本物の菜摘の居場所を教え……ん?」
俺の指が菜摘の「偽物」の顔に触れた瞬間、自分の感覚を疑わずにいられない。
何だ、この感触は。柔らかくて気持ちいい……って、偽物じゃなかったのか!
「お前、本物なのか?」
「だから、さっきから言ったじゃない……ううぅ……」
俺に疑われて気を悪くしたのか、菜摘はしくしく泣き出す。
だが、最悪のシナリオはまだ始まったばかりだ。
「やっぱり、あの女のせいで秀和くんがおかしくなっちゃったんだね……」
菜摘は俯くと周りに黒い霧を放ち、禍々しい雰囲気を漂わせる。
うん? 待てよ、この黒い霧はどこかで見覚えが……
「いいよ、分からせてあげる。あんな女なんかより、私の愛がもっと強いことを!」
そして菜摘は頭を上げたとたん、黒い霧の流れが早くなり、やがて一陣の風と化す。
「形態変換・無限大の愛!」
黒い霧が爆発するかのように消え去ると、そこにいるのはコスプレみたいに華やかで露出の高い、黒と紫の色で彩った装束を身に包んでいる菜摘だった。
「さあ、始めましょう……パーティはまだまだこれからだからね!」
不敵な笑いを浮かべた菜摘は、ジロリと俺たちを見据えた。あまりにも鋭い視線に、俺たちは固まって動けずにいる。
戦いに辛い思い出は付き物だと分かっているが、まさかこんなに早く来るとは。とはいえ、この困難から逃避するわけにはいかねえよな……
どうする? 俺は一体、どうすればいいんだ?
答えの見えない問題の中で、俺はたださまよい続ける。
秀和「くそっ、なんてこった……一体誰が菜摘をこんな風に……」
美穂「許せない、絶対に許せないわよ……アタシのかわいい菜摘にこんなひどいことをするなんて!」
聡「いや、おまえのもんじゃねーし」
直己「そうさ! やっぱりこのおれがコクるのが一番……うがはっ!」
名雪「あんたドサクサに紛れて何バカなことを言ってるのよ!」
広多「それにしても、二人の女性の運命をここまで翻弄するとはな……お前は意外と罪な男だ、秀和」
秀和「今は難癖をつけてる場合かよ? 確かに俺には関係があるけどさ……」
涼華「あら、これは見逃せない展開ね。続きが気になるわ」
秀和「涼華! お前またそんな呑気なことを……昼間のドラマじゃねえぞ、これ!」
涼華「私だって人間だもの。恋の行方ぐらい興味があるわよ。あわよくば……」
秀和「あわよくば?」
涼華「あの二人が共倒れして、私がかずくんをいただいちゃう、なんてこともありえるわね♪」
秀和「うわっ、一番腹黒い奴はここにいた……」
千恵子「それは絶対に駄目ですっ! わたくしこそ、秀和君に相応しい恋人です!」
菜摘「ううん、違うもん! 私のほうが秀和くんと付き合いが長いんだから!」
哲也「さて、どうする秀和? ちゃんと決めておかないと、これからは大変なことになるぞ」
秀和「言われなくても分かってるよ……ああ、どうしたらいいんだよ、これ……」




