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反逆正義(リベリオン・ジャスティス)Phase One——Ten days in heaven(or in hell)  作者: 九十九 零
第3章 兎蛇の戦編・激化する衝突
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リボルト#12 陥落する黄金の楽園 Part7 崩壊するオアシス

 赤き光が、巨大な轟きと共に向こう側の壁を粉砕した。貫かれたそこは、まるで消しゴムに消されたかのように大きな穴が開いている。

 破壊された機械は悲鳴を上げ、煙を吹き出している。そして飛び散る無数の火花は、その最期を物語った。


「おいおいおいおいおいおい! 派手にやるじゃねえかぁ、野郎!」

 俺が暴れた痕跡を見て、土具魔の野郎は怯えるどころか、依然として大笑いをしていやがる。

「どうした、サイコパスめ。俺の力にビビってついにおかしくなったのか」

 そんな奴を見て、俺は嫌悪感しか感じられない。たとえ状況がそっちに有利だとしても、俺は心を強くしねえとな。今更だが。

「はっ、自意識過剰なやつだなぁ! 逆だぜ、ぎゃーくー!」

「なんだと?」

「貴様のさっきの攻撃から、俺様は強い怒りと憎しみの波動を感じたぜぇ! それってつまり、やっぱ俺様の言ったことが正しいってわけだぁ! 貴様はしょせん、正義という名の悪を振りかざす、ただの偽善者にすぎねえんだよぉ!」

「黙れ……! てめえにそんなことを言う資格が……」

「……ねえってんのかぁ? まあいいぜ、貴様はそのまま憎しみの中でもがいてろよ!」

 土具魔はニヤリと邪悪な笑みを浮かべてそう言いながら、視線を上に向けた。

「おい乱、そろそろこのくだらねえ茶番を終わらせろやぁ!」

「はい、土具魔さま! さあ、アンタもそこの赤毛坊やと仲良くあの世に行くといいわぁ、この男タラシがぁ……!!」


 しまった……! あいつとの戦いに夢中になって、すっかり大事なことを忘れてた!

 だが時は既に遅し。乱の周りから濃厚な黒い霧が現れて、この広間に蔓延していやがる。

 やばい、また千恵子があのイヤな記憶を思い出すぞ……!

 いや、待てよ。確かにあの時は、哲也が溢流震動オーバーフロー・クェイクでこの忌まわしい霧を吹き飛ばしたはず。だったら今度は……!


「哲也! 例のあの技を……!」

「ああ、分かった! オーバーフロー……」

「おっと、そうはいかねえぜぇ!」

「何!? ぐっ……!」

 土具魔の邪魔が入ったせいで、哲也は資質の発動に集中できず、身を守ることしかできなくなった。

「おい、てめえの相手はこの俺だっ!」

 俺は土具魔を倒したい一心で、今度はロケットランチャーを呼び出して奴を倒そうとする。が、しかし……

「わりぃが、今はそんな暇がねえんだよぉ! 貴様はこいつらとでも遊んでろ!」

 土具魔はパチンと指を鳴らすと、またしてもあの禍々しい黒い炎から無数の腕が飛び出て、こっちに襲いかかってきやがる。

 ふんっ、こんなもん、俺がさっきの技でもう一度吹き飛ばしてや……んっ!?

 くそっ、体が重くて力が入らねえ……! なんでだ!


「はっ、ここまで来てP2切れかよ! 肝心な時に使えねえ奴だなぁ、おい!」

 そうか、さっきのアレでP2を使いすぎちまったのか……! 油断したぜ……

 確かこういうエネルギーみたいなものは、心を落ち着かせて集中すれば回復できると思うが、今はそんなことができるはずもない。

 それに、更なる脅威が近付いてくる。


「テメェら、オレたちの存在を忘れてんじゃねーぞ! 今度こそ、決着をつけてやるぜぇぇー!」

「待てゴルァ! あんたらをここで、まとめてぶっ潰してやる!」

 濡れ事(スキンシップ)に熱中していた凶牙と召愚弥の二人も、こっちに接近してきやがる。

 見る見るうちに、黒い霧は先ほどより大分濃くなってきた。手を伸ばしても、指先が見えないぐらいに。

 ダメだ、もうここまでなのか……!


蒼碧(そうへき)清水漣(せいすいれん)!」

 暗闇の中で響く、氷のように透き通る一喝。そして次の瞬間に起きる出来事が、この場にいる全員を震撼(しんかん)させた。

 黒い霧に包まれていたはずの空間が、急に青く澄んだ水流にかき消された。飛び散る雫は日差しに照らされて、まるでダイヤモンドのようにキレイに輝く。

 真相を知るべく頭を上げてみると、そこには長い何かが空を飛んでいる。あれは……竜か?

 そういえば、さっきの声は千恵子だったような……まさか、あの資質(カリスマ)を使ったのは……!

 俺は急いで視線を千恵子のいる方に移した。彼女は青いオーラをまとい、目を閉じながら凛々しい表情を浮かべている。身に包んでいる白いイブニングドレスと相まって、その美しさが一層際立つ。

 やべえ、見とれてしまいそうだ。

 ……しかし、そんな美景に楽しめるのも束の間にすぎなかった。


「ごほっ、ごほっ……!」

 千恵子の出した水流に()せたのか、乱はだらしなく咳をしている。ふんっ、実にいい気味だぜ。これはあの時に千恵子を辱めやがった報いだな。

 自分の計画が狂ったからか、さすがにあの土具魔も余裕を失い、苛立つ顔を見せている。

「なにやってんだ、貴様ぁ! まったく使えねえやつだなぁ!」

「も、申し訳ありません土具魔さま!」

 自分の慕っている人が怒るのを見て罪悪感を覚えたのか、乱は土下座をして額ずいた。とても奴隷らしい行動だな。


 戦況はこっちに有利になるが、まだ完全に逆転したわけじゃない。とりあえず土具魔をやっつけねえと、この戦いはいつまで経っても終わりそうもない。

 少ししんどいが、ここは無理しても最後まで踏ん張らねえとな。たとえP2切れでも、何とかチャージして大技をぶっ放して、この困難を切り抜けてみせる……んっ?

 どうしたんだ……急に力が漲ってくるぞ!

 俺は自分の腕にかかった雫を見て、それが沸騰したお湯のように(たぎ)っているのが分かる。

 そうか、これは千恵子がP2を使って作ったものだから、俺の体がそれを吸収したってわけか! ありがとな、千恵子。

 よし、だいぶ回復できたぜ。今度こそぶっ潰してやる……!

 俺はもう一度口を開け、P2をチャージしはじめた。灼熱の炎は喉の中で暴れ出して、まるでいつでもマグマが噴き出そうな火山みたいだ。


 タイミングを計って、俺は力を足に溜め、上空に高くジャンプした。そして体を回転させながら、エネルギー波を吐き出した。

 さっきの一直線と違い、範囲は円になったため、前にいる土具魔も、後ろにいる凶牙と召愚弥も、例外なく俺の攻撃に干渉され、動きを止めた。

 もちろん、この中にも仲間がいることを忘れてはならない。巻き添えを食らわせないよう、気をつけないとな。

 エネルギー波が経過した場所から赤い火炎が燃え上がり、眩しい光と爆発音と共にその存在感を誇示する。大理石の床も地割れが起こり、バリバリと悲鳴を上げる。やがて火炎が外へと拡散し、穏やかな地面を揺るがす。

 その後、地面に降りた俺は荒く息を切らしている。やっべえ、ちょっと無理しすぎたかな……?

 周りを見渡すと、恋蛇団の連中はもういねえ。どうやら、俺の攻撃に耐えきれなかったようだな。

 この戦いは、俺たちの勝ちで、いいんだよな……?


「うぇええええー!? な、なんじゃこりゃぁああ!」

 突然、どこからともなく奇声が聞こえる。言うまでもなく、これは聡だな。相変わらずのオーバーリアクションだぜ。

「す、すごい光景ですね……これは一体どういうことですか?」

 続いて聞こえたのは、碧の声だった。聡のような大げさな反応がないものの、その口調からすれば、彼女が驚いているのは確かだ。

 立ちこめていた煙が消え去り、聡と碧二人の姿が見えてくる。彼らの顔には驚愕の色が表れており、俺の後ろにいる巨大な憑依獣を見上げている。

 って、もう敵もいないことだし、ずっとこのまま出さなくてもいいんだよな。

 というわけで、俺は憑依獣を呼び戻し、その姿を隠した。疲れで凝った肩を揉みほぐしながら、二人のいる方へ歩き出す。

「おい、なんなんだ今の!? もしかしてまた新しい資質かなにか!? おまえ、マジすげーぜ!」

「まあ、そんなトコかな。それにしても、随分と遅いじゃないか」

 これ以上事情をややこしくしないように、俺は適当にはぐらかして、話題を変えた。


「それがですね……部屋に入った後は、すぐ恋蛇団の人達に邪魔されてしまい、手こずっていましたので」

 答えたのは碧だった。彼女は眉を顰めていることから、きっと強敵に遭遇したに違いないだろう。

「そーだそーだ! あのヒョウ柄のやつ、こっちに見向きもしねーで、ケータイを弄りまくってたぜ! そんで野獣がたくさん出てきて、マジ苦労したぜ!」

「間一髪で先輩の攻撃が供給源に命中したおかげで、何とか助かりました。ありがとうございます」

「いや、俺は別になんもしてねえし……まあ、怪我の功名って奴かな。ってか、よく無事に済んだな」

 あれだけ強いエネルギー波を放ったにもかかわらず、現に二人は何事もなかったかのように俺の前に立っている。運がいいのか、それとも……

「私は先輩の攻撃から強いP2反応を感知しましたので、予め避ける準備をしました」

「まあ、だろうな。それぐらいの行動をしないと、無事でいられるわけがないよな」

「まったくだぜ! あんなでけえ技を出して、俺たちを一緒に道連れにする気かよ!」

「そうですね。今度は気をつけてくださいよ、先輩」

「わりぃわりぃ。つい興奮して調子に乗ったっていうか……」

 あまりの気まずさに、俺は無意識に目をそらす。

 ふと気が付くと、いつの間にか自分が楽しい雑談に浸っていた。さっきまであんな激しい戦いをしてたのに。

 しかし喜ぶのも束の間。更なる危機が、俺たちに襲いかかる。

 その始まりは、突然上から落ちてくる粉塵と破裂音によって告げられた。


「えっ、なになに!? 何が起こったの?」

 驚いた菜摘は、不安そうに周りを見渡す。

「どうやらさっきパワー供給源が爆破されたことで、更に爆発を引き起こしたみたいだね」

 こんなピンチの時でも、哲也は冷静さを失うことなく、今起きたことを推測する。

「おいおい、それってヤバいんじゃねーか!?」

 それにひきかえ、聡は慌てて叫んだ。

 確か、ここは13階のはず。100階もありそうな高い建物ではかなり低いほうだ。ここで爆発でも起きてしまえば……!

 案の定、やがて地面は揺れ始めた。俺たちはその不規則な動きにはついていけず、体勢を崩してしまう。

「いけません……! このままでは崩れてしまいます!」

 千恵子は目を見開き、その慌ただしい様子が隠せない。

「は、早くエレベーターに乗ろうよ!」

 狼狽えている菜摘は、俺たちが来た方向を指さして脱出方法を提案する。

「ダメだ、もうパワー供給源が破壊されたぞ」

 俺は菜摘に重要な情報を伝えて、無意味な行動を思い止まらせた。

「それに地震中にエレベーターに乗るのは、得策じゃないからね」

 哲也はすかさず俺に続いて意見を出した。さすがは親友、よく分かってるじゃないか。

 だがこれじゃ、問題はまだ解決したとは言えない。菜摘はいかにも泣きそうな声で、俺たちに質問を続けた。

「じゃ、じゃあどうしたらいいのー!?」

 やれやれ、どうしたものか……さて、方法を考えようぜ。

 飛び降りるのはまず無理だな。なにしろここは13階だから、生身の人間じゃ地面に落ちた瞬間の衝撃には耐えられないだろう。

 階段を降りる? いや、間に合うかどうかは分からない。1階に降りたとたんに、瓦礫の下敷きになったらたまったもんじゃねえ。

 くそっ、八方塞がりかよ……せっかくここを破壊できたのに、こんなところで死んじまうのか!

 しかしその時、突然に響くユーシアの声が状況を変えた。


「だ、大丈夫です! あのっ、私に任せてください!」

「ユーシア? 一体どうするっていうんだ?」

「説明は後です! えっと、とりあえず穴が開いている場所に行きましょう!」

「穴が開いている場所? ああ、俺があのパワー供給源を破壊したところか」

 俺はそう言いながら、視線を移す。俺が壁に開けた大きな穴を見て、思わず先ほど土具魔との熾烈な戦いを思い出してしまう。

 その近くにある機械はほぼ全滅で、とても悲惨な光景を織りなす。機械好きな聡にとって、きっと見るに堪えないだろう。

 まあ、それはそうと、幸いなことに今は爆発が止まっている。ユーシアは何がしたいのかまだ無知数だが、今は彼女を信じよう。

 というわけで、俺たちは急いでユーシアの言った場所に移動する。

 穴の先には、もう一つの金色のビルがある。俺たちのいるこのビルとデザインはほぼ同じだ。

「で、ユーシア。これからはどうするんだ?」

 ユーシアの言いたいことは大体分かったが、やはり一応彼女の意見も聞いておこう。

「はい、マスター! 向こう側のビルまで逃げ切れば、何とかなるではないでしょうか!」

「けど、あの距離だと少なくとも15メートルもあるぞ。いくらジャンプしても、あそこにたどり着くのはさすがに無理はあるんじゃないか?」

 哲也は目を光らせ、ユーシアの提案に疑問を抱く。


「あっ、それなら大丈夫です! 私にはこれができますから!」

 まるで哲也の質問を予め知っていたかのように、ユーシアは慌てずに、両手で三角形を作る。

 すると、なんと空に緑色に輝く一本道が出現し、向こうのビルまで伸びていく。

「おお、すげーな! ユーシアも資質を持ってんのかよ!」

 ここまで来て資質はもはや珍しいものじゃないが、やっぱりこうして新しい資質を目撃すると、マジックでも見てるような気分になるな。

「さあ、早くこの道を渡りましょう!」

「ええー!? 大丈夫なの、それ?」

 菜摘は心細そうにユーシアに聞く。いきなり何もないところを歩けって言われると、そうなるよな。


「大丈夫です。私が保証しますよ」

 碧は親指を立て、自信そうにそう答えた。まあ、彼女もポケット・パートナーの開発に関わった一員だし、信憑性には問題ないだろう。

「さて、そろそろ行こうか。ここはいつ崩れるか分からないからね」

 哲也はいつものようにメガネを押し上げ、俺たちに進むように促した。

「そんじゃ、ここはリーダーに先頭を切ってもらおうか! 頼んだぜ、秀和!」

 聡は爽やかな声でそう言うと、片手を上げて光る道のある方向へと向けた。

「えっ、俺が?」

「あたりめーだろう! リーダーはおまえしかいねーじゃん!」

「いや、その、なんつーか、後ろから敵が来るかもしれないから、ここはお前たちが先に行って……」

「ぐずぐず言うなよ! さっさと行け!」

「ぐわっ!?」

 聡に乱暴に背中を叩かれ、俺はその衝撃により体が勝手に前進してしまい、足が光る道に踏み入れた。

 状況を確認するため、俺は無意識に下を見た。するとどうだろう。足が恐怖のせいで、ガクガクと震え始めた。

「あれ、どうして進まないのですか、マスター? もう時間がありませんよ!」

「そーだぜ! ただでさえ時間がねーのに、のんびりしてられっかよ!」

 事情を知らないユーシアと聡の二人は、後ろで俺を催促している。ったく、人の苦労も知らねえで。

「あのな……ちょっと説明しないと分からないと思うけどな、実は俺……」

「えっ、何ですか、マスター?」

「もったいぶらねーで、早く言えよ!」

 俺は大きく息を吸うと、叫ぶように答えを教えた。


「高所恐怖症なんだよ、俺は!」

 俺のデカい叫び声が、空にこだまする。その後続いたのは、痛いほどの静けさだった。

 だが、すぐさまそれは聡の声に破られる。

「ええー、マジかよ!? オレはてっきり、おまえに怖いものはねーって思ってたぜ!」

「誰にだって、苦手なものは一つや二つぐらいはあるんだろう……」

 俺は聡のあまりにも単純な考えに呆れて、白目で彼を見返す。

「それでも、前に進まないとね。ここで自分の弱点を克服しなければ、ひどい目に遭うだけだぞ」

「そうだよ! 諦めたらすべてが終わるって、秀和くんが言ってたじゃない!」

 哲也と菜摘は俺を励ますと、光る道に飛び移って、こっちに歩いてきた。

 そして、哲也は俺の右手を、菜摘は俺の左手を握る。二人の手のひらから、言葉に出来ない温もりを感じ取る。

「君は一人じゃない。僕たちもいるからね」

「うんうん! いつも秀和くんの世話になってるから、ちゃんとお返ししないとね」

「哲也……菜摘……」

 俺は目を見開き、二人の暖かい目線を見つめる。

 と、その時、後ろから何やらまた新しい感触が感じる。


 後ろを振り向くと、そこには千恵子がいる。彼女は両手を俺の肩の上に乗せ、しっかりと握りしめている。

「ふふっ、わたくしもいることを忘れないでくださいね」

 彼女のその美しい笑顔は、こうして目の前に輝いている。あまりの眩しさに、俺は一時自分が危ない状況に置かれていることを忘れるところだった。

「千恵子まで……って、なんか近すぎない?」

「嫌なのですか?」

 俺が嫌がると思っているのか、千恵子の顔が少しくもってしまう。

 本当は背中に「女の子ならではの柔らかいもの」が当たって興奮してるんだが、さすがに今はそんなことを言ってる場合じゃねえな。

 しかし、ただでさえ高所にいる恐怖でドキドキしてるのに、これ以上強い刺激を受けると、心臓が爆発しそうだぜ……!

 とりあえず、まずはここから離れよう。話はその後だ。


「いや、そうじゃないけど……まあいいか、それより早く先に進もうぜ!」

「はい、参りましょう!」

「うん、それじゃいっくよー! せーのっ!」

「よし、今だ!」

 菜摘と哲也の送った合図で、俺たちは一斉に動き出した。四人がくっついて歩くのが難しいと思いきや、意外とすんなりうまく行けた。息ピッタリだな、俺たち。

 そのおかげか、俺たちはあっという間に向こう側のビルの前に着いた。思ったより意外と早かった。


「さて、この壁をどうにかして壊さないとな」

 俺は両手を腰に当て、いかにも硬そうな金ぴかの外壁を見つめながら破壊の仕方を考える。

 だがその時に碧は横から姿を現し、まっすぐビルに向かって進んでいく。彼女はポケットから一枚のカードを壁に貼ると、こっちに戻ってくる。

「爆発しますので、下がってください」

 碧にそう言われると、俺たちは無意識に後ろに下がる。すると碧は指をパッチンと鳴らすと、壁に貼ってあったカードから魔法陣が出てきて、ビームを発射して壁を爆破した。

 金色の壁は粉々に砕け散り、下へと落ちていく。このとんでもない光景を見た俺たちは、思わず目を丸くした。

「さあ、早く中に入りましょう」

 しかし碧はまったく動じず、何事もなかったかのように俺たちに呼びかける。そう、まるで戦場にでも慣れたみたいだ。

 ツッコミどころが多すぎるが、今はそんなことをしてる場合じゃないな。

 俺たちは急いで中に入り、後ろを振り向いてさっき俺たちが暴れていたビルの様子を見る。

 なんと俺たちが脱出していた間に、そのビルはすでに無惨な形に変貌し、上方から崩れ始めた。さっきのキレイなビルは一体どこへやら。


「うわぁ、えらいことになっちまったな」

 俺はこのとんでもない光景を見て、思わず目を見開いて、開いた口が塞がらない。

「すげーな、おい……こうやって見てると、オレたちはアクション映画の撮影をしてるように見えなくもねーか?」

「ははっ、それは言えてるね、氷室くん」

 かたわらに立っている聡と哲也も、何かすごいことを成し遂げたかのように、誇らしく微笑んでいる。

 だが、笑っていられるのも束の間に過ぎなかった。

「あ、あれ……?」

「どうしたんだ、ユーシア?」

 ユーシアは頭を上げて、何やらヤバいものでも目撃したようだ。そんな彼女を見て、俺は質問する。

「あのビル、こちらに倒れてきません……?」

「えっ、マジで!?」

 その衝撃の情報を聞いた俺は、思わず大声で叫んだ。そしてすぐさま彼女の視線を追って、その状況を確認する。

 ……本当だ。ビルの尖った頂上は、その下にある一部の壁と繋がって、こっちに傾けてきやがった。

 二つのビルの距離は約15メートルぐらいあるが、100階以上もある建物だと届く範囲はかなり広く、こっちに被害が及ぶ可能性は低くないだろう。


「うそっ!? どどどどどうしよう~!?」

 絶え間なく発生するピンチの続きで、菜摘は両手で頭を抱え、あからさまに慌てている。

 大丈夫だ。さっきはユーシアのおかげで別のビルに移動できたから、きっと今回も解決できるはず……!

「とりあえず奥に移動しようぜ! 話はその後だ!」

「そ、そうだね……!」

 俺たちは落ちてくる瓦礫による衝撃に巻き込まれないよう、急いで走り出した。

 しばらく移動すると、俺たちは奥の壁際にたどり着いた。碧はまたしてもカードを貼り、壁を爆破した。

「さあユーシア、早くさっきみたいな道を作って、安全に地面まで降りられるようにしてくれ!」

「は、はい!」

 俺の指示を受け、ユーシアは素直に聞き入れ、また両手で三角形を作る。

 順調に光る道が出現し、地面まで伸びていく。よし、これでひとまず大丈夫……えっ?

 何故か光る道が、途中で伸びなくなった。その長さじゃ、わずか2階分しか降りられないようだ。


「おいおいおいおいー! どういうことだ、これ!」

 予想とは違う事態が起こり、聡は苛立ちを隠せず乱暴な声を上げる。

 俺も焦りで頭の中が混乱しているが、ふと先ほど土具魔との戦いを思い出す。そこで、一瞬のひらめきが浮かぶ。

「まさか、ユーシアもP2切れ……?」

「そ、そうかもしれません……」

 そういえば、さっき衝撃波爆撃ショックウェーブ・バーストを使わせちまったっけな……それにさっきもすでに一回光る道を作ったし、さすがに消耗は激しいか……


「うええええー!??? マジかよ! まさかオレたちはここで、ゲームオーバーになっちまうのかー! オレたちの戦いは、まだ始まったばかりだというのによぉー!」

 突破口が見つからず、聡は連続で床を強く踏みまくり、デカいデシベルを持った声で暴れ出す。

「うるさいぞ聡! 少し静かにして……」

 あまりのやかましさに、俺は腹が立って聡を注意しようとするが、突然何かを思い出して黙り込んだ。

 そうか、その手があったのか……!


「見つけたぞ、ここから無事に脱出する方法を!」

「ほ、ホントか!?」

「なあ、お前のスマホはエアブロックを作れるだろう? それで降りればいいさ!」

 俺は頭をフル回転させ、サバイバルバトルで木から降りる時のことを思い出す。確かそれなら、このピンチを切り抜けられるはず。

「おお、そうだったぜ! オレとしたことが、こんな大事なことを忘れたなんて!」

「よし、そうと決まれば早速やろうぜ!」

 俺たちはゆっくりと、ユーシアの作った新しい光る道を歩く。もちろん、さっきと同じ体勢で。

 行き止まりまでたどり着くと、俺は聡に指示を伝える。


「お、オッケー……ああああ後は頼んだぜ、聡!」

「おいおい、ビビってんじゃねーよ、秀和! 全然リーダーらしくねーぞ!」

「仕方ねえだろう、高いトコは苦手なんだよ!」

「まったく……わーったよ、今すぐエアブロックを作るからな」

 聡は白目で俺を見ると、ポケットからスマホを取り出して、それを弄り始めた。

 ちょうどその時、またしても轟音が鳴り出した。後ろを振り向くと、二本目のビルも震え始めて、新たなピンチが訪れることを告げる。

「はははは早くやれよ、聡! もう時間がねえんだよ!」

 前後から迫ってきた来る危機が早くも俺の理性を乱し、聡に安全ルート確保を求める。

「そう急かすなって! オッケー、できたぜ!」

 聡の顔にある苛立ちが晴れて、興奮した笑顔になる。

 そして俺たちの下方に緑色の光を発した立方体が現れ、ゆっくりとこっちに近付いてくる。


「はぁ~、これでやっと無事に下に降りれるぜ!」

 一筋の光明が見えてきて、俺は胸を撫で下ろし、大きく息を漏らす。

「ああ、そうだね。さて、そろそろ行くとするか」

 哲也も俺に温かい微笑みを投げてきて、俺の肩を掴みながら前に進もうとする。

 そのおかげで、俺は一時高所による恐怖を忘れ、仲間たちがくれた勇気を胸に秘めて、一歩前に踏み出す。

「よーし、全員いるな。そんじゃ、地面に降りるとすっか!」

 周囲を見ている聡は、異状がないことを確認し、スマホの画面にある下向きの矢印をタッチした。するとエアブロックもエレベーターのように、垂直に落下する。

 こうして、俺たちは難なく短時間で地面に降りることができた。

 だが、これだけではまだ危機から逃れたとは言えない。もはや跡形もなく爆破された一本目のビルの残骸にぶつかった二本目のビルも、切られた木のようにこっちに倒れてくる。


「うわ、やべえ! 早く横に移動するんだ!」

 まだ高所による恐怖から抜け出せていない俺は、思わず大声を上げ、震える足を引きずって倒れるビルを避けようとする。

 ビルが地面に近づくにつれ、影もますます暗くなる。それに覆われないよう俺は必死に動くが、いかんせんビルは思ったよりもかなり大きいため、影の面積も非常に広い。

「どうしたんだよ秀和! 早く走れ!」

 すでに安全地帯に移動した聡は焦りのあまりに大声を出すが、あいにく今じゃ何の意味もなさない。

 このままだと、俺はビルの下敷きになってしまいそうだ。しかし、こうなものでやられる俺じゃねえ。


 俺は移動を中止し、手をポケットの中に入れて探り始めた。確か、一つ役に立つものがあるはずだ。

 感触を感じた俺は、バッジを取り出して手のひらを見つめる。あった、ワイヤーガンだ。これなら足を使わなくてもいけるぜ。

 俺は手慣れた動きでバッジを時計に設置し、空中に現れたワイヤーガンを素早くキャッチすると、すかさず引き金(トリガー)を引いた。先端はアンカーとなっていて、それが地面にぶつかった瞬間に小さな穴を作り、勝手に動かさないようしっかりと掴んでいる。

 そして俺はもう一度引き金を引くと、ワイヤーが収縮し、俺の腕を引っ張っていく。


「おっとっと……うわっ!」

 スピードが速すぎたため、俺は心の準備ができず、うまく着地できなかったが、少なくともビルの下敷きにならずに済んだのは確かだ。

 振り返ってみると、ぶつかった二本のビルはゴロゴロと大きな騒音と共に沈んでいく。

 先ほどの天までそそり立つビルはすでにその形が崩れ、まるで折れたアイスキャンディーのようだ。

 普通ならこの立派な建物が倒れるのを見るのが惜しく感じるはずだが、俺たちはその驚くべき光景を花火でも観賞しているかのように、じっとそれを見つめている。


「なあ、秀和」

「何だ、哲也」

 突然、哲也は横から俺に声をかけてきた。その顔には、かつての輝かしい微笑みが見える。

恋蛇団(ウロボロス)に喧嘩を売るつもりが、こんな高いビルを二本も壊すことになるとはね……この結果も、君の予想内なのかい?」

「いやぁ~、さすがにそれはねえぜ。まさか俺たちだけで、ここまですげえことができるなんてな」

「まったくその通りだぜ! ホント、おまえって大したヤツだなぁ!」

 後ろにいる聡も、大声で俺を称える。ビルが倒れる音がうるさいにもかかわらず、俺はその声がよく聞き取れる。


「やめてくれよ聡、照れるじゃんか」

 まだいつもの癖が直っていない俺は、照れくさく指で鼻を擦る。

「恥ずかしがることないよ、秀和くん! もし秀和くんの提案がなかったら、私たちだけじゃこんなすごいことができなかったんだよ!」

「菜摘先輩のおっしゃる通りです。これであの恋蛇団の連中も、少しは大人しくしてくれるでしょう」

 いつものように明るい声で俺を励ましてくれる菜摘に、いつの間にかチョコバーを頬張って喜ぶ碧。彼女たちの温かい言葉が、俺の恥ずかしさを少し和らげてくれる。

 そして、もう一人の大事な仲間もいることを忘れてはいけない。


「秀和君……」

 千恵子の声だ。俺は彼女のいるほうを振り向くと、その優しい眼差しは俺の心を揺るがす。

「今日はお疲れ様でした。お怪我はありませんか?」

 その質問を聞いた俺は一瞬驚いたが、すぐにくすっと笑った。やれやれ、自分より他人の心配をするなんて、君はなんていい子なんだ、千恵子。感激すぎて泣けてくるぜ。

「ああ、大丈夫だぜ。千恵子の方こそ大丈夫か?」

「ええ、ご心配に及びません。お気遣い、ありがとうございます」

「それはよかったぜ。正直、さっきあの赤目少女がまた黒い霧を出した時、千恵子はどうなるかって心配してたぜ」

「ふふっ、同じ技で二度とやられるこのわたくしではありません。皆さんがいつも側にいてくれることを、ちゃんと覚えておりますから」

「その意気だ、千恵子。それにしても、さっきの資質、すごかったぜ」

「秀和君の変身も、素晴らしかったですよ。とてもふつうの人間がなせる業とは思えませんね」

「ははは……まあな。ここを出たら、いつか他の人に教えてやりたい! こんなすごいことがを成し遂げたとな!」

「ふふっ、きっとその日が来ますよ」

 こうして俺と千恵子二人の会話は、途切れることなく弾み続ける。


 ……あの忌まわしき笑い声が、聞こえるまでに。

土具魔「ヒャーハッハッハッハッー! また俺様の出番だぜぇー!」

秀和「まだ生きてやがるのか、この死に損ないが!」

土具魔「当然だろう! このつええ俺様が、こう簡単にくたばってたまるかぁ!」

秀和「やっぱりそううまくはいかねえか……おい、どこに行くんだ!?」

土具魔「そんなの決まってんだろう! 『目には目を、歯には歯を』だぜ!」

秀和「どういう意味だそれ……はっ、まさか!?」

土具魔「ふんっ、ずいぶん気づくのがはええじゃねえか!」

秀和「ふざけやがって……てめえの好きにはさせねえぞ!」

土具魔「悪いがそうはいかねえぜ! 主人公だからっていつもいい気になってんじゃねぇぞ!」

秀和「ふざけやがって! ふざけやがって!」

土具魔「おい、どこ殴ってんだぁ! 顔はやめろ、顔はぁ!」

秀和「てめえには顔があるのか!? この恥知らずめ!」

土具魔「おい、うまいこと言ったつもりか……いってぇ!」


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