リボルト#11 忍び寄る黒き霧 Part10 ざわめく嵐、不穏な夜
みんなと歓談しながら晩飯を済ませた時は、既に21時だ。外の空気を吸おうと、俺は重い体を動かしている。
「あら、秀和君じゃない」
あてもなく歩いていたら、いつの間にかまたしても裏口の階段に座っている千恵子に出くわした。今日の彼女も依然として麗しい笑顔を浮かべ、好意的な眼差しを向けてくる。
そんな彼女が放つオーラに吸引されて、俺の両足は勝手に動き、彼女の近くに止まった。
「また空を見てるのか、千恵子」
「ええ、何だか癖になったみたいなの」
彼女はそう答えると再び顔を上げて、瞬く星たちに満たされる晴れた夜空に見とれている。
「見て、あの星空。なかなかキレイだと思わない?」
天の川を指差す千恵子に誘導され、俺も夜空を眺めてその美しさを堪能しようとする。
「ああ、確かにそうだな」
まるで絵のような光景に、俺は心を打たれて素直な気持ちを口に出す。
こうして、俺と千恵子はしばらくこのまま夜空を眺め続けていた。だが長く続く静寂で気まずく感じたせいか、何か話題を考えて話さなければ、と俺は思った。
そういえば、彼女には一つ気になることがあったんだな。ちょっと聞いて確かめたほうがいいかもな。
「なあ、千恵子……ちょっといいか?」
「えっ? 何かしら、秀和君」
俺の問いに、首を傾げる千恵子。どうやら夜空に夢中になっている彼女はまだ、俺の意図が分からないようだ。
「今日あの赤目少女と戦ってた時のことだ。あの時の千恵子は、すごく怯えていた。本当にあいつに何もされなかったのか?」
心を引き裂きそうな悲鳴、絶望に染まって光を失う涙だらけの瞳、戦慄が走って不規則に震えるその体。その思い出す度に目をそらしたくなるような光景が、またしても無情に俺の脳内で再生されてしまう。
あんな風になるのは、決してタダゴトじゃないはずだ。少しでも彼女の心のストレスを軽減できるよう、ここはリーダーとして話題を切り出さないとな。
「………………」
案の定、千恵子はしばらく沈黙に陥ったままで、空をずっと眺めていた。よほど深い事情があるようだな。大人しく見守って待つのも、リーダーの仕事の一つだな。
そして何かを思い立ったのか、千恵子は急に大きな息を吸うと、すぐさまそれを吐いた。どうやら話す気になったみたいだな。
「私ね、7歳の時に祖父を亡くしたの」
……いきなり重い話だな。まあ、あれだけ怯えたことだし、きっとそれなりの理由があるだろう。
俺は口を挟まずに、ただ静かに彼女の説明を聞き入れる。
「祖父が亡くなった翌日に、お葬式が行われたわ。初めて参加したお葬式で、周りは黒い服を着ている人たちしかいなかったの。あれからかしらね、黒い物を見ると、この怖い記憶が蘇ってくるの」
千恵子の簡潔な説明のおかげで、俺はようやく彼女が怯える理由が理解できた。
あの時に赤目少女が放った黒い霧のせいで、彼女がまたあのことを思い出して恐怖に襲われたってわけか。よほどおじいさんのことが大好きなんだな。
そんなことを考えている間に、千恵子は話を続けた。
「この記憶を忘れるために、とりあえず黒い物を出来るだけ隠してたの。黒かったこの髪を青く染めたり、寝る時も明かりを付けたり……でも、やはりどうしても忘れることが出来なかったわ」
夜空を見上げていた千恵子は、いつの間にか俯いている。風に靡くその瑠璃色の髪には、言葉で表せない哀愁感が漂う。
「まあ、あれだけ辛かったことだろうし、そう簡単に忘れられるものじゃないよな」
下手に慰めても意味はないはずだと思い、俺は当たり障りのない内容でフォローをした。
「ええ……そういえば、貴方には謝らなければならないことがあったわ」
「ん? 何のことだ?」
思い当たる節がなく、俺はその内容を確かめるために千恵子に質問した。
「初めて出会った時のことよ。あの時貴方の黒い瞳を見るのが怖くて、目を逸らしてしまったのね……ごめんなさい」
ああ、あれのことか。俺はあの時特に何も考えてなかったけど、そういうことだったのか。やれやれ、そんなことで今まで自分を苦しめてきたのか。本当に大したものだぜ。
「気にするなって。こうして謎も解明したことだし、いまさら千恵子を責めるつもりはないぜ」
「うふふっ、優しいのね、秀和君は」
「当たり前だろう。友達なんだし」
千恵子がこっちに向けてくる笑顔があまりにも眩しすぎて、それを直視できない俺は慌てて照れ隠しにこう答えた。
「友達……か。それもそうね」
千恵子はそう言いながら、視線を再び空に向けた。しかし何故か、その口調には少し残念そうに聞こえる。まさか彼女も、友達以上の関係を求めていたり……?
「ねえ、秀和君。ちょっと一つ、お願いがあるの」
「な、何だ?」
「私の隣に、座ってくれる?」
「それだけ? まあ、別にいいけど……」
いきなりそんなことを言われて戸惑いを隠せない俺だが、少しドキドキしながら彼女の言う通りにした。
だが次の瞬間、彼女が大胆な行動に出た。なんと千恵子は、自分の頭を俺の肩に乗せた!
「ち、千恵子……? 一体どういうつもりなんだ?」
「ねえ、あの時の言葉は本当なの?」
「『あの時の言葉』って?」
突然のシチュエーションに戸惑って頭が真っ白になる俺が、千恵子の突然の質問を聞いて一時なんて答えればいいか分からず、とりあえず聞き返すことにした。
「忘れたの? ほら、今日私が黒い霧に包まれて怯えていた時に、貴方が私のところに駆けて、暖かい言葉を言ってくれたでしょう?」
千恵子が出してくれたヒントのおかげで、俺はたくさんの出来事が起きたこの日のどのことかを一瞬で分かった。
「ああ、あの時のことか。忘れるものか」
「それで、あの言葉って本当なのかしら?」
「『ずっとそばにいる』、だったか? ああ、もちろん本当に決まってるぜ」
「ふふっ、きっとそう言ってくれると思っていたわ。ありがとう、秀和君」
俺の肩に乗っている千恵子の頭から発する声が、こんなに近くて、愛おしくて、艶っぽくて……
更にその熱い肌の温度が俺の体に伝わり、すさまじい刺激を与えてくる。もう心臓の鼓動が止まる気がしないぜ。
「い、いいってことさ。やれやれ、こんな形で感謝されると、なんだか緊張するな」
「うふふっ、慌てる秀和君って、普段ではなかなか見かけないわね。なんだか新鮮って感じ」
「おいおい、やめてくれよ。俺をからかっているのか?」
「そんなことないわ。色んな秀和君が見られて嬉しいだけよ」
「まったく、調子狂うぜ」
千恵子に耳元で囁かれる甘い褒め言葉が、疲れ切った俺の体を癒してくれる同時に俺の精神を狂わせる。今日は眠くて早く寝たいのに、このままだとぐっすり寝るどころか、色んな妄想が膨らんで逆に寝れなくなるぜ。
千恵子には悪いけど、ここは抜け出したほうがよさそうだな。
「それじゃ、明日も早いし、千恵子も早く休んだほうがいいぜ」
そう言うと、俺は千恵子が俺の肩に乗せた頭をそっと起こし、片手で階段を押して立ち上がった。
「ええ、お休みなさい、秀和君。いい夢を見てね」
「ああ、千恵子もな」
千恵子におやすみの挨拶をして、俺は後ろを振り向いて自分の部屋へと向かった。
二階の廊下に着いたら、部屋の中から色んな声が聞こえてくる。気合いを入れて装備や武器の手入れをしている人もいれば、冷静に作戦を考えている人もいる。
みんなも明日のために色々頑張ってるんだな。俺も負けてられないな。けど、何より体調を整えることが一番大事だな。早く部屋に戻って休まないと。
俺は重い足取りで自分の部屋に入り、シャワーや歯磨きを済ませ、暖かいお布団の中に潜り込む。
しかし、どこかで響くあどけない声が、またしても俺の就寝を妨害する。
「マスター、ちょっといいですか?」
まだ聞き慣れない声に、俺は体を起こして様子を確認する。俺が机に置いたポケット・パートナーの画面から、ユーシアの映像が浮かび上がっている。
「ああ、ユーシアか。今疲れてるから、横になりながらでもいいか?」
「はい、大丈夫ですよ」
「サンキュー、助かるぜ」
ユーシアの許可をもらった俺は、頭が枕に吸引されたかのように、ベッドに倒れ込んだ。
「あの、マスター……」
「ん? 話ってなんだ?」
「本当に……戦うんですか?」
まるで子供のように、不安そうな声を漏らすユーシア。姿こそ見ていないが、その様子は簡単に想像できる。
そういえば彼女は今日生まれたばかりだし、怖がるのも無理はないか。
「なんだ、何か大事なことがあるのかと思えば、そういうことか。怖かったら別に無理はする必要はないぜ」
しかし彼女が続けた言葉が、俺の意想外だった。
「いいえ、そういう意味で聞いたのではありません」
「じゃあ、どういう意味なんだ?」
この違和感に支配され、俺は無意識に再び体を起こした。
「マスターたちは、血塗れの戦いより平和が好きなんですよね? でも戦うことで、本当に平和が訪れるのでしょうか……?」
ユーシアの質問に、俺は思わず驚愕した。まだ生まれたばかりのこの「命」が、こんな奥深いことを聞いてくるなんて。
だがこの世界はいいことばじゃない。夢を壊すようで申し訳ないが、その残酷を知らせるためにもここは心を鬼にしないとな。
「ああ、そうだ。大きな利益は、大きな犠牲をが伴うからな。あいつらを倒さない限り、平和が訪れることはない」
俺は物々しい雰囲気を出すために、親父の真似をしてわざとトーンを落としてユーシアに厳しく教えた。
だがしかし、彼女の次の言葉が更に俺を心を震撼させた。
「……平和を守るのに、武器を手にして戦うなんて、そんなのおかしくないですか?」
今まで全然考えてなかった。よく考えれば矛盾しているはずのことなのに、俺たちは今当たり前のようにやっている。
……そう、まるで様々な戦争を起こしてきた大人たちのように。平和を守ると自分に言い聞かせて戦って、他人の命を奪って、そしてまた新しい戦争が起きて……こんなの、平和なはずがない。
だからって、何もしないでただやられるだけでいいのか? もちろんいいわけがない。もし俺たちはここまで踏ん張らなければ、あいつらはますます調子に乗って、秩序を壊して世界を危機に陥れることになる。
しかし、なんて答えればいいか、今の俺には分からない。ただジレンマに苛まれて、返事に詰まるだけだ。
「す、すみません……いきなりこんな難しいことを聞いてしまいまして」
黙り込む俺を見て気まずく感じたのか、ユーシアは突然慌てて俺に謝った。
「いや、気にするな。むしろ俺がずっと気付かなかったことを教えてくれてありがとうな、ユーシア」
「そ、そうですか……? そう言ってくれて助かります、マスター」
そう言いつつ、ユーシアはお辞儀をして謝意を示した。
「さっきの質問は答えられなかったけど、一つだけは言っておこう」
「な、何でしょう?」
「この世界には、『絶対の正解』というものはない。同じ問題でも、答えがたくさんある。1足す1だって、必ず2になるとは限らないぜ」
「つまり……どういうことですか?」
ユーシアの顔には納得したかのような表情がなく、彼女は首を傾げて更に質問をしてきた。
そんな彼女に、俺の返事はこれだ。
「君が正しいと思っていることは、他の人からすれば間違っていることもあるってことさ」
「そ、そういうものでしょうか……?」
「まあ、いずれ分かるさ。君も大人になればな」
まだ高校生である俺が、またしても親父の真似をして大人ぶる。もし親父がここにいれば、きっと酒を吹き出して大笑いするだろうな。
「分かりました。ありがとうございます、マスター」
「いいって、気にするな。それじゃ、もう時間も遅いし、そろそろ寝るぞ」
「はい、お休みなさいませ、マスター」
「ああ。ユーシアも、ちゃんと休めよ」
ユーシアの元気な挨拶に、俺は優しく返す。彼女はデータだと分かっていても、いつの間にか本当の人間のように接するようになった。
そして小さなシステム音と共に、ユーシアの映像が消えた。俺もお布団を広げて、自分の体に覆い被せた。
明日は運命の日だ。全てはこの戦いで決まる。
待ってろよ、恋蛇団め……! 必ず全員をぶっ倒して、平和と自由を手に入れてみせてやる……!
次回予告
秀和「今までは散々やられっぱなしだったけど、次はそうは行かねえぜ! 今度はこっちから殴り込んで、ぎゃふんと言わせてやる!」
聡「ああ、その通りだ! あの生意気なヤツらの泣き面はどんなものか見てみたいぜ!」
広多「ふん、また調子に乗って痛い目に遭うんじゃないぞ」
正人「どんな相手が待ち伏せえいるか、考えるだけでワクワクするぜ!」
拓磨「やれやれ、またそんな吞気なことを言って……どうなっても知らないぞ?」
直己「まあまあ、きっとなんとかなるって」
美穂「とうとうアタシも我慢の限界だわ……自慢の色気と超能力で、アイツらをコテンパンにしてやろうかしら!」
菜摘「相変わらずハイテンションだね、美穂ちゃんは」
美穂「これぐらいは普通よ。むしろ菜摘のほうがテンションが低すぎ」
千紗「ま、まあ……戦いなんだし、ここは慎重に行ったほうが……」
優奈「なに言ってるの、千紗! せっかくなんだから、派手にやらないと!」
冴香「私たちにできることを、精一杯やりましょう!」
千紗「ええー!?? で、でもぉ……」
千恵子「いいえ、千紗さんのおっしゃる通りです。『備えあれば憂いなし』、ですよ」
小春「まあ、いざとなればワタシが何とかしますから」
妙「またそのネタなの、小春ちゃん?」
涼華「万策が尽きないように、せいぜい頑張りなさいね、二人とも」
雅美「さりげなく縁起でもないことをおっしゃいますわね、あなた……」
絵梨香「No Problem! アタシのこのロケットランチャーさえあれば、どんな敵もpiece of cakeよ!」
宵夜「我のことを忘れるでないぞ! 禁断なる力を手に入れた以上、奴らを薔薇の花園へと誘おうではないか!」
愛名「そうだね、宵夜ちゃん! マジカル☆マナのミラクルパワーで、この世界の愛を取り戻そう!」
友美佳「相変わらず訳分からないことを言うわね、あんたたち……」
百華「知ってましたか? 怒っている人に桃を食べさせると、とてもハッピーな気分になれますわ!」
名雪「そ、それって本当……なわけないでしょう、まったくもう!」
哲也「みんなやる気満々だね。この調子なら負ける気がしないかな」
秀和「当たり前だろう。何しろ俺たちは脱兎組だからな」
正人「おっと、レッド・フォックスも忘れるなよ!」
秀和「ああ、そうだったな。恋蛇団の連中どもを蹴散らして、平和と自由を取り戻そうぜ! はははははははっ!」
正人「おう、もちろんそのつもりだぜ! ははははははははっ!」
十守「すっかり忘れられたわね、あたしたち。なんて悲しいことなの……」
静琉「あらあら、たまには静かなのもいいじゃない」
十守「静琉だけに? あとよくこんな状況でお茶が飲めるわね」




