リボルト#11 忍び寄る黒き霧 Part6 新参者たち
驚きのあまりに、俺は目を丸くする。よく見るとそのバカデカい車はバスというより、キャンピングカーと言ったほうが妥当だろうか。車輪の付いた移動部屋は、空中に浮かんで不自然な角度に傾いている。
そしてその車から、スピーカーによって拡大された声が聞こえる。
「おいおいおいおいおい! どうしてこうなるんだよぉぉぉー!!!」
「お前が後先も考えず勝手にボタンを押したからだろう、正人!」
「こ、こんなところでくたばるんですの!? イヤですわぁぁぁ!!!」
「大丈夫大丈夫! 映画でもよくあるパターンだし、これぐらいで簡単に死なないわよ!」
四人の慌てる声が真剣すぎて、聞いているこっちもまるでその車の中にいるような気分だった。
見る見る車は、地面へ接近するスピードがだんだん上がっていく。味方か敵かはともかく、このタイミングで他人が事故で死ぬのを見たら、後味が悪いに違いない。
体の痛みがまだ残っているのに、俺は自分が置かれている状況を忘れ、頭の中は「何とかあいつらを助けないと」としか考えていなかった。ったく、どこまでお人好しなんだよ俺は。
イカレ野郎もバカデカい車に気を取られていて、俺のことを見ていない。よし、今はチャンスだ!
「千里の一本槍・網!」
俺は最後の力を振り絞って、車の真下に網を作った。しかしその網は電気を帯びているため、そのだけではまだ車の中にいる人たちを守ることができない。
だがこれも計算済みだ。この網に付いている電気を消すために、ある仲間の協力が必要だからな。
そう、その名は……
「哲也! あの網に付いてる電気を消してくれ!」
「ああ、分かった! 溢流震動!」
俺の指示に呼応し、哲也は立ち上がる。彼は腕に装着している盾にP2を集中させ、再びそこから衝撃波を爆ぜさせた。
俺が作った電気網が衝撃を受け、電気が消えてなくなったが、網の形も少し不安定になってしまった。ただこれで車の中にいる人たちは電気を受ける心配がなくなった。
まさかさっき赤目少女との戦いで生まれた発想が、ここで役に立つとはな。
ちょうどいいタイミングで車は網に接触し、落下するスピードも遅くなった。しかし車は思った以上に重かったみたいで、網は完全にそれを受け止めることができず大きな穴が開いてしまった。
やれることは全部やり切った。あとは中にいる人たちの無事を祈るしかない。
あれだけ大きな衝撃を受けたから、てっきり中の人たちが出てくるまでに長い時間がかかると思っていたが、予想外のことに車の中から人が出てくるのが早かった。
彼らは様々な銃器や弾薬を身に付けていて、迅速かつしっかりした足取りでこっちに近付いてくる。そう、それはまるで軍隊にいる兵士たちのようだ。
「おい、そこのお前! 大人しく手を上げて降伏するんだ!」
リーダーらしきオレンジ色髪の熱血男子はまるで勝ったかのようにニヤニヤしながら、片手でハンドガンをイカレ野郎に向けて構える。
よかった、どうやら味方のようだ。そう思った俺は、ほっとして疲れた体を地面に投げ出す。
「やだ、今日もダーリンは格好いいですわ……はっ! は、反抗しようとするなら、痛い目に遭わせますわよ!」
傍らに立っている茶髪のお嬢さんはオレンジ色髪の男子にうっとりと見蕩れたが、早くも周りの状況に気付き、同じくハンドガンを構えた。
「一歩でも動いてみろ。俺の銃弾に目が付いているぞ」
青いトレンチコートを着ている灰色髪のクール男子は、既に車の上に登っており凛々しく目を光らせ、両手で大きなスナイパーライフルを構えている。その背中には大型の両手銃が二本もある。
「早くサレンダーしないと、アタシがこのロケットランチャーで全部吹き飛ばしちゃうわよ~Hurry up!」
青いライダージャケットを着ているオレンジレッド色髪のおてんばガールは、長い銃器を肩に構えながら持っている。そこからはみ出ている尖ったものは、まるで自分の威力を誇示するかのように光っている。
さすがに恋蛇団の連中もこの突発事態を予想しなかったのか、銃を突きつけられている奴らは身動きも取れずに突っ立っていやがる。
だが、そう大人しく他人の命令に従わないのがこいつらの悪い癖だ。俺たちが戦局の逆転を喜んでいる間に、小柄少女がまたしても黒い渦巻きを作り出した。
その後ほどなく、奴らは我先にその中に逃げ込みやがった。
そして一番離れたイカレ野郎は、なんと一瞬全身が炎と化して渦巻きと共に姿を消しやがった!
なんて奴だ……あいつはまだ俺たちの知らない資質を持ってるってわけか! なかなか侮れねえな……
まあ、それはそうとして、突如現れた一行のおかげで何とか助かったぜ。感謝しねえとな。
「おい、大丈夫か!」
オレンジ色髪の熱血リーダーは敵の撤退を確認し、すぐさま倒れている俺の側に近付いて手を差し伸べてくる。
「ああ、なんとかな……殴られてまだ全身の筋肉が痛いけど……ん?」
熱血リーダーの手を取ってなんとか体を起こすことが出来た俺は、力を絞ってこう答えた。その拍子に俺の目に映った彼の胸バッジが、俺の注意を引いた。
武竹精鋭養成学院、か……何だか懐かしい響きだな。俺は思わず「あいつ」のことを思い出す。
「Hey,can you stand up? イチ、二のサンで立つのよ! ワン、ツー、スリー……!」
英語を上手に話すおてんばガールは、両手で菜摘の腕を掴んで立たせた。
「ありがとう! ところで、あなたたちは誰?」
助けられて満面の笑みを浮かべている菜摘は、この場にいる誰もが気になる質問を口にした。
「うふふっ、よくぞ聞いてくださいましたわ! わたくしたちはですね、困る人たちの味方ですわ! 武竹精鋭養成学院によって集結された精鋭部隊、その名もレッド・フォックスですわよ! このわたくしに助けられたことを、光栄に思いなさい! オーホッホッホッホッホ~!」
茶髪の高飛車お嬢さんは螺旋状に曲がる髪を掻き上げると、得意げに自分の身分を明かした。
「武竹精鋭養成学院……ですか?」
聞き慣れない言葉に、首を傾げる冴香。他のみんなも彼女の声に応じて、興味津々に新たな来訪者たちを注視している。
「ああ、そうだ! オレたちがいるこの学院は様々な危機から世界を救い出すために、優れた精鋭たちを育てる施設だぜ!」
「おお、よくわかんねーけど何だか凄そうだぜ!」
熱血リーダーの簡潔かつ分かりやすい説明のおかげで、難しいことが分からないあの聡も興奮した顔付きに変わった。
しかし、いつの間にか車から降りてきた灰色髪のクール男子の一言が、せっかく盛り上がった雰囲気を冷ましてしまう。
「やれやれ、何が精鋭部隊だ。こんな任務を引き受けるのは、せいぜいEやFランクぐらいのチームだろう」
「おいおい、そう言うなよ。人を助けるには、ランク付けなんて余計なステータスだろう?」
灰色髪のクール男子のそっけないツッコミを、熱血リーダーは苦笑しながら返答した。
「ミッション? 何のことだ?」
とても意味深に聞こえる言葉を聞いた俺は、思わず心の中にある疑問を口に出した。
「よくぞ聞いてくださいましたわ! 最近多くの保護者様から、『子供たちを理想通りに育てようとヘブンインヘル私立学校に送り込んだが、それから消息不明になっていて心配だ』という苦情が多数来ましたの」
「んで、そのしょくそくふめいになった生徒たちのレスキューをしてくれと、教官からミッションを与えられたのよ」
高飛車お嬢さんとおてんばガールは、親切に彼らがここにやってくる理由を教えてくれた。
なるほど、そういうことか。やれやれ、これだけの人数がこんなところにいれば、さすがに気付くはずだよな。
「えっ!? それってつまり……」
何かに気付いたのか、美穂は突然両目を丸くして大声を出した。
まあ、言いたいことは大体分かるけどな。現に俺の心臓の鼓動もいつもより速くなってるし。
そして熱血リーダーの次の言葉が、俺たちの血液を熱く沸騰させた。
「ああ、そうだ! みんなを元にいる場所を連れ戻すために、俺たちはここにやってきたんだ!」
「「ま……マジで!?」」
テンションが高くなった聡と直己は、ほぼ同じタイミングで同じことを叫んだ。
「やったわ菜摘! これで一緒にモデルのお仕事ができるわよ~!」
「うん、よかったね美穂ちゃん!」
ずっと前から固い約束で結ばれている二人は、互いの手を取り喜びの声を上げている。その傍らで彼女たちを見守っている俺は、思わずこの微笑ましい光景に心を打たれた。
そういえば、ずっと怯えていた千恵子の方はどうなんだ? さっきのあの様子は尋常じゃなかったし、心配だな……
「お母様、お父様……もうすぐ会えますからね」
少し離れたところに、空を眺めている千恵子がいる。彼女の髪が風に靡いて、とても美しい絵図を織りなしている。その両目に輝いているのは、涙だろうか。
だが、その中には異様に強い負のオーラを放っている奴が一人いた。
「やっとこの生き地獄から出られるのか……待っていろクズども、今から貴様たちに仇を取ってやるからな……!!」
予想通りに、声の主は広多だった。その両目に燃える復讐の炎があまりにも熱く、周りを寄せ付けない雰囲気を作っている。
一体彼には何があったのかを聞きたいところだけど、この様子じゃ下手に口を出さないほうがいいだろう。
もちろん喜びに浸っているみんなはそんな彼の心境に気を配る余裕もなく、おもむろに寮に向かって移動し始めた。
「それじゃ、早速荷物を整理しようかな~」
……が、しかし。
「盛り上がってるところに悪いけど、ここから出るのは無理よ」
ん!? この声は……やはり「あいつ」もここに来てるのか!?
元の場所に帰れて喜んでいるみんな以上に興奮した俺は、体が勝手に声がした方向を向いた。
階段から下りてくる足音と共に、青いブレザーとチェック柄のミニスカートを身に包んでいる女子が姿を現す。髪は相変わらず深みのある紫色のセミロング、そしてその上に赤と黒のカチューシャが付けられている。
やはり間違いない。彼女は去年の頃に、俺をある事件に巻き込んだきっかけで知り合った蝶野 涼華だ。
それに彼女こそが一年前に俺のいた学校に転学してきて、俺に銃の使い方とかを教えた張本人だ。まさかここで再会できるとはな……
「おい涼華! 涼華だよな?」
我を忘れた俺は、周りにいる大勢を余所に彼女に大声で呼びかけた。
「あら、かずくんじゃない。随分久しぶりね」
「んな!?」
あまりにも馴れ馴れしい涼華の呼び方で、俺はつい情けない声を漏らした。更に彼女の紫色の瞳から放つ魅惑の視線が、俺の心臓の鼓動を加速させる。
「おいバカ! 人がいる時にそんな呼び方はやめろって言っただろう!」
「あら、別にいいじゃない。減るもんじゃないし」
「そういう問題じゃないって! まったくお前って奴は……」
……なんて奴だ。再会からたった3秒で俺をこんな辱めをさせるとは……
「な、何なんですかその親密な関係は!?」
「え、えええー!??? 『かずくん』なんて、そんなの馴れ馴れしすぎるよぉー!!」
そして案の定最悪の事態が起きた。俺と深い関わりを持つ千恵子と菜摘は、このあまりにも意外すぎる展開に声を上げた。
「ず、ずいぶんと仲のいいお友達をお持ちででですね、秀和君……ももし差し支えがななければ、わわわたくしにもごご、ご紹介して頂けないでしょうか?」
「出会い頭に『かずくぅん』と呼ぶなんて、秀和くんは一体この子とどういう関係なの!? 説明してよ!」
明らかに取り乱して吃る千恵子と、どストレートに質問してくる菜摘。よほどこの「恋のライバル」が気になるんだな。
こうなったら、この切り札で切り抜けるしかなさそうだな。……いや、だからダジャレじゃねえって!
「まあ、色々あってな、色々と」
慌てている俺は、ごまかすのに一番手っ取り早い言い訳を選んだ。
「答えになってないよ、秀和くーん!」
もちろん納得行くわけがなく、菜摘は俺の服を掴むと思いっきり揺らした。
ただでさえヤバい状況なのに、涼華の言葉のせいで更に火に油を注ぐことになる。
「あら、しばらく見ないうちにこんなにステキな女の子たちと仲良くなれたの? なかなか隅に置けないわね、かずくんって」
それを聞いた千恵子と菜摘は、全身が針のようにぴんと伸びた。それに俺を見つめている熱い視線が痛い。
このままじゃまずい。早く何とかして話題を変えないと。
「おいおい、勘弁してくれよ……そんなことより、ここから出るのは無理ってどういうことだ?」
「あっ、今さりげなく話題を変えて逃げようとしたね」
「秀和君、謎すぎます……いつか絶対に問い詰めないといけませんね」
菜摘と千恵子はジト目で俺を見てツッコミを入れたが、この際は無視するのが一番だろう。
「そうだな、オレもさっきからずっと気になっていたんだぜ。一体どういう意味なんだ、涼華?」
俺と同じ疑問を抱いている熱血リーダーは、不思議そうに涼華を見ている。
「簡単なことよ。さっき落ちた拍子にエンジンが壊れて動かなくなったわ」
「なんだ、何かと思えばそんな簡単なことか……って、ええええええ!!???」
ノリツッコミをしていた熱血リーダーは、突然の悲報に財布を無くしたかのような顔になった。
そして他のみんなもいきなり天国から再び地獄に落とされた気分になって、ショックのあまりにアゴが大きく外れてしまった。
聡「んだよ、ぬか喜びさせやがって! せっかく久しぶりに新しく発売されたゲームを買えると思ってたのに~!」
千恵子「何ということでしょう……ですが、これが現実でしたら、受け入れるしかありませんね」
熱血リーダー(正人)「いやまだだ! オレはまだ諦めねーぜ! ふぬうううううううう!!!」
聡「おい見ろよアイツ……エンジンが壊れてるってんのに、必死にペダルを踏んでるぜ」
涼華「いやだから、いくらアクセルを踏んだって無理だって」
正人「うるせぇ! やってみねーと分からないだろう!」
千恵子「す、すごい気力ですね……ある意味秀和君に似ているような気がします」
菜摘「うんうん、私もそう思うよ」
美穂「あ、ああ……イケメン枠がまた二人増えたわ……どっちを落とそうかしらねぇ~」
菜摘「美穂ちゃん、今日も通常運転だね……」(汗)
直己「うっひゃー! 美少女枠が二人増えたぜ! 後でナンパしようかな~♪ 特にあのロケランの子がめっちゃ好みだぜ!」
名雪「直己、ちょっと話があるわ。屋上に来てくれるかしら?」(ゴゴゴゴ)
その後、頬が赤く腫れている直己が屋上で情けなく泣いていた……




