リボルト#11 忍び寄る黒き霧 Part2 赤目少女、襲来
穴だらけの黒いイブニングドレスのような服を身に包んでいるそれが、顔を赤めながら桃色の吐息を艶めかしく喘いでいる。
「ねえ……そこのアナタ……あはん……ワタシと、んふ、イイコト、しない……?」
モラルの欠片もないその淫らな姿は、一時俺の理性を狂わせかけた。ライトノベルやギャルゲーではよくあるおいしい展開だが、俺にも通用すると思ったら大間違いだ。
こんな正体不明の奴と一緒に寝るなんて、自殺行為に等しい。恋蛇団の連中の可能性もあると思うと尚更だ。
それにこれは俺のベッドだ、勝手に寝るんじゃねえよ! てめえがあそこに寝てたら俺が寝れねえだろう!
苛立つ俺は窓に向かって近付き、それを開けた。そしてすかさずベッドに移動して、布団を持ち上げるとそいつを窓の外に投げ付けた。
「いやあああああ!???」
まさか俺はこんな行動に出ると思ってもいなかったのだろう、正体不明の赤目少女は悲鳴を上げている。まあ、そんなことはどうでもいいけど。
さて、邪魔者もいなくなったし、これでやっと寝れるぜ。
俺は布団の汚れを払おうと、勢い強くそれを叩きつけた。そしていよいよ眠りにつこうと、体をベッドに放り出したが……
「なんてひどいことを……絶対に許さない……」
耳元に響いてくる、恐ろしく震えている女性の声。俺は急いで目を開くと、なんと先程の赤目少女は血相を変え、再び俺の前に姿を現している。
こいつ、どうやって上がってきた!? 俺がこいつを窓の外に投げてからまだ30秒も経ってなかったぞ! それに何故他のみんなは、こいつの存在に気付いていない!?
頭の中に浮かび上がる疑問が山ほどあるが、今はそれどころじゃねえ。警戒状態に入った俺は全身の神経を活性化させ、何とかこの鈍い体を動かすことができた。
そして次の瞬間。なんと赤目少女の周りから、黒い針がたくさん飛んできやがる! 俺は慌てて回転してベッドから落ちたが、無事に針を回避することができた。
間違いねえ。こいつは恋蛇団の連中だ!
短い間に、様々な思惑が脳内で流れる。早速たどり着いた結論は一つ。
一対一じゃ分が悪い。早く仲間を呼んで援助してもらわねえと!
「おーい! 誰か助けてくれ!」
廊下に出た俺は、声の限りに助けを呼ぶ。
「どうしたんだ、秀和?」
ありがたいことに、この場に居合わせた哲也は俺の叫び声に気付き、声を掛けてくれた。
「変な女に襲われてる! いきなり悪いけど、退治してくれ!」
「なんだって!? 一体何があったんだ?」
「説明は後だ! とにかく今は協力を頼む!」
「よし、分かった。正直この状況は理解しづらいけど、君のことなら疑う余地はないしね」
「へっ、そう言ってくれて嬉しいぜ」
さすがは親友、こういう時は心強いな。
「あ~ら、お友達かしら? なかなかいい顔ね……ねえ、ワタシとイイコトしなぁい? うふっ」
ちょっ、こいつ! 俺だけじゃなく哲也まで魔の手を伸ばすつもりかよ! それだけは絶対にさせねえぞ!
「秀和、いつの間にそんな凄いのを……君もなかなか隅に置けないね」
「茶化すなよ、哲也。あいつが勝手に俺のベッドで寝てただけだぞ」
「まあ、だろうね。どう見てもこういうのは君のタイプじゃなさそうだし」
「ははっ、分かってくれて嬉しいぜ」
敵が目の前にいるのに、俺と哲也はいつも通りに余裕をかましている。別に相手が女性だから油断しているわけじゃない。ただふざけるのが好きなだけだ。
しかしこのやりとりはあまりにもノリが軽いせいか、赤目少女の機嫌を損ねた。
「にくい、にくい、にくいにくいニクい……ワタシはこんなにも好きなのに、どうしてワタシのことを拒むの……? 許さないわ……」
おいおい、その理屈はおかしいぞ。まだ初対面から間もないのに、好きになれるわけがないだろう! 一目惚れでもそんなに早くねえぞ!
「おっと、これはまずいことになってきたね」
顰め面でこっちを睨んでくる赤目少女を見て、さすがに哲也も落ち着きを失い始めた。
「これは二人がかりでも勝つのは難しそうだな。一旦場所を移動しようぜ」
「ああ、そうだね。人が多いところに行くと勝機もあるから」
合意した俺と哲也は下の階に降りようとするが、案の定強い執念を燃やしている赤目少女はそれを許すつもりはなかった。
「させないわよ! これでも喰らいなさい!」
ガタガタと歯を鳴らす赤目少女は、もう一度忌まわしい針を発射してきやがった。
こんな狭い廊下じゃ、攻撃を避けるのは至難の技だ。だが……
「ふんっ!」
盾を構えている哲也は、俺の前に出て針を全部受け止めた。ふう、間一髪だったな。
「サンキュー、哲也! 助かったぜ」
「いいってことさ。それより早く下に降りよう!」
「ああ、そうだな!」
哲也にカバーされながら、俺たちは急いで後ろに下がる。こんなところでやられてたまるか!
必死の思いでロビーに戻った俺と哲也は強い勢いでドアを開けたが、音が大きかったため周りの注意を引いた。息を切らしている俺たちの様子があまりにもおかしいので、みんなは愕然として俺たちを見ている。
「あれ、秀和くんと哲也くん? どうしたの、まるでお化けでも見たような顔をして」
まだ事情を知らない菜摘は、口にお菓子をくわえながら目を見開いている。
「もしかして肝試しかしら? ずるいわね、二人だけでするなんて~」
菜摘の近くに座っている美穂も、イタズラっぽい笑顔を浮かべながら俺たちに冗談を言う。
ダメだ、早く今の状況を説明しないと。
「それどころじゃねえ! 変な女に襲われてるんだ、早く協力してくれ!」
「なっ、何ですって!?」
本を読んでいた千恵子は、俺の衝撃発言を聞いて急に立ち上がると同時に、それをボールのように投げ捨てた。
「ああ、もしかしたら恋蛇団の一員かもしれない! 気を付けるんだ!」
「ええ!? それは一大事だよ!」
哲也の簡潔かつ的確な説明のおかげで、無邪気な菜摘もようやくこの状況の深刻さに気付いたようだ。その結果として、彼女も余裕を無くして千恵子のようにガタッと席を立ち、手に持っているお菓子の袋を放り出した。
「菜摘さん、食べ物は投げるものじゃありませんよ!」
こんな切羽詰まる状況にも関わらず、相変わらず食べ物にうるさい千恵子は菜摘を注意するが、もちろんそれでは菜摘は納得するはずがない。
「お、驚いたから仕方ないよ! 千恵子ちゃんだってさっき本を投げたでしょう!」
って、やべえ! 大事なことを忘れるところだった!
「おいおい、今は仲間割れしてる場合じゃないだろう! そろそろ敵が来るから、みんな応戦してくれ! 早く!」
「うちの秀和をそんなにビビらせるなんて、相手はどんなヤツか楽しみだぜ!」
未だ相手の正体を知らない聡は、悠長に頭を動かしてそいつがやってくるのを待つ。
そして何の前触れもなく、ついにその時が訪れた。
バンと大きな物音が響いたと同時に、恐ろしい赤目少女は悍ましい殺気を立てながらロビーに侵入してきやがった。
「逃げても無駄よぉ……アナタのいるところまでに、ワタシは必ず追いかけるわぁ……」
肩の力を抜いている彼女は、力任せに両腕を振り回し、とてつもなく低いトーンで唸っている。猫背になっているその体勢は、まるでゾンビそのものだ。
「うわぁっ!? なんだこいつ!?」
「ヤクでもやってんのかこの女!」
赤目少女のこの登場の仕方はあまりにもインパクトが強すぎて、思わず瞠目する直己と聡。初対面にしては随分な言い草だが、二人に賛成せずにいられない俺がいた。
「あいつは周りから針を発射してくるぞ! 気を付けろ!」
初戦のみんなに不意打ちを喰らわせないために、リーダーである俺は慌てて情報を提供する。
「おう、分かったぜ!」
既に拳に鎖を付けている直己は、腕を車輪のように大きく振り回している。
しかしあの恋蛇団のことだ、それでけじゃ全力とは思えねえ。ここはひとまずじっとして、相手の出方を見ておいたほうがよさそうだな。
赤目少女は俺の思惑を知っているかのように、何もせずにただ血眼を丸くしてこっちを凝視する。
こうして両方は息を凝らし、この場の空気も緊張感に包まれようとしていた。ところが……
「ミラクル! ガーネットアッパーカットォォォ!」
テレビにはまだ例のアニメが流れている。どうやらみんなが映像を止めるのを忘れたようだが、この元気な割には空気の読まない声がとても気まずい。
「ぐ……ぐぬぬ……」
そして赤目少女は堪忍袋の緒が切れたのか、彼女は歯をきしませながら体を震わせている。
「なんなのよこれ! 舐めるんじゃないわよ!」
ついに赤目少女がキレて、さっきより長くて太い針をテレビに向けて一斉に放ちやがった。
「アッ! 貴重な液晶テレビを壊さないでくださいよ!」
いかにも高そうな大型テレビが壊されそうなのに見かねて、茉莉愛は悲鳴を上げた。
見る見る黒い針は、だんだんテレビに近付いていく。このままテレビが犠牲になってしまうのか!?
「はああああ!!!」
どこからともなく響く、凛とした頼もしい声。姿を見なくても、それは千恵子のものだと分かる。
両手に包丁を持っている彼女は、それをうまく裁いて赤目少女が撃ってきた針を一本ずつ弾いていく。千恵子の活躍のおかげで、貴重なテレビは破壊を免れた。
「ふう、よかったですな~心臓が飛び出そうになりましたよ~かたじけない、千恵子さん! さすがはマイ・ソウルシスター!」
緊張感から解放された茉莉愛は、竦んでいた足が立たなくなって崩れ落ちた。聳え立つその親指は、感謝の証だろうか。
「どういたしまして、茉莉愛さん。わたくしはただ、たくさんの人が努力して作ったものが壊されるのを見るに忍びないだけですから」
茉莉愛が投げてくる情熱の眼差しを見返して、微笑む千恵子。しかしあっという間にその表情が変わり、何故か頬には少し赤みを帯びている。
「あと、その変な呼び方は止めてください。恥ずかしすぎます」
「いいじゃないですか~! こうして再会できたのも何かの縁ですし、あえてそう呼ばせて頂きますよ~」
なるほど、茉莉愛のそのネーミングセンスは千恵子にとって刺激が強すぎたのか。まあ、きっとそのうち慣れると思うぜ。
って、ちょっと待て。何か大事なことを忘れてないか?
「アナタたち……ワタシの前でそんな仲良しごっこをするんじゃないわよ……ムカつくわぁ!」
そうか、こいつがいることを忘れちまったぜ! しかもさっき無視されていることで根に持っているのか、赤目少女の怒りゲージはMAXに近い状態になっている。こいつはまずいぜ。
俺も傍観してないで、早くこいつを何とかしねえとな。何しろ俺はこの脱兎組のリーダーだからな!
「千里の一本槍……烈風爆裂!」
右腕にP2を込めた俺は、力の限りに稲妻の帯びた風を起こした。この狭い空間でこの技を使うのは少し危ないが、この招かれざる客を追い出すにはとりあぜずこの方法しかない。
「うわ!? また新技かよ!」
「あいつ、いつの間に修行を……」
模擬戦の時とまた違う技を出したのを見て、驚きを隠せなかった聡と広多。誤解を招いているようだが、俺はさっきまでずっとみんなと一緒にいたので、修行なんてしてる暇はなかった。
俺はただこの技を出したいと思っただけで、技が勝手に出たんだ。とても都合のいい話だが、これは現実ならたっぷり活用しようじゃねえか。
強い突風に襲われる赤目少女は足元が狂い、そのまま体が吹き飛ばれた。寮の正門にぶつかった拍子にドアが開き、赤目少女は地面に回転し続ける。思ったより効果が抜群だったようだな。
「ハッハー! どうだ、うちのリーダーの実力は!」
赤目少女の情けない姿を目にした聡は、調子に乗って高らかに叫んだ。なんかこっち側の方が悪者っぽく見えてきたけど、気味がいいのは否めない。
気のせいだろうか、微かに自分の口元の緩みが感じる。
だが、もちろんこれだけでは赤目少女を倒せない。何しろ敵の実力はまだ計り知れないからな。
そして徐々に立ち上がるあいつが、ゆっくりと頭を上げた。瞳の光が既に消えて、その姿はもはや人間とは思えない。
おお、怖い怖い。もしあいつがホラー映画の幽霊役をやっていたら、きっと観客をビビらせられるだろう。
「いい気になるんじゃないわよ……幸せそうな顔をしてるんじゃないわよ……さっさとアナタたちの不幸な顔を見せて、ワタシを楽しませなさいよぉぉぉ!!!!」
訳の分からないことを言っている赤目少女は、両手を上げてなにやら凄そうな技を放ってきそうだ。彼女の周りに漂う黒い霧もさっきより一層濃くなってきて、不気味なオーラを作り出している。
「来るぞ! 気を付けろ!」
この緊張した局面の中に、広多は大声で俺たちを注意する。他のみんなも武器を構えて、迎撃の準備に入る。
しかし赤目少女は攻撃を仕掛けてくる様子がまったくなく、ただ周りの黒い霧を拡散させていく。
まずい、もしかしてあいつの作戦は……!
だが気付いた時は既に遅かった。まだ午後で空が明るいのに、一瞬にして夜に
なったみたいに暗くなる。
周りを見渡すと、さっきまでいた仲間たちの姿がない。みんなとの距離はかなり近いから、見失うはずがないと思っていたが、もしかしてこれもあいつの黒い霧の仕業か?
ただでさえ焦る展開だというのに、赤目少女の容赦ない反撃はまだ終わらない。
「クククククク……」
とこからともなく飛び交う不気味な笑い声が、俺の鳥肌を立ててやがる。こうも視野が悪いと、相手の出方が完全に読めなくなっちまう。
そしていつの間にか、赤目少女が三人も俺の前に姿を現す。ライトみたいに光
る六つの赤い瞳が、気持ち悪い笑い声とあいまって更に不気味さを増す。
「ついに、二人っきりになったわぁ……さあ、楽しみましょう」
艶っぽい声を響かせている赤目少女は、まだ諦めきれずに俺を誘惑しようとしてやがる。だが敵であることが分かった時点で、その手には乗ると思ったら大間違いだぜ!
「誰がてめえみたいなけしからん奴と楽しむかよ! さっさと消えやがれ!」
苛立つ俺は、再び右手にP2を溜め込んで全力であいつに放つ。
「千里の一本槍・襲!」
電気を帯びた三つのミサイルが、外すことなく三人の赤目少女に命中した。が、どれも霧のように散っていった。やっぱりそう簡単にやらせてはくれないか。
「残念、はずれよぉ~でもこれでアナタの技が分かったわぁ。さあ、次はワタシの番ね~」
俺を嘲笑う赤目少女のムカつく声が、その源が分からないまま黒い霧の中で揺れている。
奴はどこから攻撃を仕掛けてくるのかを判断するため、俺はこれ以上何も言わずにただ耳を澄ませる。
突然、後方からスッと物音が聞こえる。俺は慌てて攻撃を避けようとしゃがんだ。
顔を上げると、上に通ったのはまたしても黒い針だった。さっきのと比べれば見た目はそれほど強くないが、この状況じゃどんな攻撃も致命傷になりかねない。
しかし、問題はそれだけじゃなかった。
「いやああああああああーーー!!!!!」
静寂を破る悲鳴が、俺の耳と心臓と脳細胞をくまなく刺激する。
間違いない、これは千恵子の声だ。しかし何故だ? あのいつも冷静沈着な千恵子が、ここで悲鳴を上げるような人じゃないはず……もしかして襲われているのか!?
くそっ、一刻も早く千恵子のところに駆け付けたいが、せめて周りがもう少し明るければ……!!
「あらぁ~、どうしたの? 仲間のことが心配なのかしらぁ? でも安心するといいわぁ! なぜならアナタは何もできないままで、仲間たちが一人ずつワタシに始末されるのだからぁ! フフフフフフ……」
焦る俺を煽るかのように、赤目少女のムカつく挑発が続く。もしあいつの居場所が分かれば、今すぐ顔面にパンチを一発ぶちこみたいぜ。いや、一発だけじゃ足りねえか。
って、一旦落ち着け俺。今は余計なことで悩むより、まずはどうやってこの状況を逆転させるかを考えねえと。
俺の「千里の一本槍」は稲妻を用いた技に長けているため、奴が放っているこの霧の中で使えば、どこに隠れていようと感電により大きなダメージを与えられるはずだ。
しかし問題は、この霧の中にいるのはあいつだけじゃないことだ。下手したら俺と他の仲間たちも感電を免れない。
とはいえ、このままみんなを見殺しにするわけにはいかない。迷っているうちにみんながあいつにやられるかもしれねえ。
ジレンマに陥った俺は、焦燥のあまりに汗ばみ始めた。一体どうすればいいのか……!
局勢が圧倒的にこっち側に不利になると思われるその時、逆転劇が起きた。
聡「なんなんだよコイツは! この前の炎野郎と爆弾野郎よりヤベーじゃねーか!」
直己「しかもよりによって女子とはね……これじゃおれは手が出せなくなるじゃん」
名雪「ちょっとあんた、今の状況分かってるの!? あの子を倒さなきゃ、私たちは危ないのよ!」
菜摘「しかも千恵子ちゃん、すごく怯えてる……無事だといいんだけど」
秀和「くそっ! 一刻も早くこの劣勢を逆転させないと!」
哲也「それなら心配は要らないさ。僕に任せるといい」
秀和「ん? もしかして何かいい方法はあるのか、哲也?」
哲也「まあね。うまくいくかどうか分からないけど、とりあえずやってみるしかないさ」
秀和「よし、その意気だ哲也! 君に任せたぜ!」




