リボルト#09 十人十色、適材適所 Part4 まだまだ続くよ模擬戦
ちょうどその時、突如モニターから高らかな声が響く。
「はぁあああああー!!!」
その情熱の溢れた声は、友美佳のものだった。よく見ると彼女は竹槍を強く振り回して、ライオンを華麗にボコボコしている。
しかし彼女はフィニッシュを決めようと竹槍をライオンの頭に叩きつけると、パキッと竹槍の先端が折れてしまった。
「あちゃー、まだ丈夫さが足りないのよね。まあ、まだ初めてだし、練習すればきっとうまくなるはずよ!」
友美佳らしい前向きな言葉を放った彼女は、手のひらを開いた。すると、信じられないことが起きた。なんと空から、三本の竹槍が地面に落ちたぞ!
「さーて、これでいいかしら。よーし、行くわよ! あたしの本当の実力は、まだまだこれからなんだから!」
大声で叫んだ友美佳は手の中にある折れた竹槍を捨て、両手を伸ばすとそれぞれの手で一本ずつ竹槍を取った。
そして次の瞬間。彼女は膝を少し屈めて、くるりと宙返りをこなして三本目の竹槍の上に立った。その身ごなしは、まるでサーカスで曲芸を演出する人みたいだ。
続いて友美佳はゆっくりと頭を下げ、猛獣を見下ろす。
「さあ、覚悟しなさい!」
自信満々の言葉と共に、友美佳は高い竹槍から飛び降りて、手に取っている二本の竹槍を高く振りかざす。
重力のおかげもあって、竹槍の威力はその強さを増す。あっという間にそれがライオンの体を貫き、大量のP2が漏れていく。
「どう? これであたしの凄さが……きゃあっ!?」
うまくトドメを刺した友美佳は、何故か急に慌てた声を漏らす。よく見ると、竹槍で自分の体を支えている彼女は、ライオンが消えたことによりバランスを崩し、そのまま地面に落ちて尻餅をついてしまった。
「まあ! 大丈夫でございますか、友美佳さん?」
数が足りないため友美佳と同じブースに入ることになった百華は、車椅子を動かして友美佳の側へと近付く。顔に浮かべている表情は、心配そのものだ。
「だ、大丈夫よ百華……ちょっと足を挫いただけだから」
友美佳は百華に心配をかけさせまいと我慢しているが、片目を閉じているその痛そうな表情は彼女の強がりを示している。
尻餅をついたのに何故足を挫いた、と突っ込みたいところだったが、ここは止めておこう。
「クスクス、相変わらずウソはお下手ですわね、友美佳さん。ですがご安心を。ここはワタクシにお任せ下さいまし」
百華は髪を掻き上げると少し前屈みになって、頭を友美佳の足のほうへと近付ける。
「ちょっと、百華? 何をするつもり?」
「うふふ、そのままじっとしててくださいね」
目を見開いて百華を見つめる友美佳は、彼女の真意をまだ知らない。これから彼女はどんな行動を取るか、とても気になるぜ。
百華は自分の口を丸め、ふうと友美佳の足元に息をかけた。
しかしその息は、普通のものとは大きく違っている。彼女の息が通った場所は微かに光り、蛍が飛んでいるように見える。
それが友美佳の足に触れた時、奇跡が起きた。
「すごい! 足の痛みが……だんだん消えてくわ!」
「うふふ、これは人の怪我や病気、そして壊れたものも直せる『女神の吐息』でございます。いかがでしょうか、友美佳さん?」
頬杖をつきながら穏やかな微笑みを浮かべている百華は、淡々と自分の資質を紹介している。
ふーん、回復役か……これは数少ない重宝だな。
「すごすぎるわよ、百華! こんな凄い技が使えるなんて!」
率直に自分の意見を述べた友美佳は、驚きのあまりに声が上擦っている。
そこで、何か大事なことに思い付いた俺は、興奮を抑えきれずに震えた声を口に出す。
「おい、ちょっと待てよ! それを使えば、百華も歩けるようになるんじゃねえか!?」
それを聞いた友美佳は、誰よりも早く反応し喜んでいる。我を忘れた彼女はすぐに治った足で立ち上がり、両手を百華の肩に置いた。
「そうよ百華! 病気が直せるのなら、あんたもその資質で自分の足を直したらいいんじゃない! これでその車椅子もオサラバできるわよ!」
「あら、確かにその通りでございますわね。さすがでございますね、秀和様」
「いや別に、ただの思いつきだぜ」
百華からの褒め言葉を、俺は軽く受け流す。
「ありがとうね、狛幸くん! さあ早く、百華! あたしと一緒に、車椅子じゃなく足で歩ける体に!」
「はい、畏まりましたよ」
当の本人は落ち着いているのに、何故か友美佳は自分のことのようにはしゃいでる。なんて美しい友情だ。
百華はおもむろに俯き、自分の足に向けて息をかけた。そしてすぐさま友美佳の質問する声が弾ける。
「どう、百華? 歩けるような気がした?」
しかし現実は残酷だ。俺たちの期待を裏切るかのように、百華は頭を横に振った。
「うーん……誠に残念ですが、特に何か変化が感じませんね」
「うそ!? きっと長い間立ってなかったから、気付いてないだけよ! ほら、一回立ってみたら?」
「あの、お気持ちは存じ上げておりますが、さすがにそれは無理かと存じます」
いつも微笑みを浮かべている百華も、ハイテンションの友美佳の前では徐々に落ち着きがなくなり、その笑顔も少し崩れそうだ。
「なんで、なんでなのよ!? 資質って、その人が欲しい能力を身に付けることじゃないの!? どうしてあたしには効くのに、百華には効かないのよ!」
「さー、どうしてかしらね。資質は色んな要素で決まるわけだし、必ずしも理想的な効果があるとは限らないわよね……」
空に虚しく響く友美佳の質問に、さすがに十守先輩も手を焼くようだ。どうやらこの奇妙な資質には、まだまだたくさんの謎が残っているみたいだな。
「百華、あんたの足はいつからそんな調子なのかしら?」
「そうですわね……物心が付いた頃から、ずっとこの調子でございます」
十守先輩の質問に、百華は頭を傾げながら過去の記憶を思い出す。
「なるほどね……あれだけ長い間に続いてきた病気だし、今の百華の実力だとまだ自分の足が治すのは難しそうね」
「ええ!? そんなぁ……」
友美佳は十守先輩が出した結論を耳にすると、思わずガクンと膝を突いて両手を地面に置く。自分のことでもないのにここまでショックを受けるとは、よほどの友達思いだな。
しかし当の本人である百華は動揺している様子をまったく見せなかった。それどころか、彼女はクスッと丁寧な笑い声を発し、友美佳を励まそうとする。
「まあまあ、友美佳さん。こうして他人の傷を治せる力を身に付けるだけで、一つ大きな進歩ではございませんか」
「やれやれ、ずいぶんと前向きなのね、あんたは……まあ、百華はそれでいいんだったらいいけど」
そんな無邪気な百華を見て、友美佳は無意識にため息をついたが、彼女の明るい笑顔を見るとすぐに元気を取り戻した。
「ふうぅ~! なにこれキモチいいィ~!」
突然、どこからともなく聞こえた甲高い声が、この和んだ空気を支配する。
条件反射で視線をモニターに向けると、そこには宙に浮いている美穂が両手を開き、ライオンを浮かしながらそれを自由自在に不規則な回転をさせている。
「ぷっ」
どこかで見たことがあるようなゲームのバグプレイ動画を彷彿とさせるその光景が、不意にも俺の笑いを誘いやがる。
「うわあ~美穂ちゃん、すごいねぇ~!」
美穂の親友である菜摘が彼女の勇姿に見とれて、思わず大声で賛美の言葉を口に出す。
「ふっふっふ……そうでしょう? 前はあのうっさい先生たちからもらったバッジを付けないと超能力が使えないけど、今は違うわ! バッジがなくても、いつでもどこでも、アタシの思う通り……くうー、サイコーに気分がいいわ!」
美穂の声にこもっている喜びは、恐らく超絶イケメンを発見した時よりは一回り強いだろう。まあ、念願の超能力を手に入れたわけだし、喜ばないほうがおかしいよな。
見た限り、彼女が使っている超能力は浮遊と念力だな。超能力の中ではもっとも基本的で一見地味な内容だが、あんまりにも強すぎるため、うまく使いこなせるとほとんどの不利な状況から切り抜けられるだろう。
それに加えて、うちのメンバーの資質はどれも反則すぎるほど強く、この前までとはまったく違うように見えてしまう。どこかの超人集団みたいに。
「さあ、トドメよ! 喰らいなさい!」
意気揚々とした美穂の声が響くと、彼女は両手を高く上げ、すぐさま勢いよく下ろす。ライオンはその凄まじい威力に抵抗できず、なす術もなく地面に叩きつけられた。うわ、こいつは痛そうだ。
大きなダメージを受けたライオンは立ち上がる気力もなく、その体は徐々に霧のように消えていった。
そして美穂は浮遊を解除し地面に降りて、自分の手に付いているほこりを払うように上下に叩いた。
「まあ、こんなものかしらね」
ご満悦の美穂は余裕の笑顔を浮かべながらそう言った。どうやら彼女はこの資質を覚醒させるための模擬戦をする目的を忘れたようで、単なるストレス発散として楽しんでいるようだな。まあ、そこまで深く考えても仕方ないか。
さてと、次は……うん?
とあるモニターの真ん中には、トリニティノートの三人がまるでライブをしているかのように背中合わせでフォーメーションを取っている。何のつもりだ?
「さあ、優奈ちゃん、千紗ちゃん、準備はいい?」
真ん中に立っている冴香は、ライオンが急速で接近してくるにもかかわらず、後ろを振り向いて二人に明朗な声をかける。
「ええ、いつでもいけるわよ、冴香!」
強気な優奈はまったく動じることなく、ドヤ顔を浮かべて冴香に応答する。
「う、うん……ちょっと怖いけど、わたし頑張る……!!」
いつもオロオロしている千紗も大切な仲間たちと一緒にいて心強くなったか、その声はしっかりしている。両手の指を絡めながらぎゅっと握り締めているその仕草からも、彼女のその強い決意が窺える。
そしてついに、奇跡の瞬間が訪れる。
まずは真ん中の冴香が片手を胸に当て、もう片手のほうが優雅に上に向く。準備ができた彼女は、唇を開けた。その喉から流れてくるのは、何とも美しい音色だ。
「ああ~輝く星たちよ
私たちの戦を 勝利に導いてほしい
その光で 迷いを振り払って 前に突き進もう」
歌詞の内容も、まだ未知数だらけの未来に期待を抱くという前向きな雰囲気で、実に彼女らしい。
ただでさえ魂を動かす素晴らしい歌声だというのに、その後に起きることが、さらに俺の心を揺さぶる。
「おお……凄いわこれ! 何だか体が急に熱くなってきたわ!」
「本当だ……力が湧いてきて、なんだか負けない気がするよ!」
冴香の側にいる優奈と千紗は、何故か急に体が光り出した。二人は自分の体の変化に気付き、それをじっくりと見つめて吟味している。
しかも、モニターのスピーカーを通して冴香の歌声を聞いている俺にも、わずかながらその変化を感じ取っている。
もしかして、それが冴香の資質だというのか?
「す、すごい! すごいわ! あの子、なかなかやるじゃない!」
かたわらで立っている十守先輩も、腕を組みながら全身が震えている。いや、「震えている」というよりも、「悶えている」といったほうがより的確だろう。ちょっと気持ち悪いけど。
「ええ、そうね。おかげさまで十守の珍しい姿も見られたし」
一方静琉先輩はまったく変化せず、いつも通りに淑やかな微笑みを浮かべている。そしてその片手には、何故かカメラを持っている。まさか……
「そうそう、今のはヤバかったわ……ってなに撮ってるのよ静琉!? またあたしの恥ずかしい格好を後輩たちに見せて恥をかかせるつもり!?」
「あらあら、いいじゃないの。きっと話題になって人気もアップに間違いなしよ」
「話題じゃなくて笑い種でしょう! こんなので話題にされるのがイヤよ!」
やれやれ、また始まったぜ、先輩たちのコント時間。
「まあまあ、そんなことより、あの冴香ちゃんって子はすごいわね。ちゃんとP2の特徴を押さえているわ。歌声で他人の感情を動かし、それに伴ってP2の数と質も変わっていく……これはいいサポート役になりそうね」
「あっ、今さりがなく話をはぐらかしたわね……まあいいわ。確かに静琉の言う通り、あれはすごく便利そうな資質ね。仲間たちを応援したり、敵の戦意をなくしたり、色んな戦術に活かせそうだわ」
先輩二人の言葉は、俺の耳に流れてくる。ふむ、この貴重な情報を参考に、これからの作戦に有利に使わないとな。
何しろみんなの能力はそれぞれ違うし、長所もあればきっと弱点もある。その使い手の性格とかも、戦況に大きな変動をもたらす場合もあるかもな。リーダーとしては、ちゃんと考えておかないと。
さて、他の二人はどんな力が覚醒するのかな?
「よーし、次はあたしの番ね! あたしの歌声に、痺れちゃって!」
いつの間にか片手にマイクを持っている優奈は、高く掲げていたそれを口元に運ぶと、大きく息を吸って歌を歌う準備に入った。
「麗しい乙女 最強の武器は
生まれつきの魅力と イタズラゴコロよ
流し目一つで どんな男もイチコロ
射抜かれたその心は 昇天しちゃうぞ!」
相変わらず吹っ飛んだ内容の歌詞を口にして、優奈は爽やかに歌い出す。男性陣である俺たちだけでなく、一部の女子まで引いたような目付きを浮かべている。
こいつは一体どんな男子と縁を結ぶのか。先が思いやられるぜ。
まあ、そんなことより、今もっと大事なのは優奈がどんな能力を身に付けたのか……ううん!?
な、なんだこの変な感じは! 体が痺れて動けそうにないぞ!?
俺の全身を襲う電撃が、サバイバルバトルで体験したあの悪夢を思い出させる。かろうじて頭を動かしてモニターを見やると、敵であるライオンだけでなく、味方の冴香と千紗までぶるぶると体を震わせている。
なるほど、さっき優奈が言ってた「あたしの歌声に痺れちゃって!」の言葉は、こういう意味だったのか。まさに言葉通りだぜ。
「チャンスよ、千紗! さあ、早くトドメを刺しちゃって!」
まったく影響を受けていない優奈は、マイクを持っている手を振りかざしてライオンのほうを指さす。
「う、うん! がんばってみるね……」
名前を呼ばれた千紗は、驚きのあまりに一瞬肩をすくめて戸惑ったものの、震える両手でマイクを強く握り締め、何とかしてそれを自分の口元に近付ける。
千紗を見守っている俺たちは、少しでも彼女の成長を期待していた。しかし……
「あ、あなたのためにがんばりま……うわっ!」
緊張しているせいか、不安定な音調がマイクから響き、その上にハウリングまで弾けてしまった。
だが最悪の展開はこれだけで終わらなかった。大きく動揺した千紗は手をジタバタと揺らし、その弾みでマイクは地面に落ちたとたん、とてつもなく大きなノイズを発してしまった。
もちろんそのノイズがスピーカーを通じて、この場にいる全員の耳に届いてしまう。思わずうめき声をあげたくなるこの雑音の前では、恐らく耳を塞ぐ以外に何の対策もないだろう。
そしてさっきまで痺れて動けなかったライオンも、このノイズのせいで身動きを取れるようになっちまった。
ギラリと鋭い牙を光らせたライオンは、そのまま千紗に向かって走っていく。
「な、なんでわたしなの……!?」
面倒なことに巻き込まれたくなさそうな千紗にとって、できればこの事態を一番避けたかっただろう。
しかし何事も思う通りにいかないのがまた現実だ。千紗の悲鳴がライオンの征服心を煽り立てたのか、そいつが走るスピードがますます速くなっていきやがる。みるみる双方の距離が、目と鼻の先まで迫った。
「ちょっと冴香、なんとかしなさいよ!」
「そう言われても、こんな短い間に歌詞を考えられないよ! どうしよう!?」
いつも冗談めかしたことを言う優奈と、常に穏やかな笑顔を浮かべている冴香は慌てている。模擬戦とはいえ、この状況だとさすがに二人は取り乱さずにいられないだろう。
心配する気持ちも分かるけど、これはあくまで資質を覚醒させるための訓練。ここで手出しをしたら、訓練の意味はなくなる。
さて、結果はどうなるか……?
「いやあああああああああ~~~!!!」
絶大な恐怖に襲われている千紗は、マイクを拾う余裕もなく、竦んだ足をかろうじて動かしてなんとか走り出すことができた。
しかしそのスピードは到底ライオンの脚力に及ぶはずもなく、あっという間に千紗は追い付かれてしまう。気付けばライオンは既に片方の爪を上げて、千紗に襲いかかろうとする。
「うへぇっ!? もうイヤだよぅー! 早くここから逃げたぁい……」
そんなやけを起こした千紗の口からは、こんな弱気な言葉が飛び出る。まあ、無理もないか。
そしてその言葉が、彼女の力を呼び覚ます引き金となる。
ライオンの爪が千紗を引っかいた瞬間のその直前に、彼女の姿は一瞬消えて、少し離れたところからその姿が現れた。
もしかしてこれって……瞬間移動か!? 一見地味な能力だけど、これはこれですごいんだよな。
「いやああああ~~~もうこないでよぉ~~~」
……にもかかわらず、千紗はまだ走り続けている。当の本人はまったく気付いていないみてえだな。やれやれだぜ。
「千紗、逃げるだけじゃ敵を倒せないわよ! 何かソイツを倒す手段を考えないと!」
「そうだよ、千紗ちゃん! 応援してるから、頑張ってね!」
流れの変化で心境が変わった二人は、さっきまでの慌てっぷりがまったくなく、今度は落ち着いて千紗を応援することにしている。
「もう、呑気なこと言わないで……きゃあっ!」
息が切れそうになっている千紗は、つまづいて転んでしまった。実に彼女らしいミスだな。
そしてそんな彼女に追い打ちをかけるかのように、ライオンはこの好機を逃さまいと勢い余って千紗に飛びかかる。正しく絶体絶命の大ピンチだ。
「い、いやあああああ~~~!!!」
今度こそ終わりだと言わんばかりに、うつ伏せになっている千紗はついに逃げることを諦め、ただ頭を抱えて身を守ることに専念している。
もはや起死回生の術はないと思われるその瞬間だったが、この後に更なる目を疑うような光景が起きることを、誰が想像できただろうか。
一体どんな光景を見たかというと、それは千紗の体が大きなシャボン玉に包まれていき、やがた彼女の全身に覆うという不思議なものだ。
偶然にも飛びかかったライオンは、千紗が展開したバブルバリアにぶつかった。あまりにも弾力が強すぎるため、シャボン玉は少し凹んだだけで元の形に戻り、ライオンを弾いてしまう。
なす術のないライオンは、空中で3600度の自由回転を華麗にこなした。新体操の競技に参加すれば間違いなく金賞をもらえるような素晴らしい出来だが、残念ながらここではただのサーカスの見世物にしか見えない。
「ぷはははははっ! なにこれおもしろ~い!」
「うふふ、まるでハプニング番組に流れそうな一瞬だね」
一番近い距離でそれを目撃した優奈と冴香にも大変ウケがいいみたいで、二人は思わず腹を抱えた。うわ、なんかライオンのほうがかわいそうに見えてきたぞ。
地面に落ちたライオンは何とか立ち上がることができたが、バランスを崩されたせいか、足取りがふらふらしている。
そんな千紗の努力を無駄にしたくないのか、優奈はすかさずバッジを腕時計に設置した。空中から現れたエレキギターをキャッチすると、彼女はバットを握るように、下からアッパーを決めようとする。
「よーし! これで……終わりだよ!」
大きな掛け声と共に、優奈は渾身の一撃でライオンのあごを砕いた。トドメを刺されたライオンは耳を引き裂くような悲鳴を上げると、地面に倒れ込んで霧と化した。
「ふっふっふ、さすがはアイドルだけのことがあるわね! 気に入ったわ」
腕を組みながら三人の健闘を見守っている十守先輩は、とても上機嫌そうに鼻歌を鳴らしている。
「あらあら、みんななかなかやるわね。とっても新人とは思えないほどの強者だわ」
おっとり癒し系の静琉先輩も、片手を頬に当てながら穏やかな笑みを浮かべている。
「やっぱり素晴らしいでありますね、先輩の方々は!」
可奈子は両手をぎゅっと握り締め、胸元までに上げている。その瞳から放つ尊敬の眼差しは、思わず目を逸らしたくなるほど眩しい。
「ええ、実に面白いですね。おかげさまで色んなデータを収集できました」
碧のトーンは相変わらず温度差が感じ取れないが、深い興味を持っていることは明らかだ。
「さて、結構時間も経ったことだし、とりあえず一休みでもしましょうか」
頃合いを見計っていた十守先輩は、パンパンと手を鳴らして休憩の合図を送る。
ずっと立ったままでみんなを観察していたので、俺も少し疲れてきた。賛成しようとするその時に、俺はある大事なことに気付く。
それは、千恵子の資質をまだ見ていないことだ。
こう見えても、俺はれっきとした思春期の男子だ。自分の世話になってくれる女の子に、気にならないはずがない。
というわけで、俺は十守先輩に待ったをかけ、千恵子の資質をこの目に焼き付けることにした。
十守先輩は最初目を見開いていたが、すぐさま状況を把握し、口元を緩めてクスクスと意地悪そうに笑っている。
やべえ、俺の下心がバレたか。って、今はそんなことどうでもいいぜ。早く千恵子のいるブースを探さねえと。
俺はいつもより目を早く動かすと、ようやく千恵子の姿を確認できた。彼女は木刀を握り締めながら、鋭い眼光で目の前にいるライオンを見据えている。
俺には分かっている、あれは本気の目だ。さあ、どんな格好いい技を見せてくれるんだ、千恵子……!
長い間対峙していてついに痺れを切らしたのか、ライオンの方から先に攻撃を仕掛けた。奴は尖った牙を剥き、獲物である千恵子を食い千切ろうとする。
「千恵子、危ない!」
ダメージはないとはいえ、そのリアルさは何度見ても弱まることはない。俺は焦りのあまりに、思わず叫び出す。
もちろん千恵子はそのまま棒立ちしているわけがなく、身を翻してライオンの攻撃を避けた。
しかし次の瞬間に、ライオンは突進してその爪を振りかざす。それでも千恵子は冷静に木刀でそれを受け流し、ライオンの体勢を崩す。
「よっしゃ! さすが千恵子だ!」
俺は試合でも見ているかのように、千恵子を熱く応援する。そんな俺の声が届いたのか、彼女も俺の方へ振り返って、にっこりと微笑みで返す。
だがその一瞬に付け込み、ライオンは再び千恵子に襲いかかる。あまりにも急な出来事で、俺は思わず言葉を失う。
止めろ……俺の千恵子に、手を出すんじゃねえ!!!
そう思った俺は後先考えずに右手を上げて千里の一本槍を繰り出そうとするが、それより先に千恵子がライオンを追い払った。
「はああああー!!!」
勇ましい掛け声と共に、千恵子の周りから突然水が出現し、ライオンをブースの向こうまで吹き飛ばす。その弾みで壁が大きく揺れて、「ゴン」という大きな音を立てた。
「まだ終わりではありません!」
言うが早いか、千恵子は更に水を自身の周りに生成し、ライオンに向けて一気に射出する。洪水ともいえる水流に押し流されたそれが、もはや反撃する気力もなく、そのまま地面に倒れ込んでしまう。
そしてその絶妙な光景を目撃した俺は、開いた口が塞がらず、褒める言葉も見つからない。ただひたすら、千恵子の美しさに見とれる。
「よし、みんなお疲れさま! そろそろ休みにしましょう」
俺が千恵子の資質が見れて満足したとでも思ったのか、十守先輩は早速ボタンを押してブースの扉を開いた。すると仲間たちは、おもむろに扉を出てこっちに戻ってくる。
そして真っ正面から出てきた千恵子は、当たり前かのように俺の側に止まった。やべえ、そんな熱い視線で見られると、心臓の鼓動が加速するぜ。
「わたくしの資質はいかがでしたか、秀和君?」
千恵子はそう質問するが、その顔にはすでに満面の笑みが零れている。
さてはさっき俺の熱い応援が届いて喜んでいるな。それならこの質問をする意味もない……と言いたいところだが、さすがにそれじゃ野暮なので、止めておこう。
「ああ、今のはすごかったな! まさか水を出せるなんて……あの時は何を思い浮かべていたんだ?」
「そうですね……滝、だったでしょうか」
「滝?」
「はい、以前お父様に滝に連れて頂いて、あそこで木刀を振る修行をしたことがあります。確か、『明鏡止水の心境に達するには、これが一番だ』とおっしゃったとか」
「へー、なるほどな。それで水が思い浮かんだと」
「ええ。それに……」
「それに?」
「秀和君の資質は、稲妻ではありませんか。わたくしが先に水で敵を濡らしておけば、より大きな威力を出せるではないかと」
「えっ? なんでそこまで……」
俺は驚きのあまりに、思わずこの質問を口にする。
「だって、わたくしは副リーダーですから、リーダーを『引き立てる』のが役目ではありませんか」
「千恵子……」
千恵子の真っ直ぐな答えに、偽りの欠片もない。そんな彼女の言葉に、俺は思わず心を打たれる。しかしあまりにも恥ずかしいので、俺は感謝の代わりに別の話題を探す。
「あっ、そういえば資質の名前はもう考えたのか?」
「そうですね……何分先程思い付いたばかりなので、今のところはまだですね」
「そうか、それもそうだよな。俺が考えてもいいけど、やはり資質を作り出した本人じゃないと意味ないよな。いい名前、期待してるぜ」
「ええ、全力を尽くしますね」
千恵子はコクリと頷き、俺の期待に応えようとする。
「ぐうう~」
その時、空腹を訴える音が室内に響き渡る。さては長い訓練のせいで腹を空かした人がいたな。
「オレ、そろそろハラが減っちまったな~」
話したのは聡だった。彼は片手を自分の腹に当てるとそれを揉み始め、空腹感を和らげようとする。
「おれも賛成だ! はぁ、やっぱ運動をしてると妙に食欲が湧くんだよな~」
直己は息を切らしながらも大きな声を放つ。まあ、その気持ちは分かるぜ。
「さてと、メシはどうすっかな~うん?」
聡は昼ご飯のことを考えている途中に、突然目を見開いて視線を明後日の方向へと移す。
「おっ、どこからいい香りがするぜ!」
本能に忠実な直己は、早くも現在の状況を伝える。まあ、機械しかないはずのこの場所から食べ物の匂いが漂うと、すぐに分かるしな。
だけど、これは一体どういうことだ? 誰か料理でもしてるのか?
「はい、みなさん、お待たせ致しました~」
人混みの中から、聞き覚えのある声が聞こえる。他のみんなが後ろを振り向くと、道を開けるように両端に動いた。その隙から見えるのは、ムムとネネの姿だった。
そういえば、二人は途中で席を外していたようだが、昼飯を作りに行ったのか。気が利くな。
まあそれはそうとして、二人は一体どんな料理を作ったんだろう?
よく見てみると、彼女たちの手には大きな鉄製ポットを持っている。中にはゴトゴトと泡を立てている液体がたっぷり入っていて、肉の塊がいくつか浮いている。
これは何かのスープだろうと思いきや、次の瞬間に彼女たちの口から出てくる言葉に俺たちは思わず鳥肌をたててしまう。
「おっ、みんな『これなんだろう』って顔してる! ふっふーん、聞いて驚くなよ! これはね……」
「今日のお昼は訓練の内容にちなんで、獅子のお肉で作ったスープですよ~なかなか味わうご機会のない素晴らしい食材ですので、どうぞごゆっくりお召し上がり下さ~い」
ウェェ!? し、獅子の肉……だと!?
その動じない口調とインパクトの強さがあいまって、ここにいる二人以外の全員が凍り付いた。
「ええっ!? ムムちゃん、今なんて!?」
自分の聞き間違いなのか、菜摘はそれを確認しようと質問した。
「獅子のお肉を作ったスープですけど……何が問題でも?」
質問する方がよほどおかしいと思っているのか、ムムはキョトンとしている。どうなってんだこれ。
普通に考えれば、ライオンの下拵えだけでもかなり時間がかかるのに、わずか1時間以内で料理の出来上がりまで遂行してる……まあ、事前に貯蔵しておいたものの可能性もあるよな。
「ほら、模擬戦とはいえ、大量の体力消耗も付き物ですし、だから私とネネちゃんは、みなさんのお体のためにと思って、丹念にこの獅子スープを仕上げて参りました~」
「いや、だからってライオンで作らなくても……」
さすがに直己も引いたが、そんな彼の言葉が今のムムの耳に届くことはなかった。
「さあ、早くお召し上がり下さいませ、秀和さん!」
えっ、ここで俺に振る!? 別にスープを飲むこと自体は嫌いじゃないけど、なにせこれはライオンの肉だぜ!?
「いや、遠慮させてもらうぜ……」
「さあ!」
俺は必死に拒否の言葉を口に出すが、ムムは無視してポットを俺の前に押しつけてくる。
「いや、だから……」
「さあ、早く! 体にいいですよ~」
ムムの激しい攻勢の前で、俺は逸らした目を動かしポットの中をチラ見した。
音を立てる白い液体が、俺の理性を挑発してやがる。よく見ると、スープの中でいくつか肉団子が浮いている。
しかし、何故か俺の喉が勝手に動いて、ゴクリとつばを飲み込んだ。誘惑に負けてる証拠なのか!?
ええい、ままよ! 別に毒薬ってわけでもねえし、何怯えてんだ俺は! ここは男らしく度胸を見せてやる!
「よし、分かった! いただくぜ!」
俺はムムから渡された茶碗を手に取り、スープを掬うと口に運んだ。
「いかがでしょうか~?」
ムムの質問に、俺は思わずこう答えた。
「あれ、意外とうめえぞ! 牛乳のようなまろやかで濃厚で、塩もちゃんと効いてる! 肉も固すぎないから、歯ごたえ抜群だぜ! 今まで食べたことのねえ絶品だ!」
「……それって本当?」
あんまりにも食レポートくさすぎるセリフを聞いて、美穂は白目で俺をジロジロと見ている。
「お前らも飲んでみろよ! マジうめえぞ!」
「まあ、秀和くんがそういうなら……」
「ハラも減ったし、今更贅沢言ってる場合じゃねーな」
「そうね。まあ同じ肉だし大丈夫か」
こうして、一部の押しに弱い人たちは俺に釣られて、この正体不明のスープを飲むことになった。
「って、ライオンの肉を食べるのって違法じゃないの?」
真面目な風紀委員の名雪は、ジロリとポットを睨みつけて、どうすればいいか分からない。
「まあ、バレなければ、いいんじゃないかしら……」
十守先輩は落ち着いて答えたものの、その笑顔にはいつもの余裕がなく、形が崩れ出した。
だがそれを聞いて安心したのか、やがて警戒していた人たちもそのスープを茶碗で掬い上げ、口の中に流し込んだ。
どうかしてると思うだろう? 実は俺もそう思ってたんだ。まあ、こういうのは「若さの至り」ってことで。
「ぷ、ぷぷぷぷぷ……あははははっ!」
しかしその時、何故かネネが急に大笑いする。これは一体どういうことだ?
「もう、みんな真に受けちゃって! それ、獅子の肉なわけないじゃない!」
「えっ?」
「それは獅子頭という中華料理で、豚肉で作った肉団子ですよ~」
二人の説明を聞いた俺たちは、ようやく真相を知る。そしてスプーンを握る俺の手も、少し力が緩んだ気がした。
「じゃあ、なんで獅子の肉だって嘘をついたんだよ!」
「だって、みんなどんな反応をするか見てみたかったんだもん! あはははは!」
愚痴る聡を意に介さず、ネネは依然として楽しそうに笑っている。
「もうネネちゃん、それぐらいにしておこうよ~」
「ムムだって、まだ笑ってるじゃん!」
そんなネネをムムが窘めるが、あまりにも説得がなさすぎた。
まあ、食べられるものだと分かったし、これで一安心だ。空腹感を和らげるため、俺たちはこれ以上深追いせず、そそくさと肉団子スープを飲み続ける。
【雑談タイム】
秀和「ふうー、びっくりした。本当にライオンの肉を食べたのかと思ったぜ。まあ、それはそれでいい体験になれるかもしれないけどな」
千恵子「もし食材を手に入れる機会がありましたら、是非とも料理してみたいですね」
菜摘「えっ!? 千恵子ちゃん、ライオン肉を調理したことがあるの!?」
千恵子「いいえ、ありません。だからこそ、挑戦してみる甲斐があると思います」
名雪「いやいやいや、それ以前違法でしょう、ライオンを食べるなんて!」
千恵子「そうなのでしょうか……そういうことでしたら、仕方ありませんね」
秀和「まあ、それはそうと、みんなすごい技出してるよな。これであの恋蛇団の連中どもと平等に戦えるはずだな」
哲也「そうだね。この前僕たちにしてくれたことを、ちゃんとお返ししてやらないと」
菜摘「うんうん! あんな悪い人たちを、野放しにできないよね!」
十守「いい心掛けね。でも、気を抜かないほうがいいわよ。あいつらマトモじゃないから、どんなことをしてくるか分からないわね」
静琉「あらあら、そういう十守もよく壁に穴を開いてるし、マトモじゃないと思うけど?」
十守「ナ、ナンノコトカシラネー」(棒読み)
静琉「あら、誤魔化しても無駄よ」




