リボルト#08 飛び散る火花たち Part7 新型の誕生と千恵子の秘密
「靄、茉莉愛、例の新型は用意できた?」
「ええ、いつでもいいわよ、幹部」
「OKでーす! う~ん、とても平凡キャラのワタシとは思えない、素晴らしい出来上がりですな~」
ヘッドホンのスピーカーから、ミステリアスな雰囲気が漂う落ち着いた声と、活気の溢れてやけにハイテンションな声が聞こえる。性格が異なる二つの声が、青とオレンジのパステルのようにその相違が鮮やかだ。
そしてすぐさまオペレーター室の扉が開き、その入り口から新たに女子が二人入ってくる。かっこいいジャケットを着ている水色のロングをしている吊り目との子、外側にはねている紫色のショートをしているジャージとスカート姿の子だ。
女子しかいないのかな、ここは。
「紹介するわね。この二人は、開発部担当の震岳 靄と風越 茉莉愛よ。仲良くしてあげてね」
十守先輩の声が消えると、二人はこくりと軽く頭を頷いて挨拶した。そしてすぐさま静琉先輩は、片手を上げて俺たちのことを彼女たちに紹介した。
「こちらは、例の脱兎組の皆さんよ。私たちと同じく、ブラック・オーダーの陰謀を暴いてここから出るために色々頑張ってるの。これからは協力して共に行動することが多いと思うので、仲良くしましょうね」
さすがに何も喋らないと失礼だと思うし、俺も口を開けて自ら名乗った。
「俺はリーダーの狛幸秀和だ。そしてこっちは副リーダーの九雲千恵子。よろしくな」
千恵子はいつも通りに礼儀よくお辞儀をしたが、茉莉愛と呼ばれた緋色髪のジャージ子の大きな声が、俺たちをびっくりさせた。
「むむ? 千恵子とな!? どこかで聞いたことがあるような名前ですな……」
そう言いつつ、茉莉愛は目を輝かせて、メガネのふちを持ち上げながら千恵子に近付いていく。
「……!! あ、貴女は……」
一方千恵子のほうは、何かを思い出したらようで、急に肩を竦めて目を見開いた。どうやらこの二人は何か特別な関係がありそうだな。
「おっ、もしかして思い出してくれました? ふむふむ、あの頃の熱き血潮は蘇りますな……短い出会いだったとはいえ、その鮮明な記憶は映画のように、今にもワタシの目の前にはっきりと……!」
いきなり何の話だ、これ。意味が分からないままで千恵子のほうを見やると、何故か彼女の全身が震え始めて、表情も強張って見えてきた。
「あら茉莉愛、この子とは知り合いなの?」
十守先輩の質問を、茉莉愛は元気に答える。
「そりゃもう! あれは一瞬の出会いによる出来事だったのですが、なんとそれがワタシとこの千恵子さんの絆を繋ぐきっかけとなったのです! いや~、まさかここで再会できるなんてね~」
「あらあら、その『きっかけ』というのは、何かしら?」
静琉先輩は、片手を頬に当てながら、茉莉愛に更なる真実を追求する。
「そうですねぇ~あれはとあるげ……んんんっ!?」
茉莉愛は何も考えずにペラペラと喋り出すが、千恵子に口を遮られることによりその声がこもってしまう。そして千恵子の美しい顔には、曇った恐ろしい笑みが見える。
「茉莉愛さん、そのことは他言無用と申し上げたはずなのですが……?」
「なえ? ごんなごど、ぎっだっげ?」|(あれ?そんなこと、言ったっけ?)
口を塞がられたことによって鼻声しか出せなくなった茉莉愛だが、それでも千恵子は何の問題なく聞き取れたようだ。
「あら、先程『その鮮明な記憶は映画のように、はっきりと覚えている』とおっしゃったのでは……?」
「はっ! ご、ごおだっは……」|(はっ! そ、そうだった……)
「いずれにしても、わたくしが秘密を約束して欲しいとお願いしたことに変わりがありません。よろしいですね、茉莉愛さん?」
「へ、へお……」|(で、でも……)
「よろしいですね?」
有無を言わせず、千恵子は必死に茉莉愛を黙らせようとしている。彼女からとてつもない殺気が漂っていると、俺の神経がそう教えている。
「ふ、ふぁい……」
千恵子の凄まじい殺気の前で、茉莉愛はついに屈したようだ。彼女は恐怖のあまりに涙を流して、声が情けなく震え始めた。
「あらあら、千恵子ちゃん慌ててるわね~。人には言えない乙女の秘密?」
そんな千恵子を見て、静琉先輩は相変わらず空気を読まずに、千恵子をからかう。
「お願いですから聞かないでください! 恥ずかしすぎて死にそうです!」
いつもの落ち着きを失い、千恵子は両手を赤い頬に当てて、早口言葉を言っているかのようにスピードを上げている。そのギャップのせいか、今の千恵子がとてつもなくかわいく見える。
「うふっ、分かったわ。その様子だと、さては『黒歴史』かしら?」
「うっ……!!」
さっきからずっと黙って観察していた靄は、突然一言を放つ。それがまるで矢のごとく、千恵子の心臓を突き刺す。
「さっき茉莉愛さんが『げ』まで言いかけてた時に、あなたは必死に彼女の口を塞いで、これ以上話させないようにしてた。きっとその『げ』に、何か秘密が潜んでいるはずよ」
靄は自信に満ちた笑顔を浮かべて、さっきの観察に基づいた推理を述べる。
「こ、これ以上は止めてください……!!」
そして千恵子の慌てっぷりが、靄の推理が正しいことを証明している。
「その華やかな袴を着ている大和撫子が行くとは思えない、そして茉莉愛さんと接点がある、『げ』から始まる場所は……」
「…………!!」
迫り来る真相に、俺たちは息を凝らして黙って聞く準備に入った。一体そこには何があるというのか?
「ゲームセンターよ!」
「いやああああああああ!!!」
「「「「「「「ええええええええええーーー!!???」」」」」」」
靄が導き出した結論。秘密が見破られた千恵子の悲鳴。そして今までに知らされていない事実に驚く俺たちの驚きの声が、この基地の中で一つになって響きわたる。
「マジかよ……あの真面目な千恵子がゲームをやるとは……」
何の前触れもなく起きる超展開に、俺は未だにこの状況を理解できていない。女の子がゲームが好きなのは別におかしいことじゃないが、今まで千恵子がゲームをしているところを見たことがないからな。
「さすがに私もびっくりしちゃったよ……最初は信じられなかったけど、千恵子ちゃんのあの反応を見ると、もう疑う余地はないよね、これ」
菜摘も驚きのあまりに、見開いている目がまだ元に戻っていない。
「あなた、なかなかやるじゃない……もしかしてエスパーかしら?」
超能力が大好きな美穂は、いつも通りに話をそっちの方向に考えている。しかし本人は至って真剣で、何やら考え込むような表情を浮べている。
「いいえ、ごく普通の推理なのよ。一見どうでもいい小さな手がかりは、たまに真実へと導く糸口になるわよ」
一方靄は、大したことじゃないと言わんばかりに、爽やかに笑いながら手のひら開いて上に向けた。その何の迷いもない仕草は、まるで探偵みたいに自信が溢れている。
「あっ、そういえば」
何かを思い出した聡は、急に何かを言い出した。
「この前に俺のゲーム機が委員長に取り上げられた時のことなんだけど、返された時に何故か電池がなくなっちまったんだよな~おかしいと思ったら、こういうことだったのか」
過去の記憶に残っている不自然な点を引き出して語り始めた聡は、その真相を突き止めた達成感によって納得した表情を顔に浮かべる。
「マジでか……千恵子が単に電源の消し方が分からないだけなんじゃない?」
「わたくしは、そこまで現実離れしているほどの箱入り娘ではありません」
俺は可能性の一つとして自分の意見を述べたが、早くも千恵子の力強い反論で打ち砕かれた。
「じゃあ、残された可能性は一つだけか。千恵子が、聡のゲーム機を……」
「これ以上わたくしの繊細な心を傷つけないでくださいまし、秀和君。いずれはまた、この件についてお話致しますので」
「そ、そうか……」
両目から水晶のように輝く透明な液体が溢れ出そうな千恵子を見て、俺はこれ以上結論を出すのを止めた。
「そんなことより、早く新型を見せてくださいよ! もう気になって仕方がありません!」
「そうだよ! アタシたちの新しい仲間がどんな子なのか、早く見てみたいな~」
ワクワクしているムムとネネのおかげで、いつの間にずれていたこの会話がようやく本筋に戻せた。
「ああ、そうでした! ワタシとしたことが、すっかり忘れちゃいました~」
「くすっ、そんな大事なことを忘れちゃダメでしょう、茉莉愛さん」
ぎこちなく頭を引っ掻いている茉莉愛を見ている靄は、落ち着いた微笑みを見せている。
「それでは、早速ワタシたちの新しい作品を公開しちゃいましょ~う! ジャンジャーン♪」
茉莉愛は手をジャージのポケットに入れてあちこち探ると、先程先輩たちが見せた機械に似ているようなものを取り出した。
その手にあるのは、目に優しい緑色をしている七角形のデバイスだった。サイズは手のひらより一回り大きい。
「はい、どうぞ、組長」
なんだそれ。人をヤクザのボスみたいに呼ぶなよ。でもまあ、相手は悪気がないみたいだし、細かいことは気にしないでおこう。
俺は茉莉愛が手渡してきた機械を受け取り、ふたを開けてみた。するとそこから緑色の線で出来ているキューブの立体映像が浮かび上がり、更にその上にメッセージボックスが出現する。
「Please enter the name」
なるほど、まだ起動されたばかりだから、名前を決めないといけないのか。
「えっと、名前はどうやって入力するんだ? キーボードがないみたいだけど……」
「左下にあるマイクに向かって、名前を言えばいいのよ」
靄の指示に従って、俺は左下のあたりにある穴のようなものを見つけた。
それにしても、方法は分かったものの、いざ名前を付けろと言われても、色々選択肢が多すぎて迷うんだよな……
俺は目を閉じて、この新たな仲間の名前にふさわしい言葉との巡り合わせを求めている。そこで、俺はあることを思い浮かぶ。
あれは確か小さい頃に、俺が読んでいた絵本の内容だった。村で幸せな毎日を過ごしていたある女の子が、ある日突然戦争に巻き込まれて、大切な村も家族もなくしてしまった。女の子は最初悲しみに暮れて何もできずにいたが、徐々にその現実を受け入れ、立ち上がって武器を手に取り、敵に刃向かうことに決心した。物語の結末は書かれていないが、きっとその子は平和を勝ち取って新たな人生を歩んでいるだろう。
そして、その物語の主人公の名前は……
「よし、決めた! 君の名前は、『ユーシア』だ!」
俺の願いを込めたこの声と共に、機械から眩しい光を放つ。それはまるで魔法のように、幻想的な色合いが輝いている。
その光を通して、俺は望んでいる未来を夢見る。誰もが悲しみを感じずに、幸せに過ごせる毎日を。いつか手に入れる、掛け替えのない自由と共に。
哲也「さて、ついに新型の姿を拝むことができるか……実に興奮する瞬間だな」
菜摘「うん、ワクワクするよね~それにしてもユーシアちゃんかぁ~。なかなかかわいい名前だよね」
秀和「まあ、どうせ付けるなら覚えやすくて癖のある名前にしたいよな。同じ日本人の名前だとあんまり特別って感じがしないしさ」
哲也「やれやれ、相変わらず変わったセンスしてるな、君は。まあ、悪いアイデアじゃないけどね」
美穂「さぁ~て、どんなかわいい姿で現してくれるのかしらぁ? アタシがたっ~ぷり、かわいがってあげるわ」
菜摘「もう、美穂ちゃんったらまたそんなことを……」(苦笑)
千恵子「……………」
秀和「どうした千恵子? 元気がないみたいだけど、まさかまださっきのことを気にしてるのか?」
千恵子「もうおしまいです……わたくしの人生、何もかも終わってしまいました……もう、お嫁にいけません!」(しくしく)
秀和「落ち着けよ、ゲームをするぐらいで別に誰も気にしてないって」
千恵子「ですが、今のでわたくしが今まで築き上げてきた完璧な料理人のイメージが完全に崩れてしまいました……きっと皆さんもがっかりしていらっしゃいますでしょう」
秀和「そんなことないって! むしろ嬉しいぐらいだぜ? 今度一緒にゲームしようぜ、な?」
千恵子「ひ、秀和君……この恩は決して忘れません!」
秀和「大げさすぎだって。まあ、立ち直れたみたいで何よりだな」




