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反逆正義(リベリオン・ジャスティス)Phase One——Ten days in heaven(or in hell)  作者: 九十九 零
第1章 ヘブンインヘル転学編・非日常の始まり
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リボルト#01 地獄の中の天国 Part2 いざ、校舎へ

 スーツケースに付いているホイールが、石だらけの大地と摩擦して、乾いた音を漏らす。生気のない音を聞いていると、どうしても気が滅入ってしまう。ああ、もしこんな時にかわいい女の子が目の前にいればなぁ……なんて、急に俺らしくない発想が頭に浮かぶ。でも、いくらなんでもこんな都合のいい話が……

「あなたは狛幸さんですね? お待ちしておりました」

 ……あった。瑠璃色の長い髪を風になびかせている少女が、俺を迎えているかのようにたたずんでいる。ただ一つ違うのは、かわいいというよりキレイだったってところかな。

「ああ、ありがとう。君は?」

 中学時代から交友関係を深めていた俺は、こうした場面は普通に対応できる。相手は美少女だからといって、俺の理性と冷静さを乱す要素にはならなかった。

「申し遅れました。わたくし、九雲(くぐも) 千恵子(ちえこ)と申します。この『すだち寮』の管理人でもございます。以後お見知り置きを」

 絵に描いたようなキレイな少女は、ものすごく上品なたたずまいで、俺に45度のお辞儀をしてくれた。その姿勢はまるで、どこかの宿屋の女将さんみたいだ。

 周りの時間が止まったのかと錯覚した俺は、芸術品を観賞しているような視線でじっくりと彼女の姿を捕捉しようとする。

 膝まで伸びる瑠璃色の長い髪は、滝のように輝きを放っている。そして対となす黒い瞳と白い肌は、比類なき端麗さを咲かせている。そして赤と黒、その反抗的な色の組み合わせで染まった、袴のような制服を身に包んでいる姿は、可憐だが凛々しさも失われていない。

 俺はその美しさに、思わず息を呑んだ。

「そうか、千恵子というのか。いい名前だな。俺は狛幸秀和、これからよろしくな!」

 初めて出会えたスクールメイトに、なんとなく心が弾む。俺は元気よく自己紹介をして、左手を出して挨拶しようとした。

「あっ……」

 俺の挨拶に、思わず驚いた千恵子。見た目も大人しそうなお嬢さんだし、もしかしてこういう場面に慣れていないのかな?

「ど、どうも……よろしくお願い致します」

 千恵子は目を逸らしながら、ぎこちない動きで俺の手を軽く握った。

 やはり清楚な女子は、雰囲気が違うな……ん?

 最初は緊張して遠慮しているのかと思えば、よく見てると、その瞳には少し違和感が覚える。寂しそうというか、悲しそうというか……まさか、俺は彼女が期待していたのと違ったりして……

 いや、転校早々何考えてるんだ、俺は! 落ち着いて逆に考えるんだ。これからはいいことが起こるって。こうして目の前に上玉といえる美少女がいるんだ。あとはうまくいい関係を築ければ……

「どうかされましたか? 顔色が優れないようですが……」

 千恵子が俺のほうを振り向いて、またしても憂いの満ちた眼差しでこっちに見ている。どうやら、俺の考えていることが顔に書いてあるようだ。

 しかもよく見てると、いつの間にか千恵子の片手には、俺の荷物の一部を持っている。何という超スピードだ!

「いや、なんでもない! それじゃ、部屋まで案内してくれると嬉しいかな」

「ええ。では、こちらへどうぞ」

 静かな寮の廊下で、俺は千恵子の後について、自分の部屋へと進む。緊張感を解そうと周りに見渡すと、和風の壁紙や竹の飾りは、心に安らぎをもたらす。こりゃ寮というより、宿屋といったほうが適切だな。さすがヘブンインヘル、格が違うぜ。

 しばらく歩くと、千恵子は動きを止めた。どうやらここは自分の部屋のようだ。

「はい、着きましたよ。ここは狛幸さんのお部屋です」

 彼女はくるりと身をこっちに回して、バスガイドのように手のひらを上に向け、ドアの方に導く。俺の視線はそれに誘導され、そこに止まる。

 落ち着いた翠色のドアに、「二零七」のナンバープレートが飾られている。うん、ものすごく和風っぽすぎて、なんだか慣れないな。でもまあ、今は愚痴ってる場合じゃないか。まずは荷物を置いて、新しい仲間たちに挨拶することが優先か。

 ドアを開けようとしたら、まだ鍵をもらっていないことに気付いた。しかしその前に、ドアに鍵穴がついていない。こいつを蹴破れというのか? いやいや、さすがにそれはないか。

「こちらの扉は、学生証をドアノブの上にある黒いセンサーにかざせば開きますよ」

 まるで俺の考えていることを読んでいるかのように、千恵子は丁寧な言葉遣いでドアの開け方を教えてくれた。

「そうなんだ? 案外ハイテクだな」

 何なんだ、この無駄にすごい技術は。ホテルじゃあるまいし……まあ、セキュリティは厳密に越したことはないか。

 えっと、学生証は確かに昨日、財布に入れておいたっけ。寝る前にうるさい親父に何度も念を押されて、忘れたくても忘れようがない。

 あった。学生証はIDカードになっていて、赤と金色の組み合わせがやけにまぶしい。自分の決め顔の写真も入っているせいで、さらに存在感が目立つ。改めて見ると、恥ずかしさで胸がいっぱいになりそうだ。

「えっと、これをかざせばいいんだな?」

「はい、そうです」

 千恵子の言われた通りにして、「ピッ」という音と共にドアが開いた。ぱっと見て、中にあるのは木製の机と、ふかふかとした気持ちよさそうなベッドだ。赤い花柄のカーペットから、高級が溢れてくる。

「へー、和風の見た目に反してずいぶんと洋風だな」

「はい、なるべく皆さんに気に入って頂けますよう、色々と工夫を試みました」

「工夫? その言い方だと、まるで自分が作ったように聞こえるな」

「ええ、この寮はわたくしがデザインしましたよ」

 千恵子は先ほどの暗い顔が、一転として明るい笑顔になった。自分の軌跡を語ることが、よほど誇りに思っているようだ。

 なるほど、これはヘブンインヘルの実力だな。どうやら俺の思ったより効果が抜群らしい。

 やばいな、これ。これからの学生生活は楽しみでしょうがないぞ!

「はぁ……」

 しかし、俺の期待を裏切るように、なぜか千恵子がまたその明るい顔を曇らせ、頬杖をついて大きな溜息をつく。

「ど、どうかしたのか?」

 千恵子の意外なリアクションに、俺は思わず目を見開き、彼女に事情を尋ねる。

「あっ、いえ、なんでもありません。ささ、早く荷物を置いて、クラスの皆様にご挨拶をしましょう」

 千恵子は慌ててはぐらかそうとしているが、その甲高い声は俺を誤魔化せないぞ。

 やはり何か裏があるな、この学校。先程のバスの車掌、それにあの禍々しい雰囲気が漂う死の森。一体なにがどうなってんだ?

 でもまあ、考えてもしょうがない。また機会があったら問い質すとするか。今は難しいことを考えずに、新しい仲間たちとの出会いを楽しみにしよう。

 というわけで、俺は千恵子に言われた通りに、適当に荷物をそこらへんにおいて部屋を出た。

「鍵をおかけになる時、もう一度学生証をセンサーに翳されてくださいませ」

 あれ、自動ロックじゃないのか。でも何かのアクシデントで中に入れなくなったら、それはそれで困るよな。まあ、これはこれでいいんじゃないか。

 俺は再び財布から学生証を取り出して、それをセンサあーに翳す。すると今度は「ピピピッ」と、開けた時より少し長い音が鳴った。

 へー、ここまで凝ってるんだ。なかなか考えたじゃねえか。さすがと言わざるをえないな。

「さて、それでは行きましょうか」

「ああ」

 千恵子はくるりと背中を見せ、校舎に導こうと歩き出した。そして俺は彼女のあとについていく。

 寮から出ると、改めて周囲の絶景に感嘆を禁じ得ない。ヨーロピアン風の街道、そよ風に撫でられ木の葉の囁き、そして小鳥たちのさえずり。視覚的にも聴覚的にも、安らぎを与えてくれている。俺は渋谷のような繁華街が好きだが、たまにはこういう世俗を脱却した雰囲気も悪くないな。汚れた心もが浄化されそうだ。

 しばらく歩いたら、俺たちの前に大きな建物が視線に入った。それはまるで中世紀のようなお城のようで、外壁がほとんど古びた石と、鉄で出来た柵に囲まれた窓で築き上げられている。そして両端の尖塔がそそり立っていて、言い表せない威厳感を漂わせている。

「はい、こちらですよ」

 どうやら目的地に着いたみたいで、千恵子は俺のほうを振り向く。そしてまた何かを思い出したかように、彼女は視線をそらして俺を直視しようとしない。彼女は未だに、緊張感が解けていないのか。視線をそらされてるこっちの気まずさも考えて欲しいがな。

 ここまで考えると、先ほど浮かれていた気分も、もやもやしてくる。気が滅入るが、俺はなんとか自分を慰めて先に進もうとする。

 中に入ると、そこにあるのは外の雰囲気と打って変わるかのように、わりと今風の玄関だ。ただ一つだけ違うのは、下駄箱がないことだ。おかげで玄関に大きな空間ができて、広く見える。

 そして真ん中には、校章をかたどった像がその存在感を激しく主張している。黒くて大きな「H」の文字の中に、もう一つの銀色の小さくい「H」が入っている。なるほど、まさに「地獄の中の天国(ヘブン・イン・ヘル)」って感じだな。そして下には大理石(マーブル)で出来た「ヘブンインヘル私立学校」の文字が添えられている。一体どれだけお金使ったんだろう、この学校は。

 まあ、考えてもしょうがないから、像は無視して教室に行こう。

 廊下を歩くと、向こうは行き止まりになって、道が左右に分かれている。教室の場所を知っている千恵子は、迷わず右に曲がって進んだ。あちこち見物すると待たせてしまうから、俺も彼女のあとについていく。

 目に映るのは、教室が並んでいる廊下。いよいよ緊張の瞬間がやってくるぜ。

 だが、どうも雰囲気が妙だ。当てもなくA組のほうへ見やって中の様子を確認しようとしたが、くもりガラスのせいで何も見えなかった。そして扉には、無駄にデカい「P」の文字が書かれている。何か特別な意味でも隠されているのか?

 さらに先に進むと、ほかのクラスも曇りガラスに囲まれている。もしかして、学生がよそ見をするのを防止するためか? なかなか考えてやがるな。

 しかし、各クラスの扉に書かれている文字がそれぞれ違う。B組が「J」で、C組が「W」といった具合だ。工芸品のような手の込んだ形からすれば、ただ生徒たちがイタズラで落書きしたようには見えない。うーん、ますます意味が分からなくなってきたぞ。

 そんな思索に耽っている中、千恵子の急な水の雫のような声が、俺の意識を現実に連れ戻した。

「はい、着きましたよ」

 千恵子はそう言ったが早いか、動きを止めた。俺も彼女につられて、足の動きが止まった。

 頭を上げてみると、「2ーD」と書かれたプレートがぶら下がっている。そして扉には大きな「S」と刻まれている。蛇のようにくねっていて、実に不気味だ。

 一体この中には、どんな生徒が待ち構えているんだろう……? 期待と不安が心の中に交わり、俺の心臓の鼓動を激化させる。

「では、中に入りましょうか」

 俺の思惑に気付かずに、千恵子は何の躊躇いもなく扉を開けた。もちろん俺はなりゆきで、見えない何かに押し出されて一緒に中に入ることになった。

 だが、この新たな出会いに、俺の未来が変わることを知る由もなかった……

次回予告


秀和「いよいよ新しいクラスメイトたちの登場だな! ワクワクするぜ」

千恵子「ええ、とても楽しみですね」

秀和「千恵子はもうあのクラスにいるんだろう? 楽しみっておかしくないか?」

千恵子「あっ、いえ、読者様の方々の立場で申し上げました……」

秀和「なるほどな。さすがは女将さん、サービス精神ハンパねえぜ」

千恵子「か、からかわないでください……」(ポッ)

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