リボルト#07 闇を切り裂く稲妻 Part11 深まる絆
あっという間に俺たちは最初の場所、すなわち地下にある謎の空間に戻った。はじめてここに来たかのように不思議に周囲を見渡している俺たちは、未だにこの一連の展開を飲み込めていない。
そもそも、残されている謎があまりにも多すぎる。広多が言っていた精神エネルギー、俺の右手から迸る稲妻、そしてあの化け物どもの目的……一体なにがどうなってるんだ?
と、俺はそう思いつつ、改めて自分の右手をじっと見つめる。今にも稲妻を放ちそうに、微かに明るい光に包まれている。
でもまあ、考えてもしょうがねえか。どうせいずれ分かることだろうし。今はただ、疲れ切った体を癒すことに集中しようか。
まだ死闘の余韻に浸っている他の生徒たちを余所に、俺はここから出ようと階段へと向かう。
玄関にたどり着くと、赤い光が差し込んできて、青い床を染めていく。もう夕方なのか。時間って早いもんだな。
そして後からついてきた仲間たちも、空を見上げて驚きの声を上げる。
「わあ、日が暮れてる~もうこんなに時間が経ったんだ~」
キレイな夕日に見とれている菜摘は、眩しい日差しを遮ろうと片手を額に当てている。
「はっ、いけません! 晩御飯のご用意はまだしていませんでした……今から用意すれば、もう夜遅くなってしまいます……」
一方、生まれつきの料理人魂を持っている千恵子は、夕日の美しさに見向きもせず、給食のことだけを心配している。
だけど、こんなことも想定済みだ。
「ああ、それなら大丈夫だぜ。晩飯はもう、お店の人に頼んである」
「そうなのですか? さすが狛幸さん、気が利きますね」
「まあな。実はこの戦いに勝ったら、みんなで打ち上げ会でもしようと思ってさ。千恵子も、戦いの後に疲れていると思うしな。これ以上無理させたくないんだ」
「うふふっ、お優しいのですね、狛幸さん」
「止してくれよ。俺、人を殺っちまったんだぜ?」
「優しい」という言葉に反応して、俺は苦笑しながら自虐するように言葉を発した。
「あれは事情が違うから仕方ないんだよ! 秀和くんは悪くないよ!」
物分かりのいい菜摘は、大声を出して俺を慰めてくれた。
「まあ、それはそうだけど……」
「はいはい、話はここまで。せっかくの初勝利なんだ、気まずい会話でいい雰囲気を壊したくないだろう?」
俺は反論しようとするが、哲也が機転を利かせて会話に割り込んできて、中止させた。グッジョブだぜ、哲也。
「あっ、申し訳ありません……わたくしのせいで……」
責任感の強い千恵子は、自分の失言に対して後ろめたさを感じているようだ。これでは後味が悪くなってしまうので、俺はそんな彼女の気分を楽にさせようとした。
「気にするな。それじゃ、一旦解散しようか。一時間後に、ショッピングモールの入り口で集合してくれ」
「りょうかーい。ふう、もう汗でびしょびしょ~やっとシャワーを浴びれてサッパリできるわね。それじゃみんな、また後でね」
優奈は手のひらで顔を扇ぎながら、千紗を連れて玄関から出て行った。激しい戦いを経て、熱くなった体からにじみ出る彼女の汗は、まるでダイヤモンドのように眩しい。
「それでは皆さん、また後程!」
冴香は俺たちにお辞儀をした後、慌てずに二人の後を追う。
他のみんなも、スタミナを使い果たした体を癒すべく、俺たちに挨拶をして自室に戻っていく。玄関には、俺と哲也、菜摘、そして千恵子の四人が残っている。
「さて、残りは俺たちだけか。俺たちも一旦自室に戻るとするか」
「あの、待ってください!」
俺は一歩前に踏み出したとたん、急に千恵子に呼び止められる。
「どうかしたのか? さっきのことなら気にしなくていいって……」
「いいえ、それとは違うお話です。狛幸さんには、感謝しなければならないと思いまして」
「感謝? 感謝されるようなことをしたっけ?」
千恵子の急な話に、俺は思わず疑問を抱く。
「はい。貴方様のおかげで、わたくしは今まで見たことのない世界を、この目にするご機会が出来ました。それに、新しい自分を見出せそうな気が致しました。本当に、いくら感謝しても感謝し切れません。この場を借りて、謝意を申し上げたいと思っております」
千恵子は改まって長い謝辞を述べた後、大きな最敬礼をした。そんな彼女を見て、俺は思わず鳥肌が立つ。
「そんな、大げさすぎだぜ。もっと気楽に行こうぜ、気楽に」
「いいえ、そういうわけにはいきません。感謝の気持ちには、賞味期限がありますので。最善のタイミングに伝えないと、後で感謝しても効果がなくなりますから」
「そうなのか。まあ、千恵子がそういうなら、俺も君の気持ちをちゃんと受け止めないとな」
「感謝致します。それに、一つお願いがあるのですが……」
「何だ? 遠慮しないで言ってみてくれ」
「わたくしも、あなた方のチームに入ってみたいのですが……」
「『脱兎組』のこと? それならもう入ってるじゃん」
「いいえ、あなた方三人の……その、確か鋼のビッグ・デルタというお名前で……」
ああ、なるほど、そういうことか。俺は彼女の意図を大体読めてきた。脱兎団の副リーダーとはいえ、そのぐらいじゃ彼女は満足できそうにないな。いつも独りぼっちの彼女は、俺たちやトリニティノートの三人組のような、もっと親しい関係を目指そうとしてるよな。
もちろん俺は、彼女のそのステキな願いを叶えないはずがない。独りぼっちの辛さは、俺にもよく分かっているつもりだ。
「ああ、いいぜ。友達は多いに越したことはないからな」
「本当ですか? 誠にありがとうございます」
「いいってことよ。哲也と菜摘も、異論はないよな?」
「うん、私も大丈夫だよ! 九雲さんと、前からもっと仲良くしょうかな~って」
「そ、そうだな……悪いアイデアじゃないけどさ……」
快く許諾した菜摘に対して、哲也は何故か決断を渋っている。もちろん彼の親友である俺は、彼の考えていることをすぐ分かった。千恵子が誤解する前に、早く何とかしないとな。
「どうした、哲也? もしかして4が気になるのか?」
「あ、ああ……どうしても気になってしょうがなくてね」
やはり俺の思った通りだ。実は、哲也は強迫観念を持っているらしい。4や13といった不吉な数字を強く嫌悪したり、鍵をかけた扉を何度も確認したりするとか、一風変わったこだわりを持っている。そんな細かいことを一々気にする必要はないと俺は思っているが、本人は至って真剣なんだ。俺と菜摘と知り合ってから、その症状は少し緩和しているように見えたが、まだまだ改善する余地がありそうだな。
「やれやれ、考えすぎだって。俺たちの強い絆に比べれば、数字一つぐらい大したことじゃないだろう。ほら、俺の目を見るんだ」
俺は片手を哲也の肩に置いて、近くで彼の顔を見つめている。
「確かにここから先はどんなことがあるかを考えていると、不安でしょうがないかもしれないけど、こうして俺たちは一つの山場を乗り越えてきたんだ。きっとこれからはもっと多くの仲間が集まってきて、一緒に戦ってくれるぜ!」
しばらくして、哲也の驚いた顔が微笑みへと変わって、彼はメガネをぐいっと押し上げてそう言った。
「ああ、君の言う通りだな、秀和。僕としたことが、危うく自分を見失うところだったよ」
「じゃあ、千恵子を入れてもいいってことでいいんだな?」
「もちろんさ。何しろ彼女は大事な仲間だからね」
数字による不安を振り払った哲也は、何の迷いもなく千恵子を受け入れた。
「ああ……誠に有り難うございます、光橋さん」
穏やかな笑みを顔に浮かべている千恵子は、喜びが彼女の心から溢れ出る。
「ねえねえ、ちょっといいかな?」
その時、菜摘は何かを思い出したかのように、俺たちに声をかけた。
「どうした、菜摘」
「メンバーがよ……じゃなくて、1人増えたことだし、もう大三角じゃなくなるよね? 名前は変えたほうがいいのかな?」
「あっ、そういえばそうだな。どうしようかな……」
俺は目を閉じて、何かいい言葉がないか頭の中で探っている。色んな作品に触れている俺には、これぐらいはお手のものだ。あっという間に、いい言葉が閃いた。
「そうだ、こうしよう。鋼の金剛石なんてどうだ?」
「おお、いいね! ダイヤモンドはピカピカ光っててキレイだし、結構固いもんね!」
俺の提案を、菜摘はすぐ賛成してくれた。
「それに『あの数字』も入っていないし、まさに名案だね。いつものことだけど、君のネーミングセンスには感心するな、秀和」
「そうか? そりゃよかったぜ」
安堵している哲也を見て、俺も思わずほっとした。でもまあ、ダイヤモンドは「4月」の誕生石ではあるけどな……なんて言ったらきっと哲也は発狂するだろうから、やめておこうか。
「うふふ、やはりお三人はよい仲良しですね。何だかわたくしも、心が弾んでまいりました」
千恵子は袖元で口を隠しながら、声を出して笑っている。仲間との絆は、彼女の心を暖めていく。
「えへへ、これでまた新しいお友達が増えたね! 改めてよろしくね、九雲さん!」
「『千恵子』とお呼びください、菜摘さん」
千恵子は右手を自分の肩に当て、優雅な笑顔を俺たちに見せながら、思わず耳を疑う程の言葉を口にした。そしてそれを聞いた菜摘は、驚喜のあまりに両手で口を覆った。
「えっ、うそ!? 今、名前で……」
「はい、そうですよ。やはり距離を縮めるには、まずは呼び方から改めておかないとですね」
「や……やった! 私はずっと前から、名前で呼びたかったんだよ! ありがとう、千恵子ちゃん!」
大きな喜びを胸に抱いて、菜摘の全身はスイッチが入ったかのように、千恵子に向かって走っていき、小さなジャンプをした後に、千恵子をぎゅっと抱き締めた。
「もう、くすぐったいですよ、菜摘さん」
「だって、だって……凄く嬉しかったんだもん!」
二人の笑い声が、静かな玄関で響き渡る。そんな幸せそうな彼女たちを、俺と哲也が側で見守っている。男子の俺には一生分からないことかもしれないけど、女の子同士の友情も、なかなかいいものだな。
「なあ哲也、俺たちもあんな風に抱き合ってみるか?」
「遠慮するよ。恥ずかしすぎて穴に入りたくなる」
「言うと思ったぜ」
あまりにもお約束すぎる展開に、俺は思わずクスッと鼻で笑った。そして俺たちの会話で気配を感じ取ったのか、千恵子はこっちに歩いてきた。
「哲也さんも、この前はお世話になりました。これからも宜しくお願い致しますね」
「あ、ああ……よろしくな、千恵子くん。こんな僕だけど、仲良くしてもらえたら嬉しいと思うよ」
相変わらず女性の前で緊張しているのか、哲也はぎこちなく返事をした。
「はい、もちろんいいですよ」
上機嫌な千恵子はこう答えると、次に彼女は視線を俺に向ける。俺の心臓は空気を入れた風船のように、一瞬ドキッとした。
「やはり、わたくしがこんな風になれたのも、貴方様のおかげですね」
「そんなことないぜ。千恵子が努力した結果なんだ。君は自分を変えようとしなければ、俺がいくらなんて言おうが意味がないぞ」
「うふふ、貴方様らしいお答えですね。それでもわたくしは、貴方様を感謝しなければなりません」
「まあ、俺が千恵子だったら、きっと同じことを言っていたかもな。それなら、これからもお互い隔てずに、いつも通りに仲良くしようぜ」
「ええ、もちろんそのつもりですよ」
「それに……」
「それに?」
「またおいしいお料理を、作ってくれよ」
この答えはさすがに予想外だったのか、千恵子は返事に戸惑って、一時黙り込んでいた。でもすぐさま彼女は今までの考え方を換え、笑って受け入れてくれた。
「ふふっ、もちろんいいですよ。本当に、面白い方ですね」
「褒めてくれてありがとうよ。さて、そろそろ時間だし、俺たちも一旦寮に戻るか。制服が汗でびしょ濡れで、体にべったりとくっついてやがる」
「そうだね~まだ9月だけど、暑くてたまらないよ~あっ、そうだ秀和くん、さっきジャケットを貸してくれてありがとう! これ、後で洗って返すね」
周りの熱気で体が暖まった菜摘は、ジャケットを脱いで畳むと、それを丁寧に腕の中に抱えている。
「ああ、わざわざわりぃな。それじゃ行こうか」
俺たちも打ち上げ会の準備をするべく、寮に向かって歩き出した。途中で千恵子はわざとスピードを落とし、俺の側に近付く。
「どうしたんだ、千恵子?」
俺は質問したが、千恵子はすぐに返事をせず、何故か俺の耳元に顔を近付ける。
「貴方に出会えてから、私は自分が本当に幸せだと思っているわ。これからは、私が貴方を幸せにする番よ、秀和君」
今までとまったく違った雰囲気の千恵子の言葉に、俺は驚きを隠し切れず、目を見開かずにいられなかった。一時話したのは別人じゃないかと思っていたが、目の前にいるいつもと変わらない千恵子の姿は、俺の推論を否定した。
彼女も、少しずつだが確実に変わっていく。強く、逞しく、凛々しく。彼女は俺が出会った今までの女性の中で、もっと美しい存在なんだ。
「ねえー、二人とも何してるの? 早くしないと間に合わないよ!」
「ああ、わりぃわりぃ!」
「申し訳ありません、今すぐ参ります!」
まだ何も知らない菜摘の呼び掛けに、俺と千恵子は急いで先へ進む。
菜摘「ねえねえ、晩ご飯のメニュー、先に聞いてもいいかな?」
秀和「モッツァレラチーズのピザだ、激うまだぜ~」
菜摘「ピッツァ! いいねそれ~」
哲也「確かに、パーティにはもってこいの食べ物だな」
千恵子「そ、そんなものを注文なさったのですか? 健康に悪そうです」
秀和「けど、今更作っても間に合わないだろう? それに、また前のことが起こりそうでしさ……ここは空気を読んで、な?」
千恵子「そうですね。みなさんのペースに合わせることも、たまには不可欠ですね」
秀和「まあ、分かってくれれば助かるぜ」
菜摘「う~ん、ワクワクしちゃうな~トッピングはパイナップル、ソーセージとベーコン! あとはローストチキンも……」
秀和「おい、モデルなんだろう? そんなに食べて大丈夫か?」
菜摘「ピッツァは別腹なの!」
哲也「別腹ね……もはや女子の常套句だな」




