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反逆正義(リベリオン・ジャスティス)Phase One——Ten days in heaven(or in hell)  作者: 九十九 零
第1章 ヘブンインヘル転学編・非日常の始まり
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リボルト#04 謎だらけの現実 Part3 2‐Aクラス「Pride」

 聡の腕に装着されているモニターから覗く教室の中には、真っ白な軍服を身に包んでいる生徒たちがずらりと座っている。彼らはまるでロボットのように、微動だにもしていねえ。そしてその視線は、向こうの教壇に立っている先生らしき人物を見つめていやがる。約180センチの長身と、長い金髪が女子たちの心を奪っている。

「やばっ、アタシ好みじゃん!」

 もちろんイケメン狩りの美穂も、無視するはずがなかった。

「なんだこりゃ? 俺たちのクラスとまったく違う状況だぞ、これ」

「そうですね……一体どういうことなんでしょう」

 俺と千恵子は、教師の存在よりモニターに映っている異様な光景が気になって仕方なかった。あまりの激しい差に、俺たちの表情に驚きが満ちている。

「何か話してるみたいだよ! うーん、内容が聞けたらいいのになぁ~」

 注意力を教師に集中させている菜摘は、重要なポイントを教えてくれた。

 菜摘のヒントを辿って先生の方を見やると、彼も落ち着きのあるポーズで突っ立っていて、口を動かして何かを話しているらしい。だが、壁が厚すぎたせいか、その内容は把握できない。

 しかし、それが聡の対抗意識を更に高めた。

「へっ、そんな小細工でオレの『プライベート・サーチャー』に通用するとでも思ってんのか! まだまだ甘いぜ、甘いキャンディーより甘いぜ!」

 昂ぶる聡は、何気なく女子が引く程の危うい雰囲気を漂う名前を口上し、よく分からねえジョークを言っている。続いて聡は、コントローラーの右側にある音量つまみを上に動かす。するとモニターから、空気が流れるノイズが鳴り始めた。

「諸君、2年生への進級を、心より祝福させてもらう」

 まだ一言しか言ってなかったのに、軍曹教師の朗々とした魅力的なボイスが、この場にいるほとんどの女子生徒をうっとりさせた。

「やだ、イケボすぎる! アタシ好みじゃん」

「ぬ、濡れる……」

「き、決めた! この人を彼氏にしよう!」

 顔が赤く染まった女子たちは、廊下の床に転がってぶるぶると身を悶えている。なんて見苦しい姿だ。

「しー。みなさん、お静かに」

 千恵子は指を立てると口元に当て、いつも通りにみんなを注意する。相変わらずブレないな。

「この一年を経て、諸君はいかに庶民がこの世に必要とされていないことを、よく承知していると思う」

 おいおい、なんか随分とやべえことを喋ってるぞ、こいつ。俺たちの表情は一瞬にして険しくなり、女子たちも黙り込んでモニターを睨み付ける。

「この世には、権力を持つ者のみしか生きる価値がないのだ! 庶民など、所詮はただの下等生物に過ぎぬ! 奴らの使っているものは、資源の浪費に等しい! よって我々は、一刻も早く庶民どもを手懐けて、奴隷にしなくてはならん!」

 軍曹教師は、物凄い勢いで拳を教壇に叩き付けて、マシンガンを撃つように恐ろしい発言をした。呆気に取られた俺たちは、ただ何も言わずに互いの顔を見合わせて、発する言葉を失う。

 静けさに包まれる廊下の中で、名状しがたい悪寒が俺たちの神経に侵入し、混乱状態に陥れた。

「ごめん、今のは言わなかったことにするわ」

「こんな人だなんて思わなかったわ……! アタシの乙女心を返してよ!」

 先ほどイケメンの軍曹教師に惚れた女子たちは、今度は涙を流しながら、床に跪くとそれを気力のない握り拳で叩き続けている。やれやれ、女心と秋の空は、正にこのことだな。

 教師も教師なら、生徒も生徒だ。あいつらはまるで洗脳されたかのように、一斉に賛成の挙手をして大きな歓声を上げた。

「サーイェッサー! オール・ハイル・矛理(ほこり)教頭!」

「矛理教頭の崇高(すうこう)な理念は、我らの人生の羅針盤であります!」

 軍曹教師が普段から訓練でもしてたからか、Aクラスの生徒たちの慣れた表現を見て、あの野郎は満足そうに頷いていやがる。

 ……が、ただ一人を除いて。

 隅っこに座っている黒いコートを着ている男子が、腕を組みながら軽蔑(けいべつ)の満ちた、冷ややかな目つきで軍曹教師の方を見ている。マフラーが彼の顔を覆い、その下に隠されている表情が読み取れない。

 黒コート男子の不敵な態度は俺の気を引いて、思わずそっちに目を留めたくなる。

「聡、そいつにズームインしてくれ」

「おうよ」

 聡は俺の指示に従い、せわしなく手中のコントローラーを操作している。黒コート男子の姿は、少しずつ大きくなっていく。

笑止千万(しょうしせんばん)。権力者の群れなど、やはり虚飾だけの存在だな」

 黒コート男子の凍てつく声が、モニターを通してこっちに響いてくる。うう、首筋が凍りそうだ。

 もちろん彼の敵意の剥き出しな一言を、軍曹教師が無視するはずはなかった。軍曹教師は血相を変えて、人を食べそうな眼差しで黒コート男子を睨みつけると、早足で彼の座っているところに近付く。

暗元(くらもと)……今、何と言った?」

 誇り高い軍曹教師は黒コート男子を威圧しようとしているのか、彼に負けないほどの低い声でプレッシャーをかけている。それを聞いたうちの女子の一部は、ひぃと息を凝らした。

 それでも黒コート男子はまったく動じず、相変わらず軍曹教師を見下した態度で質問を返した。

皮相浅薄(ひそうせんぱく)無知蒙昧(むちもうまい)

「どういう意味だ? 説明を要求する」

 質問責めされている暗元は、少し黙り込んだ後、目を閉じて大きなため息を一つつき、心の中に溜まっていた鬱憤(うっぷん)を晴らそうと、急に立ち上がって大声を出した。

「聞こえなかったふりをするな、この道化師(ピエロ)め。俺の恐怖心を煽り立てようが、無駄なことだ。貴様らのような権力を振りかざすものほど、汚らわしいやつはいないということだ」

 自分が生徒である立場にもかかわらず、暗元は軍曹教師の肩を、啄木鳥(きつつき)(くちばし)のように指で突いている。ワーオ、なかなかやるじゃねえか、あいつ。

 しかし相手は教師だ。ましてこんな誇りを何より大事に思うナルシストのことだ、こんなことをしてただで済むことはねえだろう。

「貴様……! いい加減自分の立場を弁えろ!」

 逆上した軍曹教師は乱暴に暗元の手を追い払うと、ポケットからスイッチのようなものを出して、それを思いっきり押した。

 そして次の瞬間に起きた衝撃的な出来事は、更に俺たちの常識を覆す。なんと、暗元の右腕に装着されている腕時計から、眩しい稲妻(いなずま)(ほとばし)っていやがる!

「くっ……! おのれ、またこのような小賢(こざか)しい真似を!」

 不気味な紫色の光が、暗元の腕を(むしば)んでいく。彼は何とか耐えようとしているみたいだが、わずかに聞こえる慌ただしい呼吸声は、俺たちの気を引き締める。

「ふっ、これで分かってもらえたか、権力者に逆らうとこうなるのだ! 君たちは、くれぐれも模倣(もほう)しないように!」

 暗元の苦しむ姿を見て舞い上がる軍曹教師は、自分はいかに強いかと言わんばかりに、生徒たちの方を振り向く。

「そうだそうだ! 矛理教頭に楯突くからいけないんだ、ざまぁ見やがれ!」

「矛理教頭の崇高なる教えに反するとはけしからん! もっとあいつに罰を与えてやってください!」

「くっくっく、残念だったな、暗元。どうやら貴様の仲間は誰一人もいないようだ! さあ、じっくりと私の拷問(トーチャー)を受けるがいい! 心配するな、痛いのは一瞬だけだからなぁ!」

 生徒たちの心ない発言で血迷ったか、軍曹教師は床に倒れ込んだ暗元の体を踏みつけ、絶え間なくスイッチを押し続けている。

「や……やめろ! 俺にはまだやるべきことが……ぐわああああ!!!」

 そして苦痛に(さいな)まれる暗元は、何もできずにただひたすら悲鳴を上げていた。

 うちのクラスメイトはこのような惨状(さんじょう)を目にして、冷静さを失っていのは無理もないだろう。ある者は目を背けて、ある者は怒りの顔色を浮かべる。そしてある者は、この体罰を阻止するべく扉を開けようとしたが、恐怖のあまりに思い止まった。

「な、なんてひどいことを……!!」

「こ、怖いよ……!」

「いい加減にしろあのクソ教師! 人に対しての思いやりはねえのかよ!?」

「人間の精力(スタミナ)を奪い取る、奈落の閃光か……これはこれで恐ろしいものだわ」

 拷問(トーチャー)はおよそ3分間続いていた。カップラーメンを作るにはかなり短い時間だったかもしれねえが、多分暗元にはあれは人生の中でもっとも長い3分間だっただろう。

「はぁ……はぁ……」

 疲弊(ひへい)した暗元の(ひたい)から、汗の(しずく)(したた)る。喘息(ぜんそく)にも聞こえるような呼吸声が、虚しくモニターから響く。

「やれやれ、貴様のせいで有意義な時間を無駄に費やしてしまった。御曹司ともあろうものが、まさかここまで根性が腐っていたとは……」

 教壇に戻った軍曹教師は、非難の気持ちを帯びた言葉を口にしながら、地面に転がる暗元を蔑んだ目で見据えている。

 そんな暗元は、何も言わずにかろうじて立ち上がり、そのまま真っ直ぐ歩き出す。

「どうした、またやる気か」

 凄まじい勢いで迫ってくる暗元を見て、軍曹教師は思わず身構える。もしかしてビビってんのか?

 しかし暗元は軍曹教師に見向きもせず、右に曲がって扉の前で立ち止まった。

「もうこんなところでやってられるか。俺はここから出るぞ」

 暗元は振り向かずに、怒りのこもった低い声で自分の決意を宣言した。それに対して軍曹教師は彼を止める意思はまったくなく、むしろ放任した。

「ふんっ、いいだろう、好きにしろ。だが、たとえ貴様はこの教室から出られても、この学校から永遠に出ることはないことを肝に銘じておくがいい!」

 負け惜しみのつもりか、軍曹教師は暗元を威圧するかのように釘を刺した。

「貴様がそのような戯れ言を言えるのも、今のうちだ。いつか必ず後悔させてやる」

 暗元がそう言い捨てると、扉を開けて廊下に出た。そして自然的に、彼は俺たちに出くわすことになる。

「……誰だ、お前たちは」

 見知りのない人に出会い、暗元は俺たちに警戒の色を示し、迎撃の準備をしようと拳を構えた。まあ、これだけ大勢の生徒が集まっているし、このような反応をするのもおかしくないか。

「落ち着けよ、暗元。俺たちは敵じゃないぜ」

「……!? 何故、俺の名前を……」

 初対面の人に名前を呼ばれ、さすがにクールな暗元も動揺を隠せず、警戒の表情が一転して驚愕へと変わった。

「実は俺たちも、君と同じくここから出たくて抗議をしようと思ったんだけど、その前に証拠を集めておきたくてな。まあ、今のは凄い証拠にはなるけどな」

 俺は暗元に事情をよく飲み込んでもらうために、なるべく簡単に状況を説明した。そして聡の操っている機械から発しているノイズに気付いた暗元は、頷いて納得したようだ。

「なるほど、それで俺の名前を知ったわけか。ふん、見苦しいところを見られてしまったな」

 先ほど自分の醜態(しゅうたい)を教室以外の人たちに見られると思って恥ずかしがっているのか、暗元は目線を窓の外にそらした。

「大丈夫だ、誰も笑ってないって。むしろみんなが心配してたぜ」

「心配だと? ふん、面白いジョークだ。俺のクラスメイトさえ俺のことを嘲笑っていたのに、何故関係のないお前たちが?」

「関係なくはないよ! みんな同じ状況に置かれているんだもん!」

「ええ、その通りですよ、暗元さん。貴方も何かをしたくて、外に出たいんでしょう? それなら利害関係は一致しているはずです」

 暗元の素っ気ない発言に、反対の意見を出した菜摘と千恵子。ふーん、よく要点を捉えているな。今の俺たちは、どっちかというと無勢のほうだ。仲間を増やすに越したことはねえ。

「ああ、確かにその通りだな。だが、俺は外に出て何がしたいか、お前たちには分かるまい」

「ふーん、何か深い事情でもあるみてえだな。それならますます知りたくなってきたぜ。なんなら、話してみたらどうなんだ?」

 顔こそ隠れているものの、暗元の深刻な眼差しから、彼の抱えている悩みは尋常じゃないことは窺える。

「……人の黒歴史を訊くとは、なかなかの悪趣味だな、お前。大体、何故俺は初めて会った奴らに、自分の過去を語らなければならない?」

「俺だって、人のいやな過去を掘り下げて傷つけるつもりはねえ。ただ話してみたら、楽になるだろうと思ってな。まあ、どうしても言いたくないのなら、俺もこれ以上訊かないけど」

 確かに、彼の言い分も一理あるな。こんなご時世だし、そう簡単に自分のことを言い出すわけがないか。ここは無理強いせず、大人しく引き下がることにするか。

「ふん、変な奴だな、お前。こういう時は、普通食い下がる場合だろうに」

「だから言ったじゃねえか、人を傷つけるのは性に合わねえんだよ。まあ、もし言いたくなったら、いつでも話を聞いてやるよ。待ってるからな」

 俺はありったけの熱情をこめて、できるだけ俺の気持ちが伝わるように努力する。あんな苦しい思いをしたんだ、きっとこいつにも暖かい声援が要るはずだ。

 暗元は怪訝(けげん)そうに俺を見つめて、しばらく黙り込んだ。そしてすぐまたクールに振る舞って、俺が伸ばした手を握り返した。

 しかし、その手にわずかな温度がしか感じ取れない。まるで血液が流れていないと思うほどに、冷たかった。

「いいだろう、考えておく」

「ああ、サンキューな。そうだ、俺は狛幸秀和、よろしくな」

暗元(くらもと)広多(ひろた)だ。別に仲間になったつもりはないが、一応よろしく」

「まあ、君もいずれ仲間になるさ。いずれな」

「ふん、言うじゃないか。そいつは楽しみだな」

 だが一つだけ確かなことはある。それはこいつが、俺たちに少しだけ、心の扉を開けてくれていることだ。

「よーし、次のクラスに行くぞ! グズグズしてると置いてくからな!」

「おいおい、そう焦るなよ、聡」

「その機械は、お前が操作しているのか。さて、お手並み拝見といこうか」

 自慢の機械が大きな役に立って喜悦に浸っている聡は、またしても元気な声を出して、次の教室への移動を始めた。そして俺たちは新たな仲間と共に、少しずつ暴かれていく真実へと近付く。

哲也「やれやれ、また仲間が増えたな。本当に君の度胸には感心するよ」

秀和「どういう意味だ、それ?」

哲也「あんな怖い形相をする人に、よく声をかけられたものだな。しかもすぐ協力してもらえたじゃないか」

秀和「まあ、ああいう状況だったからな。きっと心の中で訴えてると俺は思うぜ。なあ、広多?」

広多「あんまり馴れ馴れしくするな。俺はまだ、お前たちの仲間になった覚えはない」

秀和「んなこと言って、実は嬉しくてたまらないだろう? このクーデレめ」

広多「勝手に決めつけるな」

秀和「おお、こわ~そう硬い顔するなよ~」

広多「お前こそ、よくこんな状況で笑えるな」

秀和「まあ、なんとかなるだろう、きっと。暗い顔をしてもしょうがねえ」

広多「それがお前の『仲間』の力か……ふん、やはり変った奴だな」

秀和「ははっ、よく言われるぜ。もう慣れてるけどな」

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