リボルト#17 束の間の憩い Part13 もう一人の俺(ワタシ)
展開があまりにも急すぎるため、聞きたいことがもちろん山ほどある。でも一気にたくさん聞いても対応しきれないだろうし、ここは彼女の名前とこの場所だけでも……
「ここは、アナタの深層心理です。そしてワタシは……そうですね、とりあえず『ディープマインド』、とでも名乗りましょうか」
「な、なんでそれを……?」
俺が質問する前に、女の子は先に答えてしまう。俺は思わず目を見開き、真相を探ろうとする。
「それはもちろん、ワタシはアナタの深層心理だからに決まっているじゃない。つまりアナタの考えていることは、すべてお見通しというわけ」
先ほど丁寧な口調が一変し、ディープマインドは突然俺をからかうような言葉を発する。
「それもそうか……って、君がもう一人の俺だったら、なんで女の子の姿をしているんだ?」
「『人間って自分のことをよく知らない』ってよく言われるけど、あながち間違いではないみたいね」
ディープマインドは直接に俺の質問に答えず、何故か意味深なことを言う。
「そ、それってどういう意味だ?」
「アナタの潜在意識は、『男よりやはり美少女のほうがいい』と思っているからですよ。ほら、この本をよく読んでみてください」
そう言うと、ディープマインドは机に置かれている一冊の本を手に取り、俺に手渡す。
ピンク色のカバーには、「ラブリー・ガールズ その1」と書かれている。何やらヤバい雰囲気がするが、好奇心に駆られた俺はとりあえずページをめくってみる。
「…………!!!」
思わず息を凝らす。なんとそこに載っているのは、今まで俺が出会った女の子たちが、かなりきわどい衣装を着ている写真だ。
しかし実際に、彼女たちはそのような格好になった覚えはない。つまり……
「見かけによらず、なんてすごい妄想力……表向きはいい人ぶっているけど、中身は……アナタも好きね」
本の端から両目を覗かせているディープマインドは、意地悪そうな目付きで俺を見つめている。
「う、うるせえっ! 俺はそんなんじゃ……」
「あら、じゃあこの『千恵子スペシャル』は、読まなくていいよね?」
「なに!? 早くそれをよこせ!」
「千恵子」の三文字に反応し、ディープマインドがその本を手渡す前に、俺の体が勝手にそれを奪う。
今まで見たことのない千恵子のあられもない姿は、こうして俺の目の前に現れる。実際にそんな格好を着せたら確実に怒られるけど、妄想だから大丈夫だよな。
「口は否定しても、体は正直なのよね」
そんな俺を見て、ディープマインドはクスクスと笑っている。
「うっ……さすがは俺の潜在意識、よく分かってやがる」
俺は本をそっと閉じると、それを傷付けないようゆっくり机に置く。
「で、ここにある本はすべて、俺の記憶に関連しているのか?」
「ええ、そうですよ。ワタシはこうして一冊一冊読み漁ることで、アナタのことを知るのです」
俺の質問に答えている間にも、ディープマインドは絶え間なく本を読んでいる。もう一人の自分とはいえ、こうやって自分の秘密がこういう形で読まれるのは、どうもプライバシー侵害みたいで気味が悪い。
周りをよく見ると、数え切れないほどの本棚が並んでいる。まだ17歳の俺でも、こんなにも思い出がたくさんあるのだな。
そうだ、彼女は俺のことを知っているのなら、この質問にも答えられるかもしれない!
「あのな、ディープマインド! 一つ聞きたいことが……!」
「もう既に何回も質問したのですが……何でしょうか?」
「俺のお袋が家出した理由は、一体なんなんだ!?」
そう、これだけはどうしても確かめておきたいんだ。俊介の話によると、お袋が俺に対する評価はそんなに悪くないらしい。俺の記憶との矛盾、その正体は一体……?
「残念ですが、その質問には答えられません」
「えっ? なんでだよ!」
予想外の事態に、俺は焦って大声を出す。すると図書室が大きく揺れて、まるで地震でもあったかのように。
「うわっ!? 何が起きたんだ!」
「落ち着いてください。アナタの感情の揺れが、この深層心理にも影響を与えているのです」
ディープマインドは落ち着いた態度で、俺にこの異様を説明する。
「じゃあ、どうすれば?」
「まずは深呼吸でもしてください」
「すぅー……はぁー……」
言われた通りに、俺は深呼吸を繰り返す。心が落ち着いたからか、図書室の地震も治まった。
「ったく、深層心理も侮れないな。で、話に戻るけど、質問に答えられないって何故なんだ?」
「ワタシはあくまでアナタの深層心理。よってアナタの知らないことは、ワタシにも知り得ないのです」
「でも君はついさっき、『人間って自分のことをよく知らない』って言ったじゃないか」
「はい、そうですが」
「だろう? 実際にさっきも、俺が気付かなかったことをたくさん気付かせてくれたし。だから俺のお袋が家出した理由も、きっと……」
「どうやら勘違いしているようですね、アナタは。分かりやすいように、例をあげますね。たとえば、何かの夢を持つ人は、ある日何かの挫折で夢を諦めるとします」
「うん」
俺は相槌をして、彼女の話をちゃんと聞くことにする。
「そこで彼のお友達は、『君は何故、その夢を追っているんだ?』と初心をに返らせました」
「うん」
「そしてその人は、自分が最初に夢を追っている時の情熱や努力を思い出して、再びやる気が湧いたのです」
「なるほど、それはいい話じゃないか」
「ええ。そしてこれが、ワタシの役目です」
「なんとなく分かってきた。つまり君は、俺が迷って目標を見失いそうになった時に、助言をくれるってことか?」
「まあ、大体そんな感じですね」
「それなら、他の仲間たちも同じことやってくれると思うんだけどな」
「でも、一人になりたい時もあるでしょう? それに他の皆さんは、アナタのことを全部知っているわけではないですし」
「確かに、それもそうか」
ディープマインドの説明に、俺は思わず頷く。
「それで、俺の知識範囲外のことは、君も知らないと?」
「はい。何度も繰り返すようですみませんが、ワタシはあくまでアナタの潜在意識ですので。こうして助言できたのも、アナタの記憶や知識を用いたからこそなんですよ」
「分かった。さっきは大声出して悪かったな」
「ううん、気にすることはないよ」
ディープマインドは首を横に振って、俺の失言を許す。
ところで、気になることはもう一つある。それは……
「そう言えば君、時々口調が変わるよな。さっきまで丁寧語だったのに、急に俺をからかったりするしさ」
「簡単なことだよ。それは……」
「ああ、分かった。また『潜在意識』だろう?」
今までの記憶に辿り、俺はすぐ結論に至る。
「さすがにこれだけ言うと、すぐに分かっちゃうか」
「まあな。さっきの妄想写真集のように、君も俺が今まで出会った女の子たちの集合体のような存在だろう」
俺は改めて、ディープマインドを見極める。
髪色は千恵子の瑠璃色だ。髪型もロングだが、ところどころ他の子の要素が混ざっている。
前髪は絵梨香の外ハネ、そして両側には冴香の三つ編みが付いている。更に外側には碧のツインテールの片方と、菜摘のサイドテールになっているため、何とも言えないアンバランス感を覚える。
頭に付けているカチューシャは、涼華の名残だろう。となるとその両腕の派手な装飾と指のネイルアートは、美穂から来たものだろうか。
衣装は……水着のようで水着じゃないコスチュームだ。もちろんスタイルも抜群で、コスチュームのせいもあって、その素晴らしいボディラインを余すところなく披露している。
一体何考えてんだ、俺は……けど、ここは現実世界じゃなくてよかったぜ。でなきゃ俺はきっと直己のように、白い目で見られるに違いない!
「まあまあ、健全な男子である証拠ですよ、先輩」
ディープマインドの前では、俺の考えてることは丸分かりだ。彼女はそっと俺の近くに寄せてきて、優しく俺の肩を叩く。
「その言い方やめてくれ! それじゃまるで俺が碧に無理矢理着せてるみたいじゃないか! くそ、すげえ罪悪感だぜ……」
「もしかしたら、本人はイヤじゃないかもしれませんよ? ほら、今日写真を撮った時のあの態度……」
「いやいや、だからって俺には千恵子が……」
「なるほど、やはり本命が一番だと。それでは」
彼女は「ゴホン」と喉を鳴らすと、とんでもない行動に出た。
「ひっ、秀和君……この服、似合うかしら? ちょっと恥ずかしいけれど、貴方のためなら……」
真似とはいえ、その口調や仕草は千恵子本人に限りなく近い。一瞬本物かと勘違いした俺は、思わず興奮して、またくしゃみが出てしまう。
「うふふっ、どうやらその反応だと、うまく真似できたみたいね」
狼狽える俺を見て、ディープマインドはまたクスクスと笑っている。本当にこいつは、もう一人の俺なのか……?
「ったく、あまり俺をからかうなよ」
「あはは、ごめんなさい。お詫びにワタシといいことをしてもいいわ」
「えっ、マジで?」
あまりにも大胆な発言に、俺は驚く。
「マジも何も、アナタがそう思っているでしょう」
「くそっ、バレたか」
そうだ、彼女はもう一人の俺だった。そうは分かっていても、未だに実感が湧かない。
「君にバレてしまった以上、そんなことをしても何の意味もない。代わりにこの千恵子の本をもらっていくぞ」
俺は先ほど読んでいた「千恵子スペシャル」を持ち上げる。これだけ分厚い本なら、きっとまだまだすごい内容が入っているはずだ……!
「それは無理よ。これはあくまでアナタの思想を形にしたもので、現実に持ち出すことは出来ないわ」
「やっぱそうなるのかよ……」
「そうガッカリしないで。読みたくなったら、いつでもここに来ればいいだけのことよ。一瞬だけだし」
「どうやって? この星のネックレスを付けるだけでいいのか?」
「ええ、その通りよ」
俺は首にぶら下がるネックレスを手に取り、それをまじまじと見つめる。ただのネックレスだと思っていたが、まさかこんな力が秘めていたとは、恐れ入ったぜ。
そう言えば、これはお袋が俺に残していったものだ。もしかすると、これはお袋なりの「愛」って奴なのか? 俺に直接会えないから、こうやって代わりにお目付役を……まあ、お袋から直接聞かなければ、何も分からないけどな。
「ほら、そろそろ寝たほうがいいわよ。明日は大事な日でしょう?」
「ああ、そう言えばそうだったな。今は何時だ?」
「それはワタシには分からないわ。腕時計を見たら?」
そうか。俺が知らないことなら、彼女に聞いても無駄か。仕方ない、腕時計を確かめないとな。
「今は午前1時半……って、もうこんな時間かよ! やべえ、本当に寝ないとダメだ!」
「そういうことだから、お休みなさい」
「ああ、お休み。これからもよろしくな、ディープマインド」
「ええ、こちらこそ、もう一人のワタシ」
こうして俺はディープマインド挨拶を交わし、ネックレスを外して現実世界に戻った。
ネックレスの大事さを知った俺は、いつものように雑に扱わずに、丁寧に引き出しの中にそっとしまう。
さて、そろそろ寝るか……
……………………
………………
………
……
ダメだ、全然眠れない。よりによって、こういう大事な時に限って。
仕方ない、音楽でも聞くか。俺は引き出しからミュージックプレイヤーを取り出し、イヤホンを耳の中に入れる。
「ああ゛ーーー!!!!!♂」
突然、イヤホンから男性の雄叫びが漏れる。やべえ、こいつはニヤニヤ動画でダウンロードした哲学音MADじゃねえか!
男たちの呻き声、身体がぶつかり合う音、そしてケツドラム。激しい音声が、とてつもなく暑い戦場を彷彿とさせてしまう。
ただでさえ部屋の中が暑いのに、これじゃますます暑く感じるぜ。早く曲を変えないと!
俺は慌ててミュージックプレイヤーを操作し、「Challengers'March」を選択する。
すると先ほどの暑苦しい音声が一瞬にして消え、戦いの始まりを暗示するドラムの音が響く。
しばらくすると曲が激しいビートを刻み、素早いラップと共に格好いいロックを織りなす。
「The fools who rely on the darknesss
(闇に縋る愚か者たちよ)
Now it's time to fight
(戦いの時が来た)
Your disdianful eyes and ridicule
(お前たちの軽蔑の目と嘲笑は)
Are uesless to us!
(俺たちには通用しねえぜ!)
Thousands of roads in this world
(この世にある数千の道)
It's your freedom to choose yours
(どれを選ぶかはお前たちの自由だ)
But it's a big mistake that you are standing in our way
(しかし俺たちの邪魔をするのは大間違いだ)
Brace yourselves!
(覚悟しろ!)
Burn the thorns with fire
(炎で茨を焼き払い)
Cover the holes with earth
(土で穴を埋める)
If there's no way to go
(道がなけりゃ)
Then just make one!
(作ればいいのさ!)
Flashing lightning pierced your weak souls
(光る稲妻がお前たちの弱き魂を貫き)
Telling our victory
(俺たちの勝利を告げる)
And the next reckless challenger
(そして次の命知らずの挑戦者は)
Is shaking his body......
(身体を震わせている……)」
この魂を高ぶらせる曲を聞きながら、俺はスマホで今日仲間たちと撮った写真を観賞している。
明日はどんな試練や困難が待ち受けているか、今の俺にはまだ分からない。だが一つだけ言えるのは、これだけたくさんの仲間たちがいれば、負ける気がしねえ。
そう、すべては正義と自由のために。
世間から見れば、俺たちはただの「問題児」の集まりかもしれねえ。だが残念ながら、こういう「問題児」だからこそ、この俗にまみれた世界を動かす力を持っている。
この学校の真相を暴き、騙された大人たちの目を覚ませるのは、俺たちしかいない。何があっても、絶対に生き延びてみせてやる!
待ってろよ、ブラック・オーダー、そして恋蛇団……! 必ずてめえら全員を倒して、俺たちの自由を奪い返す!
さて、そろそろ本当に寝ないとまずいな。いくら眠れないとはいえ、これ以上起きていると絶対明日に響くだろう。
俺はミュージックプレイヤーとスマホの電源を消すと、身体を翻して布団の中に入る。
こうして俺がヘブンインヘル私立学校での九日目が、平和の中で終わろうとしていた……
次回予告
秀和「ふう……一日って、すぐ終わっちまうんだよな」
千恵子「そうですね。やることがある時は特にそう感じます」
哲也「そしていよいよ、明日は運命の日か」
菜摘「い、一体なにが出てくるのかな……? ドキドキしちゃうよ~!」
茉莉愛「きっとタコのようなモンスターが現れて、なが~い足を伸ばして、菜摘さんにあ~んなことや、こ~んなことを……!」
菜摘「ええっ!? そ、それだけは絶対イヤだよ……!!」
千恵子「お止めください、茉莉愛さん! 菜摘さんが怯えているのではありませんか!」
茉莉愛「も~う、ちょっとした冗談なのに」
秀和「とても冗談のように聞こえないが」
聡「異世界に旅するなんて、てっきりラノベやゲームの話だと思ってたけど、まさか本当に体験できるとは思わなかったぜ!」
直己「そうそう! きっとあそこの美少女のクオリティーも、こことは違うんだろうなぁ~誰かさんと違って……うわはっ!」
名雪「直接あたしの名前を言わなかったら、分からないとでも思ったの?」
直己「す、すんませーん……」
広多「相変わらず騒がしい連中だな。もう少し大人しくできないのか」
靄「まあ、いいんじゃないかしら。私はこの方が好きだけれど」
十守「やれやれ、まさかこんなことになるなんてね……うまく行くといいんだけど」
静琉「そうは言っても、本当はワクワクしてるんじゃない?」
十守「まあね。好きなだけ気に入らない奴をバンバン殴れると思うと、最高でしょう?」
静琉「あらあら、相変わらず過激ね、十守は。それじゃ彼氏ができなくなっちゃうわよ?」
十守「う、うるさいわね!」
正人「向こうはどんな強いヤツがいるんだ? 早く彼らに会って、ひと勝負したいぜ!」
雅美「ダーリン! まだ義手のメンテが終わっていませんわよ、動かないでくださいまし!」
拓磨「やれやれ、お前はいつもこうだ、興奮すると周りが見えなくなる。どうなっても知らないぞ」
絵梨香「まあまあ、気合を入れることも大事だよ! Let's work hard together!(一緒に頑張ろう!)」
秀和「こうして改めて明日のことを考えると、緊張してきちまうんだよな……俺たち、やり遂げられるよな?」
千恵子「きっと大丈夫ですよ、秀和君。ここまで来て、今更引き返すこともできないでしょう?」
哲也「その通りだ。僕たちが君を信じるように、君も僕たちを信じればいいさ」
菜摘「そうだよそうだよ! 秀和くんのいつもの格好いいところ、見せちゃってよ!」
秀和「そうだな。ありがとう、みんな」