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反逆正義(リベリオン・ジャスティス)Phase One——Ten days in heaven(or in hell)  作者: 九十九 零
第4章 怒りの反撃編・信念の分岐点
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リボルト#17 束の間の憩い Part12 燃える炎、迸る稲妻

※このパートにネタバレが含まれています。ご注意ください。

 先ほど広多たちと会話していたカウンター席のところへ戻ると、案の定正人たちはあそこに休んでいる。

 よほど水分を消耗したのか、カウンターの上にはたくさんのペットボトルやアルミ缶が雑に置かれている。

 正人たちの髪や額にも、数え切れないほどの汗がついている。まるで大雨にでも濡れたかのように。

 そして拓磨と広多は、何やら意気投合しているようだ。普段他人との付き合いを嫌っているこの二人が、何故あそこまで親しくなったんだ?

「そうか、お前にもこんな過去が……色々大変だったんだな」

 拓磨は片手を伸ばすと、広多の肩を優しく叩く。

「ふん、そっちこそ大変じゃないか、母があんな汚名を着せられて……正直最初その話を聞いた時、思わず同情したくなってきた」

 広多も拓磨に倣い、自分の手を拓磨の肩に置く。

「ハッ、同情なんて要らないぞ。まあ同じく母を失う同士として、今後ともよろしくな」

 拓磨がそう言うと、手に持っているアルミ缶を動かし、広多の飲み物に軽くぶつける。そして二人は「乾杯」と呟き、飲み物を一口啜る。

 そうか、この二人は既に母親がいないんだな。道理で二人が仲良くなるわけだ。

 それに比べて、俺のほうはまだマシか。でもここで自慢なんかしたらまずいので、ここはそっとしておこう。


「おっ、秀和じゃん! いいところに来た!」

 俺の存在に気付いた正人は、手を振りながら声を掛ける。

「すげえ汗だな、正人。明日から本番なのに、大丈夫か?」

「これぐらいどうってことないぜ! 明日が本番だからこそ、体が鈍らないよう今のうちに鍛えておかないとな!」

 正人の明るい笑顔は、まるで太陽のようだ。そこから疲れがまったく見えない。

「ダーリンは、今日も輝いていますわ!」

 雅美は相変わらず、正人を愛慕(あいぼ)の目で見つめている。

「そうか。まあ、人はそれぞれだからな。確かにそういう考え方もある」

「だろう? だからここでオレと勝負してくれ!」

「なんでそうなるんだよ」

 話があまりにも飛躍しすぎて、俺は思わず眉間を顰める。

「だって秀和は強いだろう? 前からずっーーーと、お前と戦いたかったんだよ!」

 正人はパンチの素振りを繰り出して、俺に戦いの決意を見せる。

「そう言えば、前に恋蛇団(ウロボロス)のアジトを襲撃した時もそんなこと言ってたよな」

「おっ、よく覚えてるな」

「で、今日はその願いを叶えたいと?」

「そうだ! だって今しかチャンスがないだろう?」

「それもそうか……まあ、さっきゲームをやったばかりだし、ちょうど体を動かしたい気分なんだ」

「やった! それじゃ、早速行こうぜ!」

 興奮気味の正人はさっと席から立ち上がり、俺の手を引っ張ると訓練用ブースに連れて行こうとする。

「お、おい、引っ張るなって……!」

 俺はそう声を掛けるも、正人は俺との対戦が楽しみでまったく耳を貸さない。

 こうして俺は正人に引っ張られるままに、訓練用ブースに入った。


「で、何を競うんだ? 誰がより多くの敵を倒したとか?」

「いや、ここはタイマン勝負だっ!」

「まあ、だろうな。聞くまでもなかったぜ」

 思った通りの正人の即答に、俺は苦笑を零す。

「それじゃ設定を頼んだぜ、絵梨香!」

「Ok,leave it to me!(オッケー、任せて!)」

 いつの間にモニターの近くに移動した絵梨香は、カルツォーネを食べながら熟練にキーボードを弄る。

 彼女は真実の標(トルゥース・ルーペ)の人間じゃないにもかかわらず、その慣れた動きはあたかもここの人間みたいだ。まあエージェントだし、これぐらいできても当然か。

 すると何もなかったはずの空間が、あっという間に景色が変わる。ガラスのビルや摩天楼がたくさん現れて、在り来たりだが現代感をよく醸し出している。

 唯一の違和感と言えば車道に車が走っていないことだが、普段立つ機会もないし、逆にいい刺激になる。

「おお、なかなかいい感じじゃん! やっぱこのほうが、雰囲気が出るぜ!」

「ああ、そうだな。言っとくけど正人、やるからには手は抜かないぜ?」

 明日は実戦が控えているから体力を温存したいところだが、漢は喧嘩になると熱くなるもんだ。胸に秘めている闘争本能が、俺の血潮を沸き立たせる。体全体に及ぶ武者震いは、まるで俺に「負けるな」と言わんばかりだ。

「へっ、望むところだ! さあかかってこい、秀和!」

「ああ、怪我しても知らないからな! 行くぞ!」

 こうして俺と正人の一騎打ちは、幕を開けたのだ。


 俺の知る限りだと、正人は接近戦が得意だ。だったらここは俺の得意技を駆使して、彼を接近させないようにしないとな。

「千里の……一本槍!」

 既に何十回も出したこの技は、俺にとってもはや難しいことじゃない。暗闇を破る稲妻の槍が、道路と同じぐらいに真っ直ぐ飛んでいく。

「へっ、そう簡単には喰らわないぜ!」

 槍の軌跡を見破った正人は、さっと身をかわしそれを難なく避けた。

 だが土具魔との戦いで、こうなることを既に予想していた。俺はすかさずもう片方の手で二本目の稲妻を放ち、正人の回避を防ぐ。

「おっと、あぶねえ!」

 間一髪のところで、正人はスライディングで俺の二本目の稲妻を回避した。

 くっ、なかなかやるじゃねえか、こいつ。このままだと、間合いを詰められるのも時間の問題だな。悪いが、ここは本気で行かせてもらうぜ!

「千里の一本槍・(シュート)!」

 電気を帯びるいくつかの弾が、扇型になって拡散していく。これならどうだ!


「攻撃範囲は広いな……だがこっちにも考えがある! はああああ!!!」

 なんと正人は、右手の甲にはまっている赤いクリスタルを光らせると、思いっきり地面を殴りやがった!

 そしてその強烈な一撃が地面を隆起させ、正人の前で壁となって俺の攻撃を防御した。

 侮っていた。俺は正人のことをずっと攻撃することしか考えていない熱血バカだと思っていたが、まさかこの手を思い付いたなんて……!

 だが正人の反撃は、まだまだこれからだった。

 彼は助走ジャンプで壁の上に飛ぶと、もう一度ジャンプして空中からこっちに接近してくる。

 その右手の拳が、太陽のように真っ赤に燃えていて、夜の空を照らす。

 って、あれは本物の炎なのか!? 手加減する気はねえのかよ!

「くらえっ! 赤爆炎拳・陽炎熱華拳(かげろうねっかけん)!」

 急降下する正人は、大声で自分の技名を叫ぶ。

 あんな凄そうな技をまともに喰らったら、一溜まりもないだろう。たとえ気絶しなくても、明日の作戦に支障をきたすに違いない。

 だが、そんな正人がぶつけてくる熱意のこもった一撃から、俺は逃げていいのか? 同じ漢として、ここは受け止めるのが礼儀なんじゃないか?

 早速答えが出た俺はジレンマに陥ることなく、右手を握るとP2(ピー・ツー)をチャージし始める。


「おっ、あの様子だとやる気だねぇ」

 絵梨香の声が、モニターを通じてこっちに響いてくる。どうやら彼女も、この勝負の行方が気になるようだ。

「ファイトですわダーリン! 絶対に勝ってくださいまし!」

 正人の幼馴染である雅美は、声を限りに声援を送る。ああ、千恵子もここにいてくれればよかったのに。

「秀和先輩が勝ちますので、大丈夫ですよ」

 あたかも未来が視えるかのように、お茶会を楽しんでいたはずの碧がいつの間にか観戦している。まあ、応援してくれる子がいるだけでありがたいぜ。

「な、何ですって!? そんなこと、信じられませんわ!」

 もちろん雅美がそれを良しとせず、碧を白い目で見る。それに対して碧は何も言い返さず、ただ黙々とチョコバーを頬張る。

「ふんっ、なかなか面白そうじゃないか。まあどっちが勝っても、俺には関係のないことだがな」

 ニヒルな拓磨は、相変わらずドライな発言をする。実は心のどこかで、正人の勝利を期待したりするんじゃないか? まあ、それは本人から聞かなければ分からないけど。

 こんな会話が交わる間に、俺と正人の距離が見る見る縮まっていく。さて、どっちが強いか、いよいよ試す時が来たぜ!


「千里の一本槍・(ストライク)!」

 俺は大量のP2を溜めた右手を、凄まじい稲妻と共に頭上に動かす。

 するとあっという間に、右手がとんでもない重量感に襲われる。まるで無数の石が、一斉にそこに降り注ぐかのように。

 何としてもその圧力を押し返そうとするが、そう簡単に叶わないのもまた事実だ。

 俺は勝ちたい一心で、かろうじて左手で右腕を押さえる。右腕の震動は弱まったが、上方からの重量感が未だに衰えを覚えない。

 その時、あるアイデアが浮かぶ。もし左手にもP2を溜めて、右腕に流し込めばどうなる……?

 こいつはいけそうだぜ。よし、早速試してみようぜ!

「千里の一本槍・最大出力マックス・アウトプット!」

 俺は左手の大量のP2を、すべて右腕に転移させる。すると右腕の稲妻はあっという間に太いレーザーに変化し、天を切り裂くほど迸る。

 資質のおかげで普通の電気による痛みを感じられないようになったが、これだけ威力が強いと、さすがにビリビリするぜ……

 そう言えば、正人の奴どうなったんだ? まさか俺の一撃をまともに喰らって、気絶してるんじゃないだろうな? ったく、明日は大事な日だというのに……


「なかなかやるな、秀和! びっくりしたぜ!」

 暗闇の中から、正人の声が聞こえてくる。どうやら俺のあの技をうまく避けられたみたいだな。ふう、安心したぜ。

「怪我はないか、正人?」

「ああ、大丈夫だ! これでも精鋭養成学院所属だからな!」

 そうだった。正人は普段あんな感じだから、つい忘れてしまうが、彼はちゃんとエージェントとしての訓練を受けていたよな。

 しかし、その金属腕から大量の煙が噴出しているから、かなり無茶をしたようだ。

 機械なので痛みは感じていないかもしれないが、明日への行動には支障を来すだろう。自己修復システムが付いているといいが。

「けど、オレは最後まで耐えられず、途中で避けたのもまた事実だ! この勝負、オレの負けだな!」

 手合わせの経過を回想した正人は、素直に自分の負けを認める。

 やはり正直者だな、こいつ。けど、彼にも彼なりのいいところがある。

「いや、正人もかなり強かったぞ。まさか地面を隆起させて盾にするとはな。そういう柔軟な発想力、戦いには役に立つぜ」

「そういう秀和だって、最後の最後でいきなりあんなデカい稲妻を放ったじゃないか! そっちだって負けてないだろう?」

「そうだな。こいつは自慢できる」

 普段他人に褒められるとつい否定したくなる俺だが、正人の性格に影響されたからか、今回は素直に喜べた。

 訓練用ブースを出ると、仲間たちは様々な表情を浮かべているのが見える。


「おめでとうございます、先輩。さすがは私が見込んだだけのことはありますね」

 俺の勝利を予測した碧は、嬉しそうな顔を浮かべて自分の手を上げた。彼女に応えるように、俺も自分の手を開いてハイタッチを交わす。

「あ~ん、悔しいですわ! ダーリンが負けてしまうなんて……」

 自分が慕っている人が負ける事実を目の当たりにして、雅美は悔やみの涙を流しながら、ハンカチを噛みしめる。

「気にするな、雅美! まだ次のチャンスはあるぜ!」

 しかし当の本人はまったく気にせず、いつもの笑顔を浮かべている。自分の不愉快な気持ちを笑って誤魔化す人もいるが、正人に限ってそんなことはしないだろう。

「二人とも、いいマッチだったね! でも、なんだかインパクトが足りないな~フォース・クリスタルのパワーを覚醒させた正人と、あの炎の獣を出した秀和の勝負が見たいよっ! きっとアクション映画のようなシーンが見れる!」

「そうか、その手があったか! よし、もう一回手合わせをしようぜ、秀和!」

 絵梨香の提案を聞いた正人は、またしてもやる気が沸き上がる。どうやら彼には、疲れというものを知らないようだ。

「おいおい、やめとけよ。明日は大事な日なんだぜ? これ以上体力を消耗したら、大変なことになるぞ?」

「いや、そんなことより、まずは自分の腕を磨かないと! 強くならないと、強い敵も倒せないだろう?」

「いや、それはそうだけどさ……」

 このまま正人との論争することになるのかと思いきや、またしてもあの男が口を挟む。


「彼の言う通りだ、正人。今のうちに休んでおけ」

「拓磨……!」

「見ていたぞ、お前のその腕。煙まで噴出しているのに、まだ無茶をするとでも言うのか? あの時のように」

「そ、それは……」

 言い返す言葉が見つからないのか、正人は急に口を噤む。

「またそのお話ですの、拓磨さん! もう口にしないでと、何度も申し上げたはずですわよ!」

 そして案の定、雅美は席から立ち上がり、拓磨に怒鳴る。やれやれ、前にも似たような話を聞いたけど、どうやら訳ありのようだな。

 彼らは脱兎組(うち)の人間ではないが、こうして共に行動している以上、歴とした仲間だ。余計なお世話って言われても、見過ごすわけにはいかないな。


「ちょっと失礼するけど、『あの時』に一体何が起きたんだ? 俺にも分かるように説明してくれないか?」

「駄目ですわ! ダーリンのトラウマを掘り起こすようなこと、わたくしは絶対に許しませんわよ!」

「いや、ちょうどいい。そうすることで、自分の極限も知らずにそれに挑むことはどれだけ愚かなことか、改めて思い知らせてやろうじゃないか」

 まったく違う意見を出した、雅美と拓磨の二人。こういう時は、やはり本人の意見を聞くべきだよな。

「正人はどうだ? 話しても大丈夫か?」

 正人はすぐに答えず、少し間を置いて溜め息をつくと、ようやく口を動かした。

「……ああ、いいぜ。オレが犯した過ちだ、今更目を逸らすつもりはないさ」

 いつもの正人らしくなく、彼は重い口調でそう言った。片腕も失うほどの出来事だし、無理もないか。


「オレたちはまだ新人の頃だったけど、あの時のオレは周りの人間に認めてもらいたい一心で、つい背伸びしちまったんだ」

「なるほどな。確かにそこは正人らしいな」

「あの時の実力だと、引き受けられるのはせいぜいCランクの任務ぐらいだ。なのにこいつは、いきなりAランクを選んだのだ」

 拓磨が腕を組みながら、説明を補足する。

「で、その任務の内容は?」

「とある工場(ファクトリー)の中で、麻薬売人を捕まえることだよ」

 絵梨香は自分の武勇伝を、誇らしげに胸を張って語る。

「へー、そうなのか。大したものだな」

 俺は褒め言葉を口にするが、正人は首を横に振ってそれを否定する。

「いや、そうでもない。最初目的地にたどり着いた時、敵の姿が見当たらなかったから、てっきり楽な任務かと思っていた。しかし……」

「売人を確保しようとするその時、突然大勢の待ち伏せが不意打ちが仕掛けてきたんだ。あれはもはや『軍隊』と言っても過言ではないな」

 拓磨は途中で正人の発言を遮り、冷ややかな目で彼を見やる。

「そしてダーリンは、わたくしを守るために自ら盾となって、右腕には大量の銃弾が……うぐっ!」

 イヤな光景でも思い出したのか、雅美は自分の体を震わせ、口を塞ぎながらうめき声を漏らす。

「あははっ……最後は何とか(エネミー)殲滅(せんめつ)できたし、悪い麻薬売人も捕まえられたし、めでたしめでたし! パチパチパチ~」

 絵梨香は苦笑するも、何とかフォローして雰囲気を盛り上げようとする。

「よく言うな。こいつのせいで、俺たちはあやうく退学させられることを忘れたとは言わせないぞ」

「うっ!」

「なるほど、大体掴めてきたな。そして雅美は、正人を助けるためにその義手を……?」

 事件の顛末を把握した俺は、正人の義手の由来を推理する。

「ええ、そうですわ。だってダーリンがいないと、わたくしは生きていけないんですもの」

 雅美は目を逸らすと、俯きながらそう呟いた。その言葉、俺もかつて千恵子に向かって放ったことがある。やはり恋をする人間は、みんな考えることが同じなのか。


「それにしても、どうも理解できないな」

「何が?」

「俺はてっきり、これに懲りたらお前は自分の無力さを知り、二度と無謀なことはしないと思っていたが、何故何度も同じことを繰り返す? 今回の任務といい、あいつに勝負を挑んだことといい、まったく反省の色が見られないのだが」

 正人を(とが)めるように、拓磨が彼を見る冷ややかな目つきが氷柱のように鋭い。ニヒルな拓磨にとって、そんな無意味なことをする理由が分からないだろう。

「自分の無力さを知るからこそ、オレはもっと強くなりたいんだよ! だからそのためにも、もっと修業をして力を身に付けたい!」

「ダーリン……」

 正人は自分の胸に秘める決意を、声高らかに叫ぶ。その真っ直ぐな眼差しには、一片の嘘偽りもない。そんな正人を、雅美は切なそうな目で見つめている。

「……ふん、絶対そう言うと思った。まあ、お前は昔からそういうやつだからな。もしかすると、お前が努力するのを止めさせること自体が、無意味かもしれない」

 拓磨は突然、何かを悟ったかのように笑う。そして彼は正人に近付き、その肩を優しく叩く。

「まあ、もう片方の腕を無くさないよう、せいぜい頑張るんだな、『リーダー』」

「へっ、言われなくてもそうするぜ、拓磨!」

 拓磨の激励を、正人は快く受け取る。なんだかんだ言っても、二人は仲間だよな。普段皮肉ばかり言う拓磨でも、仲間を思いやる気持ちはちゃんと持っているようだ。


「それにしても……」

「なんだ?」

「オレ、腹減っちまったんだ……」

 さっきまで格好良かった正人は、急に情けない声を漏らす。とはいえ、あれだけ運動をしたから、無理もないか。

 ふと時計を見ると、パネルには18:20が表示されている。思った以上に、時の流れはすさまじく早い。

 そう言えば、千恵子は俺がここに来たことを知らないな。きっと今頃俺を探しているんだろう。仕方ない、一旦寮に戻るか……

 そう思った矢先に、突如彼女の声がこの隠れ家に響き渡る。

「あの、十守さんはいらっしゃいますでしょうか?」

「あら、千恵子じゃない。どうしたのかしら?」

「大した用事ではありませんが……そろそろ夕食のお時間ですので、皆さんにお知らせしようかと」

「おっ、いつもの楽しいパーティ時間ね! よし、すぐ行くから、ちょっと待ってなさいね!」

 そう言うと十守先輩はちょうど近くにあったメガホンを手に取り、俺たちに注意を促す。

「ほら、みんな! 晩ご飯の時間よ、座ってないでさっさと動くのよ!」

「聞いたか、正人。お前が待ち望んだ飯だ」

「や、やったぜ……って、もう動けねえ……誰か運んでくれ」

「わたくしが運びますわ、ダーリン!」

 疲れる正人を見て、雅美は居ても立ってもいられず、早くも彼の側へと駆け付ける。けどさすがに彼女一人だけだと無理はあるので、俺も手伝うことにした。


 こうして俺たちは、「すだち寮」での最後の晩餐会を楽しむ。最終日だけあって、料理はいつもより豪勢で、仲間たちの歓声も普段より遙かに大きい。

 俺もこのチャンスを利用し、先ほど写真が撮れなかった人たちと写真を撮った。楽しそうな雰囲気とあいまって、どれもいい感じに仕上がっている。

 送電停止のせいで室内はかなり暗いが、ロウソクの明かりに包まれたこの場所はまた違う雰囲気を漂わせる。

 昨日の一件でショッピングモールの照明用具は全滅したが、どうやらあの化け物たちにとってロウソクはその範疇(はんちゅう)に入らないようだ。

 それならショッピングモールで晩餐会を開催すればいいじゃないか、という人もいるかもしれないが、千恵子の強い意思もあるので、結局ここで開催することにした。何しろここは、彼女の思い入れのある場所だからな。

 晩餐会が終わる頃は、すでに時間が22時を過ぎようとしている。明日に備えて早く休まないといけないため、俺たちはそそくさと真実の標の隠れ家に戻り、シャワーを適当に済ませる。ふう、忙しいったらありゃしないぜ。


 こうして一連のルーチンワークをこなすと、俺はようやく自分の部屋に戻った。夜も深まり、窓の外にはたくさんの星が輝く。そう、まるで俺たちの勝利を祈るかのように。

 そう言えば、かつてお袋が俺に残したネックレスの形も、星に似ているな。確かナイトテーブルの引き出しに入っているはず……あった。

 改めてそれを見ると、その美しさに心を奪われる。人間界のものではなく、まるで本物の星でできているみたいだ。

 お袋はの行方は分かったものの、やはり心のどこか釈然(しゃくぜん)としない。直接会って色々話したいが、まずはこんなところから逃げ出さないとな。

「お袋……」

 そう呟きながら、俺はネックレスを首に付ける。


 すると、驚くべき事態が起きた。周りに眩しい光に包まれ、部屋が外の景色と共に消えていく。

 代わりに現れたのは、暗い廊下だった。その向こうには、大きな扉がある。

 恐る恐る、それをそっと開けてみる。中には大きな図書室があり、その真ん中には一人の女の子が座っている。

 扉の音に気付き、女の子がゆっくりと顔を上げ、俺を見据える。

「お待ちしていましたよ、もう一人のワタシ」

「えっ?」

 にっこりと微笑んでいる彼女が発した思い掛けない言葉に、俺は戸惑う。

雑談タイム


直己「な、なんだこの子は! さては秀和の新しい彼女だな!」

千恵子「そんな……! 秀和君、わたくしがいながらこんな酷いことを……しくしく」

菜摘「えええええー!?? 本当にひどいよ秀和くん! 千恵子ちゃんだけじゃ満足できないとでも言うの!?」

秀和「違うって! 俺はこの子の素性すら知らねえし!」

直己「ほら名雪、こいつ風紀を乱している! 早くハリセンを使うんだ! うぐわ! な、なんでまたおれをぉぉぉ……!?」

名雪「あんたがイチイチうるさいからよ。それにあたしは、彼があのようなことをする人とは思えないし」

直己「なんだその根拠のない信頼感は!? 不公平だぁー!!」

秀和「普段不真面目だからいけないんじゃないか?」

直己「うるさーい! おまえに言われる筋合いなどなーい!」

秀和「あっそ」


涼華「うふふっ、さすがかずくん、隅に置けないわね」

秀和「茶化すなよ、涼華。てか今までどこ行った?」

涼華「ふふっ、それは女の子の秘密よ」

直己「生理?」

秀和「お前、それしか言えないのかよ……」

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