リボルト#17 束の間の憩い Part9 気ままなお茶会
近くにいるのは、お茶会を楽しんでいる碧たちだ。無数のカラフルなお菓子が、まるで美術品のように机の上に並んでいる。
「あっ、先輩とユーシアさんじゃないですか。よかったらご一緒にお茶会でもいかがですか?」
何気に俺との絡みが多い碧は、いつもの眠そうな目が一瞬にして大きくなり、手を振って俺に声を掛ける。
「ユーシアちゃ~ん♪ こっちこっち♪」
「ユーシア! このケーキはアタシたちが焼いたんだ、一緒に食べようよ!」
そしてユーシアと同じくポケット・パートナーであるムムとネネも、手を振って彼女を呼び掛けている。
「えへへ~マスター、行ってもいいですか?」
振り返るユーシアは、物凄く嬉しそうに笑っている。そんな彼女の純粋な期待を、裏切るわけにはいかないな。
「あそこまで歓迎されたら、断れないだろう。それにユーシアも、ムムとネネとあんまり話す機会もなかったしさ」
「わぁ~い! ありがとうございます、マスター!」
了承を得たユーシアは我を忘れて、一気に碧たちのいる方向へと突進する。
「おい、そんなに走ったら……」
「あいたっ!」
俺はユーシアを呼び止めようとするが、時は既に遅し。彼女はいつものように派手に転び、悲鳴を上げてしまった。
「ったく、あんな勢いで走ったからだ。怪我はないか?」
「ううう……おでこが痛いですぅ……」
ユーシアは赤くなった額を揉みほぐし、痛みを和らげようとする。
「まあ、甘いお菓子でも食べれば、そのうち忘れるだろう。そんじゃ、ちょっと邪魔するぜ」
俺はユーシアを起すと、机の近くにある席に座った。
「あはは、また派手に転んじゃったね、ユーシアちゃん」
先ほどのユーシアの姿を見て、ムムは苦笑いを浮かべている。
「危なかったね~。もう少し机にぶつかるところだったよ」
「そうしたらお菓子が全部床に落ちて、お茶会も強制終了ですね」
心配のあまりに席から立ち上がるネネと碧は、机のお菓子の無事を確認するとほっと胸を撫で下ろす。
「す、すみません、お騒がせしました……いたたっ」
ユーシアはぎこちない足取りでこっちに移動し、尻餅をつかないようゆっくりとイスに腰を掛けた。
「はい、ユーシアちゃん、あ~ん」
ムムはあらかじめ切っておいたケーキの先っぽをフォークで切り分け、それをフォークで刺すとユーシアの口元に運ぶ。
「はむっ! す、すごくおいしいです~!」
ケーキの甘い味を口にしたユーシアは、目を輝かせながら簡潔な感想を言う。どうやら先ほどの額の痛みを忘れたみたいだな。
「ユーシア、こっちも食べてみてよ! あ~ん」
一方ネネもムムに倣い、フォークで別のお菓子をユーシアの口元に運ぶ。もちろんユーシアはすかさずそれを食べて、その甘味に酔いしれる。
「んん~このような素晴らしいお菓子を食べられるなんて、私幸せですっ!」
初めて食べたお菓子に満足しているユーシアは、その両手で落ちそうなほっぺたを支える。
「よかった、喜んでもらえて何よりだね♪」
「うんうん、アタシたちも頑張った甲斐があったよ!」
ユーシアの純粋な反応を見て、ムムとネネも満面の笑みを浮かべる。
「ありがとうございます、ムムお姉さん、ネネお姉さん!」
歓喜のあまりにユーシアは急に立ち上がり、二人に近寄る。しかし彼女はいつも通りに転けてしまい、そのまま二人に向かって倒れ込む。
「あっ、危ない!」
そんなユーシアを見て俺は思わず声を漏らすが、すでに彼女は二人との距離が非常に短く、止める隙もなかった。
そう言えばムムとネネは旧型だから、たとえユーシアは二人に接触してもぶつかることはないが、そのまま床に倒れる可能性はかなり高い。
しかし次の瞬間に起きた出来事は、俺の予想が間違いだということを裏付けた。
「よっと!」
なんとネネはユーシアの前に出て、彼女の体を受け止めたのだ。
「あ、ありがとうございます、ネネお姉さん! おかげで助かりました……」
怪我をせずに済んだユーシアは、頭を上げてネネを見つめ、感謝の言葉を掛ける。
「いいっていいって! も~う、ちゃんと地面を見て歩くんだよ?」
「はい、気をつけます!」
助言を受けたユーシアは、今度はゆっくりと歩き、転けることなく自分の席に戻った。
「ネネ、今のアレってまさか……」
先ほどの違和感を見逃さまいと、俺はネネに質問を投げる。まあ、大体予想は付いたけどな。
「ああ、今のアレ? そうそう、さっきからずっと言おうと思ってたんだ! ついにアタシとムムも、新型ボディにアップグレードしたよ!」
そう言うとネネは、見せびらかすかのように片方の腕を曲げ、もう片方の手が二の腕の上に置く。
そしたらその手が二の腕をすり抜けることなく、「ポン」という音がした。どうやら新型になったことにより、フォトン体のP2濃度が高くなったおかげようだな。
「へー、そいつはよかったな。これで戦う時も多少は便利になりそうだ」
「はい、まだまだ未熟者ですけど、精一杯頑張りますね! ところで秀和さん、お菓子はお一ついかがですか?」
ムムにそう水を向けられると、俺は視線を机の上に移す。どれもカラフルすぎて、つい目移りしてしまう。
だがその前に、一つ大きな問題がある。
「うーん、俺甘いのがあんま好きじゃないんだよな……何か甘すぎない奴はないか? しょっぱいのがあったらもっといいんだけど」
「それなら、こちらのクッキーはどうですか? 甘さ控えめで、女子の間に結構人気が高いですよ」
返事したのは碧だった。彼女はいつも食べているチョコバーを机の上に置いて、俺にある紙製の箱を渡してくる。
どれどれ……ダイエットクッキーか。上になんか書いてあるな。
「爽やかな甘さは、まるで弾丸のようにあなたの脳天に直撃する!」
……何だこのキャッチコピーは。穏やかじゃねえな。
「ありがとう、碧。いつもすまないな」
「いいえ、これぐらいは大したことじゃないですよ」
お菓子を食べて気分がいいのか、碧は珍しく微笑みを浮かべながら返事する。
何だ、かわいい一面もあるじゃないか。最初に会った時の無愛想な顔がまるで嘘のようだぜ。
「さてと、食べるだけじゃつまんないし、何か面白いお話でもしよっか!」
だるそうに背筋を伸ばしたネネは、周りの雰囲気を盛り上げようとそう言い出した。
「まあ、お茶会ですもんね。秀和さんは何か話題とかないんですか?」
隣に座っているムムも頷き、俺に話題を求める。
「話題か……急に言われてもな……」
俺は手をあごに当て、何かいいアイデアはないかと考え込むと俯いた。
そう言えば、一つずっと気になることがあったんだ。それについて聞いてみるか。
「なあ、ちょっと気になることがあるんだけどさ」
「なになに~? 何でも答えちゃうよ! このネネにお任せあれってね!」
興味が湧いたネネは拳を握り、軽く自分の胸を叩く。
「この学校って、確か外部と隔離しているよな?」
「そうですね。そもそもここは、地球じゃないですからね」
碧はチョコバーを一口食べ、俺にそう答えた。確かに、レッド・フォックスのみんなと初めて出会った時も似たような話をしてたよな。
「それが、どうかしたんですか?」
「おかしいと思わないか? こんな寂れた場所にもかかわらず、俺たちは食料不足に困ったことは一度もない。ってことは、誰かが外部から食料を仕入れている違いない」
「なるほど、確かに一理ありますね」
俺の推理を聞いて、ムムは思わず頷いて納得する。
「つまり、学校側の連中には運送用の車を持っているはずだ。奴らの目を盗んでその車に潜入すれば、元の場所に戻れるかもしれない!」
「おおっ! さすがマスター、賢いですね!」
ユーシアは俺に尊敬の眼差しを向け、拍手を繰り返す。
「なんでもっと早く気付かなかったんだろうな……よしっ、早速行ってみよう!」
とんでもないプランを思い付いた俺は興奮を抑え切れず、さっと立ち上がる。
「えっと~盛り上がってるところ悪いけど、その方法もう試したよ」
「へっ、何だって?」
突然ネネが発した言葉に、俺は呆気にとられる。
「だから、アタシはある日ムムと食料を積んだトラックに忍び込んだって。さっき秀和くんが言ってたようにね」
「で、どうだった? いや、二人ともまだここにいるってことは、失敗したってことなのか?」
「はい、お察しの通りです……潜入自体は成功したのですけど、着いたのはまったく知らない場所でした」
「まったく知らない場所? どういうことだ?」
ムムの説明を聞いた俺は、その内容をより理解しようと質問する。
「それについて、あたしが説明するわ」
「あっ、十守先輩……それに静琉先輩も」
俺の後ろに現れた十守先輩に、碧は声を掛ける。その声に反応して、俺は後ろを振り向く。そこには十守先輩と静琉先輩が立っている。
「あらあら、おいしそうなにおいね。ご一緒してもいいかしら?」
お菓子の甘いにおいに誘われた静琉先輩は、まるで芸術品でも観賞しているかのように机を見回す。
「もちろんいいですよ。まだ席も空いてますし」
「それじゃ、ちょっとお邪魔するわね。あの子のお仕置きでちょっと疲れちゃったし」
そういうと十守先輩は近くの空席に腰を掛け、手元にあるお菓子を摘む。静琉先輩もその隣に座る。
そう言えば「お仕置き」って言ってたけど、綾の奴はどうしたんだ?
気になって遠くを見てみると、彼女はまたしても尻を突き出しての姿勢で地面に倒れ込んでいる。しかもその尻からは、僅かに煙が出ている。
やれやれ……あいつもこれで懲りるといいんだけどな。
「んん~このマカロン、すごくおいしいわね! これ誰が作ったのかしら?」
「あっ、私とネネちゃんです! 一応レシピを見て作ってみたんですけど、思ったよりなかなか難しくて~」
「そう? 全然イケてるわよ、これ! ああ、ここから出たらお菓子の店でも開いたら、生活に困らずに済みそうね!」
「あらあら、十守は随分と楽観的ね。そしたら私も、何か面白そうなメニューを考えてあげるわね」
「あんたのセンスは普通じゃないし、お客さんがドン引きしそうだから止めとくわ」
「もう、そんなに遠慮しなくてもいいのに」
「してないわよ!」
「丸い抹茶味の羊羹の上にチェリーを二つ乗せて、名付けて『登場話数が1話も持たないモブエイリアン』というのはどうかしら?」
「意味が分からないわよ! ってかもう勝手に考えてるし!」
あーあ、また始まったぜ。この二人が一緒にいると、途端に話が脱線するな。
「先輩、漫才はそれぐらいにして、そろそろ本題に入りませんか?」
「あたしは別に好きで漫才をやってるわけじゃないわよ! って、これ漫才じゃないし!」
静琉先輩に翻弄されて機嫌が悪くなったのか、十守先輩はいきなり机を強く叩いた。しかもその拳はちょうどとある煎餅に当たり、それを粉々に打ち砕いた。
……相変わらずすさまじい力を持っているな、先輩。綾へのお仕置きで大分体力を消耗したのかと思っていたが、まだまだ余裕があるじゃないか。
「あっ、ありがとうであります、先輩! 煎餅を砕いて食べるのが好きでありますが、固すぎてなかなか砕けないであります!」
割れた煎餅を見た可奈子は、とても嬉しそうに目を輝かせている。そしてそれを落とさまいと、さっさと拾い上げて食べ始めた。
怪我の巧妙とは、まさにこのことだな。この光景を見て、俺は思わず苦笑を漏らす。
「……なんか話がかなり逸れたみたいだけど、そろそろ本題に入るわね」
十守先輩はティッシュで手に付いた煎餅の食べ滓を拭き取りながら、目付きを険しくする。どうやらここか先の話は、ちゃんと聞いておいたほうがよさそうだな。
「さっきネネも話してた通り、あたしは学園側の運送用トラックの場所を突き止め、ムムとネネを潜入させたわ」
「そうですね。そして二人はまったく知らない場所に着いたと」
「ええ、そうね。実は二人には撮影機能が付いていて、素早く二回連続瞬きをすると、撮影した写真はこのポケット・パートナーに転送されるわ」
「えっ、そんなすごい機能があったんですか?」
「そうよ。ユーシアに試させてみたら?」
「ユーシア、やれるか?」
「あっ、はい! 瞬きを二回すればいいんですね?」
「ああ、頼む」
ユーシアは言われた通りに瞬きをすると、俺のポケット・パートナーからシステム音が鳴った。
俺はそれを手にすると、モニターには「新しい写真が転送されました」とのメッセージが表示されている。モニターをタッチすると、お菓子だらけの机が現れた。
「なるほど……確かにこれはすごいですね」
「で、ムムとネネが着いた場所で撮った写真はこれよ」
十守先輩も自分のポケット・パートナーを取り出し、例の写真を呼び出すと俺たちに見せた。
写真が映っているのは、中世紀の西洋の街並みだ。
「うん、待てよ……? その写真、どこかで見覚えが……」
体が自然に反応を起こした俺は、写真を見つめながら過去の記憶を思い返す。
「昨日先生たちが写真を見せたんでしょう? あれは多分同じ場所だと思うわ」
「確か、『キングダム・グロリー』という名前でしたっけ。今まで聞いたことがないですけど」
「異世界、とかも言ってたわね……信じられない話だけど、この写真を見る限り嘘じゃないみたいね」
十守先輩は半信半疑の目で、ポケット・パートナーに映っている写真を見つめる。
「まっ、前向きに考えましょう! 今までに行ったことのない場所に行けるなんて、それってとてもすごいことじゃないですか! ねえ、マスター?」
ユーシアは両手を握り締めながら、興奮気味で声を上げている。そして彼女は両目を輝かせ、視線をこっちに向けてくる。
「まあ、それもそうだな。聡と直己も、めっちゃくちゃ喜んでたし」
昨日あの二人のおバカなリアクションを思い出すと、俺は思わず苦笑を零してしまう。
そうだ、昨日の出来事といえば、一つ引っかかることがあった。それは……
「なあ碧、ちょっといいか?」
「あっ、はい! 何ですか?」
だるそうに机の上に伏せていた碧は、突然体を起こして肩を竦める。その反応は、まるで授業を聞いていない時に先生に当てられた生徒のようだった。
その様子だと、絶対何か隠し事があるに違いない。
「昨日先生たちが写真を見せた時に、君は何やら呟いたみたいだな。まさか何か心当たりでもあるのか?」
「そ、それは……」
碧のチョコバーを銜えている口はその動きを止め、返答に困っている。そして相当長い間に、周りの空気が静寂に包まれている。
「それはまだ、言えません……今のところは」
やっとの思いで碧の口から出た答えは、何とも曖昧な内容だった。明後日の方向へと向けたその視線も、何やら深い事情があるようだ。
「なんでだよ? まさか『実は恋蛇団やブラック・オーダーのスパイでした』、なんてことはないよな?」
「そんなことはありません! ただ……話しても信じてもらえないんじゃないかって」
激昂した碧は立ち上がって机を叩くが、すぐさま心細そうに俯いた。
「話してみないと分からないじゃない。それともあたしたちのことが信用できないの?」
十守先輩は腕を組み、少し不機嫌そうな目で碧を見る。
「いえ、別にそういう意味では……ただ、向こうで説明したほうが皆さんが納得しやすいと思っただけで……」
混乱する碧は、何とか言葉を繋いでいく。正直、こんな碧は初めて見たかも。
その時、静琉先輩はおもむろに体を碧に寄せて、その手をそっと自分の手のひらに置くと優しく包んであげた。
「し、静琉先輩……?」
静琉先輩の行動に、碧は目を見開いた。
「碧ちゃんも、いろ~んな秘密を抱えてるお年頃なのよね。その気持ちはすごく分かるわ」
「は、はあ……」
「みんな、真相を知りたい気持ちも分かるけど、今はそっとしておいてあげましょう、ね?」
「いいのかしら、静琉? もし万が一あの子がスパイだったら、後悔しても遅いわよ」
「あらあら、十守はひどいことを言うのね。この子の目をよーく見て。人を騙すような悪い子じゃないでしょう?」
「そ、それは……」
「それに、もしこの子が私たちを裏切るような素振りを見せたら、十守もとっくに気付くはずでしょう?」
「確かに、それもそうね……」
静琉先輩の言葉に、十守先輩は俯いて考え込む。
それにしても、静琉先輩はいつも天然のイメージが強いけど、真面目な一面も持ってるよな。
正直、今の状況だと何が起きてもおかしくはないが、碧は裏切り者だなんて到底思えない。
「もちろん秀和先輩も、私のことを信じてくれますよね?」
ああ、とうとう俺に振ってきたか。まあ、この子を妹のように甘やかしたこともあるし、頼られるのも無理はないよな。
「当たり前だろう。碧は大切な仲間だし、勝手に疑うのも失礼だからな」
「先輩……ありがとうございます」
少しだけだが、碧は頬を赤めている。その素直な笑みも、日差しのように俺の心を温めてくれる。
「ほら十守、早く謝ったほうがいいわよ」
「ううう……わ、悪かったわよ、勝手に疑っちゃったりして」
「いいえ、気にしないでください。最近色々ありましたし、そう考えるのも無理もないですから」
疑われるにもかかわらず、碧は十守先輩を許した。その寛大な心は、俺が碧への好感を一層強めさせる。
「それにしても失敗しちゃったなぁ~せっかく元の世界に戻るチャンスがあるのに、まさか全然知らない場所に転送されるなんて」
ネネは昔の記憶を思い出しながら、両腕を上げて背筋を伸ばす。
「仕方ないよ、行き先が分からなかったから。でも、あそこの食べ物は結構おいしいと思わない?」
「そうそう! リンゴがシャキシャキしてるけど、意外とジューシーなんだよね~」
「きっとあそこの農作物は、農薬とか入ってないからだよ!」
「何だか、あそこに行くのが楽しみになってきたね!」
「うんうん! それでね……」
こうしてネネとムムは、絶え間なくマシンガントークを始めた。俺たちはまるで映画を楽しむかのように、黙々とお菓子を食べる。
「みんな~、お待たせ! 新しく出来上がったカップケーキだよ~」
突然、どこからともなく元気な女の子の声が聞こえる。声をした方向を見ると、そこにはケーキの乗ったトレーを持っている女の子がこっちに向かってくる。
灰色に下げた二本の太いおさげは、ドリルを彷彿とさせる。長さは可奈子のより短く、肩までかかっている。そしてセーラーを着ているその姿は明るい笑顔と相まって、何とも愛らしい。
「あっ、花恋ちゃん! お疲れ様~」
「花恋? その名前、どこかで聞いたような……」
「俊介の妹よ。ほら、この前に恋蛇団のアジトを潰す前にいたでしょう?」
「ああ、なるほど。思い出しました」
そう言えば、確か出発する前に二人は別れの言葉を告げていたな。それにあの時、俺は気になって俊介に聞いたし。
「あっ、秀和お兄ちゃん! 遊びに来てくれたんだ~」
花恋は俺を見るなり、朗らかな笑顔を浮かべて、俺に挨拶をした。
「ああ、そうだけど……どうして俺の名前を?」
こうして花恋に面と向かって話すのは初めてだ。まだ彼女には自己紹介をしていないはずだが……?
「お兄ちゃんから聞いたんだ! 秀和お兄ちゃんのこと、すごく気に入ってるみたいだよ」
「はは、そうなのか? それはちょっと照れるな」
俺は人差し指で、自分の熱くなった頬を引っ掻く。俊介の奴、まさかそこまで俺のことを……
「そうだ、よかったらカップケーキを一つどうかな? 頑張って作ってみたんだよ!」
そう言うと、花恋はトレーをこっちに寄せてくる。俺は甘いものは苦手だが、断れるのも野暮だし、ここは空気を読んだほうがいいかな。
「わざわざありがとうな、花恋。それじゃ一つもらおうか」
俺は手を伸すと、カップケーキを一つ手に取って食べた。味は少し甘めだが、食べられないわけじゃない。ほくほくした食感が、俺の舌を踊らせる。
「ど、どうかな? おいしい?」
「ああ、悪くないな。特にこのレーズンの酸味が、このケーキの甘い味の中でよく効いている」
いくら甘いものが苦手とはいえ、それに気を取られてはいいところが見つからない。花恋をガッカリさせないためにも、俺もしっかりしないと。
「ほ、本当? えへへ、やった!」
俺に褒められた花恋は、嬉しそうに拍手している。安心した俺は、彼女に気付かれないように小さく息を吐く。
「そう言えば、俊介はどこだ? 姿が見当たらないけど」
「あっ、お兄ちゃんなら他のお兄ちゃんたちとゲームをやってるよ! 多分どこかの部屋にいるんじゃないかな」
「へー、そうなのか。ちょっと意外だな」
俊介も男子だからゲームをやってもおかしくないが、今まで彼がゲームをやってるところを見たことや、ゲームについて語ったことがないからな。
「お兄ちゃんは普段少ししかやらないけど、聡お兄ちゃんたちに誘われちゃったから、断りきれなくて」
「聡? ああ、なるほどな」
そう言えば、今うちの寮は電気が使えない状態だったな。だからあいつはここに来たついでに俊介を誘ったのか。これなら納得できるな。
「よかったら秀和お兄ちゃんも付き合ってあげて。きっとお兄ちゃんも喜ぶと思うよ」
突然の申し出に、俺は意外に思う。まあ、俺もゲームが大好きだし、行っても損はないか。
「分かった。そんじゃ、ちょっと失礼するぜ」
俺は席から立ち上がり、お茶会のメンバーたちと挨拶を交わす。
「あっ、待ってくださいマスター! このケーキはまだ食べ終わってませんよ!」
「歩きながら食べていいから、早く取るんだ」
「はっ、はい!」
ユーシアはそそっかしい手付きで、自分の皿に乗ってるケーキを手に取った。
「やれやれ、落ち着きがないな……」
「あははは……すみませんね……」
ユーシアは自分の頭を引っ掻きながら、申し訳なさそうに俺に謝る。
「あっ、ところでマスター」
「ん? どうした?」
「写真、撮らなくていいんですか?」
「あっ、そうだった」
ユーシアのおかげで、俺は忘れかけていた自分の目的を思い出す。ドジっ子の割に、意外と記憶力がいいんだな。
「みんな、ちょっといいか? 一緒に記念写真を撮りたいんだけど」
「はい、いいですよ~よかったら私が撮りましょうか?」
ムムが手を伸ばし、俺の代わりに写真を撮ろうとする。気持ちは嬉しいが、一人でも写真に映らなければ記念写真の意味はない。
「いや、自撮りでいい。ムムも一緒に写真に映って欲しいんだ」
「そうなんですか~えへへ、秀和さんって仲間思いですね!」
「わ、わざわざ口に出さなくてもいいだろう……」
「あはは、照れてる照れてる! かわいい~」
「茶化すなよ、ネネ!」
二人の褒め殺しに、俺は慌てて返事する。
「それじゃみんな、あっちの空いたところに並ぶわよ」
十守先輩は席から立ち上がり、誰もいない場所を指差してみんなに知らせる。
こうしてみんなは十守先輩の指示に従い、テキパキとお菓子を机に置いて待機する。俺もその間にカメラのアプリを立ち上げて、スマホが倒れないよう箱の近くにゆっくりと置く。
タイマーを起動させると、俺は急いでみんなのところへ戻る。そしてすぐさま体勢を整えて、スマホが撮影するのを待つ。
その時、何やら右側の袖がぎゅっと握られてるような感触がする。それに気付いた俺はふと視線を移すと、そこには俯く碧がいる。頬も少し赤いようだが、きっとそれはお菓子を食べ過ぎたせいじゃないだろう。ったく、とんだおませさんなんだよな。
そんなことを考えている間に、「パシャ」という音が鳴り、またしても思い出の写真が1枚増える。
「ふふっ、なかなかいい写真が撮れたみたいね」
「はい、そうですね」
「そうそう、秀和くんってSurfaceやってる?」
「まあ、やってますけど……」
「あたしたちのグループに入れば? 後で写真を送ってちょうだいね」
「もちろんいいですよ。思い出はみんなで共有したほうがいいですしね」
こうして俺は十守先輩の誘いを受け、真実の標のグループに参加することになった。さっき撮った写真も、忘れないうちに早速送った。
「ふふっ、よかったわね、碧ちゃん」
「は、はい……ありがとうございます」
突然、静琉先輩と碧は何やら意味深なやりとりをする。物凄く気になるけど、ここは言わぬが花かな。
「みんな、ありがとうな」
「いいってことよ。またいつでも遊びに来なさい」
「分かりました。それじゃ行くぞ、ユーシア」
「はい、マスター!」
こうして俺とユーシアはお茶会を満喫し、俊介たちがいる部屋へと向かう。
雑談タイム
秀和「そう言えば、先輩たちは普段ゲームとかしますか?」
静琉「あらあら、いい質問ね秀和くん」
十守「げっ……静琉、あんたまさか……」
秀和「ん? どうかしましたか?」
十守「あのね秀和くん、静琉が好きなゲームなんだけど、か弱い女の子を操作して殺人鬼から逃げ回るというとんでもない内容なのよ」
秀和「ああ、いわゆるホラーゲームですね。まあ俺はやりませんけど」
十守「そうよね!? なのに静琉は武器を拾い上げたら、平気な顔してその殺人鬼を逆に倒すの」
秀和「まあ、そうしないと逃げられないじゃないですか」
十守「……死体蹴りまでするのよ。まるでこの状況を楽しんでるかのように」
秀和「えっ!? マジですか……」
十守「しかもあたしまで無理やり付き合わされて、その夜は眠れなくなるのよ」
静琉「十守はホラーが苦手なの」
秀和「えっ、あのいつも喧嘩が強い十守先輩が?」
静琉「そうなの。信じられないでしょう?」
十守「静琉! あんたまたあたしの痛いところを……」
静琉「あらあら、いいんじゃないの。世間では、これを『ギャップ萌え』っていうのよ」
十守「……全然よくないわよ」
秀和「じゃあ十守先輩が好きなゲームは? 格ゲー?」
十守「あら、よく当てられたわね」
秀和「いつも格闘技を使ってますから、そうじゃないかと」
十守「まあ、それもそうね。でも格ゲー以外なら、派手なアクションゲームも好きなのよ」
秀和「例えばヘリが出ると必ず墜落するアレですか?」
十守「そうそう、よく知ってるわね」
秀和「これでも一応ゲーマーですからね。後は爆発でビルが崩れ落ちて、別のビルに飛び移るのもありますね」
十守「ああいうのも結構スリルがあって面白いわね~」
静琉「そして空中にいる時にUFOに吸い上げられて、縫いぐるみに改造されたりして……」
十守「UFOキャッチャーじゃないんだから……」