リボルト#17 束の間の憩い Part8 もう一つの真実
※このパートにはネタバレが含まれております。ご注意ください。
「文具会社『フミヤ』、その名前を聞いたことはあるかしら?」
「『フミヤ』? もちろん知ってるぜ。つうか、10人の中で約9人が使ってるぐらいだから、学生なら誰でも知ってるだろう。それがどうかしたのか?」
「私が、その会社の社長の娘なのよ」
「へー、そうなんだ……ってなに!?」
靄の突然のカミングアウトに、俺は思わず驚きの声を上げた。まさか目の前にいるこの女子は、こんなすごい人物だったとは思わなかったぜ。
「そして私のお父さんと広多のお父さんは、お仕事で知り合った友人同士だわ。それで広多との接触も多かったわけ」
「なるほど、やっと理解できたぜ。で、広多のお家は何やってんだ?」
「ホテルの経営及び管理だ」
広多は俺の質問に答えたが、意外なことに彼はいつもの上から目線がなく、やけに大人しい態度を取っている。「ここまでやってこれたのは俺の手柄じゃない」と思っているからだろうか?
それにしてもホテルか。こりゃ相当金が儲かりそうな分野だな。これなら「御曹司」と呼ばれるのも頷けるな。
だが、ホテルと文具の関連性が依然として見えてこない。もう少し掘り下げてみるか。
「ホテル? それって文具と何の関係が……」
「客室の中に、鉛筆や紙などがあるでしょう?」
「あっ、分かった、そういうことか!」
靄のヒントをもらった俺は、一瞬でその意味を理解できた。
「飲み込みが早いわね。そう、広多の会社のホテルに使われている文具は、全部うちの製品なの」
「へー、二人はそうやって知り合ってるのか。いい話じゃないか」
俺は靄と広多の運命の出会いに感慨し、感想を言葉にする。しかし、現実はそう簡単じゃなかった。
「そうでもないわよ。実は、私には綾という妹がいるの」
「妹? 見たことがないけど……ここにはいないのか?」
靄の言葉に疑問を抱いた俺は周りを見渡すが、それらしき人物が見当たらなかった。
「ええ、そうよ。正確に言うと、この世にはいないわよ」
「この世にはいない? それってまさか……」
あまりにも衝撃的な発言に、俺は無意識に眉間にしわを寄せ、冷や汗を流す。何の準備もなしに地雷を踏むと、本当に大変なことになりそうだな……
「ある夜のことよ。広多のバカ兄貴の一人が飲酒運転をしたせいで、私の可愛い妹が植物人間になってしまったわ」
靄の口調が落ち着いているが、よく見るとその表情にはいつもの余裕がなく、両目も潤っている。まあ、大切な家族にあんな災難が降りかかったんだ、そうなるのも無理もないだろう。
「………………」
一方広多は何も喋らず、ただ気まずそうに明後日の方向に向かっている。どうやら本当のことに違いないようだな。
「そ、そんなことがあったのか……悪いな、変なことを聞いちまって」
「いいのよ。それじゃ、話を続けるわね。あの事故の後、私達は綾を治すために色んなお医者さんに治療を依頼したけれど、怪我が酷かったので回復する傾向が一向になかったわ」
「そうなのか……どうにもならなかったのか?」
「いいえ、一つだけ方法があったわ。綾の記憶をとあるデバイスに集めて、プログラムとして生き返らせるという方法よ」
そういうと、靄はジャケットの中からスマホのような機械を取り出して、俺たちに見せた。
「なんか、ポケット・パートナーに似てるような形だな」
「似てるも何も、元々これがプロトタイプよ。でもさすがに今の機能だと物足りないから、碧ちゃんに色々改良してもらったけどね」
「プロトタイプ? つまりそれがユーシアたちより先に作られたってことか?」
「ええ、そうよ。罪滅ぼしをするために、広多のお父さんが大金を叩いてくれたおかげでね」
「そんな深い事情があったのか……じゃあポケット・パートナーが作られたのも、偶然じゃないみてえだな」
「まあ、そうとも言えるわね。実はこのプロトタイプには霊魂転移という機能があるのだけれど、私の肉体を借りて綾の人格を移すことができるわ」
「人格を移す? これはまたすげえ機能だな……」
「確かにすごいわね。でも副作用もあるわ。毎回綾の人格を機械に戻すと、激しい頭痛が伴うわよ」
「マジかよ……そいつは大変だな」
「そうね……でもP2でフォトン体が作れる以上、その問題も解決できるわ。同じ体を使わずに済みそうね」
「なるほど、さっき言ってた改良ってそれのことか」
「それだけじゃないわ。ちょっとあの子にプレゼントも用意しておいたの」
「プレゼント? 何のことだ?」
「まあ、説明するより実際に見せたほうがいいわね」
そう言うと靄はスイッチを入れて、彼女のポケット・パートナーを起動させた。
すると画面には、赤いツインテールの少女が映り出した。彼女が綾なのだろうか。
「ふぁあ~よく寝たぁ~」
まるで昼寝でもしたかのように、綾はだるそうに欠伸をする。クールな靄とは真逆で、綾の第一印象は無邪気な子供そのものだった。
「おはよう、綾。気分はどうかしら?」
靄は目を細めながら、綾に優しく声を掛ける。うん、ちゃんと姉らしい一面もあるんだな。
「おはよう、お姉ちゃん~まあ、気分は悪くないかな~」
「そう、それはよかったわ。それじゃ早速だけど、新しい体を試してみようかしら」
「うんうん! あたしは長い間お姉ちゃんに頭を撫でてもらったり、抱き締められたりしてないんだ~楽しみだね!」
綾は物凄く嬉しそうにはしゃぎ、靄とのスキンシップを期待している。何年間もずっとあの機械に閉じ込められているから、そう考えるのも自然だよな。
「ええ、今すぐ出してあげるから、少し待っていてね」
靄も少し興奮気味で、機械を操作している。すぐさま俺たちの前に赤い光と共に、綾が姿を現す。
赤く伸びているツインテールの髪は、彼女の幼い顔によく似合っている。その華奢な体を包んでいる白黒のブレザーとチェック柄のヒラヒラスカートが、丸みを帯びたボディラインをくっきりと見せている。
「お……お姉ちゃ~ん!」
次元の壁を破ったことで喜びを覚えたのか、綾は涙を流しながら両手を広げ、靄を抱き締める。
「ふふっ、P2で出来た体だけれど、またこうして綾に触れられるなんて、すごく嬉しいわ」
現実世界で妹との再会を果たした靄も、そっと綾の頭を撫でている。新型に改良したおかげで、綾の体も霧のように散ることなく、ちゃんと形が保たれている。
「うぐ……なんて感動的なシチュエーションでしょう! 私、感動しすぎて泣きそうです!」
まるで昼ドラでも見ているかのように、ユーシアはハンカチで涙を拭いている。が、その涙は滝みたいに激しく、もはやハンカチではどうすることもできない。
ユーシアの体はP2で出来ているため、涙腺は存在しないはずだ。これもP2のなせる業だろうか?
「もう泣いてるじゃないか」
そんな彼女を見て、俺は思わずツッコミを入れる。いくら無邪気とはいえ、さすがにこのリアクションはオーバーなんだよな。
「あれ? 誰なの、この子は?」
ユーシアの泣き声に気付いた綾は、こっちを振り向いて質問を投げる。
「この子はユーシアちゃんよ。ポケット・パートナー新型第1号ってところかしらね」
「へー、そうなんだ。じゃあ、あそこのバサバサ頭は?」
……バサバサ頭? それって俺のことか? 結構気に入ってるのにな、この髪型……何だか傷付くぜ。
いや、別に「バサバサ頭」って呼ばれたからって、バカにされてるわけじゃないよな? 考えすぎだな、俺は。
「ユーシアちゃんの所有者、狛幸秀和よ。私達とは協力者関係だから、これからも仲良くしてあげてね、綾」
「そ、そっか……お姉ちゃんがそう言うなら」
綾はそう言いながらも、その目には戸惑いが残っているようだ。やれやれ、ここは俺が動くしかなさそうだな。
「ゴホン、俺は狛幸秀和、脱兎組のリーダーだ。色々あってこのふざけた学校の先生たちと対抗することになっているんだ。まあ、とにかくよろしくな」
すでに何度も自己紹介をした俺は慣れた口付きで、簡単かつ分かりやすく自分の身分を教える。そして俺は手を差し出して、敵意がないことを示した。
「へー、きみって、見かけによらずいい人みたいね。てっきり怖い不良かと思ってたよ」
「ちょっと、その言い方は失礼よ、綾」
「え~だって本当にそう見えたんだもん!」
「はあ……あのね……」
綾のド直球な言葉に、靄は窘める。
俺は気にならないと言えば嘘になるが、ここは波風を立てずに穏便にことを済ますとするか。それに、俺は実際に不良になったこともあるし、言い返しようがないからな……
「あはは、いいっていいって。よく言われるから」
俺は苦笑して、靄をなだめる。
「そうなの? それならいいけど……」
「そうそう、いちいち細かいこと気にしないの、お姉ちゃん!」
「あまり調子に乗らないことね。いつか絶対に罰が当たるわ」
「あれあれ、なんでお姉ちゃんはこの人の肩を持つの? あっ、もしかして一目ぼ……ぐぎゃあ!」
突然綾は悲鳴を上げると、倒れ込むようにして尻を突き出している。
「な、何が起きたんだ!?」
あまりにも急な出来事に、俺は驚きの声を上げる。
「こんなこともあろうかと、碧ちゃんにお仕置き機能を追加しておいてもらったのよ。これでもういい加減なことが言えないわ」
靄はドヤ顔を浮かべると、こっちに近付いて俺にポケット・パートナーの画面を見せた。
「ちなみに、今のは『お尻ペンペン』よ。このボタンを押すと、綾のお尻にはビンタで打たれたような痛みが走るわよ」
「お、お尻ペンペンか……こりゃまたシンプルなネーミングだな」
「お姉ちゃんひどい! かわいい妹に体罰をするなんて! しかも死の淵から生き返ったこの妹に!」
「これとそれは話が別よ。それにさっきも言ったでしょう、調子に乗ると罰が当たるってね」
「うう……お姉ちゃんのバカ! 鬼! 人でなし!」
「あら、どうやら綾はもう一度さっきの恥ずかしい姿を曝け出したいようね」
そう言うと靄は先程の怖い笑顔を浮かべ、指を上げてお仕置きのボタンを押そうとする。
「ちょっとタイムタイム! もう言わないから許してぇ~!」
弱みを握られた綾は手も足も出ず、ただひたすら許しを乞っている。やれやれ、この姉妹は仲がいいのか悪いのか、よく分からないな。
そういえば、俺はまだ手を差し出しているままだな。さっきの騒ぎで完全に忘れられたみたいだけど。
「ほら、彼はずっと綾を待っているわよ。早く挨拶して」
何だ、忘れてないのか。
「ふんっ! この人のせいであたしがひどい目に遭ったんだよ! 誰が挨拶なんかするもんか!」
お尻ぺんぺんの件で根に持っているのか、綾は俺に八つ当たりした。まったく、俺のせいかよ……
「綾?」
靄は冷ややかな視線で綾を見つめ、左手の人差し指をポケット・パートナーの画面に近付けようとする。
「あ、あたし、震岳 綾と申します! 不束者ですが、どうぞよろしくお願いします!」
お仕置きを恐れている綾は、早くも素直に俺と握手を交わした。その震えている声が、彼女の未熟さを物語っている。
「ああ、よろしくな」
そんな彼女に同情しつつ、俺は平静を装って返事をした。
これで少し落ち着くと思っていたが、すぐ別の問題が起きてしまう。
「ああー! あんたってもしかして……!」
驚く綾の声がした方向に目を向けると、彼女が広多を指さしているのが見える。
「まったく……面倒な事になったな」
広多は溜め息をつき、俯いてしまう。
「ちょっとお姉ちゃん! なんであいつがここにいるの?」
綾は動揺を隠しきれず、靄に質問を投げる。
「彼はね、悪いお兄さん達に見捨てられ、ここに送られたのよ」
「はぁ……はっ! いいザマだね!」
予想外なことに、綾は広多を同情するどころか、得意げに彼を見下ろしている。
「ちょっと綾、その言い方はないでしょう」
そんな無礼な態度を見せる綾に対して、靄は眉を顰めている。しかし綾には、彼女なりの言い分があるようだ。
「だって、あいつのお兄さんがあたしを車ではねたんじゃない!」
「だからって、広多に八つ当たりするのもどうかと思うわ。犯人は彼じゃないでしょう」
「ふんっ! 同じ暗元家の人間なんだから、同罪よ同罪!」
腕を組んでいる綾は、機嫌悪そうにそっぽを向く。その考えは極端かもしれないが、気持ちは分からなくもないな。
「じゃあ貴女を救ったのは、広多のお父さんだということを忘れたというの?」
「………………」
論破された綾は、早速黙ってしまう。
「それに貴女は昔、広多のことが好きなんでしょう? ラブレターとか書いたりして……」
「わああああああー!!! 聞こえない聞こえない聞こえなあーい! もうこれ以上言っちゃダメー!!」
秘密を暴かれた綾は、両手で耳を塞いで聞こえなかったふりをする。
「そんなことをしたって、何の意味もないわよ。綾はいつもこんなだから弱みを握られるのよ」
「じゃあ……じゃあお姉ちゃんはどうなの! 秘密なら一つや二つぐらいあるでしょう!」
「ええ、誰にだって秘密はあるわよ。でも綾は私の秘密を知らないでしょう?」
「ぐぬぬ……あたしはいつか、絶対にお姉ちゃんの秘密を暴いてみせてやるんだからっ!」
謎の対抗心を燃やした綾は、ビシッと靄を指さす。
「あら、そうなの。いつでも来なさい、出来るものならね」
しかし靄は焦るどころか、落ち着いた様子を見せている。髪を掻き上げる仕草は、自信に満ちている証だ。
「ううう……何なのよその余裕は! 本っ当ムカつくわ!」
怒りのあまりに、綾は歯を食い縛る。そして次の瞬間に、彼女はどこからともなくノートとペンを取り出した。
「もう、こうなったら……!!」
衝動に駆られている綾は、何かを書き殴っているようだ。よく見ると、「爆」という大きな文字が白いページに存在感を示している。
続いて彼女はそのページを破って丸めると、それを投げ出した。
「パン!」
するとどうだろう。なんとその紙が癇癪玉のように爆発したじゃないか!
「あら、早速そのノートの使い方に気付くなんてね。まあ、プログラムに入れておいたから当然よね」
耳障りな爆発音を聞いても、靄はまったく動じない。何というメンタルの強さだ。
「靄、君がさっき言っていた『プレゼント』のことは、もしかしてあれのことなのか?」
先程の会話を思い出して、俺は靄にそう質問した。
「まあ、そんなところね。文具の商売をする人間には相応しい能力でしょう?」
「そ、そうだよな……」
靄の返答に、俺は頷いた。
それにしても、あの紙に文字を書けば、その意味通りの効果を持つのか……なかなか面白いじゃねえか。
「ちょっと! 今癇癪玉を投げたのは誰なの!?」
突然、近くから十守先輩の怒鳴る声が聞こえる。あれだけ大きな爆発音が響いたんだ、無理もないだろう。
「げっ、ヤバッ!」
十守先輩の凄まじい剣幕に圧倒された綾は、慌てた表情を見せる。
「綾~? さてはあんたの仕業ね?」
かなり分かりやすい綾のリアクションを頼りに、十守先輩はいとも簡単に犯人を見つけ出し、ギロリと綾を睨みつける。
「ちちち違いますよ! あたしはそんなことを……」
「じゃあ、どうしてそんなに慌ててるのかしら?」
「うぐ……そ、それは……」
「ほら、やっぱりあんたじゃない! 悪い子にはお仕置きよ!」
「えっ、えっ!?」
綾が対応に迷う前に、十守先輩は素早い動きで彼女の背中に接近し、その体を前に屈めさせた。そして十守先輩は電光石火のごとく綾のスカートを捲り、その尻を叩いた。
大きな打撃音が、この広い空間に何度も響き渡る。そのリズム感のよさに、俺は一時十守先輩が太鼓でも叩いているのかと錯覚していた。
「ぎゃあああ!!! いったいじゃないですか、先輩!」
「あんたね、こんなところで火遊びをするなんて、もし火事が起きたらどうすんのよ! ここを建てるのに、どれだけ時間がかかったと思ってるのよ!」
「だ、だって……」
「口答えしないの!」
「え、ええええ~~!!! 先輩怖いよぅ~」
十守先輩の怒りに満ちた口調に怯えた綾は、手も足も出なかった。
「早く謝った方が身のためよ、綾。もうお尻が赤くなってきてるわ、うふふ」
「ううう……他人事だと思って! 旧型ならこんなにことにならずにすむのに~!」
楽しそうに笑っている靄を見て、綾は悔しそうに音を上げる。
確かに新型だと体は実体化するのだが、今の場合だとかえって仇となってしまったな。それによりによってあの十守先輩の餌食に……やれやれ、可哀相に。
「先輩、いい加減その辺で……」
「なんか言ったかしら!?」
「イエナンデモナイデス」
相変わらず乱暴だな、十守先輩は。
「もう、秀和くん! これは君が見ていいものじゃないわよ! 早くあっち行ってなさい!」
「あ、はい……」
俺は十守先輩の命令に逆らえず、言われた通りにこの場を離れることにした。途中で俺は靄の近くに移動し、彼女にこんな質問をした。
「おい、妹があんなことされてるけど、止めなくていいのかよ?」
「大丈夫よ、どうせ機械に戻せば元通りになるんだから。いちいちそんなことに気にしたら、精神が持たないでしょう?」
「こういう時は案外割り切れるんだな、君は。さっき妹の話をしてた時には、あんなにセンチメンタルだったのに」
「そうよ、だって私はクールビューティですもの」
そう言うと、靄はまるで見せびらかすかのように自分の髪を掻き上げる。
まったく、ミステリアスな雰囲気が凄まじいぜ。涼華といい勝負が出来そうだな、こいつ。
「そうなのか……それじゃ失礼するぜ」
「ええ、またね」
これ以上話しても有意義な情報は引き出せないと思い、俺は更に奥へと進む。
……と、その前に。
「あのさ、この状況でこんな頼みをするのは変かもしれないけど、写真を撮ってもいいか?」
「別に構わないけど……どうして?」
「ちょっと思い出を作りたくてな」
「なるほどね。まあ、思い出を形として残すのはいいことよ。日記みたいにね」
「そういうことだ。ほら、広多も一緒にどうだ?」
「俺はいい。そういうくだらない仲良しごっこに付き合う気はないからな」
相変わらず広多はこっちを見向きもせず、冷たい態度を見せる。
「あら、またそんなこと言って。さっきはあんなに会話が盛り上がったというのに」
「二つのことを一緒にしないでくれ」
「お互いの信頼関係を築くためにも、こういう小さなことの積み重ねも大事だと思うわ。違うかしら?」
「くっ……分かった。ただし今回だけだぞ」
「ふふっ、物分かりがよくて助かるわ」
広多は靄の勢いに圧倒され、ようやく撮影の被写体になってくれる。
しかし、一つ気になることが。
「もう、せっかくお姉ちゃんと感動の再会ができたはずなのに、どうしてこうなっちゃうの~!」
綾の悲鳴は、依然として隠れ家の中にこだまする。こんな気まずい雰囲気の中で、写真を撮るしかないのか?
「難しいことなんて考えなくていいわ。いっそのこと、綾もカメラに収めればいいんじゃないかしら?」
俺の表情を読み取ったのか、靄はそんな提案を口にする。ええい、こうなったらもう自棄だぜ。
「まあ、別にいいけどさ……ところで広多、ちょっと離れすぎないか? もうちょっと真ん中に寄れよ」
「いちいち文句を言うな。撮影を許可してやるだけでありがたく思え」
「相変わらず上から目線だな……」
「こう見えても、広多は結構恥ずかしがり屋なのよね。説明会とかで写真を撮る時も、いつも隅っこに立ってるの」
「おい、あまり余計なことを話すな」
自分の弱みを暴露され、広多は眉間を顰める。
「あら、別にいいじゃない。どうせいずれ知られることだし」
「全く、お前という奴は……秀和、こいつがこれ以上喋り出す前に、さっさと撮影しろ」
「あ、ああ……分かった」
写真を撮ったはいいが、奥に写っているお仕置き中の綾や広多の不機嫌そうな目付きは、何とも微妙な雰囲気を醸し出している。
まあ、これで一応写真を撮ったわけだし、良しとするか。
複雑な気分を抱きながら、俺は次の話し相手を探すことにする。
雑談タイム
綾「ううう……お尻がヒリヒリする……二つに割れちゃうよ……」
靄「元々割れてるじゃない、お尻は」
綾「あっ、そうだった」
広多「お前達、本当に昔と変わらんな。妹のことは気の毒だが、こうしてまた会えて何よりだ」
綾「ふんっ、今更いい人ぶらないでよね!」
靄「綾、いつまでそのことを引きずるのかしら? 恨むなら彼のバカ兄貴を恨みなさい」
綾「ううっ……分かってるよ」
秀和(嫌な流れだな……何とかして話を逸らさないと)
「それにしてもすげえな、さっきのノート。もしかしたら『ハンバーガー』って書けば、その紙がハンバーガーの味になったりして……」
綾「おお、そんな使い方があったなんて! きみ、なかなかやるじゃん!」
靄「うふふっ、これで食事の問題は解決ね。私も面倒な料理をしなくても済みそうだわ」
綾「……いや、ちょっと待ってよ! もしかしたらあたし、一生紙を食べる人生を送らなくちゃいけないの!? イヤだよそんなの! あたしヤギじゃないし!」
靄「じゃあ羊でいいわ。その方が可愛いでしょう?」
綾「そうそう、ひつじひつじ……ってあんま変わんないじゃん!」
靄「羊も嫌なの? じゃあ、羊の着ぐるみを着ればいいじゃない」
綾「だから、そういう問題じゃなくって!」
靄「これも駄目あれも駄目……もう、手間のかかる子ね」
綾「お姉ちゃん、もしかしてあたしをいじる癖がまた始まったの?」
靄「今更気付くなんて遅いわ。それに『また始まった』のではなく、『ずっと続いてる』のよ」
綾「……やっぱり、お姉ちゃんなんて大っ嫌い!」
靄「あら、そういうことを言う子は、大体姉のことが好きなのよ」
綾「だ、騙そうとしてもムダだかんねー!」
靄「まあ、信じるかどうかは、貴女の自由だけれどね」
綾「も~う、ムカつく! 今度こそとびっきりすごいやつを……!」
十守「何がとびっきりすごいって?」
綾「ギクッ!」
十守「ま~だお仕置きが足りないのかしらね?」(指を鳴らして)
綾「ぎゃあああああ!!! お姉ちゃん助けてー!!!」
靄「もう、やはり私がいないと駄目なのね、綾は」