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反逆正義(リベリオン・ジャスティス)Phase One——Ten days in heaven(or in hell)  作者: 九十九 零
第4章 怒りの反撃編・信念の分岐点
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リボルト#17 束の間の憩い Part7 広多の暗い過去

※このパートにはネタバレが含まれております。ご注意ください。

 しばらく移動すると、あの忌まわしい校舎が再び俺たちの前に現れやがる。そそり立っているそれが、相変わらずとてつもない威圧感を放っている。

 こんなロクな記憶が一つも残らない場所には、何の未練や愛着も湧かない。俺はすぐに目を逸らし、一刻も早く目的地に向かおうとする。

 しかし、そんな俺の気持ちを無視したかのように、早くもその静寂が打ち破られてしまう。

 全ては、とある窓から飛び出た大きな石から始まった。それはまるで弾丸のように、勢いよくガラスの防壁を突き破り、「ガシャーン」という大きな物音を立てている。

 いや、赤くて四角いので、石というよりむしろ煉瓦(れんが)の方が正しいかもしれない。どこでそんなものを手に入れたのかは知らないが、この際そんなことはどうでもいいだろう。


「てめえ、邪魔なんだよ! これは俺のものだって、何度言えば分かるんだ!」

「その商品におめえの名札でも貼ってんのかよ、あぁん!? どうせおめえが持ってても、宝の持ち腐れなんだよ!」

「ちょっと、男子二人が女子用の下着を奪い合うなんて、みっともないわよ! それをこっちに渡して頂戴!」

「あぁん!? てめえには関係ねーだろうが!」

「何なら拳で語り合おうか、おらっ!」

「やんっ! あんたら、女子に手を上げるなんて、サイッテーよ!」


 割れた窓から、何やら喧嘩の声が聞こえる。その内容を聞く限り、とても健全だとは思えない。

 喧嘩の声以外にも、パンチの音や地面を踏みつける音が混じっている。どんな光景なのか目には見えないが、どうやら今日もEクラスの連中が商品を奪い合っているようだ。

 欲望にまみれる奴らも醜いが、奴らは期待を込めている自分の親たちに、ここに送られてきたせいでこうなってしまったと思うと、実に嘆かわしいことだぜ。

 今は校長が隠蔽工作をしてるからバレずにいるけど、もし真相を知る日が来れば、彼らは一体どんな顔をしているんだろう。まあ、結果はすでに見えているけどな。

 突然、俺はユーシアの手が震えているのを感じる。どうやら彼女が、恐怖に怯えているようだ。まだ現実の残酷さを知らない彼女には、なかなか堪え難いものだろう。


「行こう、ユーシア。これは君が見ていいものじゃない」

「あっ、はい……」

 度肝を抜かれたのか、ユーシアはさっきまでの元気がなく、蚊の鳴くような声で返事した。やれやれ、可哀相にな。

 こうして俺は身を翻し、ユーシアを連れてこの悪意の満ちた場所から離れることにした。

 しばらくすると、俺たちはショッピングモールに辿り着き、倉庫の一番奥にあるエレベーターまで移動した。

 そして俺は事前にもらったICカードをパネルにスキャンして、十守先輩から教えてもらったパスワードを入力する。するとエレベーターの扉が、俺たちを迎えるように開いた。

 中に入ってドアを閉めると、エレベーターは凄まじいスピードで降りていく。高いところが苦手な俺には少しキツい空間だが、その分早く目的地に着いたので助かる。

 隠れ家(セーフハウス)の扉は、依然として威圧感を放っている。だが入室済みの俺は、中に仲間たちが待ってくれることを知っている。


「先輩、俺とユーシアです。ドアを開けてもらえませんか?」

「あら、来てくれたわね。待ってて、今開けるから」

 天井のスピーカーから、十守先輩の大きな声が響き渡る。そして次の瞬間に、隠れ家のドアが開いた。

「いらっしゃい、二人とも。今日は何の用事かしら?」

「用事と言っても、大したことじゃないですよ。ただ遊びに来ただけです」

「あら、そうなの? うふふっ、歓迎するわ」

 そう言うと、十守先輩は爽やかな笑顔を浮かべた。

「それにしても、随分と賑やかですね。何をしているんですか?」

 奥の物音に気付いたユーシアは、首を傾げて質問する。

「まあ、色々とね。お茶会とか、トレーニングとか、あとはゲームとか」

「すげえバラバラですね。まあ、自由なのは別に悪いことじゃないですけど」

「そうね。って、立ち話もなんだし、中に入んなさいよ」

 十守先輩は一歩横に動いて、俺たちに道を開けてくれた。そんな彼女の言葉に甘えて、俺たちは中に足を踏み入れることにした。


 長い廊下を通り抜けると、そこには広いロビーがあった。そして十守先輩の言う通り、仲間たちが色んなことをしている。

 ゆっくりとお茶会を楽しんでいる碧たちと、トレーニングルームで対戦している正人たち。ゲームをしている連中が見当たらないが、多分どこかの部屋の中にいるだろう。

 それより気になるのは、近くのカウンター席で会話をしているこの二人だ。


「……それにしても、まさかここで出会うなんてね。元気そうで何よりだわ」

「元気だと? ふん、冗談は止せ。このような腐った世界に生きる程、煩わしいことはないからな」

「まだあの時のことを引きずっているのかしら? まあ、気持ちは分からなくもないけどね」

 (もや)と広多が、何やら意味深な会話をしているようだ。接点がない二人だと俺はずっと思っていたが、まさかこうして言葉を交わしているとはな。

 興味が湧いた俺は、二人の隣に座った。そもそも広多は自分について全然話したことがないから、まだ謎だらけなんだよな。これは彼を知るいいチャンスかもしれない。


「おっと、これはずいぶん珍しい組み合わせじゃないか。俺も混ぜてくれよ」

「……いきなり横から口を挟むとは、失礼にも程があるぞ。お前に話すことは何もない」

 案の定、広多は眉を顰めて、俺との会話を拒否する。相変わらず愛想のない奴だな。

「何だよ、かわいい女の子と話してるのに、なんで俺はダメなんだよ? あっ、さてはナンパ……」

「お前はもう少し物分かりのいい奴だと思っていたが、どうやら俺の勘違いだったようだな。その頭は、氷室聡と同じレベルだな」

 そう言うと、広多は自分の顔を隠しているマフラーを少しずらして、我が物顔にグラスの飲み物を一口啜った。

 やっぱりこいつには、冗談が効かないらしい。少し腹が立った俺は、遠慮なく本音を吐いた。


「おいおい、俺はお前のことをもっと知りたいと思ってるだけなのに、その言い方はないだろう! 一緒に戦う仲間なんだからさ、お前がずっとそのままだと信頼関係も築けず、いつか絶対に痛い目に遭うんだぞ!」

「そんなものが何の役に立つというのだ? 戦いなど、俺一人で十分だ」

 広多は(まぶた)を閉じて、こっちに見向きもしない。それはまるで、自分の心を深い闇に閉ざすかのようだった。

「あら、話してあげてもいいんじゃないかしら? 彼、貴方のリーダーなんでしょう?」

「リーダーなんかじゃない。あの連中が勝手に決めたことだ」

 靄がそう水を向けても、広多は決して揺らぐことはなかった。

「おい、黙って聞いてりゃいい気になりやがって」

「違うのか? 俺からすれば、お前はリーダーになる素質これっぽっちもない。ただ咄嗟の思い付きで行動を決めていれば、いつか身を滅ぼすことになるぞ」

「ぐぅ……そいつは悪かったな!」

 悔しいながらも、反論する言葉が見つからなかった俺は、自棄になってそう吐き捨てるしかできなかった。

「ふん、分かればいい」

 勝ち誇ったかのように、広多は冷ややかに笑う。俺は何だか、聡の気持ちが分かってきたような気がするぜ。


「ちょっと広多、さすがにそれは言い過ぎなんじゃない?」

 広多の言動を見かねたのか、靄はそんな彼を(たしな)める。

「言い過ぎだと? 俺が言ったのは事実じゃないか」

 あたかも自分に非がないかのように、広多は不思議そうに靄を見ている。

「もう……変わったわね、貴方は。昔はこんなじゃなかったのに」

 冷たく当たられた靄は、眉間にしわを寄せながら溜め息をつく。

 そう言えば、さっき彼女が言っていた「あの時のこと」がすごく気になるな。もう少し追究してみようか。

「なあ、さっき靄が『あの時のこと』とか言ってたけど、一体何があったんだ?」

「…………っ!!」

 しかし俺がそれを口にした瞬間、広多の目付きが豹変する。まさか何か大事な秘密でも隠されているのか?


「貴様、俺のあの忌まわしい過去を聞くつもりか!?」

「まあ、興味があるからな。一体何がお前をこんな風にしたのかって知りたくてさ」

「貴様、初対面の時に『人のいやな過去を掘り下げて傷つけるつもりはない』と、俺にそう言ったのではないか!? 今更それを破るのか?」

 こいつ、いつも無愛想な素振りを見せているわりに、初対面のことをよく覚えてるじゃないか。そう思った俺は、思わず口元が緩む。

「だが俺はこうも言ってたぜ。『話してみたら、楽になるだろう』ってな」

「た、確かにそうだが……しかしこれとそれは話は別……」

「お前、いい加減素直になれよ。ずっとこのまま一人で抱え込んでも、辛いだけだぜ?」

「…………」

 さっきまで強気だった広多は、急に俯いて黙り込んでしまう。

 どうやら彼はまだ躊躇(ちゅうちょ)しているようだ。あと一押しだな。


「お前はさっき、『咄嗟の思い付きで行動を決めていれば、いつか身を滅ぼすことになる』と言っていたな」

「……それがどうした」

「なら俺からも一つ忠告してやるぜ。悩みとは時限爆弾だ。早くそれを解除しないと、いつかそれが爆発してお前を木っ端微塵にするぜ?」

「お、脅しなど効かんぞ」

 広多はそう言っているが、その目は明らかに動揺している。やれやれ、まだまだ甘いぜ。

「脅しじゃないぜ。俺が言っていることも事実だからな」

 広多が使っていた言葉で、俺は容赦なく言い返す。ふふん、一矢報いた気分だぜ。

「広多、彼の言っていることも一理あるわ。やはりここで洗いざらい話したほうが、気分が少し楽になると思うわ」

 靄は落ち着いた口調で話すが、彼のことを心配しているのが分かる。やはりこの二人の関係は普通じゃなさそうだな。

「……いいだろう。ただし一つだけ条件がある」

「なんだ?」

「貴様も後で、自分の過去を話せ。その方が公平だからな」

「ああ、いいぜ。お前の話を聞いて、自分だけが話さないのはずるいからな」

 俺は頷いて、広多の出した条件を飲んだ。すると広多は目を閉じ、深呼吸をした。多分心の準備が要るだろう。


「実は……俺は元々孤児だったんだ」

「えっ!? けどあの鬼軍曹は確か、お前のことを『御曹司』って……」

 いきなり衝撃の事実を聞かされ、俺は驚きの色を隠せず、頭の中が混乱する。

「あれは今の父さんに拾われた後のことだ。だが俺の本当の両親は誰なのか、今でも分からずじまいだ」

「そうか、そいつは大変だったな」

 あまりにも辛い内容に、俺は思わず息を詰める。しかし広多の悲しいエピソードは、まだ始まりに過ぎなかった。

「父さんはいつもよくしてくれている。だが彼の息子たち、つまり俺の兄に当たる連中が、そうではなかった。俺に仕事を押し付けて、自分で遊びに行くことは少なくない」

「そんなことがあったのか……まああいつらからすれば、お前は部外者のような存在だよな」

「むしろそんな彼らの本性を知ったからこそ、貴方のお父さんは貴方を拾ったのかもしれないわね」

 靄は広多の境遇を注意深く聞き、冷静に分析する。確かにあのような放蕩息子がいると、親も悩むよな。


「そう言えば、お前のお袋さんは? あっ、義理の方な」

「……5年前に病気で他界した」

 長い時間が経って悲しみが弱まったからか、悲しい出来事の割に広多は何故か落ち着いている。まあ元々彼はメンタルが強そうだし、別におかしくないか。

「そうか、悪いな」

「いいや、今のところは別にお前のせいじゃない。だがこれからそのことを口にしたら、ただでは済まさんぞ」

 広多は鋭い目付きで、こっちを睨みつけてくる。グラスを持っているその手も、ぶるぶると震えている。

 そう言えば、この前に拓磨が自分のお袋さんの悲しい運命を語っていた時に、何やら考え込んでいたようだな。きっと同じ母を失う者同士として、同情心が動いたに違いないだろう。

「ああ、肝に銘じておくぜ」

「……分かればいい。それでは話に戻るぞ」

 広多は飲み物を一口吸うと、話を続けた。


「奴らは仕事の押し付けだけでなく、俺に何度も肉体的と精神的な苦痛を与え続けていた。その激しさは、止まる所を知らない。それに……」

 広多は話の途中で、突然黙り込んだ。よほど嫌な記憶が蘇ったのだろう。そんな彼を、俺と靄は静かに見守る。

「俺がこの忌まわしい場所に送られてきたのも、あいつらのせいだったんだ!」

 堪忍袋の緒が切れた広多はついに周りを見失い、大声を放つと怒りに駆られてグラスをカウンターの上にぶつける。

「それは一体どういうことだ? 詳しく聞かせてくれ」

 話の流れでこうなることは大体予想がつくが、これだけではまだ分からないことがたくさんある。ここはじっくりと問い詰めようじゃないか。


「実は俺がここに送られてきた少し前に、父さんが急病で倒れてしまい、危篤(きとく)に陥っていた」

「マジかよ……泣き面に蜂だな」

 ただでさえお袋さんが亡くなって大変なのに、まさか更にこんな残酷な事実に直面しないといけないなんて……広多はまだ少年だということを思い出すと、つい心が痛む。

「普通なら親の容態を案じるのが常識だが、奴らは遺産のことしか考えていなかった」

「ああ、なるほどな……いるよな、そういう金目当ての腐った連中が」

「ふんっ、お前もそう思うだろう? 奴らは父さんがろくに話せないのをいいことにして、偽の遺書を書き上げたのだ」

「……そして少しでも多くの遺産を手に入れるために、あいつらがお前をここに送り込んだのか?」

 ここまで入手した情報を整理し、俺は広多がここにいる理由を導き出す。

「ああ、その通りだ。奴らはずっと、俺のことを目の敵にしているからな。このチャンスを生かさないわけがないだろう。それにしても、まさか奴らが戸籍(こせき)謄本(とうほん)まで偽造して、俺の名前を消すと思わなかった」

「そこまでして金が欲しいんだろう。やれやれだぜ」

「まあ、奴らの本性を知っている俺には、そこまでは予想していた。だが……」

「だが?」

「奴らが俺に入学証明書を見せた時にこう言ったのだ。『お前を半身不随(はんしんふずい)にするよう先生達に言っておいたから、楽しみにしてろ』とな」

「おいおい、そんなのってありかよ!?」

「この学校は、子供を親の思うようにできるといい加減なことを言っていただろう? 育て上げることもできれば、逆に破滅させることも可能だ。まあ、人生を破滅された奴しか見たことがないがな」

 そう言い終えると、広多はやれやれと首を横に振る。

 これでやっと理解した。あの鬼軍曹は何の遠慮もせずに広多を痛めつけることができる理由も、そして広多がこんなに他人に冷たい態度を見せる理由も。

 今まではただ彼のことをつれない奴だと思っていたが、そこまで深い原因があると思わなかった。


「だから俺は、もう誰も信じないことにした。また誰かに傷付けられるかもしれないからな」

「なるほど、事情は大体分かった。けど俺たちは、お前にそのようなことをするつもりはないぞ? 少し信じてみたらどうだ?」

 正直、広多のような人間不信に陥っている奴の心を開かせるのは難しい。

 だがこいつが俺たちと共に行動する以上、ちゃんと信頼関係を築いておかなければ、今後の行動に色々不便なのも確かだ。千恵子たちのような親しい関係までとは言わないが、せめて他人を信じる心を抱いて欲しい。

「俺も好きで他人を疑っている訳ではない。ただ信じれば、また誰かに傷付けられるのではないかと、心のどこかでそう思っていた……」

 広多は俯いて、いつもと違って低い声を漏らす。何か彼を説得できる材料はないのか?

 突然、あるアイデアが閃く。


「そうだ、お前はさっき俺の昔話が聞きたいとか言ってたな」

「ああ、確かにそう言ったが。今度はお前が話す番なのか?」

「その通りだ。俺だって昔は他人に距離を取られて、散々傷付けられて、一時人の道を踏み外していたこともあったんだ」

 こうして俺は、中学の頃に学園祭でやらかしていたことや非行の黒歴史を自ら吐露し、そして哲也と菜摘に出会ったことで今の自分がいることも隠さず話した。

「なるほど、お前にはそんな過去があったのか……実に興味深い話だったな」

「俺だって、あの頃は誰も信じられず、ただ自分のやりたいように暴れていたかった……けど今にして思えば、誰かを信じられるのって、案外悪いことじゃないぜ」

 俺は続きの言葉を考えようと少し黙り込んだが、すぐに口を動かした。

「まあ、あんなことも起きたんだし、いきなり誰かを無条件で信じろとは言わねえ。実際この社会で、人を騙すような連中もたくさんいるからな。ただ、誰かを信じて仲間を作って、新しい世界が見えてくるのも、また事実だぜ。少しずつ頑張っていこう、なあ?」

 そして俺は広多を励まそうと、彼の肩をポンポンと叩く。まだ他人との不信感が残っているのか、広多は一瞬体を竦めたが、満更でもなさそうだった。

「ああ、分かった。そうさせてもらおう」

 広多の顔はマフラーに隠れて、彼の表情が見取れない。しかしその口調は、明らかに普段と違うのが分かる。どうやら俺の言葉に、ちゃんと耳を傾けてくれてるようだ。

「それにしても、不思議な気分だな。体がまるで軽くなったみたいだ」

「だから言っただろう? 話せば楽になるって」

 広多は目を丸くしながら、まるで初めてのように自分の体を見回す。そんな彼を見て、俺は思わず笑みを浮かべる。


「それにしても、すげえ長話しちまったな……喉が乾いちまったぜ」

 そう言うと、俺は自分の首を軽く撫でる。口から煙りが出そうだな、おい。

「はい、よかったらこれをどうぞ」

 突然、靄が横から姿を現す。カウンターの上に置かれているのは、ウーロン茶の入ったグラスだ。

「ああ、悪いな靄。って、なんで俺がウーロン茶が好きなのを知ってるんだ?」

幹部(チーフ)から聞いたわ。貴方はこれが好きだって」

 そう言えば俺が十守先輩と話をしていた時に、確かにウーロン茶を頼んだんだな。それなら別におかしくはないか。

「そういうことか。まあそれはそれとして、今度は靄のお話を聞いてみたいな。君と広多は、一体どういう関係なんだ? もしかして許嫁(いいなずけ)だったりして……」

 冗談を言うように聞こえるかもしれないが、広多は御曹司ならありえない話じゃない。そんな好奇心に駆られ、俺はついその質問を口にした。


「ふふっ、そうね……『腐れ縁』、って言ったほうが妥当かもしれなわね」

「腐れ縁? どういう意味だ、それ?」

 靄の意味深な答えを聞いて、ますます興味が湧いてくる。その真相に迫ろうと、俺は二人に話を続けさせるようそう尋ねた。

「まあ、色々があってな……」

 一方広多は、目を明後日の方向へと逸らしている。やばい、もしかして聞いちゃいけないことなのか?

「あっ、悪い、嫌なら別に話さなくても……」

「いいのよ。中途半端で終わって変な憶測をされるより、(いさぎよ)く真相を話したほうが気が楽になるわ」

「そ、そうか……」

 靄は余裕そうに手を振り、俺の隣の椅子に腰をかけた。しかし次の瞬間に……


「でも、『好奇心は猫を殺す』って言葉、覚えておいたほうがいいわよ?」

 突如靄は恐ろしい笑顔を浮かべ、こっちを見つめてくる。その様子は、まるでホラー映画によく出てくる怨霊(おんりょう)のようだ。

「ひゃ、ひゃい……」

 そんな彼女に俺はビビり、情けない悲鳴を漏らしてしまう。全身に悪寒が走るのは、背中に溢れている冷や汗のせいかもしれない。

雑談タイム


靄「あら、ここで終わったわね。じゃあせっかくだし、私と広多の関係を当ててみてちょうだい」

秀和「そうだな……広多がある日疲れ果てている時とあるバーに入り込み、そこのバーテンダーが靄で、二人が一目惚れをした。しかし実は靄はある組織のスパイで、悪い奴らに追われている。そこで広多は靄の秘密を知り……」

広多「待て、何だその映画みたいなストーリーは?」

秀和「いや、普通の答えじゃつまらないからさ、つい色々想像したんだ」

靄「ふーん、なるほどね。でも貴方のそのストーリーに、一つ致命的な矛盾があるわ」

秀和「何だ、それは?」

広多「俺はまだ未成年だ。よってバーに入ることはできん」

秀和「うっ、それは……でも広多は見た目は大人びているし、私服を着れば大学生に見えなくもない……」

広多「そもそも俺は酒なんかに興味を持っていない」

秀和「あっ、そうか。まあ酒は身体に毒だしな。下手したら飲酒運転で事故を起こしたりする可能性もあるし、飲まないほうが一番だな」

靄「…………飲酒……運転……」

秀和「どうしたんだ、急に怖い顔して? まさか俺の予想が当たったのか……」

靄「好奇心は、猫を殺すわよ?」(ゴゴゴゴゴ)

秀和「おいおい、またそれかよ……」

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