リボルト#17 束の間の憩い Part3 二つの顔を持つ少女
※このパートにはネタバレが含まれております。ご注意ください。
2階に上がると、どこかの部屋から騒がしい笑い声が聞こえる。
「見よ、この暗黒の鎧を纏った我が姿を!」
「わあ! 宵夜ちゃん、そのゴスロリドレス、すごく似合ってるね」
この声と言い回しは、宵夜と愛名だな。もしかしてまた新しいコスチュームでも作ったのか?
しかし、そこにいるのは二人だけじゃなかった。
「ねえねえなつみん、格好良く撮ってね~」
「うん、任せて!」
「おお、我が盟友……なんて素晴らしい着こなしだ! まるでそっちの世界から来た分身のようではないか!」
「ふふっ、そうかしら? まあ、こんな衣装はナイスボディのあたしによく似合うからね~」
どうやら菜摘と美穂もその中にいるらしい。あの二人はもうアイスを食べ終わったのか?
まあ、それは別に大したことじゃないよな。それじゃ、ちょっとお邪魔しようかな。
「トントン」
俺は軽く部屋の扉をノックした。
「はーい、どちらさまですか~? って、ヒレカツくんじゃない! どうしたの急に?」
「いや、ちょっと思い出作りにみんなの写真を撮ろうと思ってさ。ちょっと邪魔してもいいかな?」
「ヒレカツ」というあだ名は少し引っかかるが、別に悪気がないみたいなので気にしないでおこう。
「へえ~そうなんだ! いいよ、入って入って!」
愛名はいつもの明るい笑顔を浮かべ、俺を快く迎え入れてくれた。
「おっ、よくこの聖域に足を踏み入れたな、我が盟友よ! どうだ、この漆黒の装束は? なかなかの出来だろう?」
真っ黒なドレスに身を包んでいる宵夜は、くるりと体を回転させて俺に自慢の衣装を見せびらかす。
「ふむっ、すごいなこれ。まるで本物の吸血鬼みたいだ」
俺は手をあごに当てると、頷いて彼女の衣装を褒め称える。
しかし、それだけでは彼女は満足できないようだ。
「くっくっく……『まるで』ではなく、我こそは真の吸血鬼なのだ! この鋭い牙で憎き敵の血を吸い上げ、無限の変化を経て我を飾る薔薇と化すだろう!」
宵夜は口を開けると、そこから付け歯がギラリとまばゆい光を放つ。やれやれ、いつも通りにキャラに成り切ってるな。
「ねえ~、秀和く~ん! アタシのこのコスプレ、どうかしらぁ? すごくセクシーでしょう?」
美穂の艶めかしい声に注意を引かれ、俺は無意識に視線を彼女のいる方向に向ける。その衣装はとても露出度の高く、もはや下着と言っても過言じゃないぐらいだ。
こういうことは初めてじゃないが、コスプレになるとまた普段と雰囲気が違う。
「相変わらず大胆な格好だな」
「ふっふ~ん、そうでしょう? やっぱりこの方が、アタシのこの魅力的なスタイルを余すところなく見せられるからね~」
そう言うと、美穂は何の恥じらいもなく前屈みになって、腕を組んでその大きな胸を寄せて上げる。
うん、正直言って、目のやり場にめちゃくちゃ困るぜ! ワハハハハ!
「うふふっ、目を逸らしたり頬を赤めたり、秀和くんもまだまだなのよね~」
「う、うるさいな……」
美穂にからかわれた俺は、苦し紛れにぼやいた。
「さすがみほほん! 夢魔、いやコスプレイヤーとしての素質があるね~」
「その調子では、世界中の男性を落とすのも夢じゃなさそうだな」
「本当に? 二人ともありがとうね」
愛名と宵夜も美穂の放つ魅力にすっかり見入ってしまい、二人は拍手を送る。
「あ、あの、秀和くん……」
突然、隣から弱々しい声が聞こえる。ふと視線を向けると、そこには恥ずかしそうに内股で立っている菜摘の姿が目に映っている。
「うん? どうした菜摘?」
「えっとね、私のこの格好はどうかなって……」
菜摘に質問された俺は、改めて彼女を観察する。他の三人と違って、菜摘が着ているのは雲のようにふわふわとした真っ白なドレスだ。しかも背中には白い羽根が付いており、その両手にはおもちゃの弓矢を持っている。
「それって、もしかして天使のコスプレ?」
「うん、正確にはキューピッドなんだけど……どうかな?」
「ああ、凄く似合ってるぜ。かわいいし、それに『恋愛』というコンセプトからでも菜摘にピッタリなんじゃないかな」
「本当? えへへ、ありがとう秀和くん」
俺に褒められて、菜摘はいつものように俯くと頬を赤めて、照れくさそうに微笑んでいる。
だが、一つだけ引っかかるものがある。それは……
「それにしても菜摘、何でそんなに恥ずかしがるんだ? 前はファッション雑誌の取材で、写真を撮影されたことがあるんだろう? その時の表情は、凄く自信に溢れていたじゃん」
「これはこれ、それはそれだよ! コスプレは普通のファッションと違うし、それに……」
何故か急に言いよどむ菜摘。そして彼女は上目遣いで、俺をチラチラ見ている。なるほど、そういうことか。
「俺がここにいるから、つい緊張したのか?」
「またバレちゃったね……本当、秀和くんにはかなわないな」
心の本音を見透かされ、菜摘はガクリと肩を落とす。うーん、時には鋭い感覚がかえって仇となることもあるんだよな。
「ところで、そこにいるのはユーシアよね?」
「あっ、はい! お邪魔しております! ずっと機械の中にいるのも退屈ですので、マスターに付き合うことにしました」
ようやく自分の存在が気付かれたユーシアは、そそっかしくお辞儀して挨拶する。
「おっ、これはこれは……電子世界より生まれた、純粋なる心を持つ心霊体ではないか」
「えくと……なんですか?」
宵夜の意味不明な言葉を聞いて、ユーシアは首を傾げて困惑の色を見せる。
「ほら宵夜ちゃん、ユッシーが困ってるじゃない!」
「『ユッシー』!? あの、私は『ユーシア』なんですけど……」
ダメだ、まだ二次元に馴染んでいないユーシアには、この会話を理解するのはあまりにも難しすぎる……!!
「ごめんねユーシアちゃん、こんなに騒がしくしちゃって」
別に何も悪いことしてないのに、菜摘は申し訳なさそうに謝っている。実に優しい彼女らしい行動だな。
「あっ、いえ! 皆さんとても活気があって、私すっかりここを気に入っちゃいました!」
ユーシアも慌てて両手を振り、自分の気持ちを素直に伝えた。
「そういえば、ユーシアは今日もシスターの衣装なのよね」
美穂はユーシアじろじろと眺めながら、何やら考えているようだ。イヤな予感しかしないが……
「あっ、はい! 成り行きで着せられちゃいましたけど、すっかり気に入ったので、あれからずっと着ているんです」
しかしユーシアはそんなことも知らずに、ただ純粋な気持ちで返事をした。
「もったいないわね~せっかく着せ替えの機能があるのに、それを使わないなんてね」
モデルとしての血が騒いでいるのか、ユーシアの言葉に美穂は不満を漏らす。
「そ・れ・に……」
「それに?」
突然美穂は、意味深な笑顔を浮かべる。やはり俺のイヤな予感が的中した、そんな気がしてやまない。
「もっと布の少ない服を着れば、アタシもユーシアの体を触りやすくなるっていうか、その方がそそるっていうか!」
「え、えええええ~!!?」
「やっぱりそっちが本音か!」
いやらしく指を動かす美穂を見て、俺は思わずツッコミを入れた。
「まあまあ美穂ちゃん、ユーシアちゃんの格好も一応コスプレっぽいから、それでいいんじゃない?」
その時菜摘は美穂の前に出て、この騒ぎを丸く収めてくれた。と、思っていたが……
「確かにそれもそうよね。で、となると……」
突如美穂は視線を移して、俺の方に止まった。
「な、何だよ」
「まだコスプレしてないのは、秀和くんだけね」
「……ぎくっ!」
その様子だと、彼女たちは俺をコスプレさせる可能性が高いだろう。それに全員女子だし、まさか女装でもさせるつもりじゃないだろうな? 頼むからそれだけは絶対にイヤだ!
「あっ、今『女装だけは絶対にイヤだ』って思ってるわよね? それじゃ、どうしようかしらね~」
しまった! 美穂には人の心を読む資質を持っていることを忘れてた! 何やってんだよ、俺のバカ!
「や、止めようよ美穂ちゃん、それじゃ秀和くんが可哀想だよ……」
菜摘は美穂の前に回り、その企みを止めさせようとする。ナイス、菜摘!
「ちょっと菜摘、アタシがあれだけくすぐられて、息が切れそうになったのは可哀想じゃないの?」
「えっ……そ、それは……」
まださっきのことを根に持っている美穂は、いとも容易く菜摘を黙らせた。
俺はこのまま女装させられるかと思い、ゆっくりと部屋から逃げようとする。
……と、その時に。
「もう、今のは冗談だから、別に逃げなくても大丈夫よ。ちょうどアンタにぴったりの衣装があるから」
「何だ、そういうことなら先に言えよ」
美穂の言葉を聞いて、俺はほっと一息をつく。そして彼女は近くにある衣装を持ち上げ、俺の前に運んでくる。
黒のスーツとズボン、ひらひらとした黒と赤のマント、そして白いシャツ。この組み合わせはもしかして……
「それって、ドラキュラか?」
「そうよ! ハロウィンの定番と言えばこれでしょう!」
「定番かどうかは分からないけど、とりあえず着れるもので安心したぜ」
「だから言ったじゃない、秀和くんにぴったりだって」
「まあ、それもそうか。それじゃ、ちょっとトイレを借りさせてもらうぜ」
俺は美穂から渡された衣装を手に取ると、身を翻してトイレに行こうとする。
「えっ、トイレなら狭いんじゃない? ここじゃダメなの?」
「あのな菜摘、たった一人の男子である俺が、こんなたくさんの女子の前で着替えられるわけがないだろう?」
「あっ、確かに……」
大事なことに気付いた菜摘は、突然両手を赤くなった頬に当てている。
「今なんか変な想像をしてただろう」
そんな菜摘を見て、俺は思わずツッコんだ。
「してないしてない! してないよ! 秀和くんが着替えてるとこを考えてるなんて、そんなこと絶対してないよー!」
「…………もう自分でバラしたじゃん」
「はっ……!!!」
「これじゃ、覗くまでもないわね」
慌てる菜摘の姿を見た俺と美穂は、苦笑せずにいられなかった。
「それじゃ、ちょっと失礼するぜ」
「は~い、待ってるわよん」
こうして俺はトイレに入り、例のドラキュラ衣装に着替えた。
そして部屋に戻った瞬間は、女子たちから熱い視線を浴びせてくる。
「わあ……秀和くん、とっても格好いいよ!」
「も~う、ただでさえイケメンなのに、更にこんなカッコいい衣装を着てたら、理性を保てなくなっちゃいそうよ……」
「す、凄いですね……ただ衣装を変えるだけで、こんなに雰囲気が変わるなんて……!」
うう、褒められるのは嬉しいけど、やっぱ慣れないな、こういうの。
「さあ、我が盟友秀和よ! この魔界の牙を装着して、より吸血鬼の完全体に近付くのだ!」
「この付け歯を付けないと、迫力が足りないからね~さあさあ、早く付けてね、ヒレカツくん!」
「えっ、どうしても付けないとダメなのか? 口にこんなデカいものを入れると苦しそうだけど」
宵夜と愛名が押し付けてきたその付け歯に、俺は眉を顰める。ばい菌もたくさん付いてそうだし……
「写真を撮る間だけでいいから、ちょっとぐらい我慢しなさいよ」
美穂は白目で俺を見ると、その肘で俺の腰を突いた。おうふ、なかなか効くな、これ……
「わ、分かったよ、付ければいいだろう」
不本意ではあるが、また女装させられると思うと怖いので、ここは大人しく従おう。
「うむ、なかなか様になっているのではないか」
「ほら、やっぱり付けたほうが正解だったでしょう?」
「まあ、言われてみればそうかもしれないな」
俺は鏡に映っている自分を、まるで別人のように眺めている。
普段はあんまり考えたことがなかったけど、衣装を変えるだけで人をここまで変えられるのか。すげえな。
「それじゃ、そろそろ写真を撮ろうよ! 秀和くんもずっと付け歯を付けるのがイヤなんでしょう?」
「ああ、そうだったな」
俺はそそくさと、先ほど脱いだ自分のズボンのポケットからスマホを取り出す。
さてと、今度は誰に撮影を頼むか……いや、待てよ? 確かタイマー機能を使えば、誰かに撮影を頼まなくても全員で写真を撮ることもできるはずだ。
まったく、何でもっと早く気付かなかったんだろう。けどまあ、最後まで気付かないよりはマシか。
それじゃ、どこか置き場はないのか……おっ、そこの机の上にある本の隣なら、スマホを立てられそうだな。
「悪いけど、ちょっとあそこの本を借りるぜ」
しかしその時、何故か宵夜は慌てて大声を出して、こっちに駆けつけてきた。
「あっ、それは我が編年史……! 決して誰にも触れてはいけない禁書なのだ!」
「えっ?」
どうやらそれは宵夜にとって大事なもののようだが、彼女の難解かつ冗長な言い回しのせいで、あの時の俺にはすぐ理解できなかった。
「あっ!」
あまりにも急ぎすぎたのか、宵夜はつまずいてこっちに急接近してくる。
「うおっ!?」
そして俺は彼女の強烈な体当たりを喰らい、その弾みで本が俺の手にぶつかり、床に落ちてしまった。
「いたたた……大丈夫か、宵夜?」
「ううう……大丈夫、だ……」
尻餅をついた俺は、痛みを和らげるために尻を揉み解す。宵夜も派手に転んだため顔が地面に倒れているが、無事みたいで何よりだ。
「はっ! そ、そう言えば、我が編年史は……?」
本来の目的を思い出した宵夜は、キョロキョロとあちこち見回す。
俺も彼女を手伝おうと、回りを見渡す。すると……
「『今日は珍しいお菓子を食べた。とっても甘くて、すごくうれしかったよ!』」
「『今日も愛名ちゃんと新しいコスチュームの制作! これを着て外に出たら、きっとみんなが驚くだろうな~』」
「『そろそろ新しいアニメが観たいんだけど、誰かDVDを持ってそうな人はいないかな? そうだ、今度は茉莉愛ちゃんって子に頼んでみようかな』」
……なんとその本を拾い上げた菜摘たちは、その内容を興味津々と読み上げている。
「う……うわあああああ!! そなたたち、何をするのだぁー!!!」
突然宵夜は、目を見開いて大声を出す。彼女にそんなことをさせる理由はたった一つしかないだろう。
「もしかしてそれって……宵夜の日記なのか?」
「うっ……」
宵夜はしばらく沈黙すると、そう答えた。
「そ……そうよ、そうなのよ! 愛名ちゃんならともかく、まさか他の人に読まれちゃうなんて……もう最悪だわ……」
自棄になったのか、宵夜はいきなり泣きそうな顔で暴れ出した。今までの落ち着いた雰囲気はなく、その振る舞いは正に少女そのものだ。何だ、かわいい一面もあるじゃないか。
「まあまあ弥生ちゃん、これはこれでいいじゃない。ありのままの自分をさらけ出すのも、別に悪いことじゃないと思うんだ」
宵夜の親友である愛名は、宵夜の近くにしゃがむとその頭を優しく撫でている。
そしてある言葉に、俺たちは違和感を抱いた。
「えっ、『弥生ちゃん』」!? じゃあ『宵夜』って名前は……」
「うん、もちろんキャラを作るための偽名だよ」
「「「「ええええええー!???」」」」
とんでもない真相を知った俺たちは、驚きのあまりに声を上げた。
「ちょっと待ってよ愛名ちゃん! これは私たち二人だけの秘密って……」
「もういいよ、弥生ちゃん。これ以上隠してもただ辛いだけだし、それにヒレカツくんたちは頼もしい『盟友』だし、ね?」
「そ、それもそうよね……分かったわ、ここにいるみんなに話しても、大丈夫な気がするし」
愛名に説得された宵夜、いや弥生は頷いて、自分の秘密を俺たちに教えることにした。
「私と愛名ちゃんはね、中学の時はクラスメイトだったの」
「へー、そうなんだ。あれから仲がよかったの?」
「うん、最初はまだお互いのことがよく知らないけどね。初めて弥生ちゃんを見た印象は、とても無口な感じかな」
「じゃあ、二人はどうやって知り合ったの?」
菜摘は目をパチパチさせて、愛名に話を進めさせるよう質問する。
「おっ、いい質問だね! それはある日、弥生ちゃんがこっそりマンガを読んでたところを見ちゃったからなんだ」
「あの時は本当に、心臓が止まるかと思ったわ……あの時はアニメやマンガ好きな子があんまりにも少なかったから、きっとバカにされるんじゃないかって、すごく緊張したぁ……」
宵夜、いや弥生は隣にある熊のぬいぐるみを手に取り、それをぎゅっと抱き締めている。
「ああいるよな、アニメやマンガは子供が楽しむものだと勘違いする連中が」
俺はコクリと頷いて、弥生の考えに理解を示す。
「うん……でも、愛名ちゃんは私のことを笑わないで、好きな作品についてたくさん話したんだ」
さっきまで強張っていた弥生の口元が、少し緩み始めた。よほど大事な思い出だったのだろう。
「同じ趣味で生まれた友情……それってとてもステキなことじゃないですか!」
純粋で感動しやすいユーシアは、目を輝かせている。
「そのはずなんだけど……周りのみんなはそう思ってくれないんだよね」
突然弥生は目を逸らし、何やら意味深なことを言った。
「えっ? それってどういう意味なの?」
話が見えない菜摘は、目を丸くして首を傾げる。
「私と弥生ちゃんがアニメやマンガ好きなこと、すぐクラスメイトたちにバレちゃったの。あれから私たち二人はずっと、イジメられてたんだ」
「えっ、ウソ!? たったそれだけの理由で!?」
あまりにも理不尽な話に、美穂は驚きの色を見せた。
「うん、そうなんだ。自分と趣味が違ったら、もうそれだけで立派な理由になれるよ」
「ひでえな……普通に仲良くすればいい友達ができるはずなのに、なんでわざわざこんな意味のないことをするんだ? まったく理解できないぜ……」
嘆かわしい思いをした俺は、思わず首を横に振る。
「あははっ、さすがヒレカツくんは優しいね~。もしあのクラスのみんなが、ヒレカツくんみたいに優しかったらいいのになぁ~」
愛名は鈴のように、声を弾ます。
また優しいって言われた。俺は全然そんな人間じゃないのに……
けど、みんながああ言ってるから、もしかしたら俺は本当に優しい人間かもしれない。それを否定するのは、むしろみんなに失礼と言っても過言じゃないな。
しかし嬉しいはずなのに、心の中はどうしても素直に受け入れられない。一体何なんだ、この葛藤は……
って、これ以上考えても仕方ないか。とりあえず、ここは感謝しておこう。
「そうか、ありがとうな。でも、ここまで乗り越えられた二人もなかなかすごいと思うぜ」
イジメられて自殺に至る事件、時々ニュースやネットで見聞きしたことがある。それを見る度に、俺は命の重さを知ることになる。そしてこんな波瀾に満ちた社会の中で生き残るのは、なかなか簡単なことじゃないことも。
「それは、ほとんど弥生ちゃんのおかげだよ」
「どうして?」
「『どうせイジメられるのなら、威圧感で押し返すしかない』って、弥生ちゃんがそう言ってたの」
「うん……弱さを見せないためにも、キャラを作ることも意識してるの」
「つまり君たちをイジメていた奴らに反抗するために、弥生が宵夜になったってことか?」
俺は二人の言葉を整理して、たどり着いた結論を口にする。
「うん、その通りだよ。こうでもしないと、あいつらに言い返す勇気もないから……」
弥生は俯くと、ぬいぐるみを抱き締める力を強めた。変形しているそれが、まるで彼女の悲しい昔を物語っているようだ。
「でもやがて『宵夜ちゃん』の存在が校内に知れ渡り、おばさんやおじさんにも広まっちゃったんだ」
「あれだけ派手な格好をしてるから、知らないほうがおかしいんだよね」
「で、それを見かねた両親はこの学校の存在を知り、君たちをここに送り込んだってわけだな?」
「当たりだよ、ヒレカツくん! まさに名探偵だね~」
愛名は明るい声で、俺の推理を褒めた。笑顔で言うことなのか、それ?
「あっ、今『笑顔で言うことなのか』って思ったでしょう? でも、よく考えてみてよ。確かに私たちは親に無理矢理にここに送られてきたんだけど、でもここなら私たちをバカにしてるような人がいないから、堂々と『私はアニメが好きです』って言えるでしょう?」
「なるほど、確かにそれは言えてるな。自分の趣味ですら隠さないといけないのは、それってとても辛いことだよな」
愛名の説明を聞くと、俺は納得して首を縦に振る。
「うん、だからここでみんなに出会えることを、心から感謝してるよ! 本当にありがとうね、みんな!」
そう言うと愛名は大きくお辞儀をして、俺たちに感謝の気持ちを示す。別に何もしてないのに感謝されるなんて、何だか恐縮だな。
「ほら、弥生ちゃんも!」
愛名は急に弥生のドレスの裾を引っ張り、彼女を自分と同じことをするように促した。
「わああ! あ、ありがとう、みんな……ずっと仲良くしてくれて……」
弥生は依然としてぬいぐるみを抱き締めながら、目を逸らしている。どうやら彼女は、まだ自分の素顔を出すのが苦手のようだ。
そして彼女はチラッとこっちを見つつ、ぼそっと呟いた。
「こんな私だけど……これからも友達でいてくれる?」
まるで異議を唱える余地を与えないかのように、弥生は上目遣いでこっちを見ている。
もちろんそんな悪意を持たない人を、俺には拒む必要がない。
「ああ、もちろんだ。辛い記憶があったけど、それはもう過ぎたことだ。そんなことはもう全部忘れて、一緒に新しい未来を歩もうぜ」
俺は心の込めた言葉を口にすると、弥生に手を差し伸べた。
「新しい、未来……ふふっ、それもそうだよね」
さっきまで緊張していた弥生の表情は、だんだん柔らかくなって笑顔に変わる。そして彼女は迷うことなく、俺の手を握った。
「この手の暖かさ……最初に出会った時とおんなじだね。何だかホッとしちゃう」
そう言えば、新歓パーティで出会った時にも彼女の手を握ったな。あの時は宵夜だったから、反応はちょっとオーバーだったけど、弥生の大人しい本音が聞けるのも悪くないよな。
「さて、いいムードになったことだし、それじゃ気を取り直して、写真を撮ろう!」
「そ、そうだったな。それじゃみんな、そこで準備しておいてくれ」
愛名の明るい声に誘われ、俺たちは撮影を続けることにした。
俺は先ほど中断されたスマホの設置を済ませ、タイマーをセットする。そして後ろを見ながら、弥生たちがスタンバイしている場所に下がる。
「「「はい、チーズ!!」」」
みんなの声と共に、シャッターは切られた。こうして思い出の写真が、また一枚増えた。
俺は写真の出来上がりに満足して、スマホをポケットにしまおうとする時、またしてもあの声が部屋の中に響き渡る。
「待て、待たぬか! 我が魂の片割れのみを、その魔導器に記録する気か!」
「あれ、宵夜に戻ったのか? いつの間に……」
あまりにも唐突な展開に、俺は思わず目を見開く。
「うん、そうだよヒレカツく~ん。宵夜ちゃんはね~、自分の体に潜んでいる魂を自由自在に変えられるんだ」
愛名もさりげなく呼び方を「宵夜ちゃん」に戻したな。まさに息の合った連携だぜ……
「さあ我が盟友よ、今一度その魔導器で我が勇姿を捕らえよ!」
「もう一度写真を撮ろうって。でも今回は弥生ちゃんじゃなくて、宵夜ちゃん、だからね」
「なるほど。よし、それじゃ撮るか」
俺は弥生、いや宵夜の頼みを受け入れ、再びスマホを設置して、みんなのところに下がるとポーズを決めた。
「さあ、我が盟友たちよ! この歴史的な瞬間を、永遠に刻むのだ!」
真ん中に立っている宵夜は格好よく口上を述べ、両手をまるで魔法陣でも作っているかのように高く上げている。
そしてその口上はスマホのカメラを操る呪文みたいに、シャッターがタイミングよく切られた。
俺はスマホを手に取ると、画面には宵夜の自信満々の笑顔が映っている。きっと自分が受け入れられて、とても嬉しいだろうな。
「あっ、そうだ! そなたたち、今日この秘密の空間で起きたことは、他言無用だぞ! よいな?」
宵夜は目を丸くして、こっちを睨みつけている。どうやら彼女はまだ、このことを他の人に教える気はないようだな。
「もちろんだ。こんな大事な秘密を勝手に言い触らすのは、最低な奴しかやらないことだからな」
宵夜は俺のことを「盟友」だと認めてくれている。当然、俺はそんな人を裏切るつもりはない。
「うん、分かった! 誰にも言わないから、安心していいよ!」
「まあ、誰にでも秘密が一つや二つぐらいあるわよね~。気持ちは分かるわ」
菜摘と美穂も頷いて、宵夜の秘密を守ることにした。
「ほら、ユーシアも何か言って……うん!?」
俺はユーシアに目を向けるが、そこには驚きの光景が起きている。
「あ、あれ……ヨイヤさんがヤヨイさんに変わって、ヤヨイさんがまたヨイヤさんに……もう訳が分かりませんー!!!」
ユーシアは頭を抱えながら、悲鳴を上げている。どうやら彼女はまだこの状況を理解できないようだ。
「あのなユーシア、混乱するのは分かるけど、今日ここで起きたことを誰にも言うなよ?」
「誰にも? マスターもですか?」
「いや、俺はもうここにいるだろう」
ユーシアの真っ直ぐな眼差しから、冗談を言っているように見えない。やれやれ、これは想像以上の混乱っぷりだな。
「あはは、すっかりテンパってるみたいだね」
そんなユーシアを見て、愛名も思わず苦笑する。
「そうだな……まあ、写真も撮れたことだし、そろそろお暇するぜ」
本来の目的を思い出した俺は、体を動かして部屋を出ようとする。
「その格好で?」
「ん? ……あっ!」
美穂に注意された俺は、自分がまだドラキュラの格好をしていることに気付いた。
「悪い宵夜、またトイレを借りてもいいか?」
「別に構わないが……何ならその魔界の衣のままで出て行ってもよいぞ? きっと他の者も驚くに違いない!」
「いや、結構だ。この衣装は動きづらいし、派手すぎて色々ツッコまれそうだからやめとく」
「そうか……それは実に残念だが、まあそなたがそう言うのなら無理はさせるわけにはいかないな」
「分かってくれてありがとう。それじゃ失礼するぜ」
俺は自分の服をトイレに持っていき、それに着替えた。部屋に戻った時に、俺は宵夜と愛名にこう言った。
「今日は誘ってくれてありがとうな。それに、色々話してくれたし。何だか信頼されてるみたいで、俺もリーダーとして鼻が高いぜ」
「我も最初から、そなたならきっと仲良くできると予感していた。きっとこれも、未来の女神スクルドによる導きであろう!」
「やはり友情ってステキだよね~。これからもたーくさん、いっぱい楽しいことしようね!」
「ああ、もちろんだ。それじゃまたな、みんな!」
「うん、またね秀和くん~」
俺は手を振って別れのあいさつをすると、ユーシアを連れて部屋を出た。
今にもこの心は、喜びに溢れている。「他人と出会うことで、強くなれる気がする」って聞いたことがあるけど、どうやらそれって本当のようだな。
そんな気持ちを胸に、俺は次の仲間を探す。今度はどんな巡り合わせがやってくるだろうか?
秀和「そう言えば二人とも、結構コスプレ衣装持ってるな~ってことはイベントとかよく行くのか?」
愛名「コミフェスは欠かせないな~。ここなら、同じ趣味を持ってる人もたくさんいるし」
宵夜「その通りだ! あれは一年に二度と開かれる、天国への扉なのだ! 多くの盟友が集う、聖なる儀式と言っても過言ではない!」
菜摘「じゃあ、同人誌とかも描いたりする?」
宵夜「よくぞ聞いてくれた! 我はストーリーを、そして愛名は作画を担当している!」
愛名「確か処女作は3年前だったかな~。二人で協力して作品を創作するあの頃、懐かしいよね~」
美穂「で、どんなストーリーだったの?」
愛名「むかしむかし、ある優しい吸血鬼が住んでいました。しかし村人のみんなは吸血鬼が怖いので、なかなか受け入れてくれません。ただ一人の少女を除いて……」
宵夜「やがて二人は友達になったが、見兼ねた村人たちはその吸血鬼を追い払おうとする。それでも少女は吸血鬼から離れることはなかった」
愛名「『私のことは怖くないのか?』と質問する吸血鬼。すると少女は……」
宵夜「『ううん、ちっとも。私はみんなに、吸血鬼さんは実は優しい人なんだって伝えたいんだ!』と、少女はこう答えた」
愛名「種族を越えた愛情。果たして少女は、愛する吸血鬼を選ぶか、それとも自分を育てた村人を選ぶのか!?」
秀和「これって二次制作じゃなくてほぼオリジナルじゃん。すげえな」
菜摘「うう……続きが気になるー!!」
美穂「その吸血鬼、イケメンなのかしら……」
愛名「それじゃ、この『VAMPIRE♡LOVE』を一冊、いかがですか? 今ならたった500円ですよ~」
宵夜「しかもオマケとして付け歯も追加するぞ! どうだ? 買わない手はないだろう?」
秀和「宣伝かよ! まあ、別にいいけどさ……」