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反逆正義(リベリオン・ジャスティス)Phase One——Ten days in heaven(or in hell)  作者: 九十九 零
第4章 怒りの反撃編・信念の分岐点
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リボルト#17 束の間の憩い Part2 色が異なる3つの音符

 最初に撮りたいのはもちろん千恵子だが、まだ食器を洗っている途中なので、今は邪魔しないほうがいいかもな。

 それじゃ、誰にしようかな……ん?

「マスター、ちょっといいでしょうか?」

 突然、ポケットの中から聞き覚えのある声がする。

「どうした、ユーシア?」

 俺はポケット・パートナーをポケットから取り出し、彼女に返事をする。

「ずっとこの中にいるのも退屈ですから、せっかくですし、私もご一緒していいですか?」

 そういえば、俺はまだ彼女にこの世界をちゃんと見せてなかったよな……

 いや、「この世界」っていうのはおかしいか。何しろここは、あの悪質な大人たちが作り上げた歪んだ世界なのだからな。

 とはいえ、今日は戦う必要はないし、仲間たちと触れ合うだけなら別に問題はないか。


「オッケー、構わないぜ。ただしみんなに迷惑をかけるなよ?」

「はい、分かりました!」

 俺の許可を得たユーシアは、元気のいい返事をした。やはりこの新生児にとって、外の世界が面白いものなんだよな。

 こうして俺はユーシアを外に出して、彼女を連れて被写体探しを続行する。

 何の当てもなく廊下に移動すると、どこからともなく音楽が聞こえる。音量は小さいため、このあやふやな気持ちが俺に真実を確かめさせようと誘い込む。

 耳を澄ませてみると、どうやら音楽は向こう側から響いているようだ。そしてそこにある大きくて赤い扉が、俺の記憶を呼び覚ます。

 確かあそこは、俺を迎えるためのパーティが開かれる場所だったな。あの時のみんなはまだお互いのことをよく知らないし、あんなイヤな出来事もあったけど、今はこうして仲良くなれて、俺もリーダーとして鼻が高いぜ。

 そんな嬉しい気持ちを胸に、俺は軽やかなステップでパーティ会場の扉に近付き、そっとそれを開く。


 薄暗い空間の中に、向こうのステージにある明るいライトが俺の注意を引く。俺はゆっくりと近付いていく。

 そしてそこにいるトリニティノートの三人は、眩しい光に照らされながらダンスの練習に励んでいる。歓迎パーティの時の派手な衣装と違って、三人はゆったりしたTシャツを着ている。その方が動きやすいからか。

 もし菜摘がここにいれば、今の光景を見てきっと感動するんだろうな。けど彼女は今美穂にアイスを奢ってる途中だし、今更ここに連れてきても遅いだろう。

 何かいい方法はないのか……そうだ、スマホで動画を撮影すればいいじゃん!


「1、2、3、4、5、6、7、8……はい、ここでターンしまーす!」

 センターにいる冴香は、いつものようにかわいらしい笑顔を浮かべている。まだ本番じゃないというのに、そのプロ意識は見上げたものだな。

 いや、むしろ彼女は心から、アイドルという職業を楽しんでいるのかもしれない。その偽りのない笑顔ほど、説得力を持つものはないからな。 

「オッケー、あたしに任せて!」

「う、うん……がんばってみるよ……!」

 冴香の出した合図を受けた優奈と千紗の二人は、頭に叩き込まれた練習の内容を思い出しながら、体を器用に動かす。

 次の瞬間に三人はほぼ同時に身を翻し、その拍子に額から飛び出る汗が、まるでダイヤモンドのように虹色の軌道を描く。


「わあ……とてもすばらしいです……!」

 隣で三人の動きを見ているユーシアは、思わず彼女たちの努力に心を打たれたようだ。

 ユーシアはこの世界に生まれてからまだそう長くはないが、やはり「美」という認識は誰にも共通するものなんだよな。

 そして三人はポーズを決めると、音楽がだんだんフェードアウトしていく。どうやらこれで練習が一段落ついたみたいだな。

 動画は少ししか録れなかったけど、まあ大した問題じゃないだろう。あとでこれを菜摘に見せれば、きっと喜んでくれるはずだ。


「皆さん、お疲れさまでした!」

 興奮を抑えきれず、ユーシアは拍手しながら(ねぎら)いの言葉をかける。

「三人とも、いい動きだったぜ。本当にすごいな」

 俺もユーシアに便乗して、冴香たちに褒め言葉を送る。

「あっ、ユーシアちゃんと秀和さんじゃないですか! ありがとうございます~」

 ようやく俺とユーシアの存在に気付いた冴香は、いつものようにお辞儀をして感謝の意を表す。

「ふっふーん、この優奈ちゃんの魅力的な動きに見とれてたかな? あたしさえいれば、きっと次のライブもファンがたくさん増えるに違いないわ!」

 自信満々な優奈は依然として輝かしい笑顔を浮かべながら、自慢げにその豊かな胸を張る。

「はぁ、はぁ……疲れちゃったよ……わたし、二人に迷惑をかけてないかな……?」

 激しいダンスの後に体力を消耗した千紗は、前屈みのポーズで両手を膝の上に置いている。さらに彼女の額を伝う大量の汗は、その努力を物語っている。

「ううん、そんなことないよ! 千紗ちゃんは、すごく頑張ったんだから!」

 冴香は千紗の側に近寄り、優しく彼女の肩を撫でている。冴香に認められるってことは、どうやら千紗の実力は本物のようだな。

「そうよ千紗! ここまで頑張ってきたんだから、もう少し自信を持ちなさいって! 努力の結果は絶対にウソをつかないわ!」

 優奈も力強く、ポンポンと千紗の肩を叩いている。普段冗談を言うような優奈でも、やっぱりこういう時は真剣になるよな。

「冴香ちゃん、優奈ちゃん……えへへ、二人ともありがとうね」

 二人から激励の言葉をもらった千紗は、頬を赤めて微笑む。

「うぐ……ひっく……なんて涙ぐましい光景でしょう……これって『友情』というものですね!」

 この感動的なシーンを見て、ユーシアは思わず涙を流し、ハンカチで涙を拭いている。一体どこでそれを手に入れたんだ? そのシスター服、ポケットがないはずなのに……

 それにしても、よく出来ているプログラムだな。本物の人間と見違えたことは何回もあるぐらいだ。


「そうですよ、ユーシアちゃん! 最初は知らない人でも、運命的な出会いを重ねて、お互いのいいところを知って、困った時には色々助け合って、それを繰り返していくと、『絆』が生まれるんですよ」

「絆……ですか?」

 冴香が口にした聞き慣れない言葉に、ユーシアは首を傾げる。

「うーん、ちょっと分かりにくいでしょうか? ねえ優奈ちゃん、分かりやすく説明する方法はないかな?」

「そうね……心と心を結ぶ、いわゆる『見えない糸』のようなものかしら?」

「見えない糸……ですか?」

 またしてもユーシアは、首を反対側に傾げる。

「そう! たとえ二人は離れていても、その糸で繋がっていると、相手は自分の近くにいるよう気がするわ!」

「それじゃ私とマスターも、見えない糸で繋がっているってことですか?」

 突然ユーシアは、目を輝かせて俺を熱い眼差しで見つめている。何だか照れくさいな。

「ま、まあ……多分そういうことになると思うぜ」

「本当ですか! えへへ、何だかとっても嬉しいです」

 納得したユーシアは、幸せそうな笑顔を浮かべている。どうやら彼女は、一人の「人間」として喜びを感じているようだ。

「そうか、それは何よりだ」

 そんなユーシアを見て、俺も思わずにっこりする。本当に感情の伝染力は、すさまじいものだ。


「よーし、次は歌詞を作ろっと!」

 タオルで汗を拭いている優奈は何かを思い出したようで、ノートとペンを手にした。

「そうか、アイドルはダンスだけじゃなく、歌も同時にこなさないといけないんだよな」

「はい、そうですね」

「それってかなりの酸素を使うんじゃないか? きっと肺活量がすごいことになりそうだな……」

 俺はそう言うと、改めてアイドルという職業の凄さを認識する。

「ふふーん、あんたよく分かってるじゃない! ファンたちはステージにいるあたしたちしか見てなくて、あたしたちが本当にどれだけ苦労してるかわかんないもんね~」

「まあ、ファンのみんなは楽しいことがしたいから、わざわざそんなことを考えたら、逆に疲れるからね」

 優奈の愚痴を聞いて、千紗はそう言った。アイドルのことはよく知らないけど、どっちも正しいことを言ってるような気がする。

「それもそうだけど……まあいっか! とりあえず歌詞の内容を考えるわ!」

 優奈は千紗の言葉を受け流して、歌詞作りに専念することにした。しかし彼女はいくらノートをにらめっこしても、ペンを握る手を動かすことはなかった。


「どうしたの、優奈ちゃん?」

 優奈の異様を見て、冴香は質問する。

「うっ……ダメだわ、いいアイデアが浮かばない……!」

 行き詰まる優奈は、がくりとうなだれてしまう。

「はっきりとしたイメージを持ってないからだよ、優奈ちゃん。こういう明るい定番のアイドルソングには、やはりポジティブな言葉を使うのがいいんじゃないかな」

 なんと、あのいつもオドオドしている千紗は、この場面で落ち着いて自分の考えを口にできるとは。また彼女の新しい一面を知ることができたな。

「へー、なるほどね~。じゃあ千紗は何かいいアイデアがあるの?」

 千紗の考えを聞いて、優奈も興味を示すようになった。彼女はペンを持つ手を下ろして、真剣に千紗の言葉に耳を傾ける。

「そうだね……『輝く夢は天辺の一番星 希望を掴むこの手を放さない』とかどうかな?」

「あっ、それいいよね! 夢や希望とか、そういう前向きな言葉を聞くと、ファンの皆さんも『明日も頑張るぞー!』って気分になるよね!」

 千紗のアイデアに気に入ったのか、冴香は興奮のあまりに思わず拍手をした。

「じゃあ、その続きは?」

「確か、この後はイントロが入るんだっけ?」

「それなら、バックコーラスで『トリニティ♪ トリニティノート♪』を入れるのってどうかな?」

「あっ、それいいかも! よぉし、メモメモっと!」

 そして三人の会話はだんだん熱くなっていき、俺とユーシアはまったく蚊帳の外に置かれている。

「な、何だか凄い熱気ですね……」

「ああ、そうだな……」

 こうしてステーキを三枚分食べる時間が過ぎ、ようやく三人は歌詞作りを終えた。


「ふう~これでやっと完成だね! もう歌詞を作るのは初めてじゃないのに、毎回達成感が湧いてきちゃうんだよね~なんでかしら?」

 まるでお城でも築き上げた建築家のように、優奈は凄く嬉しそうに何度もノートを見返す。

「ふふっ、毎回違う歌詞が違うから、きっとその歌詞から新しい世界でも見えたんじゃないかな」

 優奈の質問に、冴香は返答する。彼女もまた、優奈に劣らないほどの笑顔を浮かべている。

「それにしても本当にすごいわね、千紗は。いつもこんなにステキな歌詞を思い浮かべるなんて」

 ノートに(つづ)られている言葉に感動したのか、優奈は視線を千紗の方に移動し、彼女に賞賛の辞を送る。

「そ、そんな……これぐらいじゃ、大したことないよ……」

 千紗も相変わらず、恥ずかしげに謙遜している。さっき歌詞を語る時の、あの生き生きした千紗はどうしたんだ?

「あーあ、またいつもの千紗に戻っちゃったわ」

 そして優奈は残念そうに千紗を見ている。やはり彼女も、あの生き生きした千紗の方がよかったのかな。

「まあまあ優奈ちゃん、誰でもすぐに変わるのが難しいと思うよ。ここはもうちょっと、大目に見てあげようよ」

「そっ、それもそうよね」

 冴香のアドバイスを聞くと、優奈はすぐに納得した。改めてこうして見ると、三人の仲の良さがよく分かるな。


「そういえば、秀和さん」

「ん? どうかしたのか?」

 突然、冴香は俺の名前を呼ぶ。やっと空気をならずに済みそうだな。

「さっきからずっと私たちを見ているみたいですけど、もしかして何か用事でもあるんでしょうか?」

 鋭いな、冴香。エスパーとまでは言わないが、やはり君も何か人の心を読むスキルを持っているようだな。

「ああ、よく気付いてくれたな。実はな、俺はここでの思い出を残したいから、みんなと写真でも撮ろうと思ってさ」

「なーんだ、そういうことか~もっと早く言ってくれればいいのに!」

「いや、三人ともあんなに熱心にダンスや歌詞作りに打ち込んでたから、邪魔しちゃ悪いなと思って」

「そうだったんですか。ふふっ、秀和さんって優しいんですね」

 また、誰かに「優しい」って言われた。その自体は別に悪いことじゃないが、俺はどうしても違和感を覚えてしまう。まるでその言葉は、俺にふさわしくないような気がする。


「いやいや、そんなことないって。あれだけ喧嘩をして、色々暴れ回ってたんだぜ?」

「でも、あれは皆さんのために戦ってくれたんですよね? 別に誰かをいじめるとか、そういうことじゃないでしょう?」

 俺はいつもの癖で否定しようとするが、冴香は諦めずに最後まで追究する。やれやれ、かなわないな。

「いやまあ、それはそうだけどさ」

「ならいいじゃないですか! そんなに思い詰めることはないですよ、秀和さん」

「あ、ああ……ありがとうな、冴香」

 何だか救われた気分になって、俺はホッとして大きく息を吐く。

「それで、一緒に写真を撮るんでしたっけ?」

「あ、ああ、そうだったな。それじゃ、お願いしてもいいかな?」

「オッケー、もちろんいいわよ! このかわいい優奈ちゃんの写真が撮れるなんて、なかなかないチャンスなのよ! あんた、本当に幸せ者なんだから!」

「えっ、えっと、こんなわたしでよければ……よ、よろしくね、狛幸……くん」

 優奈と千紗はほぼ同時に立ち上がり、俺の要求を受け入れてくれた。

 それにしても、性格が正反対のこの二人はまるで太陽と月のようだな。完全に違う印象を与えるが、二人が一緒にいてもまったく違和感がない。もしかして俺と哲也も、他の人からすればこんな感じだろうか?


「ああ、ありがとう。それに千紗」

「な、何かな……?」

「俺のことは秀和でいいぜ」

「う、うん……ありがとう、秀和くん」

 千紗は小さくお辞儀して、礼を言う。

「それじゃ、カメラはどこかしら~?」

「ああ、悪い! 今準備するから!」

 優奈に急かされ、俺は慌ててポケットからスマホを取り出して、カメラを起動させる。

「ユーシア、ちょっと写真を撮ってくれないか?」

「えっ、私ですか?」

「ああ、俺はあんまり自撮りしたことがなくてな。頼めるか?」

「あっ、はい! 任せてください!」

「この下にある白いボタンはシャッターな。間違えるんじゃないぞ?」

 俺はユーシアを注意しながら、スマホを手渡す。

「このボタンを押すだけですか? それなら簡単ですね!」

 思ったより容易い操作に、ユーシアは安心した笑顔を浮かべている。

 そして俺はトリニティノートの三人の間に移動し、ポーズを決めると撮影の準備に入る。

「準備はいいですか? それじゃ、撮りますね~3、2、1……チー……」

 これで思い出を残す1枚目の写真が記録されると思ったが、ユーシアが最後の一文字を言う前に事故が起きてしまったのだ。


「うっ、うわああああ!!!」

 後ろに下がり続けるユーシアは自分の足元に気をつけることを忘れ、またしても派手に転んだ。まったく、こんな時でもドジっ子属性はちゃんと発揮するんだよな。

「ユーシア! 大丈夫か!?」

 俺は慌ててユーシアのところまで駆けつけて、彼女の様子を確認する。

「あいたたたた……ちょっとお尻を打っちゃいました……」

 ユーシアは自分のお尻を揉みほぐし、痛みを和らげようとしている。

「あっでも、スマホは無事ですよ!」

 でもすぐさま彼女は何事もなかったかのように、スマホを持っている手を高く上げる。

「ったく、もう少しは自分の心配をしろよ」

 そんなユーシアを見て、俺はその無邪気さに心を打たれる。まるで目の前にいるのが、自分の妹みたいだ。

「ほら、立てるか?」

 俺はユーシアの前にしゃがみ、彼女に手を伸ばす。

「あっ、はい、大丈夫です! ありがとうございます、マスター」

 ユーシアは何のためらいもなく、俺の手を取るとゆっくりと立ち上がる。

「いいって、気にするな。それで、肝心の写真は?」

「えっとですね……あっ」

 ユーシアは俺のスマホを見やると、突如顔色が変わった。これってもしかして……

 俺は視線をスマホの画面に向けると、そこには大きく揺れた画像が映っている。しかも俺たちの誰一人も写真に映らず、あるのはただの天井だった。


「ブレブレじゃないか」

「ご、ごめんなさい……やっぱり私って、何をやってもダメダメなんですね……」

 まるで悪いことでもした子供のように、ユーシアは頭を下げて小さな声で謝った。そんな彼女のガッカリした表情を見て、何だか可哀想に思えてきた。

「いや、ユーシアは悪くない。そう自分を卑下(ひげ)するな」

「そ、そうなんですか? ありがとうございます、マスター」

 俺が怒っていないことを知って、ユーシアはすぐ機嫌が直り、またしても明るい笑顔に戻る。

「それにしても困ったもんだな。どうすりゃいいんだ、写真は」

 俺が行き詰まっている時に、突然優奈は声をかける。

「しょうがないわね~あたしが撮るから、ちょっとスマホを貸して!」

 優奈はそう言うと、さっと手をこっちに伸ばす。

 そうか、容姿に自信がある彼女なら、きっとよくスマホで自撮りをしてたはず。それじゃ、彼女に任せよう。


「おっ、サンキュー優奈。それじゃ頼んだぜ」

「オッケー、任せてちょうだい!」

 俺からスマホを受け取った優奈は、かわいくウインクをした。こういうさりげなく小悪魔っぽい仕草をするところも、いかにも彼女らしい。

 俺たちは体勢を整え、再び写真を撮る準備に入ろうとするが……

「あれ? ユーシアちゃん、どうしてそんなに離れているの?」

 冴香の声に反応し、俺は外側を見る。そこには俺たちを静かに見守っているユーシアがたたずんでいる。

「ねえねえ、せっかくなんだし、一緒に写真を撮ろっ!」

「えっ? 私も混ぜていいんですか?」

 優奈に誘われたユーシアは驚いた表情を浮かべ、自分を指さす。

「当たり前だろう。ユーシアだけが外に立ってると、写真を撮っても面白くないじゃないか」

「そうよ~、まるであたしたちがユーシアをいじめてるみたいじゃない! ねえ、千紗?」

「そ、そうだね……いじめはよくないと、思うよ」

 千紗はそう言ってるが、目線は明らかに明後日の方向へと向かっている。何かイヤなことでも思い出したのか?

「ありがとうございます! それでは、お言葉に甘えさせていただきますね」

 ユーシアはお辞儀をして謝意を表すと、転ばないようにゆっくりとこっちへと近寄ってくる。

 全員がスマホの画面に入るように、俺たちは立ち位置を調整し、今度こそ写真を撮る準備に入った。


「それじゃ、行くわよ~! 3、2、1……」

「「「「「チーズ!!!!!」」」」」

 みんなの声と共に、優奈がシャッターを切った。そしてスマホの画面に映るのは、最高に輝いている5人の笑顔だ。

「どう、あたしの撮影テクニックは?」

「ああ、とてもうまかったぜ。ありがとうな、優奈。そして冴香と千紗も」

 俺は初めての思い出を残す写真を宝物のように見つめ、トリニティノートの三人に感謝の気持ちを伝える。

「いえいえ、これぐらいはお安いご用ですよ」

「わたしこそ、えっと、ありがと……こんなわたしでも、一緒に写真を撮ろうなんて誘ってくれて」

 お辞儀をする冴香と、相変わらず照れる千紗。いつもと変わらない光景だけど、だからこそ落ち着くのもまた事実だ。

「それじゃ気合いを入れて、次の曲の練習に移るわよ!」

 どうやら、彼女たちのトレーニングはまだまだ続くようだな。よし、俺もそろそろ別の場所に移動するか……ん?


「ケホッ! ケホッケホッ!」

 何の前触れもなく発する千紗の激しい咳が、この平和な空気に不穏をもたらす。

「千紗ちゃん! 大丈夫なの?」

「ちょっと千紗! いきなりどうしたのよ?」

 しゃがみ込む千紗を見て、冴香と優奈はもちろんそれを無視するわけにはいかなかった。二人は早速千紗のところに駆けつけ、彼女の様子を確認する。

「はあ……はあ……ケホケホッ! だっ、大丈夫だから……」

 千紗は息を切らしながら、咳を繰り返す。明らかにひどい容体なのに、彼女はやせ我慢をして無事を装う。

「もう、どう見たって大丈夫じゃないでしょう! そんなに無理したら体が壊れちゃうわよ!」

 いつも千紗をからかっている優奈でも、こういう大変な事態になるとさすがに緊張するのか。

「うわっ、すごい熱……! もうこれ以上の訓練は無理そうだね」

 冴香は手を千紗の額に当てると、驚きのあまりに表情が豹変した。

 さて、この場にいるたった一人の男子として、俺も見過ごすわけにはいかないよな。

「ほら、立てるか?」

 俺は千紗の隣でしゃがみ、手を出して彼女を起こそうとする。

「う、うん……何とか……ケホ」

 千紗は俺の手を取りゆっくりと立ち上がるが、そのふらふらしている体が俺の心配を誘う。

 そして俺は千紗の腕を自分の肩に寄せると、彼女の体は突然力が抜けて、まるで抜け殻のようにこっちに倒れてくる。

「ケ、ケホ……ご、ごめんなさい……」

「いいって、気にするな。それじゃ、君の部屋に戻るぞ」

「う、うん……ありがとう、ケホ」

「だから気にするなって。もうこれ以上は喋るなよ」

 こうして俺は千紗を彼女の部屋まで運び、しばらくの間に介護に付き合った。


「ふ、ふう……疲れた……まさか千紗が急に熱が出るなんて思わなかったわ……」

 予想外のトラブルに、介護を一段落終えた優奈は椅子に座り、頭を上げて天井を見ている。

「前にこんなことはなかったのか?」

「そうですね……時々薬を飲むのを見たことがありますけど、『ただのサプリメントだよ』って言ったから、そこまで気にしてませんでした」

 俺の質問に答える冴香は、いつになく険しい表情を浮かべる。

「あたしたちを心配させたくないからって、一人で抱え込んじゃうなんて……もう、千紗のバカ」

 悔しそうに唇を噛みしめている優奈は、その体が震え上がっている。

「バカで……ごめんね……ケホッ」

 俺たちの会話を聞いていたのか、千紗は苦しみに耐えながらかろうじて小さな声を漏らす。

「あっ、ごめん千紗! あたしは別にそういうつもりで言ったんじゃないの!」

 その声に気付いた優奈は、慌てて説明して誤解を解こうとする。

「お願いだから……わたしのこと、嫌いにならないで……ケホケホ」

 まるで何かを探しているかのように、千紗は手を伸すと絶え間なく左右に動かす。

「かなりうなされてるみたいだな」

「水が飲みたい……ってわけでもなさそうね」

「悪い夢でも見ているのでしょうか……?」

 千紗が見ている光景は何か、俺たちには分からない。だが俺たちにできることは、きっと何かあるはずだ。


「大丈夫よ、千紗は素直でいい子だから。もし誰かがあんたのことが嫌いになったら、あたし絶対に許さないんだから」

 優奈は千紗の手を掴むとそう言った。やはりこの二人の絆は本物みたいだな。

「そうだよ千紗ちゃん。誰もそんなひどいこと言わないから、心配しなくていいからね」

 冴香も両手で千紗のもう片方の手を取って、千紗に暖かい言葉をかけた。そしてこのハートウオーミングな場面を見て、ユーシアはまたしても思わず涙を流す。

「ほら、あんたも何か言ってあげて!」

 突然優奈はこっちを振り向いて、俺を千紗への激励に誘う。

「えっ、いいのか?」

「当たり前じゃない! あんた、リーダーなんでしょう?」

「まあ、それもそうか。そうだな……」

 俺はしばらく考え込むと、一歩進んでそっと自分の手を千紗の頭に置く。


「いいか千紗、これだけは覚えておいてくれ。カードでは、一見役に立たないカードでも、意外なところで役に立つこともあるんだぜ」

「何、そのたとえ?」

「えっと、それって一体どういう意味ですか?」

 俺の真意がくみ取れない優奈と冴香は、きょとんと首を傾げる。

「つまり、役に立たないものは何一つもないってことだ。それは千紗にとっても同じだ」

「なるほど、そういうことなのね~なかなかいいことを言うじゃない!」

「確かに、秀和さんの通りですよね」

 俺の説明を聞いた二人は頷いて、どうやら納得してくれたみたいだ。

「う、うん……ありがとう、みんな」

 俺たちの気持ちが千紗に伝わったのか、彼女はようやく苦しみから解放され、口元が緩み始めた。その後も彼女は悶えることなく、穏やかな表情を浮かべて深い眠りに沈む。

「ふう、何とかなったみたいね」

「そうだね。本当にヒヤヒヤしっぱなしだったよ」

 そんな千紗を見て、優奈と冴香もほっとした顔を見せる。

「すみません、秀和さん。千紗ちゃんの介護を手伝っていただいてしまって」

「いいって、気にするな。困った時はお互い様だろう?」

「ここはあたしたちに任せていいから。秀和くんは、他のみんなと写真を撮りに行けば?」

「いいのか?」

「もうだいぶ様子も落ち着いたみたいですし、ここで座ってもつまらないだけでしょう?」

「そうか、分かった。何かあったら教えてくれ。行くぞ、ユーシア」

「あっ、はい! それではまたお会いしましょう!」

 俺は二人の言葉に甘え、ユーシアを連れて静かに千紗の部屋を後にした。


 扉の前に着くと俺はスマホを取り出し、さっき撮った写真を見る。とても微笑ましい光景だが、どうしても千紗のことばかり考えてしまう。

 それにしてもあの時、スマホの通知が来た時の反応といい、恋蛇団の一員を見た時のあの慌てっぷりといい、今まで千紗がしていた一連の不自然な行動は一体……彼女の病気と何か関係があるのか?

 やはり彼女には、何か裏がありそうだな。とても気になるが、今聞くのは得策じゃないな。また日を改めるとしよう。

 次のターゲットを探すべく、俺は再び移動を始める。

菜摘「えっ!? 秀和くんがトリニティノートとお話したの!? いいなぁ~、うらやましいよ!」

秀和「気持ちは分かるけど、今は千紗が病気で寝込んでいるから、邪魔しないほうがいいぜ」

菜摘「ううう……美穂ちゃんをくすぐらなかったら、こんなことにならなかったのに! もう、なんで秀和くんがあの時に私に美穂ちゃんをくすぐらせようと思ったの!」

秀和「わ、わりぃ……だって俺が美穂に触ったらセクハラになるし、彼女と一番親しい菜摘に頼むしかないからさ……」

菜摘「もう、秀和くんったら……」

秀和「あっ、でも代わりに彼女たちが練習してるところを撮影したぜ。ほら」

菜摘「おお、すごい……これはまだ聞いたことのない新曲~! ありがとう秀和くん!」

秀和「いいって。別に大したことしてないし」

菜摘「してるよ! 誰よりも先にトリニティノートの新曲が聴けるなんて、ファンとしてすごく幸せだよ!」

秀和「そっか、ならよかった」

菜摘「そうだ、今度は三人のサインを頼めないかな?」

秀和「別にいいけど……菜摘が直接頼めばいいんじゃないか? もう知り合ってるんだし、きっとオッケーしてくれると思うぜ」

菜摘「むぅ~私が秀和くんのためにあんなに頑張ったのに、秀和くんは私の頼みごとが聞けないって言うの?」(じー)

秀和「そういうことか……やれやれ、菜摘は相変わらず甘えん坊だな」

菜摘「もう、そんなひどい言い方しなくてもいいのに……」

秀和「別に悪いとは言ってないぜ。むしろそういうところは、菜摘らしくてかわいいぜ」(ナデナデ)

菜摘「かわいいって……もう、秀和くんったら」(ポッ)

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