リボルト#16 闇に包まれた夜 Part3 避けられない修羅場&枕投げ
「わあ~これが秀和くんのキスなんだ~! すごくあたたかーい!」
聞き覚えのある明るい声が、暗闇の中で響き渡る。これってもしかして……
「な、菜摘!?」
「えっ、菜摘さんが!? どうしてここに!?」
千恵子が俺の声に反応し、同じく慌てふためく。まあ、予想しない人物が急に部屋の中に入ってきたんだ、無理もないだろう。
「私だって、秀和くんと二人っきりになりたいんだもん! 抜け駆けするなんてずるいよ、千恵子ちゃん!」
「抜け駆け? なんでそんなことを……まさか菜摘は、千恵子が俺の部屋の前にやってきたところを見たのか?」
「うん、そうだよ。部屋の外が妙に騒がしいと思って出てみたら、まさか千恵子ちゃんが秀和くんの部屋に入っちゃうなんて! 私すら入ったことがなかったのに!」
菜摘は子供みたいに文句を言いながら、少し不機嫌そうに俺を見つめる。
「普通に言ってくれれば入れたのに」
「そんなこと、恥ずかしくて言えないよ! さりげなく部屋の中に誘ってほしいな~」
うーん、千恵子は言えたのに、菜摘は恥ずかしくて言えないんだ? やっぱ女の子ってよく分からないな。
「そ、そうか……覚えておくぜ」
俺はぎこちなく、菜摘に返答した。
「ところで菜摘さん、一体どうやってお部屋の中に……? 確かノックはしていなかったはずですよね?」
千恵子は大事なことに気付き、その質問を口にする。確かに、菜摘は一体どうやってここに入ってきたのか、その方法はとても気になるぜ。
「そ、それはね……ちょっとした裏技だよ」
「裏技……ですか?」
「う、うん……」
菜摘の曖昧な答えに、千恵子は思わず首を傾げる。
「菜摘、勿体ぶらないで早く教えてくれよ」
興味が湧いた俺は、その真相を知るべく菜摘に説明を求める。
「えっと……美穂ちゃんにテレポートしてもらっちゃったんだ、秀和くんの部屋のトイレの中に」
「テレポートか……なるほど、それなら確かに筋が通るな」
納得した俺は、まるでマジックの種明かしをされたような気分で、ホッとするようなガッカリするような感じだが、あまりよく分からない。
「それはそうと、これからはどうすればよいのでしょうか? さすがに三人も同じベッドに寝るとキツいですし……」
千恵子の言葉を聞いて、俺はようやく自分が置かれた状況に気付く。
ただでさえ二人の時は狭いと感じたベッドなのに、三人が入ると更にキツく感じる。やべえ、そろそろ落ちそうだ。
やれやれ、どうしたものか。ここは俺の部屋だけど、さすがに菜摘を追い出すわけにはいかないよな。しょうがない、こうなったら哲也に事情を説明して、彼の部屋を借りるしかないか。
「三人だとキツいから、俺は哲也の部屋で寝るぞ。それじゃ二人とも、いい夢を。お休み」
「ええ~!? 一緒に寝てくれないの!?」
計画が思う通りにいかないからか、菜摘はとても残念そうに駄々をこねる。
「だから、このベッドは小さいから、三人じゃ寝れないって」
「じゃ、じゃあ、美穂ちゃんにベッドを大きくしてもらって……」
どうやら菜摘はまだ諦めきれないようだ。こうなに粘る菜摘は、ゴールデン・オアシスで土具魔と戦う時以来だな。
「今度は部屋のスペースが足りないからダメだ」
「そっ、そっか……なら仕方ないよね」
俺に反論された菜摘は、少しガッカリしそうに俯く。何だか申し訳ないけど、今はこれしか方法はない。
「ああ、それじゃ二人ともお休み。また明日」
「ええ、お休みなさい、秀和君」
「うん……お休み、秀和くん」
俺は二人に挨拶を交わすと、自分のカードキーを財布から取り出してポケットに入れる。
これで全てが解決すると思った俺だったが、現実はそう甘くない。
「あら~、随分賑やかじゃない。私も仲間に入れてもらえないかしら?」
突然、後ろから誰かに抱きつかれる気がする。そしてその悠長な口振りからすると、きっとあいつに違いないだろう。
「涼華、今度はお前か」
「あら、もう分かっちゃったの? 声だけで判断できるなんて、かずくんも女の子の扱いがなかなかうまくなってきたんじゃない?」
「いきなり誤解を招くような言い方は止めてくれ、涼華。千恵子と菜摘もいるんだぜ」
「うふふっ、それはもちろん分かってるわよ」
分かってて言うのかよ。とんだ愉快犯だな、こいつ。
そして涼華の声に気付いた千恵子と菜摘は、ガタッと体を起こす。
「お待ちください、涼華さん! 秀和君とそんなにべたついて、何をなさるおつもりですか!?」
「あっ、ずるいよ涼華ちゃん! 後ろから秀和くんに抱きつくなんて~!」
二人とも少し不機嫌そうな表情を浮かべ、俺と涼華を見つめてくる。ううっ、視線が痛い。
「あら、そんなにかずくんが欲しかったら、力ずくで奪い返しに来ればいいじゃない」
涼華は色っぽく目を細め、千恵子と菜摘を挑発する。そしてそれを本気にする二人は、ベッドから下りてこっちに近付いてくる。
おい、何だかイヤな予感がするぜ……
「秀和くん! 私との付き合いが一番長いんだよね!?」
菜摘は有無を言わせず、俺の左腕を引っ張る。それにしても、菜摘って案外腕力が強いな……肝心な時だからか?
「かずくん、貴方のことをよーく知ってるわよ。私と一緒にいれば、あ~んなことや、こ~んなこともしてあげられるわよ?」
涼華は俺の耳元で、桃色の吐息を漏らす。ヤバい、鳥肌が立つぜ。
「…………」
千恵子は何も言わず、何かを考え込んでいるように黙っている。一体何をするつもりだ?
突然、千恵子は俺の頭を手に取り、またしても自分の胸に埋めた。
なるほど、言葉より行動で示す派か……って、そういう問題じゃねえって!
鼻が塞がっていて、息苦しい気分が再び襲ってくる。これは一体ご褒美なのか、それとも罰なのか。
「あー、千恵子ちゃんまでそういうことするー!!」「あら……自慢の身体を武器にするなんて、貴女もなかなかやるわね」
慌てる菜摘に、俯いて自分の身体を見つめながら、ニヤリと笑う涼華。
「こ、こうなったら私も……!」
「ふふっ、私も負けてられないわね」
どうやら菜摘と涼華は何かを思い付いたようで、目付きが鋭くなる。
「形態変換・無限大の愛!」
菜摘の大声と共に、彼女の衣装はパジャマから華やかな装束に変化した。
色は前回のような禍々しい感じじゃなくなったが、デザイン自体はくそビッチに操られた時のものと同じだ。あちこち穴が空いてるし、胸が部分が物凄く強調されている。
そのせいか、いつもより大きく見えている。それともこれは衣装ではなく、資質の影響なのか? って、今はそんなことどうでもいいか。
「ほら秀和くん! 私だって、その気になればこんなに大きくできるんだよ! もっと見てもいいんだよ!」
強気になった菜摘は、仁王立ちになって両手を腰に当てながら、胸を張ってこっちに迫ってくる。
その積極的な行動は称賛に値するが、正直見てるこっちが恥ずかしいぜ。
だが、俺はすぐに「上には上がある」ということを思い知らされる。
「あら、その程度で勝ったつもりなのかしら?」
「えっ?」
後ろから発する涼華の艶めかしい声に、俺は思わずぞっとする。そう言えば、彼女はまだ俺を抱きついてるな。
そして涼華が言い終えると、突然背中に強い圧迫感を覚える。俺は後ろを振り向くと、なんと涼華の胸がいきなりスイカのような大きさに膨らみやがった!
「な、なんじゃこりゃあー!? お前の胸は風船かよ!」
「あら、そこまで驚かなくてもいいじゃない。男子って大きい方が喜ぶでしょう?」
俺の質問を余所に、涼華は逆に反問する。何なんだよその余裕は。
「いや、いくらなんでもほどがあるだろう! その大きさはまるで化け物だぜ!」
「失礼ね。かずくんを喜ばせようとこんなことをしたのに」
俺のツッコミに対して、涼華は膨れて白い目で俺を見る。自分の度が過ぎた行動に何も思わないのか。
「は、早く秀和君から離れてください、涼華さん! とても苦しそうじゃありませんか!」
「そ、そうだよ! あんなバカデカいサイズじゃなくて、私みたいな大きさがちょうどいいんだよ!」
千恵子と菜摘は俺を涼華から引き離し、腕を引っ張っている。しかも菜摘はさり気なく、俺の手を彼女の胸に乗せた。
「なあ君たち、そろそろいい加減に……」
「いえ、ダメです! 今日こそはっきりさせましょう!」
俺は三人をなだめるが、まったく効果がなかった。
「な、何を?」
「そんなの決まってるじゃない! 私と千恵子ちゃんと涼華ちゃん、誰が一番好きかってことを!」
菜摘は大声で俺の質問に答える。まあ、この流れだと、大体は予想がついてたけどな。
正直に答えると、きっと取り返しのつかないことになるだろう。ここは慎重に言葉を選ぼう。
「それなら、すでに君たちの心に答えがあるだろう? 別に俺が答えても意味がないじゃん」
「ふ~ん、なかなかうまいことを言うじゃない。でも、それでかわしたつもりかしら? 私たち、かずくんの口から直接答えが聞きたいのよ」
涼華、お前……! くそっ、やはり彼女の前だと誤魔化せないか……
「涼華さんのおっしゃる通りですね。ですが、既に秀和君と恋人関係になったわたくしには、心配は無用ですね」
千恵子は嬉しそうに声を弾ませ、俺に期待の眼差しを送る。
まあ、彼女は恋人である以上、裏切るつもりはまったくないけど、それで菜摘と涼華は納得するはずがないだろう。
「ねえ、どうなの秀和くん! 早く答えてよ!」
「もちろん、私の方が一番よね、かずくん?」
焦っている菜摘と、いつも通りに俺をからかってくる涼華。恋に夢中になる女子って、やっぱある意味すごいな。
これは、誰も傷付けずに済む方法を見つけるのが不可能なんじゃねえか……? 奇跡でも起こらない限り……
だがそんな俺の願いに応えたかのように、またしても誰かが俺の部屋の扉をノックした。
ただの条件反射なのか、それともこの気まずい状況から逃れるためなのか、俺は三人を隠すことを忘れて、そのまま扉に移動してそれを開けた。
すると、扉の向こうには大勢の仲間がいた。
「よう、どうした? みんな集まってきて、パジャマパーティでも開こうってのか?」
みんながここに来る本当の理由は分かっているが、俺はあえて何事もなかったかのようにボケる。
「もう、うるさくて全然眠れないわよ! 今は何時だと思ってるの!」
「わっ、わりぃ……」
強気な優奈は前に出て、俺に非難を浴びせる。それに対し俺は返す言葉もなく、ただ謝ることしかできなかった。
「アイドルは肌が大事なんだからね! よく寝ないと、肌が荒れちゃうわよ! ねえ、千紗?」
「う、うん……わたしもそう思うよ」
俺のことを無視して、優奈はただひたすら文句を言う。そして話題を振られた千紗は、相変わらずイエスマン発言をする。
だが、本当の苦難はこれからだ。
「そういや、部屋の中から女の子の声が聞こえた気がするんだけど……秀和、おまえまさか……!!」
例によって女子のことに敏感な直己は、いやらしい笑顔を浮かべて俺の秘密を暴いてやがる。
この野郎、さっき十守先輩にお仕置きされた時に助けなかったことを、まだ根に持ってるのかよ……!
「何ですって!? こんな夜中に男女が同じ部屋にいるなんて……不純異性交遊よ、これ!」
名雪は目を光らせ、久しぶりに風紀委員らしい一面を見せた。
「いや、いくらなんでもそれは言いすぎだって……」
彼女の大げさな反応に俺は呆れているが、その勢いが止まることはなかった。
「ちょっとそこを退きなさい! 中をチェックするわよ!」
名雪は近付いてきて、俺の部屋に押し入ろうとする。もちろん彼女の入室を許したら大変なことになるので、俺は全力でそれを拒否する。
「ダメだ! 勝手に人の部屋に入るな!」
「ちょっと、怪しいわね……それってやはり、中に女の子がいるってことよね?」
「うっ……!!」
俺の焦りから出た抵抗が、自ら墓穴を掘ることになってしまった。それに気付いた俺は、あまりの気まずさに黙り込んでしまった。
もうこうなってしまった以上、これ以上隠しても意味はないだろう。仕方ない、ここは潔く諦めるしかないか。
「もう一度聞くわよ。中に女の子がいるの?」
「ああそうだよ、まったく! ほらよ」
俺は脇に退いて、道を空けた。すると千恵子たちの姿が、名雪たちの目の前に現れる。
「九雲さん、端山さん、そして蝶野さん……ちょっと、三人もいるじゃない!」
予想以上の人数に、案の定名雪は目を見開いて驚いている。
それはそうと、涼華の胸がいつの間にか元の大きさに戻っている。やっぱ風船で出来ているのか、それ。
「おっ、三人も彼女がいるなんて、お前もなかなか隅に置けないな、秀和!」
「おい正人、いい加減なことを言うな!」
正人は上辺だけで、物事を安直に考えている。そしてその短絡的な発言は、余計な誤解を招く。
「千恵子だけじゃなく、菜摘と涼華まで……なるほど、都会だと恋人は数人持つのもありなのね」
まだ都会生活に馴染んでいない友美佳は、都会人の恋愛事情を違う風に認識してしまった。
「こ~んなにたくさんの女の子たちをトリコにするなんて、ほんと、キミって罪な男ね……」
片手に黒酢ドリンクを持っている美穂は、やれやれと言わんばかりに頭を横に振る。まさか、彼女はまだこの前のことを気にしてるのか?
「こんな夜中に女と戯れる余裕があるとは……呆れて言葉も出ないぞ。もしそいつは敵が化けたものなら、今頃お前は殺されていたのかもしれんぞ?」
いつも他人に無関心な広多は、何故か今回は口出しした。やはりこういうことに興味を持つのは、人としての性なのか?
「違います、皆さん! 停電で部屋が暗くなっていまして、それにわたくしは暗い所ですとなかなか寝付けませんので、少しの間に秀和君に話し相手になって頂きました」
これ以上誤解されるのが嫌なのか、千恵子は前に出て事情を説明してくれた。
まあ、一応嘘は言ってないよな。同じベッドで寝てることは黙ってるけど、それを言ったらさすがにまずいぜ。
「ほっ、本当にそれだけなの?」
名雪はまだ半信半疑の気持ちで、俺を白い目で見る。
「本人もそう言ってるじゃないか。いい加減信じてやれよ」
そんな千恵子の努力を無駄にしないためにも、俺は彼女の後押しをする。
「そ、そうなのね……まあ、九雲さんがそういうなら別にいいけど」
千恵子の人柄がとてもよく信用できるおかげか、名雪はこれ以上追求することはなかった。
しかもそれだけでなく、どうやら名雪は菜摘と涼華のことを忘れたらしい。ふう、助かったぜ。
だがその時、冴香が言った。
「そう言えば千恵子さん、さっき暗いところは寝付けないって言いましたよね?」
「はい、そうなのですが……」
「これは困りましたね……部屋のベッドは1人用ですし、このままでは千恵子さんは今夜眠れないじゃないでしょうか?」
冴香は人差し指を頬に当てながら、真剣そうに考え込んでいる。
他の人たちが野次馬を飛ばしてたのに、彼女だけが仲間のことを悩んでいるとは……なんていい子なんだ、冴香は。
「なあリーダー、ここはおまえの出番なんじゃねーの?」
聡はこんな時にもかかわらず、ゲームをやっている。そして彼は何も考えずに、すぐさま俺に打開策を求める。
もう少し頭を使えよ……いや、ゲームをやる気力をここに使えよ。
それはそうと、千恵子の問題はどう解決するかをちゃんと考えないとな。
普通のベッドは1人用だが、まずはその常識を打ち破らないと。何か大きなベッドを作る方法はないのか……?
小さいベッドをパズルのように何個か一箇所に集めて、それで大きなベッドを作ればみんなで寝れるけど、さすがにこんな重いベッドを動かすのは大変だよな……全部運び終わったら、夜も明けちまうし……
いや、何もベッドごとを運ぶ必要はない。布団と枕だけを運べばそれで十分だ。よし、まずはこの方法で行こう。
「そうだな……どっか広い場所を探して、床にたくさんの布団を敷いて、みんなで一緒に寝るのはどうだ?」
「あっ、それはいいですね!」
俺の提案を聞いた冴香は、両手を合わせると嬉しそうに賛成した。
だがどんなアイデアにも、必ず欠点がある。それに気付いたのか、哲也は俺に質問する。
「しかし、その広い場所はどこにあるのかい? ロビーにはカーペットが敷かれているから、衛生面にはよくないと思うが」
「そうか……確かにカーペットはホコリがたくさん付着してるよな」
大切なことを指摘され、俺は納得して再び考え込む。
「それなら食堂を使えばいいんじゃない? 確かあそこなら床は木製のはずよ」
「そうか、机や椅子は退かせばいいし」
美穂はすぐに俺の言葉に続き、いいアイデアを提案してくれる。俺は軽く頷いて、それに賛成した。
だが、そこには新たな問題が生まれる。
「今から自分の部屋の布団を、食堂に持って行くというのか? しかも翌日にまた部屋に戻さないといけないと思うと、何とも面倒な作業だ」
拓磨は面倒くさそうに溜め息をつくと、頭を横に振る。自分に興味のないことには動きたくないタイプだろうか、こいつ。
「それなら大丈夫ですよ。食堂の近くに倉庫がありまして、丁度そこには予備のお布団がありますよ」
「へえ、意外と用意がいいじゃないか」
「わたくしはこれでも、この寮のデザイナーですから。さあ、早く参りましょうか」
そう言うと千恵子は体を動かして、俺たちを倉庫のところに案内する。
こうして俺たちは、倉庫から予備の布団を食堂まで運び出し、机や椅子を移動して布団を置くスペースを作る。
「ふう、ざっとこんな感じかな」
作業を終えた俺は、あまりの暑さに手の甲で額の汗を拭き取る。
「皆さん、誠に申し訳ございません。わたくしのために、わざわざお時間を割かせてしまいまして」
千恵子は深くお辞儀をして、みんなに謝意を表す。よく見ると、壁掛け時計の針が既に1時半を指している。
「ふぁぁ~……もうこんな時間なの? もう眠いし、そろそろ寝よっか」
疲れが溜まっているのか、妙は大きなあくびをして、布団に潜り込もうとする。
しかし、それを邪魔する者が何の前触れもなく現れた。
「えいっ!」
「きゃあ!」
突然何か四角いものが飛び出て、妙の顔に直撃する。
「ふふっ、やりましたぁ~」
小春が片手を頬に当てながら、物凄く嬉しそうに微笑んでいる。月の光に照らされているその銀色の髪が、まるで蛍光のように輝いている。
「も~う、こんな時に枕投げ? 元気がよすぎるんだから、小春ちゃんは」
意外のタイミングで枕を投げられ、妙は呆れた表情を浮かべている。
しかし小春の行動がやがて大きなカオスを引き起こすトリガーになるとは、その時の俺にはまだ知る由もなかった……
「そうだ! こんなにたくさんの枕があるのに、枕投げをせずにいられるか! 行くぜ、拓磨ー!!!」
正人の熱血魂が燃やされ、彼もまた自分の枕を手に取って投げた。
だがターゲットである拓磨は、実戦で培った感覚を働かせ、正人が投げてきた枕を受け止めた。
「げっ!? ウソだろう!」
「やれやれ、こんなもので俺に通用するとでも思っているのか? 舐められたものだな」
正人の驚いた顔を、拓磨は白い目で見る。そして彼は腕を振り、枕を正人に投げ返す。
「おっと、あぶねえ!」
反射神経のいい正人は、すっと体を横に動かす。その結果、枕が近くにいる聡に命中した。
「おい、何しやがるんだよ! 好き放題やりやがって!」
短気な聡はすぐさま投げられた枕を拾い上げ、適当な方向に投げ飛ばす。
今度枕に当たったのは、よりによって聡の腐れ縁である広多だった。
「貴様、どういうつもりだ?」
案の定、広多は殺気を帯びたオーラを放ち、獲物を捉えるような目付きで聡を見据えている。
それにしても、広多はこんな時でもマフラーを付けてるのか。よほど顔見られるのがイヤなんだな。
「い、いや、あの、その……わざとじゃねーんだよ! 適当に投げたら、たまたまオマエに当たっただけだ!」
慌てる聡は必死に説明しようとするが、もちろん広多が聞く耳を持つわけがない。
「ほう、それってつまり『ここにいる俺が悪い』という意味なのか? 責任を他人に擦り付けるのもいい加減にしたらどうだ?」
怒りに満ちているのか、広多は枕を掴む力を強くしている。そのためか、広多の指と枕が重なっている部分がかなり凹んでいる。
「喰らうがいい、俺の渾身の一撃を!」
「ぐおっ!」
広多の力によって凄まじいスピードで飛んでいく枕が、聡の体に衝突した。
「いってえ! な、なんでおれまで……」
しかもそれだけでなく、その枕がボールのように跳ねて、直己までとばっちりを食う。とことん運が悪い奴だな、直己は。
「皆さん、お止めください! これ以上夜更かしすると、ご体調に響きますよ!」
千恵子はいつも通りにみんなに注意するが、この混乱した状況だと誰も聞いてくれず、枕投げに夢中になっている。
「ダメだこりゃ」
あまりにもフリーダムすぎる行動に、俺は思わず頭を抱える。まあ、これはこれでうちらのいいところかもしれないな。
「どうしましょう、秀和君?」
千恵子は顔をこっちに向けて、俺に打開策を尋ねる。
「どうするもなにも、俺たちも混ぜればいいんじゃねえ? 枕投げに」
「えっ、秀和君も枕投げをなさるのですか?」
俺のこの答えに予想できなかったのか、千恵子は驚いて目を見開く。
「ああ、だってこうやってみんなで何かのイベントを楽しめるチャンスは、なかなかないだろう? だったらそれを大事にないとな」
「言われてみれば……確かにそうかもしれませんね」
千恵子は俺の説明を聞いて、納得して頷いた。
「もう、時間なんて気にしても意味がありませんね。それより全力で今を楽しみましょう!」
突然何かが吹っ切れたかのように、千恵子が立ち上がった。そしてその時、ちょうど横から枕が飛んできて、千恵子の頭にぶつかる。
「あっ、やばっ……」
近くにいる美穂は、気まずそうに呆然としている。どうやらその枕は、彼女が投げたものだろう。
「美穂さん……お覚悟は宜しいでしょうか?」
千恵子はゆっくりと視線を美穂に向けて、微笑みを浮かべている。が、その笑顔はあまりにも怖い。
「ちょっ、ちょっと! 千恵子が急に立つから……!」
「問答無用です!」
美穂の弁明を余所に、千恵子は彼女が投げてきた枕を投げ返す。
だが、美穂もそう簡単にやられるはずがない。何故なら……
「えいっ!」
一直線であるはずの枕の飛行軌道が、いきなり物理法則を無視して、美穂の後ろに回った。さてはお得意の超能力でも使ったんだな。
「くらえ、秀和!」
「ん?」
名前を呼ばれて、俺は条件反射で顔をそっちを向く。そして思った通りに、そこには枕が飛んでくる。
俺は難なくそれを受け止め、枕を投げてきた人物に物申す。
「おい正人、枕を投げる前に相手の名前を呼ぶなんて、当たる前に気付かれちまうぜ?」
「名前を呼ばずに枕を投げるのは邪道だぜ! 正々堂々と物事をするのは流儀だ!」
正人は真っ直ぐな目で俺を見つめ、拳を握り締めながら俺に返事をした。
「ああそうか、お前はそういう奴だったんだな。やれやれ、バカ正直というかなんていうか……」
俺は手中の枕を弄び、適切なタイミングを見計らってそれを投げ返す。
「よし、隙ありだ!」
「そうはさせませんわよ!」
これで枕は正人に当たると思いきや、突如雅美が正人の前に飛び出て、自ら盾となった。
なるほど、これが愛の力なのか。だが、千恵子にはそんな危険なことはして欲しくないな。
「さあ、今宵は飛び交う綿の砲丸が織りなす聖戦に、酔い痴れようではないか! この鋼の鎧と剣さえあれば、負ける気がしないわ!」
「うん、そうだね宵夜ちゃん! みんなをボッコボコにしちゃうよ~!」
野球のヘルメットを装着している宵夜と愛名はバットで枕を打とうとしているが、なかなか思う通りに飛ばせない。にもかかわらず、二人はかなりその状況を楽しんでいるように見える。まあ、本人が満足してるならいいか。
「ちょっと、なに隠れてるの千紗! みんなと一緒に枕投げをやろうよ!」
「ひえええ~やだよ、枕があちこち飛んでて怖いよぉ~」
布団の中に隠れている千紗を優奈が無理矢理に引っ張ろうとするが、怖がりの千紗の恐怖心には勝てないようだ。
「ほ~ら、もっとこっちに来て~」
ゆったりとしたTシャツを着ている絵梨香は、少し姿勢を低くして豊満な胸を見せ付けようとする。
「お、おう……なかなかいい感じだぜ……」
そしてその策略に、直己はまんまとひっかかった。誘惑された彼は、目を丸くしながら絵梨香に近付いていく。
「もうどこ見てんのよ、このドスケベ!」
「ぐわはっ!」
それを目撃した名雪は、直己の顔を目がけて容赦なく枕を投げ捨てる。
「大丈夫、百華? ごめんなさいね、こんなに騒がしくて」
「うふふっ、大丈夫でごいますよ、友美佳さん。こうして見ているだけで、とても楽しいのですから」
足が不自由で動けない百華に、友美佳が食堂の片隅で付き添っている。二人はまるで体育の授業で見学をしているかのように、俺たちを見守っている。
「はぁ、はぁ……そろそろ終わりにするか?」
「まだ早いだろう! もう一戦やろうぜ、もう一戦!」
「ええ~? まだやるの?」
一部のメンバーの戦闘意欲がまったく収まる様子がないため、こうして枕投げ大戦がしばらく続いていた。
全員が眠りについたのは、既に朝日が昇る時のことだった……
次回予告
菜摘「いや~枕投げ、楽しかったね~中学の修学旅行以来だよ!」
美穂「ふぅ、いい汗かいたわね! 冷房が動かないのは残念だけど、まあこの方が夏って感じなのよね」
千恵子「それにしても、随分と時間が経ちましたね……もう朝日が……」
秀和「まあ、たまにはいいんじゃねえか? 起きれる時まで寝ちまえばいいんだ」
優奈「ところで、明日はどうするの? いや、日付はもう今日なんだよね」
聡「休んでもいいんじゃね? もうこんな時間だし、どうせ起きてもだるいしよ」
広多「そうだな。もうすぐあの化け物たちが作った舞台とやらも完成するだろうから、今のうちに英気を養わねばな」
哲也「僕も賛成だ。これ以上恋蛇団に喧嘩を売っても意味はないからね」
直己「あそこに行けば、きっとモテモテになるんだろうなぁ……待ち遠しいぜ!」
友美佳「もう、いつまでお喋りしてるの? ただでさえ遅いんだから、早く寝なさいよ!」
名雪「そうよ、こんなに遅くまで起きてるなんて、これはれっきとした風紀の乱れよ!」
正人「くー、かー、すぴー」
名雪「はやっ!」
秀和「そんじゃ、お休み」
千恵子「はい、お休みなさい」
菜摘「みんな、いい夢見てね~」
哲也「ああ、そうさせてもらうさ」