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反逆正義(リベリオン・ジャスティス)Phase One——Ten days in heaven(or in hell)  作者: 九十九 零
第4章 怒りの反撃編・信念の分岐点
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リボルト#16 闇に包まれた夜 Part2 色んな意味で熱すぎる夜

※このパートにはかなり「刺激が強い内容」が含まれております。ご注意ください。

 それは部屋に戻った俺は歯磨きを終え、布団に入った後のことだ。深い闇に包まれながら、そのまま目を閉じようとしたが……

「トントン」

 突然、静寂がノック音に破られた。こんな時に一体誰が……?

 俺はLEDライトを手に取ると、重い体を動かして扉の方に移動する。

 扉を開ければ、そこにはパジャマ姿の千恵子が立っている。


「あの、秀和君……もう寝たのかしら?」

 千恵子は両手で枕を抱えながら、もじもじと俺に声をかける。いつもの凛々しさが感じられないが、その分可憐さが普段より際立っている。ああ、なんていじらしい姿なんだ。

「今寝たところだけど……どうかしたのか?」

「えっと、ちょっとお願いがあるのだけれど……」

「何だ? 言ってみてくれ」

「そ、その……」

 千恵子は何故か、急に枕で自分の顔を隠している。何か言いにくいことなのか?

「どうした? 別にためらうことはないだろう?」

「そ、それもそうね。こんなの、全然私らしくないわ」

「それじゃ、改めてお願いを聞いてもいいかな?」

「ええ、いいわ。それがね……」

 千恵子は一旦口の動きを止めて咳払いをすると、ようやく本題に入った。


「今夜は、一緒に寝てもいいのかしら? 停電で部屋が暗すぎて、怖くてなかなか眠れないの……」

「えっ?」

 あまりにも急な話に、俺は思わず目を見開く。だが俺がまだ状況を整理できていないうちに、千恵子は話を続けた。

「やはり……迷惑かしら?」

 俺の反応を見て困っていると勘違いしたのか、千恵子は少し申し訳なさそうに言った。

 部屋が暗いなら、LEDライトを付ければいいだけの話なのだが、恐らく千恵子の狙いはそこじゃないだろう。

 何しろ彼女は俺からLEDライトを借りるのではなく、直接に俺と一緒に寝たいとお願いしたんだ。きっと彼女はこれを機に、俺と触れ合うチャンスを作りたいに違いないだろう。

 なるほど、よく考えたじゃないか、千恵子。こんなおいしいことを断ったほうがバカだぜ。それなら、俺もその気持ちに応えないとな。


「迷惑なんてとんでもない! むしろ大歓迎だぜ」

「そ、そうなの……?」

「ああ。だって俺たちはもう恋人同士だし、これぐらいは別に大した問題じゃないだろう」

「ふふっ、それもそうね。悩んだ私がバカだったわ」

「そんなことないって。さあ、中に入ってくれ」

「おっ、お邪魔しますね」

 千恵子は少し照れくさそうに俯きながら、俺の部屋に足を踏み入れる。

「レディファーストだ。お先にどうぞ」

「そ、それじゃお言葉に甘えるわね」

 俺の心遣いを素直に受け入れ、千恵子は枕を俺のベッドに置くと、ゆっくりとそこに上がる。

 そして俺もベッドに移動し、彼女と二人っきりで同じベッドで寝ることになった。

 しかし、このベッドはあくまで一人用のものだ。二人で一緒に寝ると、距離がかなり縮む。今にも千恵子の顔は目と鼻の先だ。やべえ、心臓の鼓動がいつもより激しく感じるぜ。

 それに、俺を興奮させるのはこれだけじゃない。

 周りが暗いため、視覚は普段より衰えているが、代わりに他の感覚が鋭くなる。表情こそよく見えないものの、千恵子の声がいつもより魅力的に感じて、それにシャンプーの香りも俺の鼻を刺激する。

 それに、パジャマの襟ぐりから覗く、千恵子のふくよかな胸の谷間……ってどこ見てるんだ俺は!


「何だか、不思議な気分ね」

「そ、そうだな」

 緊張している俺は、ぎこちなく返事をした。

 彼女が話す度に漏れる吐息が、俺の理性を失わせかける。まあ、いくら恋人になったとはいえ、好きな人と同じベッドで寝るのって、なかなか体験できないことだよな。

 いやでも、もし関係が深まれば、こんなことは毎日できるかもしれないな。けどそうなるときっと新鮮感も薄れていくだろうし、この初体験を大事にしないとな。

 とはいえ、今の俺は頭が真っ白で何もできそうにない。ここは何か話題を探して、会話で緊張を解すしかないか。


「それにしても大胆だな、千恵子って」

「そ、そうかしら?」

「だってさ、いきなり一緒に寝たいって言うじゃん。普通そんなこと言う子は、なかなかいないと思うぜ」

 俺の言葉を聞いた千恵子は、少し考え込むと何故か急に笑い出した。

「ふふふっ、それは多分秀和君のせいだと思うわ」

「えっ、それってどういう意味だ?」

 千恵子の答えから、俺は彼女の真意を測れない。

「前にも言ったと思うけれど、秀和君に出会ってから、新しい自分を見出せるような気がするの。もしかしたら、今の私こそ『本当の自分』なのかもしれないわ」

「う、うん……」

 千恵子の話に聞き入った俺は、なんて返事すればいいか分からず、相槌を打つことしかできなかった。

「そしてこんな自分がいることを気付かせてくれたのは、他の誰でもなく、秀和君なのよ。他人のことを気にせず、自分の気持ちに正直になって、好きなように振る舞ってもいいって、そう教えてくれたから」

 舞い上がる千恵子は真っ直ぐ俺の目を見ながら、両手で俺の手首を掴んだ。

 千恵子は俺のことを、そんな風に思ってくれてるのか。感激しすぎて言葉も出ねえぜ。

「ほら、貴方と一緒だから、周りが暗くても怖くなくなったわ。そして今なら、こんなこともできそうよ」

 そう言うと、千恵子は俺の手を引いて、なんと自分の胸の上に置いた!

 パジャマ越しとはいえ、彼女の柔らかい肌の触感が、全身に伝わってくる。そして俺の指が、そのボリュームのある胸にめり込んでしまう。

 それだけでなく、彼女の心臓の鼓動もとても激しく、まるでバスケットボールのように上下に跳ねている。

 もしかしたら今の俺も、すごく興奮して心臓がドキドキしているのかもしれねえ。


「ちちちち千恵子!? いきなり何やってるんだ!?」

 興奮のあまりに、俺は上擦った声で千恵子に質問する。

「秀和君はさっきから、私の胸をずっとチラッと見ていたでしょう? だから、こうして秀和君を喜ばせようと思ってね」

「やべえ、バレたか……」

「ふふっ、バレバレよ。目がずっと泳いでいるもの」

 千恵子はいつもより大きな笑い声を零すと、まっすぐに俺の瞳を見つめている。その熱い視線を浴びた俺は、体が火照(ほて)るように感じる。

 今の彼女はいつもの凛々しさがなく、本当にどこにもいるような普通な女の子みたいだった。それでも彼女の魅力が薄れるどころか、よりかわいく見えてきた。

 もしかしてこれも、俺に出会ってから彼女に起きた変化だというのか? こんなことができるなんて、俺自身すら考えたことがなかったぜ……人間の潜在能力って恐ろしいものだな。


「でもいいわ。こんなことができるのは、秀和君の前だけよ。だって私の体も心も、秀和君だけのものだから」

 何の前触れもなく、千恵子はこの言葉を口にした。確か今日の戦いであのくそビッチも似たようなことを言ってたけど、話し手が千恵子だとまったく違う意味に聞こえるな。

 それにしても、このセリフは反則すぎるだろう……これを聞いて心が動かない男子はいねえぞ!

 もう一度千恵子を注目すると、彼女は純粋な笑顔を浮かべながら、依然として俺を見つめている。

 この時、様々な妄想が頭をよぎり始める。水着が流されていや~んなことが起きたり、まだ履いたことのないミニスカートを履いて照れたり、お料理をしているところに後ろから俺に抱きつかれて戸惑ったり、千恵子のおいしい手料理を食べて満足してる俺の顔を見て喜んだり……

 慌てる俺は頭が真っ白になって、無意識に指に力を入れる。

「ひゃんっ!」

 俺の指に反応して、千恵子は突然色っぽい吐息を漏らした。しまった、俺の手がまだ千恵子の胸の上だった!

 そういえば今更だけど、女の子って寝る時はブラを付けてないんだよな? どうりで触感があんなに柔らかいわけだ……って、それってつまり……!

 やべえ、興奮しすぎて鼻がかゆく……!!


「ハクション! ハクション!」

 またしても、くしゃみが勝手に出てくる。くしゃみ自体は阻止することができないが、せめて唾が千恵子にかからないよう、俺はすぐさま顔を反対側に向けた。

「どうしたの、秀和君? 体調でも悪いの?」

 俺の格好悪い姿を目撃した千恵子は、俺のことを心配してくれて、少し焦った声を発する。

「いや、大丈夫だ。千恵子の言葉を聞いて、ちょっと嬉しすぎて体が勝手に暴走してるみたいなんだ。まるで理性を失ったかのようにな」

 俺は上着の襟で扇ぎながら、荒れた呼吸を整える。9月とはいえ、まだ気温が暑いままだ。それに今は停電していてエアコンが使えないから、なおさら暑く感じてしまう。 

 やべえ、今の俺はどんな顔をしてるんだろう。正直、千恵子の目を直視する勇気がなくなった気がするんだけど。

「私の言葉が、秀和君を喜ばせているのね。それなら私も嬉しいわ」

 そう素直に言われると、かえって罪悪感が一層強まるぜ……まあ、結果オーライということで。

 でも、ただ褒められるだけじゃ千恵子には不公平だ。ここは彼氏として、千恵子を褒め返そう。


「それにしても、千恵子のような素晴らしい女の子に出会えた俺も幸せ者だな」

「えっ、そうなの?」

「当たり前じゃないか。千恵子は美人だし、お料理も上手だし、そして何よりも優しい心を持っているからな。正直、すごく救われた気がするぜ」

 あの夜のこと、今にも忘れられない。千恵子は俺のことを受け入れてくれるからこそ、つい彼女に甘えたくなるんだろうな。

「そ、そんなに褒められると、恥ずかしいわ……」

 予想通り、千恵子は照れくさそうに自分の手を顔に当て、少し目を逸らした。今夜の千恵子は、いつもより増してかわいさ全開だな。

「やっと気付いたか? それが今の俺の気持ちだ」

「ええ、何となく分かる気がするわ。他人に褒められるのってとても嬉しいことだけど、でもそれ以上に恥ずかしい気持ちが強いわね」

 千恵子はまだ目を逸らしているが、さっきの俺みたいに時々こっちをチラッと見ている。そんな彼女を見て、俺は思わずニヤリとする。

 その時、一つの疑問が浮かび上がってくる。


「そうだ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど……」

「何かしら? 私に答えられる質問なら、何でも聞いてね」

「じゃあ、聞くぞ……どうして千恵子のようなほぼ欠け目のない子が、ここに送られてきたんだ?」

「えっ、それってどういう意味かしら?」

「だってさ、ここに送られてきた生徒たちは、みんな何かしら欠点を持って、親たちに不満がられてるんだろう? そんな千恵子がここに送られてきた理由が、なかなか想像つかなくて」

 好奇心に駆られて、俺は心の中にある質問を隠さずに口にした。ちょっと遠回りに千恵子を褒めたことになるが、まあ別にいいか。

「なるほどね。ほぼ欠点のない私が、何故ここに送られてきた、か……それじゃ答えるわ」

 千恵子は少し黙って考えると、俺の質問に答えた。


「私がここに送られてきた理由、それは『笑顔が少ない』からよ」

「えっ、たったそれだけの理由で?」

 予想外の答えに、俺は思わず驚きの声を漏らす。

「意外と思ったでしょう? でも私の実家は料理屋だから、これがかなりの致命傷なのよ」

「ああ、そういうことか。確かに無愛想な店員は嫌われるな」

「ええ、そんなことは分かっているはずなのに、私はタブーを破ってしまったの」

 さっきまで笑顔だった千恵子の表情が、一瞬曇ってしまった。まずいことを聞いちまったのかな。

「なにやら訳ありのようだな。話しにくいなら無理して話さなくてもいいぞ?」

 せっかくのいいムードを台無しにしないよう、俺はなんとか挽回しようとする。

「ううん、大丈夫よ。相手が秀和君なら、話してもいいと思ってね」

 それでも千恵子は思い止まることなく、隠していた秘密を打ち明けることにした。

 よほど信頼されてるな、俺。これほど嬉しいことはないぞ。


「今年の春のことなのだけれど、ちょっと悪質なお客さんがうちの店に来たの」

「悪質って、どんな?」

 千恵子の昔話に興味を持った俺は、会話を進めるべく軽く質問をした。

「自分が持ってきた(はえ)をうちのお料理に入れて、弁償金を集ろうとしたの」

「うわ、こりゃ立派な詐欺だな。手口もベタすぎて笑えねえぜ」

「やはり秀和君もそう思うでしょう? しかもそのお客さんが注文したお料理を作ったのは私だったから、余計に腹が立ったわ」

 俺の理解を得た千恵子は、声を弾ませて愚痴を零し始めた。きっと彼女は、普段不満があってもなかなか言えない環境にいたんだろうな、大変そうだぜ。

「で、その時千恵子はなんて言ったんだ?」

「……教えたら、私のことを嫌いにならないでくれる?」

 千恵子は少し心配そうに、上目遣いで俺の目を見つめている。うっ、なんて可憐な姿だ……!

「心配するなって。千恵子だって俺の憑依獣(パラサイト・ビースト)を見ても、俺のことを嫌いにならなかっただろう?」

「ふふっ、それもそうね。それじゃ言うわ」

 千恵子は安心した笑顔を見せると、話を続けた。


「『お客様、そんなにお金に困っていらっしゃるのでしたら、弊店ではなく警察署に行かれることをお勧めしますが?』って、こう言ったわ」

「うわ、ド直球だな……」

 千恵子の怒る気持ちも分かるが、まさかここまで言うとは思わなかったな。いや、初めて出会った時の千恵子ならありえなくもないか……

「ええ、今にして思えば凄く恥ずかしかったわ。しかもあの時、私は防犯カメラの映像までそのお客さんに見せたの」

「徹底的だな。きっとそいつも、かなり怒ってるんだろうな」

 俺は当事者じゃないのでその時の光景は想像に任せるしかないが、きっと飲食店の中は凄く混乱してただろう。

「ええ、その通りよ。その人が急に暴れ出して、携帯で私の写真を撮ったの」

「あっ、さてはネットで拡散する気だな」

 俺はすぐ話の展開を先読みして、自分の考えを述べる。

「……察しがいいわね、秀和君。写真を撮った後、『こいつを口コミサイトに流して炎上させれば、お宅の店の評判も一気に落ちて客足が減るだろう』って脅迫してきたの」

「うわ、とんだクズがいたものだな」

 展開は読んでいたものの、そこまで詳しく言われると、怒りがこみ上げてくる。

「でも相手はお客さんだから、手も足も出なかったわ。結局お父様が出てきて、このトラブルを水に流そうと5万円も弁償した後、私を無理矢理に土下座させたの」

 千恵子は話している途中、両目から光が浮かび上がっている。あれは涙なのだろうか。

「厳しい親父さんだな。あの時は辛かっただろう」

 俺は千恵子の気持ちを汲み取り、なるべく彼女の苦痛を和らげようとする。

「そうよ……私だって、自分のお店を守ろうとしただけなのに、なんでこんな目に遭わなくちゃならないの! こんなのあんまりよ……」

 悲しみの頂点に達したのか、千恵子は急に泣き崩れた。そして彼女は自分の顔を俺の胸に埋めて、泣きながら話を続ける。

 俺は何も言わずに、そっと片手を千恵子の背中に置き、もう片方の手を彼女の頭の上に動かし、軽く撫でる。

 このまましばらくすると、千恵子は泣き止んで、頭を元の場所に戻す。


「ごめんなさいね、お見苦しいところを見せてしまって」

「ううん、気にするな。あんなことをされて喜ぶ奴なんていねえしな」

 これ以上千恵子を悲しませないよう、俺は彼女を慰める。

「ふふっ、秀和君は優しいのね。それじゃ、さっきの続きをしてもいいかしら?」

「ああ、どうぞ」

「あれからかしらね、お料理を作るのが少し嫌になってきたわ。接客した時もため息ばかりついていて、お客さんたちもそんな私を見て眉を(ひそ)めていたの」

「なるほどな……それで両親にここに送られてきたんだ?」

「ええ、ご明察よ。『接客の基本もできないとは、お前は弛みすぎている』ってお父様が」

「ひでえな。あんなことをさせたくせに、よく言うぜ」

 あまりにも理不尽な言葉に、俺は再び怒りを覚える。それにしても、千恵子の親父さんと俺の親父は、どことなく似てるな。

「でも、私がいけなかったのも否定できないわ。笑顔も見せられないようでは、店員失格なのよね」

 まずいな、このままじゃ千恵子がますます意気消沈して……ここは何とかしないと!


「いや、でも千恵子は俺たちに出会ってから、笑顔も多くなってきたんじゃないか?」

 あの時の俺は、この一言が千恵子の憂鬱な気分を晴らせるとは夢にも思わなかった。

「言われてみれば確かにそうね。ふふっ、これもきっと秀和君のおかげに違いないわ」

 千恵子はまたしても笑顔を浮かべて、優しい目で俺を見つめている。だから、その視線が熱すぎて直視できないって!

「お、俺は別に大したことなんかしてねえし……」

 あまりの恥ずかしさに、俺は思わず目を逸らす。

「そんなに謙遜しなくていいわ、秀和君。もしあの新歓パーティの時に貴方が私を励ましてくれなかったら、きっと今頃の私はあの時と変わらないでしょう」

 そう言うと、千恵子は両手を伸ばし、そっと俺の頬に触れて、目を逸らさせないよう俺の頭を動かさせる。

「いいかしら、秀和君? 今の私がいるのは、貴方が側にいるから。心から感謝しているわ」

「千恵子……」

 千恵子の真摯(しんし)な眼差しと言葉が、俺の心を動かす。

「そして、あの時言えなかったことを、今ここで言うわ」

 あの時言えなかったこと? 一体何のことだ?


「……好きよ、秀和君。これからも側にいさせてね」

 とても簡潔な告白だが、その力がとても凄まじかった。思い返せば、確かにファーストキスの時は「好きだ」とか言ってなかったな。

 ならば、俺も男らしく告白しないとな。

「ああ、俺も千恵子のことが大好きだ。そしていつか絶対、幸せにするからな」

「ふふっ、秀和君ならきっとそう言ってくれると思ったわ。そもそも私は今、もうとても幸せなのよ」

「そうか、それならよかった」

 千恵子の偽りのない純粋な笑顔を見ると、何だかこっちまで落ち着くな。

「そういえば、さっき私が泣いた時は秀和君の胸に埋めたけど、とても温かかったわ」

「済まない、千恵子。イヤなことを思い出させてしまって」

 俺が好奇心のつもりで聞いたあの質問のせいで、せっかくのいいムードを台無しにしてしまい、千恵子を悲しませてしまった。そう思うと、またしても罪悪感が沸き上がる。

 だが、千恵子は俺を責めるつもりは毛頭なかった。


「ううん、大丈夫よ。今まで他の人にこんな話をしたことがなかったから、むしろすっきりした気分だわ」

「さすが千恵子、ポジティブな考え方だな」

「ふふっ、これは何もかも秀和君のおかげよ」

 俺のおかげ、か……人と人の出会いによって生まれた絆は、人をここまで変えられるのか。哲也や菜摘も多少俺の影響を受けてるし、こんな凄い力を持ってる自分が怖いな。

「だから、ちゃんとその恩返ししないといけないわね」

「恩返し? どうやって?」

「ふふっ、こうよ」

 千恵子は両手を俺の後頭部に回すと、なんと俺の頭を押さえて彼女の胸に埋めた!


「むっ!? な、何をするんだ千恵子!?」

「さっき私は秀和君の胸に顔を埋めたでしょう? だから、そのお返しということで」

 視界が完全に奪われるため、その分聴覚が強化され、千恵子の声が一層魅力的に聞こえる。

「どう、気持ちいいでしょう?」

「む、むむう……ん……!!」

 千恵子のマシュマロのような柔らかい胸に埋まって、気持ちよくないって言えば嘘になる。だけど、息が詰まるぜ、こりゃ……!

 頭が真っ白になった俺は何も言えず、しばらくすると千恵子の胸から抜け出して、(むさぼ)るように空気を吸う。

「はあ……はあ……」

 甘いものをたくさん食べると体重が増えるように、この天国にいるような体験が長く続くと、いつ本物の天国に行ってもおかしくはない。

 何かのいいことを楽しむ時に、必ずその代償がついてくる……俺は思いがけないタイミングで、一つの真理に気付いたんだ。


「だ、大丈夫秀和君!?」

 俺の狼狽(うろた)える姿を見て、千恵子は心配して俺に声を掛ける。

「あ、危うく天国に行くところだったぜ……」

「ごめんなさい、私が舞い上がってしまったばかりに……」

「いや、別に責めてるわけじゃない。むしろ千恵子のこんな新しい一面が見れて、俺も凄く嬉しいぜ」

「もう、秀和君ったら……」

 俺に褒められて、千恵子は恥ずかしそうに手を頬に当てる。

 くうー、さっき俺をあんなに振り回しておいてこれかよ。かわいい奴め。


「ところで、今は何時だ?」

 俺は自分に問いかけると、体を起こして時計を探そうとする。

「……!! もう午前0時半だわ……」

 千恵子は自分の腕時計を見て、今の時間を知らせる。そう言えば、あの腕時計は外せないんだったな。

「君が俺の部屋に入った時に置き時計をチラッと見たけど、確かまだ22時だったはず……」

「つまり私たち、2時間半もお話ししていたの?」

「そうなるな。まあ、普段こうして二人っきりでいられるチャンスが少ないからな。つい時間を忘れて話し込んでたぜ」

「楽しい時間があっという間に過ぎてしまうわね。それだけ秀和君とのお話が楽しかった、ってことかしら」

「そいつは光栄だな。けど、そろそろ寝ないと明日は持たないぜ?」

「それもそうね……でもその前に、もう一つお願いがあるのだけれど……」

「何だ?」

「えっと、その……キス……」

 千恵子はもじもじと両手の指を絡ませ、目を閉じると顔を近付けてきた。

 そういえば、この前にキスしようとした時は正人たちがいきなり入ってきて失敗に終わったけど、今なら二人っきりだし、このチャンスを逃さないようにしないとな。


 俺は千恵子の気持ちに応えるべく、同じく目を閉じて、彼女の唇を重ねようとする。

 深い闇の中で、唇に何か熱い感触が伝わる。

 しかし、どこか違和感がある……これは一体どういうことだ?

 俺は真相を知るべく目を開けるが、そこには予想だにしない人物がいた。

直己「うおおおーい! な、なんだこのおいしすぎるシチュエーション……! うらやましい!」

聡「マジかよ……こんなのって、てっきりギャルゲーでしか起こらないと思ってたぜ!」

正人「熱いな、二人とも! この情熱、炎より熱いぜ!」


美穂「千恵子、アンタなかなかやるじゃない……隅に置けないわね」

冴香「うふふっ、愛の力って凄いですね!」

静琉「あらあら、青春っていいわね~十守も頑張らないと遅れちゃうわよ?」

十守「ちょっ、なんであたしに振るのよ、静琉!」


碧「なるほど、これが恋人がやることなんですね……いい勉強になりました」

秀和「そんなに熱心にメモるほどのことなのか、碧?」

碧「はい、そうです。ですが、これだけでは物足りません……やはり、実践する必要もあるようですね」

千恵子「きゅ、急に何を言い出すのですか、碧さん!?」

碧「冗談ですよ。さすがにそこまで空気を読まない人間じゃないですよ」

秀和「だ、だよな……ビックリしたぜ」


涼華「あら、もうそこまで関係が発展しちゃってるの? 私も負けてられないわよ」

菜摘「わ、私だって負けないんだからー!」

秀和「お、おい!? 何をするんだ二人とも!?」

千恵子「乱暴はお止め下さい! 秀和君が怪我をしてしまいますよ!」


哲也「相変わらず君は大人気だね、秀和。いつ見ても大変そうだ」

秀和「心配ありがとうよ、哲也。君は俺のようにはなるなよ」

哲也「ああ、気をつけるさ」

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