言われるまでもありません
茶会の一件以来、エルダーとアリアはよく話すようになりました。話すと言ってもそれは他愛もないことばかりですが、アリアにとってはそれが好ましくも思っていたのでした。
「ねぇ、ちょっと。」
「私のことエルーだって言ったじゃないですか。」
「それよりもちょっと。」
「はぁ。全く。それよりもちょっとなんですか。」
「あの、私考えたんだけどね、あなたビセのこと周りには言わないって言ったじゃない。それって自分も怪盗だから?」
「・・・・は?」
「だ、だからあなたも実は怪盗ですだなんてことないわよね!?」
するとエルダーは吹きだすようにして笑いました。
「ちょ、ちょっと!!何で笑うのよ!?」
「はははははっ、だってあんまりおかしいこというから。くっくっくっ」
「こ、これでもそうとう考えたのに!笑わないで頂戴!」
むくれて赤くなるアリアを見つめてエルダーは目を細めました。
「いや、失礼しました。あなたは賢いようだけどときどき的外れなことを言いますね。まぁそういうところも俺は気に入ってますけどね。」
「か、からかわないで!」
アリアは自分の顔が赤くなるのが分かりました。
「からかってませんよ。本当のことです。でも俺が言ったこと信じるんですか?」
「・・・え?」
「私がもし怪盗だったらどうするつもりなんだろうと思って。」
「え!?そうなの!?」
「ほら、すぐ信じる。もう少し人を疑うことを知らなければだめですね。」
「もう、違うなら紛らわしいこと言わないでよ。」
「全く。これではすぐ悪い男に引っかかってしまいますよ。例えばもし今ここで俺があなたに手を出しても。」
エルダーはそう言ってアリアの頬に手を添え、アリアの顔を覗き込むようにかがみました。
「ほら、抵抗できないでしょう?」
目の前にエルダーの端正な顔があり、息がかかるほどの距離にアリアは体が硬直してしまいました。
「は、離して!」
アリアは渾身の力を込めてエルダーを突き飛ばしましたが、アリアの力では大したこともなくエルダーは後ろに下がっただけでした。
しかしこの少しの距離がアリアをとても安心させました。
「少しやりすぎましたね。でも男に危機感をもつのに良い機会だったでしょう?」
「あ、あなたがこんなことをしないでいてくれればそれで解決するじゃない!」
「俺がしないでも他の男がするでしょう。それでは意味ないですからね。」
「い、言われなくても気をつけるわよ!」
エルダーはそうですかとにっこり言うとアリアに背を向けました。
遠ざかっていくエルダーの背を見つめてアリアはわけが分からないわ・・・・と呟きました。
エルダーは自室に戻り上着を脱いだところでした。
「良かったですね。エルダー様。」
「ルノーワ。」
不意に話しかけられてエルダーは驚き後ろを振り返ってそこにいた彼の有能な執事の名を呼びました。
「驚いた。急に出てくるなよ。」
「失礼しました。エルダー様。」
「それで?何が良かったんだ?」
「アリア様のことでございます。」
ルノーワと呼ばれた男はそう答えました。
「アリア嬢?」
「はい。ここに来られた時はどうなることやらと私はとても冷や冷やしましたが、今はもうその心配はないようですね。」
「そうでもないぞ。」
「そうでしょうか。しかし私はアリア様がよく笑っていらっしゃるのを見ます。来たばかりの時はあまり笑っていらっしゃらなかったのに。」
「まぁ・・なぁ・・。」
「それにエルダー様もです。」
「え、俺?」
「はい。存じておられないかもしれませんが、貴方様もここに来てからよく笑っていらっしゃる。私はそれが嬉しいです。エルダー様。」
「あんまり考えたことなかったけどな。そうか。うん。でもまぁそうかもしれないなぁ。」
「今は亡きリダ様もエルガン様もお喜びになられると思いますよ。」
そう言われてエルダーは目を閉じ亡き両親の姿を思い浮かべました。
「そうだな。」
瞳を開けたエルダーはうっすらと笑いを浮かべておりました。