フラれた理由
フラれた理由
隙間売ト 作
「ねえ、私たち、別れましょう」
彼女から、そう切り出された。
由美と同棲して三カ月。今回こそは。今回こそは結婚にたどり着けるはず。そう思っていたのに。
田村が黙っていると、彼女は『聞こえてないの?』と勘違いしたのか、
「聞いてる? 別れたいって言ったの」
聞き間違いではなかったらしい。
「どうして、今日なの?」
「限界なの」
「由美の誕生日なのに」
「だからなの。私、誕生日なのにあなたみたいな人と一緒にいるなんて」
きつすぎる。
終わりなんだ。
その言葉だけで十分だった。しかし納得するかどうかは別問題だ。自分が変わることでやり直せるなら、試す価値はある。
「ごめん、何がいけなかったの?」
「生理的にダメだ、って思っちゃったのよ」
無理かもしれない。しかし「はい、そうですか」と引き下がるわけにはいかない。
「生理的に、って? わからないよ」
「そうとしか言いようがないのよ」
由美が買った海外メーカーのオーブントースターが田村の視界に入った。田村が買ったもの、由美が買ったもの。それぞれを分類して、再び持ち主のものとしなければならない。離婚だったら、もっと大変だろう。車、家、あるいは子供ができていたかもしれない。同棲の解消は、まだ、傷が浅いうちに入るのかもしれない。
「荷物、後で引っ越し屋さんに頼むから。いない日を教えて」
そう言って、出ていった。
急に一人になった。
ハロウィンも一人。
クリスマスも一人。
正月休みにも一人で帰省することになる。
家の中なのに、冷たい風を感じた。
◇ ◇ ◇
「ってわけなんだよ」
「ってわけか」
「辛いよ」
「辛いよな」
飯塚がいてよかった。こういう、落ち込んだときに気軽に飲める友達がいて。一人で住むには広すぎる2LDKのマンションが、久しぶりに賑やかになった気がした。
缶ビールをグラスに注ぐこともなく、そのまま喉に流し込む。
「同棲してた、ってことは、結婚を意識してたんだろ?」
「当たり前だろ」
結婚を前提に同棲を始めて三カ月目だった。付き合い始めてからだと半年になる。
「フラれた日、彼女の誕生日だったんだよ」
「それは辛いな」
大学生のころからの友人、飯塚は自分と同じように独身だ。付き合っている女はいるが、自分と同じように、まだ結婚には至っていない。
自分は彼女に捨てられ、完全に独り身になった。飯塚の後を追う立場になった。
「最後なんて、もう顔を合わせたくないからって、わざわざ、俺のいない日に、引っ越し業者に頼んで、自分の荷物を運び出したんだぜ。まあ、そんなにたくさんはなかったけど」
「辛いな。まあ、離婚のときもそうするって言うし」
「そうなのか?」
「だって、顔を合わせたくないだろ?」
「そうかもな」
「まあ、同情するわ」
共感してくれる友人がいてよかった。飯塚が結婚することになっても恨まないようにしよう。
「でもさ、俺、女と付き合っても長く続かないんだよね」
田村は、この数年、ずっと気になっていた思いを友人に打ち明けてみる気になった。
「そうだよな。意外に続かないよな。前の彼女は?」
「五カ月」
「その前は?」
「二カ月」
「その前」
「一カ月」
「短えな」
「だから言うなって」
思い出して、実際に挙げてみると、飯塚から短いと言われても仕方がない。
「最長は?」
「十カ月」
「一年が遠い壁だな」
「そういう言い方すんなよ」
「でも、途切れることなく、彼女がいるんだな」
「それはあるんだよな。不思議と」
「まあ、お前、顔は悪くないしな。背も高いし」
出会いはあるし、思い返してみても、昔から、彼女がいなかった時期も少ない。では、続かない理由はなんなのだろう。振り返ってみても、原因が分からなかった。
「浮気?」
「しない」
「束縛?」
「しない」
「連絡の頻度は?」
「普通」
「金?」
「ないの知ってるだろ?」
「ないよな。ギャンブルは?」
「しない」
「じゃあ何なんだよ?」
「それが知りたいんだよ」
自分の疑問に、飯塚まで巻き込んでしまっている。
「まさか暴力とか?」
「普通に、しないだろ」
「本当に?」
「神に誓って」
「お前、クリスチャンだったのかよ?」
「ちがうよ。どっちかといえば神道だよ」
「でも、神道って、『神に誓って』とか、そういう言い方するかな? お前、適当なこと言うなよ」
飯塚は少しイラついた顔をした。
「でさ、彼女、引っ越し業者呼んだのに、パンティ、一枚だけ、持って帰るの忘れてんの」
「なんでそれだけ?」
「だろ、パンティ、一枚だけだぜ」
飯塚が一瞬黙った。
「パンティって言うんだな」
「何が?」
「いや、別に」
飯塚は、ここを訪れる前に、駅前の肉屋で、コロッケとハムカツを買ってきてくれた。
「それうまそうだな」
「駅前の肉屋で売ってたよ? お前、近いのに買ったことないの?」
「ないな。でも良さげだな」
「食べようや」
すでにビールをそれぞれ、二缶空けている。田村は、プラスチックのパックから、コロッケを一つ、割り箸でつまみ、頬張った。
「うまいな」
「うまい? 俺ももらうわ」
その肉屋が駅前にあるのは知っていたが、買ったことはなかった。小さな肉片しか入っていない、シンプルなじゃがいもコロッケだったが、余計な甘みを加えていなくて、田村の好みだった。
「うまいな」
「うまいだろ?」
「てか、俺が買ってきたんだけどな」
ハムカツの方はどうなのだろう。きっとおいしいはずだ。
「同棲って初めてだったの?」
「前の彼女とか、前々、その前とかは、入り浸って、頻繁に泊まるようになることはあったけど、同棲は初めてだな」
「今回、どうして同棲しようと思ったんだよ?」
「俺、結構続かないじゃん。でもそろそろ、年齢的にも、結婚はしたいし。一緒に住んでみたら、結婚まで一気に行けるかな、って思ったんだよ」
「結婚前の同棲って、やる意味はあるよな」
「一緒に住んでみたら、イビキがうるさかった、なんてことあるだろうし」
「女性側としてはな」
「化粧落としたら、やばかった、とかな」
「リスク回避だな」
「でも、それもなかったんだよな。すっぴんも美人」
「惜しかったな」
「希少だよ。……別れたけどな」
今さらながら、失ったものの大きさを実感した。
「その前の彼女とはどうだったの?」
「いい感じまで行ったんだけどな」
「なんで出会ったの?」
「マッチングアプリ」
「定番だな」
「AIすげーよ」
「AIじゃないよ。アルゴリズムだろ?」
そのまま、飯塚は、「まあ、出会いはともかく」と、続ける。
「その彼女とも結婚を意識してたの?」
「意識してたし、よく泊まりにも来てたし」
「私物とかも置いてた?」
「歯ブラシとかも置いていたし、化粧品も着替えも置いてたんだけどな」
「いつでも泊まれるようにしてたんだ?」
「そう。それだけじゃなくて、好きなぬいぐるみだって三つも四つも置いてたんだぜ」
「ぬいぐるみとか持つタイプなんだ? 何歳だったの?」
「二十八歳」
「結婚を意識してもおかしくない年齢だな」
「だろ? それにあいつ、お香とか好きでさ、アロマやらいろんな種類の線香とかも置いてあったのに」
「へえ、洒落てるな」
「それが出て行く時は、パンティ一枚も置いていかずに全部持って帰った」
「最後、なんて言われたの?」
「小さいことなんだけど、どうしても慣れなかった、って」
「意味深だな」
「わけわからないだろ」
「その前の彼女の話は?」
「会社に派遣で来ていた女で、俺と二人で合コンの幹事をやったのよ」
「派遣の女とお前で幹事を? 派遣なのに?」
「だって、年も近いし、彼女だって、男と出会いたいだろ?」
「お前、やるなあ」
「で、幹事同士がデキちゃった」
「お前さあ……」
「幹事同士がつながっちゃった」
「下品だな」
「いまの、下品だったな」
「お前、なんでモテるの?」
「すぐフラれるけどな」
「で、そのまま付き合うことになって、時々泊まりに来てくれて、歯ブラシも置いてて、パンティも二、三枚置くようになって」
「で、なんでフラれたの?」
「大したことじゃないから我慢しようと思ったけど、やっぱり無理だった、って」
まったくわからなかった。モテないわけではないのだ。実際に、切れ目なく、女性とお付き合いしていることになる。大したことじゃない理由でフラれる、ってどうなのだろう?
「その前は?」
「ジムで横で走ってた女」
「お前、すげーな」
「一カ月で終わったけどな」
「最短記録だな」
「言うなよ」
「付き合って一カ月で破局にまで至るって、逆にスゲーんだけど」
「彼女のパンティ、一緒に洗濯もしてやったんだけどな」
「別れ際、なんて言われたの?」
「そういうの、ちょっと無理、って」
「一度は付き合った関係なのに……ずいぶん拒否られたな」
「別にひどいこと言ってないんだけどな」
飯塚は、少し上を見上げるそぶりを見せた。
「……俺、お前が続かない理由、わかったかもしれない」
「本当か?」
「たぶんな」
「こんな程度のエピソードだけでわかったの?」
「けっこう早くに気付いた」
「なんで続かないんだろうな? なあ、教えてくれよ。何がいけないと思う?」
そう聞かれて、飯塚は一瞬、黙った。
「お前の、それだろ」
「なんだよ?」
「フラれた理由だよ」
「だから何なんだよ?」
「パンティ」
(完)
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