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フラれた理由

作者: 隙間売ト
掲載日:2026/10/24

フラれた理由

隙間売ト 作



「ねえ、私たち、別れましょう」


 彼女から、そう切り出された。

 由美と同棲して三カ月。今回こそは。今回こそは結婚にたどり着けるはず。そう思っていたのに。

 田村が黙っていると、彼女は『聞こえてないの?』と勘違いしたのか、


「聞いてる? 別れたいって言ったの」


 聞き間違いではなかったらしい。


「どうして、今日なの?」

「限界なの」

「由美の誕生日なのに」

「だからなの。私、誕生日なのにあなたみたいな人と一緒にいるなんて」


 きつすぎる。

 終わりなんだ。

 その言葉だけで十分だった。しかし納得するかどうかは別問題だ。自分が変わることでやり直せるなら、試す価値はある。


「ごめん、何がいけなかったの?」

「生理的にダメだ、って思っちゃったのよ」


 無理かもしれない。しかし「はい、そうですか」と引き下がるわけにはいかない。


「生理的に、って? わからないよ」

「そうとしか言いようがないのよ」


 由美が買った海外メーカーのオーブントースターが田村の視界に入った。田村が買ったもの、由美が買ったもの。それぞれを分類して、再び持ち主のものとしなければならない。離婚だったら、もっと大変だろう。車、家、あるいは子供ができていたかもしれない。同棲の解消は、まだ、傷が浅いうちに入るのかもしれない。


「荷物、後で引っ越し屋さんに頼むから。いない日を教えて」


 そう言って、出ていった。

 急に一人になった。

 ハロウィンも一人。

 クリスマスも一人。

 正月休みにも一人で帰省することになる。

 家の中なのに、冷たい風を感じた。


 ◇  ◇  ◇


「ってわけなんだよ」

「ってわけか」

「辛いよ」

「辛いよな」


 飯塚がいてよかった。こういう、落ち込んだときに気軽に飲める友達がいて。一人で住むには広すぎる2LDKのマンションが、久しぶりに賑やかになった気がした。

 缶ビールをグラスに注ぐこともなく、そのまま喉に流し込む。


「同棲してた、ってことは、結婚を意識してたんだろ?」

「当たり前だろ」


 結婚を前提に同棲を始めて三カ月目だった。付き合い始めてからだと半年になる。


「フラれた日、彼女の誕生日だったんだよ」

「それは辛いな」


 大学生のころからの友人、飯塚は自分と同じように独身だ。付き合っている女はいるが、自分と同じように、まだ結婚には至っていない。

 自分は彼女に捨てられ、完全に独り身になった。飯塚の後を追う立場になった。


「最後なんて、もう顔を合わせたくないからって、わざわざ、俺のいない日に、引っ越し業者に頼んで、自分の荷物を運び出したんだぜ。まあ、そんなにたくさんはなかったけど」

「辛いな。まあ、離婚のときもそうするって言うし」

「そうなのか?」

「だって、顔を合わせたくないだろ?」

「そうかもな」

「まあ、同情するわ」


 共感してくれる友人がいてよかった。飯塚が結婚することになっても恨まないようにしよう。


「でもさ、俺、女と付き合っても長く続かないんだよね」


 田村は、この数年、ずっと気になっていた思いを友人に打ち明けてみる気になった。


「そうだよな。意外に続かないよな。前の彼女は?」

「五カ月」

「その前は?」

「二カ月」

「その前」

「一カ月」

「短えな」

「だから言うなって」


 思い出して、実際に挙げてみると、飯塚から短いと言われても仕方がない。


「最長は?」

「十カ月」

「一年が遠い壁だな」

「そういう言い方すんなよ」


「でも、途切れることなく、彼女がいるんだな」

「それはあるんだよな。不思議と」

「まあ、お前、顔は悪くないしな。背も高いし」


 出会いはあるし、思い返してみても、昔から、彼女がいなかった時期も少ない。では、続かない理由はなんなのだろう。振り返ってみても、原因が分からなかった。


「浮気?」

「しない」

「束縛?」

「しない」

「連絡の頻度は?」

「普通」

「金?」

「ないの知ってるだろ?」

「ないよな。ギャンブルは?」

「しない」

「じゃあ何なんだよ?」

「それが知りたいんだよ」


 自分の疑問に、飯塚まで巻き込んでしまっている。


「まさか暴力とか?」

「普通に、しないだろ」

「本当に?」

「神に誓って」

「お前、クリスチャンだったのかよ?」

「ちがうよ。どっちかといえば神道だよ」

「でも、神道って、『神に誓って』とか、そういう言い方するかな? お前、適当なこと言うなよ」


 飯塚は少しイラついた顔をした。


「でさ、彼女、引っ越し業者呼んだのに、パンティ、一枚だけ、持って帰るの忘れてんの」

「なんでそれだけ?」

「だろ、パンティ、一枚だけだぜ」


 飯塚が一瞬黙った。

 

「パンティって言うんだな」

「何が?」

「いや、別に」


 飯塚は、ここを訪れる前に、駅前の肉屋で、コロッケとハムカツを買ってきてくれた。


「それうまそうだな」

「駅前の肉屋で売ってたよ? お前、近いのに買ったことないの?」

「ないな。でも良さげだな」

「食べようや」


 すでにビールをそれぞれ、二缶空けている。田村は、プラスチックのパックから、コロッケを一つ、割り箸でつまみ、頬張った。


「うまいな」

「うまい? 俺ももらうわ」


 その肉屋が駅前にあるのは知っていたが、買ったことはなかった。小さな肉片しか入っていない、シンプルなじゃがいもコロッケだったが、余計な甘みを加えていなくて、田村の好みだった。


「うまいな」

「うまいだろ?」

「てか、俺が買ってきたんだけどな」


 ハムカツの方はどうなのだろう。きっとおいしいはずだ。


「同棲って初めてだったの?」

「前の彼女とか、前々、その前とかは、入り浸って、頻繁に泊まるようになることはあったけど、同棲は初めてだな」

「今回、どうして同棲しようと思ったんだよ?」

「俺、結構続かないじゃん。でもそろそろ、年齢的にも、結婚はしたいし。一緒に住んでみたら、結婚まで一気に行けるかな、って思ったんだよ」

「結婚前の同棲って、やる意味はあるよな」


「一緒に住んでみたら、イビキがうるさかった、なんてことあるだろうし」

「女性側としてはな」

「化粧落としたら、やばかった、とかな」

「リスク回避だな」

「でも、それもなかったんだよな。すっぴんも美人」

「惜しかったな」

「希少だよ。……別れたけどな」


 今さらながら、失ったものの大きさを実感した。


「その前の彼女とはどうだったの?」

「いい感じまで行ったんだけどな」

「なんで出会ったの?」

「マッチングアプリ」

「定番だな」

「AIすげーよ」

「AIじゃないよ。アルゴリズムだろ?」


 そのまま、飯塚は、「まあ、出会いはともかく」と、続ける。


「その彼女とも結婚を意識してたの?」

「意識してたし、よく泊まりにも来てたし」

「私物とかも置いてた?」

「歯ブラシとかも置いていたし、化粧品も着替えも置いてたんだけどな」

「いつでも泊まれるようにしてたんだ?」

「そう。それだけじゃなくて、好きなぬいぐるみだって三つも四つも置いてたんだぜ」

「ぬいぐるみとか持つタイプなんだ? 何歳だったの?」

「二十八歳」

「結婚を意識してもおかしくない年齢だな」

「だろ? それにあいつ、お香とか好きでさ、アロマやらいろんな種類の線香とかも置いてあったのに」

「へえ、洒落てるな」

「それが出て行く時は、パンティ一枚も置いていかずに全部持って帰った」


「最後、なんて言われたの?」

「小さいことなんだけど、どうしても慣れなかった、って」


「意味深だな」

「わけわからないだろ」


「その前の彼女の話は?」

「会社に派遣で来ていた女で、俺と二人で合コンの幹事をやったのよ」

「派遣の女とお前で幹事を? 派遣なのに?」

「だって、年も近いし、彼女だって、男と出会いたいだろ?」

「お前、やるなあ」

「で、幹事同士がデキちゃった」

「お前さあ……」

「幹事同士がつながっちゃった」

「下品だな」

「いまの、下品だったな」

「お前、なんでモテるの?」

「すぐフラれるけどな」


「で、そのまま付き合うことになって、時々泊まりに来てくれて、歯ブラシも置いてて、パンティも二、三枚置くようになって」


「で、なんでフラれたの?」

「大したことじゃないから我慢しようと思ったけど、やっぱり無理だった、って」


 まったくわからなかった。モテないわけではないのだ。実際に、切れ目なく、女性とお付き合いしていることになる。大したことじゃない理由でフラれる、ってどうなのだろう?


「その前は?」

「ジムで横で走ってた女」

「お前、すげーな」

「一カ月で終わったけどな」

「最短記録だな」

「言うなよ」

「付き合って一カ月で破局にまで至るって、逆にスゲーんだけど」

「彼女のパンティ、一緒に洗濯もしてやったんだけどな」


「別れ際、なんて言われたの?」

「そういうの、ちょっと無理、って」

「一度は付き合った関係なのに……ずいぶん拒否られたな」

「別にひどいこと言ってないんだけどな」


 飯塚は、少し上を見上げるそぶりを見せた。


「……俺、お前が続かない理由、わかったかもしれない」

「本当か?」

「たぶんな」

「こんな程度のエピソードだけでわかったの?」

「けっこう早くに気付いた」


「なんで続かないんだろうな? なあ、教えてくれよ。何がいけないと思う?」


 そう聞かれて、飯塚は一瞬、黙った。


「お前の、それだろ」

「なんだよ?」

「フラれた理由だよ」

「だから何なんだよ?」


「パンティ」


(完)

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

pixivでも小説を公開しています。

https://www.pixiv.net/users/128711748

またDLsiteでは有料作品を発表しています。

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